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響きへ想いを02


「所々深い亀裂がある、注意しながら後退するんだ」


「は、はい」



 迫るガタイの良い女の振り下ろす剣を、腰に差していた中剣で軽く横へ受け流す。

 そうして体勢を崩したところへと、外へ薙ぐようにして振った踵が鳩尾へ入った反動で、身体を真後ろへ捻り背後のラティーカへと指示を飛ばした。


 彼女が返事するのを確認すると、再度正面を向き迫る敵の姿を捉える。

 武器を握り雪原を駆け迫るのは、集落の住人である若い女や年嵩の男たち。それらが一団となって迫る様を、僕は緊張して待ちうけた。




 狩りへと出発した男たちをやり過ごした僕とラティーカは、少しばかり集落へと接近したのち、用意した道具を鳴らすことで陽動を仕掛けた。

 その結果、不具合を起こした発信機と似た音を鳴らすそれによって、驚き様子を見に来た集落の住人数名と戦いになったのがつい先ほど。

 今は異常を察知してやって来た他の住人たちを誘き寄せ、潜入を行うヴィオレッタ達が気付かれぬよう、徐々に集落から離れているところだ。



「援護はできるか?」


「や……、やってみます!」



 僕自身も少しだけ後退しラティーカの近くへと行くと、身を潜める彼女に支援が可能かを確認する。

 ラティーカはすかさず頷き、片手で器用に銃を取り出すと、物陰から銃身だけを覗かせた。

 彼女は今もなお迫る連中から見えない位置で、片方の手で手にした道具を振り回し音を鳴らし続けている。

 音が止まれば一定の人数が、集落から離れ過ぎるのを良しとせず戻ってしまうかもしれないからだ。



 そのラティーカからされる援護を受けながら、僕はエイダに指示し集落の様子を探らせる。

 すると直後、広場を中心とした集落を、衛星から見下ろし拡大された映像が脳へと投影されていく。

 集落の中は突如として起こった異常のせいか、住人たちがオロオロと狼狽し動き回る様子が見て取れる。そんな中を、二つの白い影が中心へ向けて移動するのが見て取れた。


 そこまで急ぐでもない、普通の速さでの歩行。真っ白な毛皮を着こんだ二人は、広場の中央に鎮座する祭壇へと近寄っていく。

 間違いない、あれはヴィオレッタとデリクの二人だ。

 極僅かな時間だけでも誤魔化せればと考えていたのだが、こちらが発した音による陽動が思いのほか効果を現しているのか、然程怪しまれる様子などは見受けられない。



『この様子なら簡単に回収できるかもな』


<だと良いのですが。最低限の見張りは置いているようですし>



 状況の推移に安堵し、僕は自然と楽観的な言葉が口を衝く。しかしエイダにはまだ油断できないと判断する材料があったようだ。

 見れば祭壇の周辺には三人ほどの住民が立っており、各々手には武器が持たれている。この混乱においても、祭壇の警備だけはその場を離れないらしい。

 見たところそいつらは男ではあるが、それなりに歳を重ねた老年の者たち。狩りに出ることはなくなった、集落の元戦士といったところか。


 そいつらは近づいてくるヴィオレッタらの姿を見るなり、立ち塞がるようにして押し留めようとする。

 気配で集落の人間ではないと判断したのか、それとも何人足りと近付けるつもりはないのか。

 僕は自身に迫る連中を跳ね除け誘導を行いながら、ヴィオレッタらがどうするのかと推移を見守った。



『……まあ、こうなるだろうな』


<至極単純な行動ですね。無難だとは思いますが>



 映像下で行われた光景に、僕は内心で苦笑いする。

 それは老戦士がヴィオレッタに迫り、武器をチラつかせながら肩へと手を置いたその瞬間、回転するように地面へと倒れ込んだのを見たからだった。

 置かれた手を捻り投げ飛ばしたのだろうが、基本的に同性よりもずっと小柄な彼女が、大柄な男を投げ飛ばす光景というのはなかなかに壮観だ。

