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響きへ想いを01


 数日に一度鳴るという発信機の音は、奪取を行うための準備を行ったこの日の夜も鳴り響いていた。

 オオオンという獣の遠吠えにも似たそれは、外気の冷たさも相まって悪い気配を感じさせてならない。


 しかしそんな中にあっても、夜に眠る場所の問題は若干改善していた。

 準備のため数日を要するということもあり、服を手に入れるため離れていた僕を余所に、ヴィオレッタら三人がしっかりとした雪洞を用意してくれていたのだ。

 中には何処かから運んできたのだろう、土や枯葉などが敷かれ、多少なりと寒さを凌げるようになっている。



「戻ってくるのが遅くはないか?」


「ああ、外で話しこんでいるのかもしれない。少し見てこようか」



 その雪洞の中で横になる僕とヴィオレッタは、互いに目を覚ましていたのを確認すると、入口となる穴へと視線を向ける。

 つい先ほどデリクが身を起こし、外で見張りをしているラティーカと交代しに出ていった。

 しかしただ交代するだけにしてはなかなか戻ってこない。そのため僕は上体を起こし、中腰となった姿勢のまま外へと様子を見に向かう。


 静かに雪洞の狭い入口から這い出ると、そこにはラティーカとデリク、二人の姿が見当たらない。

 なにか異常でも起きたのだろうかと心配になったのだが、ふとどこからともなく、話をする二人の声が聞こえてくる。

 ひとまず安堵した僕が二人を探し、すぐ近くに立つ古木の側へと寄ると、よりハッキリとした声が届いて来た。

 ただその声は深夜に仲間同士で談笑を交わしているといった物ではなく、むしろ刺々しさすら感じさせる、口論とも言うべきそれであった。



「どうしてあんな態度をとるの?」


「……あんなって、何を言ってるかわからねえよ」



 古木の陰から覗き見ると、そこには雪が反射する星明りを受けたラティーカが、真正面に立つデリクへと詰め寄っている光景が。

 一瞬痴話喧嘩にも見えなくはないが、どうやら内容はそうではないらしい。



「おかしいよ。アルフレート隊長はあたしたちに良くしてくれてるっていうのに、どうして噛み付くのかわからない!」


「別に噛み付いてなんか……」


「してるよ! ずっと敵意丸出しな目を向けてさ」



 ラティーカは鋭くも困惑を隠せぬ剣幕で、デリクへとその真意を問う。

 どうやら彼女はデリクが僕に対し、対抗意識を燃やしていることに気付いていたようだ。

 といっても気付いているのは、デリクがラティーカへ好意を向けているという、肝心な部分を除いてかもしれないが。



「関係ないだろ……。別に口に出して刃向ってるんじゃない」


「大ありよ。あなただって噂くらい聞いてるでしょ、ベテランの傭兵が何人も抜けてるせいで、隊長が近いうちに団の要職に就くんじゃないかって」


「まぁ……、一応はさ」


「今回あたしたちを率いているのだって、その前に経験を積むためだって噂。偉くなったからって、隊長が嫌いな部下をどうこうする人だとは思えない。でもデリクだって、隊長からの心証を良くしておくにこしたことはないでしょう?」



 若干声を抑えた調子となったラティーカは、デリクへと忠告めいた言葉を向ける。

 彼女の口にした内容は、現在傭兵団内の一部で実しやかに流れている噂話の類。

 その当事者である僕自身も、僅かだがそういった噂が流れているというのは聞いたことがある。

 だが団長から、正式にそういった内容を聞かされた訳ではない。なのであくまでも噂の域を出ない話であるのだが、新米たちにとってみれば、将来へ向けた死活問題となる話題なのかもしれなかった。

 それにしてもベテランたちが大量に抜けているという話、いったいどこから新米たちに漏れたのやら。今度団長に相談して、そういった情報管理の引き締めを行う必要はありそうだ。


