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響きへ想いを03


 カチャリ、カチャリと。手にした細い金属棒が部品を打つ音が、星空の下で小さく鳴り続ける。

 相変わらずこの場所が敵地であるため、火を焚いて暖を取ることもできず、どうしたところで手元を照らすのは僅かな星明りばかり。

 それでも無いよりは幾分かマシと、僕は回収した代物を相手に外で悪戦苦闘していた。



「なんだこれ、いったいどうなって……。エイダ?」


<もう1.3cm右のパーツです。ですが注意してください、そのすぐ横にバッテリーがあります。下手をすれば感電しますよ>


「っと、危ないな。早く言ってくれよ」



 寸でで作業の手を止め、動きを指示するエイダへと小さく不平を漏らす。

 そこまで大きくはない機器であるため、どうしたところで作業は細かくなりがちだ。

 それに碌な工具などありはせず、外装の一部を無理やりこじ開けて中の配線を一部切断するという、かなり強引な方法を採る他になかった。


 おまけにこの発信機は軍用品であるが故に、巷に図面などが出回っているわけではない。

 なので構造的にそれらしい民生品を参考にしているのだが、まったくの同じとは言えないため、一つ一つを確認して進めるという、時間のかかるものとなっていた。

 苛烈な環境での使用を想定し、比較的単純な構造で作られているのが幸いではあったが。



「どうだ、何とかなりそうか?」



 そんな四苦八苦し機械と相対する僕へと、起き出してきたヴィオレッタが背後から声をかける。

 彼女はしゃがんでこちらの手元を覗き込むと、いかにも面倒臭そうな表情を浮かべた後、すぐ隣へと腰かけた。

 どうやら見た機械の中があまりにもややこしそうであるため、思考することを放棄したらしい。



「たぶんね。こういった物を弄るのなんて久々だから、勝手がわからないけれど」


「明日の夜にはまた鳴るのであろう? 今夜中にどうにかなれば良いのだが」



 手元の作業を継続しながら、ヴィオレッタの問いに返す。すると彼女は空を見上げ、雪に濡れるのを構わず寝転びながら告げた。

 数日に一度のペースで駆動し異音を鳴らすこいつは、おそらく明日の深夜には再び鳴り響くはず。

 それまでになんとか対処せねば、異様に喧しい中で過ごす破目となってしまう。

 おそらくその時点では、追ってくる集落の人間を大きく引き離しているだろうが、それだって油断はできない。



「おそらく今夜中には。でもこいつは徹夜になるかな……」


「ならば話し相手にでもなってやるとするか。私が見張りとして起きている間だけな」



 小さく笑って徹夜をせねばならぬことを告げると、ヴィオレッタは冗談を交え眠気覚ましの相手を買って出てくれた。

 ただ自分が受け持つ時間以外までは、面倒が見きれないといった様子。

 というよりも、残る二人が見張りを行っている間にこのような作業もできはしない。なので実質彼女が起きている間に、なんとか作業を終えておく必要はありそうだ。



 そこからは見張りも兼ねて起きてきたヴィオレッタと、他愛もない会話をしながら作業を続けた。

 いっそ壊してしまえば楽にも思えるのだが、これにだってまだ使い道があるのだ。

 特にミラー博士が地球に戻るとなった場合、ちゃんと修理し稼働させてから救助を待つ必要がある。なので無茶な扱いはできまい。


 しばし応急処置の手を進めながら、ラトリッジへ残してきたレオやイレーニスなどの話をしていたのだが、いつの間にやら時間が経っていたようだ。

 頃合いとばかりにヴィオレッタが立ち上がると、彼女は僕を見下ろしながら難しい様子で尋ねる。



「そろそろ交代の時間だが……。どうする、もう少しくらいならば付き合っても構わんぞ」


「いや、大丈夫だよ。思いのほか捗ったし」



 立ち上がった彼女は、作業の進捗状況を確認する。今夜中にこなさねばならないため、二人と見張りを交代していては、こちらの作業が進まぬと考えたようだ。

 ただ途中からは意外に上手くいっていたため、もうほぼ終了したも同然。あと数分も弄れば、異音を発することはなくなるはずであった。



「ならばいい。次の見張りはラティーカか、……精々労をねぎらってやることだな」



 そう言ってヴィオレッタは手をひらひらと振ると、そのまま寝床へと消えていく。

