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北上探査05


 半分朽ちかけた倒木の(うろ)という、辛うじて風を凌げる場所を運良く見つけた僕等は、昨日同様に交代で見張りを行っていた。

 当然のことながら、見つかるのを避けるため火は熾せない。それに火など使ってしまえば、折角の風よけまで失ってしまう。

 上が開いているため僅かに降る雪を被る破目となってはいるが、それでもなにも無いよりはずっとマシであった。



「デリク、そろそろ時間だ」


「俺なら大丈夫です、隊長は休んでいてください」


「そうはいかないよ。短い時間だけど休息を摂るのも、傭兵としての任務の内だ」



 昨夜と異なり、今夜はデリクから始まった見張り。僕は良い頃合いに目が覚め、そのまま彼と交代するべく木の洞から這い出た。

 デリク自身はまだ然程眠くはないようで、こちらにまだ休んでいていいとは言うがそうもいかない。

 彼のようにまだ経験の浅い内は、知らず知らずの内に余計な部分で体力を消耗している。明日になって肝心な時に動けないでは、下手をすれば生死を分ける事態になりかねないのだから。



「了解しました。すみません、休ませてもらいます」


「そうしてくれ。……ああ、そうだ」



 若干有無を言わせぬ口調で告げたためか、彼は存外素直に忠告を聞き寝床へと入ろうとする。

 ただ僕はデリクに対し、少しばかり忠告をしてもおく必要を思い出したため、引き止め話を切り出す。


 あえてデリクがラティーカに対し、好意を向けている事に関する話であると告げると、彼は途端に動揺し視線が泳ぐのがわかった。

 ただ話の本題はそこではない。この偵察を行っている最中、そちらにばかり意識が向いたデリクが、今後大きな失態をしでかさないかを懸念している件についてだ。



「この調子が続くようなら、ここまで来た労力を無駄にしてでも、一旦君を本陣に連れ帰ることになる。ここは敵地だ、ちょっとの油断で命を落とすなんてザラだからね」


「それは……」


「それが嫌なら今だけは忘れることだ。今回の偵察ではそこまでの戦闘にはならないだろうけど、君がそんなではラティーカを護れやしないよ」



 僕は歯を食いしばるデリクに対し、警告とばかりに言い切る。

 いくらヴィオレッタが同行し二人きりとなる機会が少ないとはいえ、彼自身がラティーカの近くから離れている間、僕と彼女が接触するのを嫌がっているようだ。

 自分が居ない間に、なにか善からぬ進展をするのではと心配になっているのだろう。


 ここで僕とヴィオレッタの婚約云々という話してやれば、多少なりと彼は安心するのかもしれない。

 だがこればかりはあまり表に出さない方がいい。デリクは決してお喋りな方ではないと思うが、こんな話はアッサリと広まってしまう。

 もしそうなれば、そうなった経緯も根掘り葉掘り聞かれるだろうし、いずれはヴィオレッタが団長の娘であることも露呈してしまう。

 団長の娘と婚約しているから、アイツは贔屓されているのではないか。そのように思われてしまえば、後々やり難くなってしょうがない。

 ……あながちそれも間違っているとは思えないけれど。



 僕の忠告を受けたデリクは、自分がこの様子では、ラティーカを護れはしないという言葉を受け止めたようだ。

 しばし俯き考え込んだ後、姿勢を正し頷く。



「了解しました。……今は考えないようにします」


「今だけは私情を捨てて、任務に専念してくれればそれでいい。ラティーカへのアピールは、町に戻ってから存分にすればいいさ」


「お、俺は別にそんなんじゃ」


「別にいいんだよ? 任務の最中だけ割り切って戦えるなら、個人的にはむしろ推奨したいくらいだ。他の先輩傭兵たちだって、実のところ色んな都市に女性たちを囲っ――」



 なんとか了承したデリクへと、軽口交じりのからかいを振っていく。

 このまま寝床に入ったところで、悶々として眠れないかもしれない。呆れであってもいいから、少しでも気を軽くしてやる必要があった。



 だが他の傭兵たちが流す浮名の話でもしようとした所で、僕は不意に耳へ鳴れぬ音が聞こえてくるのに気付いた。

 中低音の呻りを上げるような音は雪積もる山々へと響き、こだまを返して折り重なっていく。



「こいつは……!」


<おそらくラティーカの聞いたという、例の音でしょう。発信源は近隣の集落付近の模様。すぐ解析を行います>



 幾重にも反響するその音は、降りかかってくるような圧すら感じさせる。

 すぐさま音の発生場所を特定したエイダは、山々へと響く音の正体を解析し始めていたようだ。


 奇怪な音ではある。エイダの言う通りこれはラティーカが得た情報にあった、どこぞやの集落から発せられているという謎の音なのだろう。

 しかし攻撃的な気配は感じさせず、むしろその音からは、どこか救いを求めるかのようですらあった。

 そして感じた印象はあながち外れたものではないようで、即座に解析を終えたエイダによってその正体が定かとなる。



<アル、かなりの好都合でしたよ。音の正体は救難信号の発生装置です>


『こいつがか? だけど実際に音なんて発するもんなのか?』


<団長から受け取ったデータによると、本来であればこのような意味のない音を発することはありません。ですが深い谷に落としたそうですので、その際に発生した不具合による異音ではないかと>