 ともあれデリクの立場からすれば、ラティーカからそう言われたとしても、おいそれと対抗意識を向ける理由を口にすることもできまい。

 告白にも相当する内容であるだけに、彼の性格を考えれば、素直になれるとは到底思えなかった。


 などと新米たちの色恋沙汰の光景に対し、半ば出刃亀のような真似をしている僕であったが、デリクが発した次の言葉で肝が冷える。



「……だからお前は、隊長に媚を売ってるのかよ」


「なっ!」



 キッと鋭い視線をラティーカへ向け、デリクはとんでもないことを口走る。

 それは彼女に対し、自身をより良い環境に置くために、僕へ色目を使っているのではと言っているも同然であった。

 そいつは言ってはならぬことだろうに。当然そう言われたラティーカは肩をわなわなと震わせ、言葉にこそせぬものの怒りが背から立ち上っているようであった。



 もしや大声で喧嘩を始めたり、殴り掛かるのではと懸念したが、意外にもそこで二人の会話は途切れる。

 何も言わず踵を返し、寝床となる雪洞へ向け歩き始めるラティーカ。

 僕は彼女に見つからぬよう急ぎ取って返し寝床へと戻ると、どうしたのかを問うヴィオレッタを他所に、寝転び置いていた外套をかぶる。



「遅かったではないか。何か問題でも起きたか?」


「す、すみません。これといって何も……」



 僕が狸寝入りを決め込んだ直後、雪洞の中へ戻って来たラティーカ。その彼女へと身体を起こしていたヴィオレッタは問う。

 だが返されたのは、何も起きてはいないという返答。よもや仲間内で揉めていたなどと、報告出来ようはずもなかったようだ。


 ラティーカは頭を下げるとすぐさま、自身の寝床である場所へ転がり背を向けた。

 ただしばらくしても寝息を立ててはいない辺り、眠れているとは言い難いようだ。

 暗闇の下で少しずつ慣れていく視界の中、いったいどうしたのだと言わんばかりな、ヴィオレッタの視線を受ける。

 だが今説明もできず、丁度よい解決の手段など思い浮ばず。とりあえず明日にでもなんとかしようと、無理やりに瞼を落とし睡眠を試みたのだった。







 まだ夜も明けきらぬ早朝。少しばかり小高い場所に陣取り見下ろす眼下では、集落から出ていく十数人の男たちの姿が見えた。

 各々に野生の獣を狩るためであろう、大型の弓矢に手槍、短刀などを差して進む姿は、大柄な体格も相まって戦士そのものといった風格を感じさせる。

 この連中こそが集落の主戦力となる男たち。だが百人にも満たぬ人口の集落ではあるとはいえ、たったこれだけの人数しか出て行かないというのは、少々心許ないものがある。



「まずは連中をやり過ごす。その後で仕掛けるぞ」


「はい! ……ですが隊長、これだけで集落から人が出てくるものでしょうか」



 僕は障害物の陰へと共に隠れる、ラティーカへと指示を送る。

 今まさに眼下を歩いて狩りに向かっている連中が、それなりに集落から離れたタイミングを見計らい、陽動をかけ住人を引っ張り出す算段。

 だが彼女はハッキリと返事をするも、すぐさま思い直したように、不安気な表情を浮かべていた。



「確かに似た音を発するとは思いますけど、それだけで驚いて出てくるとは思えないのですが……。それに近くに本物があるのですし」


「近くに本物があるからこそだよ。連中にとってアレは神聖な代物だ、決して放ってはおかないはず」



 そう言って僕は自身の手に持った、小さな木細工から伸びる紐を持ち掲げる。

 これは紐の先端を握り、細工を施した木製の部品を高速で回すことによって、低い音を鳴らすというものであった。

 これはエイダに聞こえた音を解析してもらい、船のデータベースに残る資料から最も近い音を発すると思われる物を選び、苦心して作り上げた物であった。


 集落の連中にとって、祀っている発信機と同様にそれから発せられる音も重要な存在であるはず。

 音が発せられた翌日に限って、男連中が狩りを行わず祈りを捧げているのがその証明。ならば同じような音が近場から発せられれば、どうしたところで気になるだろう。

 素人の作業なので本来の音とは異なるだろうが、今回は似ていれば十分に用を成す。



「絶対に出ていった連中に聞かれてはいけない。もし聞かれでもすれば、狩りを中断してでも戻ってくるだろうからね。開始の合図はこっちが出す」


「は、はい。ではあたしは隊長の後ろで、これを回していればいいんですね」