 深夜の酒場などにおいて、時折直にお目にかかることはあるのだが。


 こうなれば隠すことも叶わぬとばかり、ヴィオレッタは着ていた毛皮を脱ぎ捨て祭壇へと駆ける。

 その間に同行していたデリクは銃を取り出し、威嚇を兼ねて発射した後で闇雲に剣を振り回していた。

 まだ予断は許さないが、祭壇はもう目と鼻の先。ここまでくれば回収そのものは成功してくれるはず。あとは脱出だ。



「そろそろ良い頃合いだろうな。ラティーカ、撤退だ!」



 後ずさりながら僕が背後のラティーカへとそう叫ぶと、直後彼女が鳴らしていた音が止む。

 すると追っていた集落の連中はそれに気づいたようで、しばし困惑の空気が流れ、ここからどうしたら良いかに迷う素振りが見られた。


 連中からしてみれば、自分たちの祀る代物と酷似した音があるからこそこちらを追っていたのだ。

 本物自体は集落に存在するため、音が止めば今度はそちらが心配になったのかもしれない。

 僕等はその迷う隙を逃さず、踵を返して事前に予定していたルートへと逃走を計る。

 集落へと回収に入った二人は、侵入経路とは別の方向から脱出する手はずとなっている。僕等はそちらへと移動して合流し、そのままここからおさらばすればいい。



 逃走しある程度走ったところで後ろを振り返るも、集落の人間がこちらを追ってくる姿はない。

 むしろ護るべき本物の方が気になったのか、集落へ戻ろうとする人間もチラホラ見え始めていた。



「隊長、コレはどうしましょう……」


「もう使う事もないだろうし、別に捨ててしまってもいいよ」



 走る中で見えた亀裂を飛び越えた直後、隣へと並び走るラティーカは、先ほどまで鳴らしていた道具を掲げる。

 少々作るのに苦労した代物ではあるが、この先持っていてもまず使う機会はないはず。

 なので記念以外の用途を見いだせず、捨てても構わないと告げたのだが、彼女にとってはその用途こそ大切であったらしい。



「それでしたら、あたしが貰ってもいいですか?」


「構わないけど……、そこまで良い音が鳴るわけでもないだろうに」


「いえ、だとしても欲しいです。大切にしますから」



 僕が肩を竦めながらも了承すると、彼女はいそいそとそれを懐へと仕舞い込んだ。

 そこからの彼女はどこか緩んだ表情を浮かべ、歩き辛いはずの雪の上であるというのに、随分と機嫌良さそうに進んでいく。

 あんな物を貰った程度で上機嫌となるとは思いもせず、僕はそんなものなのだろうかと、なかなかに理解の及ばぬ思考のまま合流地点へと向かった。





 しばし追手もない中を歩き、僕は機嫌を良くするラティーカと共に、合流予定の場所へと移動を続けた。

 小一時間ほど歩き続け、ようやく目印となる巨石を見つける。

 ここは道中休憩場所として使った箇所で、わかりやすい合流地点として設定した場所であった。

 見ればその下ではヴィオレッタとデリクが腰を下ろしているのが見え、彼女の手には赤く明滅する発信機の明りが目に付く。



「遅かったではないか。こっちはとうの昔に着いていたのだぞ」


「そっちは追われるのを撒くために走ったからだろう。ともあれ二人とも無事でなによりだよ」


「当然。慣れぬ雪の上とはいえ、現役の戦士ですらない者に遅れはとらん」



 小走りとなって近寄り、ようやくの合流を果たす。

 直後軽口を叩きニカリとするヴィオレッタを受け流すと、彼女は自信満々勝ち誇るように、戦利品となるそれを掲げてみせた。



「では急いで逃げ帰るとしようか。いい加減携行食ばかりでは飽きたからな、真っ当な食事が楽しみだ」


「了解。……ああ、でもちょっと待ってくれないか」



 グッと伸びをして、ここまでの食事に関する不満と希望を口にするヴィオレッタ。

 どうしたところで野菜の類を摂り難い地域であるため、ここまで食べたのは保存性の高い高糖度の菓子や、焼いて干した芋など。あとは時折狩りをして手に入れた肉が少々だろうか。