 彼女が言わんとしていることはわかる。この後見張りを交代するラティーカが、少しでも僕と話そうとするから相手をしてやれということだ。

 おそらくは今夜もまた、集落に潜入を仕掛けた時のようなアピールを受けるのだろう。


 寝床へと入っていったヴィオレッタのすぐ直後、同じ場所からは起こされたラティーカが姿を現す。

 どこか嬉しそうにこちらへと向かってくる彼女の姿に、慕われる嬉しさと同時に、どこか厄介な気配を感じずにはいられなかった。







 非常に、気まずい。

 今にも降り出して来そうなどんよりと分厚い雪雲の下、僕等は言葉もなくただひたすら帰路を歩いていた。

 ただこの重苦しい空気の原因は、天気によるものだけではなく、後ろを歩くラティーカとデリクが発するものだ。



「どうにかならんのか、この空気は」


「拗れに拗れてるからなぁ……。ここまでくると時間に任せる他ないよ」


「私ももう少しだけ起きていればよかったか。そうすればこうもならなかったであろうに」



 背後から滲む胃の痛くなる雰囲気に、ヴィオレッタは嘆息し自身の行動へと後悔を募らせていた。

 昨夜彼女が眠るのと入れ替わりにラティーカが起きてきたのだが、その後で僕はラティーカと少しばかりの世間話を交わしていた。

 だが作業を終えていた僕が、そろそろ眠ろうかと考えた頃。用を足すため起きてきたデリクがその様子を目撃したのが悪かった。

 結果僅かなジェラシーを発揮したであろう、彼が発した嫌味を発端とし、ちょっとしたいざこざとなってしまったのだ。


 その後少し経って見張りを交代こそしたのだが、フォローのためデリクに付き添って起きていたため、僕自身はほぼ眠れてはいない。

 背後から発せられるストレスと睡眠不足の色が濃いせいだろうか、隣を歩くヴィオレッタも、普段より僕にたいし若干優しい気がしなくはなかった。



「いい加減にしないか。お前たちは自分の隊に戻っても、その態度を続ける気か?」



 そろそろ二人の険悪な空気が耐えられなくなったか、ヴィオレッタは歩きながらも振り返り、ラティーカとデリクを見据えビシリと言い放つ。

 正直僕が発端の一部であるだけに、こちらの口からそれを言うのは心苦しかった。

 なので彼女が言ってくれるというのはありがたく、内心で頭を下げ礼をするばかりだ。



「ですが……」


「個々人の相性はある、だが周囲の人間にまでそれを付き合わせるな。それに痴話喧嘩なら人目のつかぬところでやってもらわねば、こっちの身が持たん」



 どこか苛立っているようにすら思えるヴィオレッタの言葉に、デリクは反論しかけるも押し黙る。

 この二人にとって彼女は直属の上官ではないが、それでも他の隊を率いる上の人間であるのに違いはない。

 それに今の一時的なチーム内においては、僕と同列に二人を監督する立場には変わりないのだ。

 もっとも痴話喧嘩という言葉にばかりは異論があったようで、真っ直ぐに見据えたラティーカは異議を口にする。



「痴話喧嘩だなんて。あたしは別にデリクをどうこう思ってはいません!」


「どうしたのだ、普段のお前らしくもない。私はお前を受け持ってはいないが、噂では良い話ばかりを聞くぞ。冷静で同期たちからの信頼も厚いとな」


「それは……。買い被り過ぎです、ただデリクとは意見が合わなくて……」


「おおかたお前がこの阿呆に恋慕しているのを、デリクが嫉妬して揉めているのであろう。まったく、任務中くらい色恋沙汰は忘れてもらわなければ困るぞ」



 深く息衝き言い放つヴィオレッタの言葉に、ラティーカとデリクのみならず僕までもがギョッとする。

 阿呆というのが、僕を指しているのは間違いない。ただそのような事はさて置くとして、彼女がまさかここまで言ってしまうとは思わず、ついつい唖然としてしまった。


 見ればラティーカは真っ赤な顔をし、向けていた好意を口にされたことへの驚きを隠さない。

 当人も隠し通せているなど、露とも思ってはいないようだが、それでも言い切られるとクるものがあるようだ。

 そしてデリクもまた、口をパクパクとさせてバレてしまっていたことに驚いていた。


 だが直後、ラティーカはハッとした様子でデリクへと顔を向ける。

 どうやらデリクが自身に好意を向けていることまでは気付いていなかったようで、なんともいえぬ複雑な表情へと変わるなり、混乱したように歩調を早め僕等を追い抜いて行った。