「余裕があれば援護もしてくれると助かるかな。片手だから難しいとは思うけど」


「……なんとかやってみます」



 僕がその道具をラティーカへ手渡すと、彼女は緊張した様子で受け取りながら、自身の腰へ下げた銃へと触れた。

 この経験が他で役立つ時が来るとはあまり思えないが、それでも実戦の経験には違いない。

 囮となっての陽動や、戦闘からの逃走など傭兵であれば時折あるもの。傭兵となって間もない内からこういった経験を積めるのは、彼女にとってある意味では幸運なのかもしれない。



 そこから僕等は障害物の陰へと潜み、歩き狩りへと向かう男たちをやり過ごす。

 一方のヴィオレッタとデリクの二人は、ここからは見えないが、既に集落の近くへと移動し、こちらが囮として動き始めるタイミングを窺っているはずだった。


 そのデリクとラティーカの二人は、先日の深夜に交わしていた口論以降、ずっと冷戦状態が続いている。

 デリクの嫉妬やらなにやらを発端としたそれであるが、いまだ解消の糸口も見えはしていない。

 なので結果的にではあるが、二手に分かれると決めた時に、この二人を別々にしたのは正解だったのかもしれなかった。

 そして一方で僕は今にしても、なぜ彼女がこうまでこちらに好意を寄せてくるのか、その理由を計りかねていた。


 集落の男たちが通過するのを待つ間、多少の距離が離れているため声が聞こえるでもないと考えた僕は、意を決して尋ねるべく口を開く。



「一つ聞きたいんだけれど。その、どうして君は――」


「はい?」


「……いや、何でもないよ」



 どうして僕に好意を寄せているのか、などと聞くのもどうなのだろうか。それは流石に、あまりにも自意識過剰と思われるのではないか。

 問う直前、そのように考えてしまったため、結局は踏ん切りがつかず言葉を濁す。

 するとラティーカは小首を傾げ、思いもせぬことをあっけらかんと言い放った。



「もしかして、あたしが隊長を好きだって話のことですか?」


「え……。いや、それは」


「今更隠すつもりもありませんよ。むしろ今隊長と二人だけなのは、好都合かもしれません」



 アッサリと好意を口にするラティーカは、手にした武器を逸らしながらそっと隣へとしゃがみ込む。

 今はそれほど危険な状況ではないが、それでも戦闘を間近に控えたタイミング。ともすれば状況を読めていないような行動ではあるが、彼女は構わず身体を寄せてくる。

 これまで僕はラティーカに対し、思慮深い気質を持つ娘であると思っていた。であるだけにこのような攻勢を仕掛けてくるとは思いもせず、内心では動揺を隠せない。


 今の二人だけな状況をこれ幸いとばかりに、ジッと横から目を合わせるラティーカ。

 一方の僕はこの場にヴィオレッタとデリクが居ない事実に対し、見られずに済んでいるという安堵と同時に、逃げ場なく助けを求める相手も居ない焦りを感じていた。

 気持ちはありがたいのだが、どうにかしてこの場を乗り切るべく、咄嗟に浮かんだ疑問が口を衝く。



「どうして僕なんだ? 同僚の中にも他に沢山人は居るだろうに」


「理由ですか。そうですね、ラトリッジであたしが迷ってる時、隊長が助けてくれたのが切欠でしょうか」



 その理由を無意識に問うてしまうと、ラティーカはすぐさま切欠となった出来事を告げる。

 彼女が団に入ってきた当初、道に迷っていたところを案内したことは覚えている。入り組んだ路地裏で困り果て、右往左往していたのを見かねて声をかけたのだ。

 だがそれだけで好意を向けるとは思えない。彼女はそれなりに整った容姿をしているため、これまでも他に親切にしてくれた人も居たであろうから。



「たったそれだけ?」


「まさか、道を教えてくれただけじゃないですよ。その後で買い物に付き合って下さった後、小休止がてらお茶をしに入ったお店で、隊長がしてくれた話が理由でしょうか」


「……なんて話したかな」



 グイと顔を寄せるラティーカに困惑しながらも、僕は彼女の言う時のことを思いだす。

 同じチームのメンバーと一緒に棲家を得た彼女は、修繕や当面の生活に必要な物を手に入れるため、一人ラトリッジの市街へと繰り出そうとしていたのだ。

 暇を持て余していた僕は道に迷う彼女を案内し、買い物に付き合ってから休憩がてら茶を飲みに店へ入って奢った。そこで何かを話したようだが、はていったい何を口走ったのだったか……。