 ただ追手を撒いてはいるものの、まだ完全に逃げ切れたとは言い難い。祀る対象を奪われた集落の連中が、躍起になって捜索を続けているはずなのだから。

 なので彼女の気持ちも理解はできるのだが、このまま来た道を戻って陣へ帰る前に、やらなければならない事がある。



「もう少し距離を稼いだら、そこで今夜は野営をしよう」


「どうしたのだ? 出来るだけ距離を稼いでおいた方が得策だと思うが」



 ソッと彼女へと近寄り、耳打ちするようにして告げる。

 その一見して悠長にも思える言葉に、案の定疑問を口にするヴィオレッタへと、僕は続けて静かに説明をした。



「夜中の内になんとかそいつの修理を試みる。こんな物を持ち歩いていて、夜中に喧しく鳴り響かれちゃたまらない」


「……そうか、あまり目立ちたくはない代物であったな」



 数日に一度鳴り響くという、救難信号の発信機の誤作動による異音。

 周期的に鳴り響くそれが次に起動するのは、おそらく傭兵団の陣に帰ってからになりそうではある。

 しかし帰った先でそのような大音量を鳴らされては、色々とたまったものではない。

 何せあの場所には多くの新米傭兵たちが居るのだ、彼らを動揺させるに十分なモノであるだけに、それは避けたい事態に他ならなかった。


 なので今夜のうちに用意してある資料をひっくり返し、なんとか音が鳴らぬように細工をしなければならない。

 そのようなことを話していると、ラティーカとデリクが怪訝そうにこちらを向いているのが見えた。



「急いで無駄に体力を消耗してもいけないからね。連中は少ない人数で四方八方に散っているんだ、もし遭遇しても十分対処できるよ」


「そういうことでしたか。わかりました隊長」



 僕のとって付けた言い訳に対し、表情を開き素直に了解を示すラティーカ。

 騙してしまう事への心苦しさを感じなくもないが、こればかりは話すこともできまい。なにせ僕の正体を知っている一部の人を除き、あまり口外していい情報でもなかった。



「ではどちらにせよ急ごう。運よく野営に丁度良い場所が見つかるとも限らんからな」



 腰を上げ外套に着いた雪を払うヴィオレッタは、手にした発信機を自身の背嚢に仕舞いながら告げる。

 行動を開始したのは早朝であるため、まだ陽は高く夕刻まで時間はある。しかし確実性を考えれば、早いうちに野営場所を確保しておきたい。

 この場所を一夜の宿とする手もあるが、やはりもう少しだけは距離を稼いでおきたかった。



 僕等は早速移動を開始し、ひと塊となって雪原を進む。

 前を僕とヴィオレッタが並んで歩き、前方へ注意を払いながらも別行動を取っていた間の、ちょっとしたことなどを話していた。

 しかし会話を行う最中に後ろを気にすると、並んで歩くラティーカとデリクが一切口を開いていないのがわかる。

 回収作戦を経た今もなお、二人の冷戦状態は続いているようだ。共に行動していなかったため、それが表面化していなかっただけなのだろう。



「どうだ、二人とも。大した戦闘にはならなかったけど、同行して得る物があったならいいんだけど」



 僕はそんな二人へと振り返り、連れてきたことへの感想を問う。

 するとラティーカの方はすぐに目を輝かせ、良い経験になったことを口にした。だがデリクの方は俯き加減で、曖昧な言葉を返すに留まる。

 そんな彼の様子に対し、ラティーカは僅かにムッとすると、気難しそうな表情で反対を向いてしまう。

 デリクの好意は、いまだ前途多難であるらしい。僕は二人の様子にやれやれと肩を竦め、どうか陣に帰るまで気まずい空気が続かぬよう祈るばかりであった。



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