「……しまった。まさか気付いていなかったとは」


「自分に向けられた物には鈍感な人っているからな……。おいラティーカ、気を付けて進まないと――」



 よもやあれだけ解り易い好意に気付いていなかったとは思わず、ヴィオレッタはしくじったとばかりの言葉を発する。

 僕もまさかそうとは考えていなかったのだが、ラティーカは困惑のせいあ思考がパンクしてしまったようて、一人前方への注意を払う事もなく、真っ新な雪原を構わず小走りとなって進んでいく。

 しかし僕がそんなラティーカへと注意し、止めようとした時。

 不意に彼女の身体が大きく揺れたかと思うと、直後にはその姿を視界から消してしまっていた。


 いったい何事かと瞬時にラティーカが居た場所へと駆け寄ると、そこには今まで雪によって隠されていた、蛇行する長い亀裂が地面に伸びていた。

 雪と土がパラパラと落ちていくその亀裂からは、ラティーカのものらしき悲鳴が反響する。



「しまった、クレバスか!」


「ラティーカ! おい、聞こえるか!?」



 ラティーカが姿を消したのは、雪に埋もれ見逃してしまっていた深いクレバスから滑落したため。

 陽の光が差し込まぬ真っ暗な中へと落ちら彼女が発した悲鳴も、今は反響を終えただ静まりかえり、僕とヴィオレッタの叫ぶ声ばかりが響くのみ。



<申し訳ありません、見逃していました>


『そいつは後でいい、とりあえずどこか降りられそうな場所を……』



 謝罪を口にするエイダを遮り、僕は周囲を見回す。

 上手く突起などを頼りに下へ降りられそうであれば、そこを足掛かりとして探しにいけるかもしれない。

 しかしこの亀裂がどこまで深く刻まれているかもわからず、余程の幸運に恵まれねば、ラティーカはそのまま命を落としている可能性が高かった。


 焦り空回りしかける思考を必死で抑え込み、落下したラティーカの安否を確認する術を考える。

 そうしてクレバスを覗き込みながら考える僕であったが、ふと視界の隅で、そのクレバスの縁へと手をかけ身体を投げ出そうとする姿があった。



「って、待て。そのまま飛び込むやつがあるか!」


「ですが隊長!」



 無謀にも身を投じようとしていたのは、いつの間にか自身の背嚢を放り出していたデリクであった。

 だがなにも命を捨てようという訳ではあるまい。彼は落下したラティーカを助けるべく、自ら降りて行こうとしていたのだ。

 だがいくらなんでも、何の用意も無しに入っていくのは無謀。同じように滑落し、良くて大怪我をするのがオチだ。


 僕が今にも飛び込まんとしているデリクを羽交い絞めとし、行動を押し留めると、彼は噛み付かんばかりの形相を向ける。



「あいつが心配じゃないんですか!」


「心配に決まっているだろう。だが助けるにしても、最低限の準備が要る。このまま飛び込んだところで、どうやって上に登るつもりだ!?」



 さっきまで揉めていたばかりであるというのに、今のデリクは落下したラティーカのこと以外頭にはないようだ。

 しかしこの位置から降りれるとも限らない。まずラティーカの無事を確認する必要があるし、そのうえで確実を期さねば。

 加えて自身の立場を考慮に入れて思考するならば、万が一の時にはこのまま救助を行わず、撤退を継続するという選択をせねばならぬ場合もある。勿論そうしたくはないが。

 ともあれ今は、ラティーカが無事であるかどうかを確認しないといけない。



 半ば暴れながらクレバスへと向かおうとするデリクを、僕はなんとかして押さえつける。

 そうしてここから採るべき最善な行動は何かと、必死に考え続けていた。

 しかし突然、眼前のクレバスの奥深くから、ウォオオンと低く呻るような音が聞こえてくるのに気付く。



「あれは……」


「同じ音か? だがアル、あれはお前が持っていたはずだが」



 中から聞こえてきたのは、僕が昨夜やっとの思いで鳴らぬよう対処をした発信機と同じ音。

 それがラティーカの落ちた亀裂の中から、止まることなく響き漏れていたのだ。

 とはいえあれはもう応急処置を終えているし、そもそも鳴り始めるような時間帯でもない。

 だがすぐにその理由へと思い当たる。あれとほぼ同じ音を発する道具を、ラティーカは自身の懐へと入れていたのだと。



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