 眼下では通り過ぎていく集落の男たちが、こちらに背を向けいそいそと狩りへ向かうため、談笑しながら雪を踏みしめている姿が映る。

 もう少しばかりここに隠れている必要がありそうだ。



「覚えてないんですか……? 都市について話してくれた時に隊長は、『傭兵の多くは故郷を捨てている。だからこそ傭兵として各地で転戦しながらも、この街を故郷と思い生きて帰ろうとするんだ』って話してくれたんです」


「ああ……。そういやそんな話もしたっけか」



 実際傭兵というのは、自身が戦火に巻き込まれたが故にその道を選ぶ者が多い。故郷や家族を失ったために、そういった稼業に就かざるをえなくなるのだ。

 ラティーカもまた似たような理由で傭兵として訓練キャンプに入ったため、僕は彼女に対しそのような話をしたのだった。

 ともあれその話をした後で、彼女はこう問うたはずだ。『あたしもこのラトリッジを、故郷にしていいんですか?』と。

 それに対して僕が返した返答は確か……。



「『ここはもう君の故郷だよ。それに同じ傭兵団に属した以上、僕等はもう家族も同然なんだから、親兄弟のように頼っていいんだ』って言ってくれました。一字一句覚えていますよ」


「言……、ったな」


「あたしは戦争で両親と兄弟を失いましたから、それが凄く嬉しかった。訓練キャンプでは皆と上手くやれていたけど、そんな事を言ってくれる人は居なかった。それに丁度死んだ兄が隊長と同じくらいでしたし、余計に近しく感じられたんです」



 握った拳を胸へ当て、柔和な表情を浮かべて語るラティーカ。

 あの時は確か彼女の買い物に付き添った後、茶をする前に馴染な酒場の店主と偶然会い、試しに仕入れた酒を試飲させてもらったのだった。

 それがえらく強烈な代物で、たぶん顔にこそ出ていなかったはずだが、軽い酩酊状態になっていたのを思い出す。

 だからこそあのような、小っ恥ずかしい台詞を臆面もなく言えたのだろう。思い起こせばラティーカと入った茶店もかなり雰囲気の良い店であったし、その空気に乗せられて感情の篭った語り方をしたかもしれない。

 当然このような発言、訓練キャンプで同期の人間が言うはずはない。


 非常に難解な受け取り方をすれば、ある種の告白に聞こえなくはないだろうか。

 ラティーカが家族を戦火で失い、ただ一人生き残った点を加味すれば、彼女がその気になる可能性がそこそこある状況に思える。




<心配になるくらいの惚れっぽさですね>


『いや、これは僕が悪い……、のか?』


<多少は。もう少しドライといいますか、目下の者に対する距離感を考えるべきでしたね。あの時はかなり酔っていたので、こちらの忠告など聞いてはくれなかったと思いますが>



 眼前で目を輝かせるラティーカと、たじろぐばかりの僕に対し、エイダは淡々と感想を述べていく。

 あの時の僕はエイダ曰く、自覚こそ無いもののかなり酔いが回っていたようだ。

 嫌味の込められているようにすら感じられるエイダの言葉に、僕は今頃になって手遅れな反省をするしかない。


 それにしても今のベテランたちが大量に離脱し始めている状況を思えば、寄った勢いでラティーカへ言った言葉を失笑するしかない。

 家族も同然であるはずの傭兵団が、ちょっとしたことで崩れようとしているのだから。


 その後もここに至るまで、少しずつあった僕との接点を口にするラティーカの、嬉しそうな表情を横目に見ながら。

 僕は集落の男たちが通り過ぎ遠ざかっていく後ろ姿を、内心で大きな嘆息をしながら眺めていた。



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