 どうやらこの音の正体こそが、今回受けた任務の主目的の一つである、救難信号を発信するための装置であるという。

 エイダへと確認をすると、僕の脳へと簡略図や詳細な仕様を投影されていく。

 そいつは操作やデータの受信をした際など、音声によるガイドが流れるようになっているため、音を発するという点では機能として存在するらしい。

 その部分の機器が衝撃のせいかどうか、不具合を起こしてこのような音になっているようであった。

 それにもう二十年以上が経過しているので、経年劣化の影響が出ている可能性もある。




「デリク、ヴィオレッタを起こしてくれ」


「は、はい。武器は……?」


「不要だ。おそらく今は戦闘にならないよ、気にはなるだろうけど、君はとりあえず休んでいい」



 突如として響き始めた音に困惑するデリクへと、まだ眠っているであろうヴィオレッタを起してもらうよう伝える。

 彼は腰に差したままの武器へと触れ、いったい何が起ころうとしているのかを警戒しているようだった。

 ただ実際これそのものに悪影響などはないし、ラティーカが得てきた話しによれば、こういった音は定期的に鳴っているとのこと。ならば気になりこそするものの、予定通り早朝に忍び込むだけだ。



「我々ならとっくに起きているぞ」



 僕がデリクへ指示を出していると、木の陰からヴィオレッタとラティーカ、目を覚ました二人が姿を現した。

 そこまでの大音量ではないものの、耳に馴染みのない異音に寝てはいられなかったようだ。

 ヴィオレッタはジトリと寝起きの不機嫌そうな目で僕を眺めてから、「これが例の音か」と呟き周囲を窺う。



「隊長、これはいったい……?」


「君が知らせてくれた通りだよ。確かに妙な音だ、噂になるのも頷ける」



 寝起きで不機嫌なヴィオレッタに反し、起きだしてきたラティーカは不安そうな面持ちを浮かべていた。

 彼女自身がこの話を伝えてくれたものの、よもやこのように山々を渡る音が響いているとは想像もしていなかったようで、デリク同様に手には短剣を握り警戒をしている。


 そんあラティーカとデリクの二人へと休むよう告げると、二人は不承不承ながら木の陰へと戻っていく。

 不安感こそ募るものの、ここで警戒に起きていたとしても出来ることはないと考えたらしい。

 奥へと姿を隠す前に、一瞬だけチラリとこちらへ不安そうな視線を向けるラティーカを見送ると、僕はヴィオレッタに得た情報を伝えるべく説明を始めていった。







 翌早朝、深夜延々と発せられる音に眠りを妨げられながらも、僕等は予定通り目的の集落へと接近を試みていた。

 この国は土地柄か文明水準の問題か、あまり牧畜の類を行わないため、基本的に動物性の食事を摂るためには狩りを行う他ない。

 往々にしてそれは早朝から昼過ぎまで続けられると聞き及んでおり、僕等は部族の男たちが狩りに出るその頃合いを狙って近づいていた。



「参ったな……。狩りに出ると思ったんだけど」


「昨夜の音の影響……、ということはないか?」


「一概にないとは言い切れない。例えばあれが鳴った次の日は狩りを行わない風習とか」



 しかし当てが外れたと言うか、それとも見通しが甘かったと言うべきか。

 部族の住む男たちは早朝からの狩りには行かず、多くが集落へと残り出かける様子など微塵も感じさせない。

 その理由として考えついたのは、昨夜起こった異音に関係するもの。あくまでも想像の範疇に過ぎないが、大切な食事のタネを獲に行こうとせず集落へ残る辺り、何かの関わりがありそうに思えた。



「もう少し進んでみよう。向こうは然程警戒していないみたいだし」


「わかった。援護は任せてもらう、……あまり得意ではないがな」



 そう言ってヴィオレッタは自身の持つ銃を掲げると、フッと軽く息吹き笑んで僕を見送る。

 当人の言う通りあまり射撃が得意ではない彼女のことだ、勢い余って僕の背を撃ちかねないというのは否定できなかった。


 今この場に居るのは僕とヴィオレッタの二人だけ。同行しているはずのラティーカとデリクではあるが、とりあえず今は更に後方で待機してもらっている。

 偵察などの行動は経験や慎重さが物を言う行為で、特にデリクなどはあまり得意ではないはずだからだ。



 不穏な言葉で見送ろうとする彼女を置いて、僕は陰となっている場所を選び進んでいく。

 誰かが近づいているということを想定もしていないのか、発見されそうな様子などはなかったものの、白い外套によって雪へと溶け込むように身を低く保つ。

 そうして集落を取り囲む木柵の外周へと辿り着くと、今度は一旦外套を脱ぎ、民家の陰に隠して集落の中へと入りこむ。


 おそらく総人口百人にも満たない、小さな部族が抱える集落。そこの中を隠れ進んでいくと、中央に人が集まっている気配が感じられた。

 見れば老若男女に混じり部族の屈強な男たちが、中央の広場らしき場所へと置かれた台へ向け、平伏し祈りを捧げているようであった。



「もしかしてアレか?」


<――確認。探している代物と断言していいでしょう>



 その集落中央に置かれた台の上に、丁寧に安置された物体を眺める。

 そいつは腕一本より若干短い程度の長さをした、スティック状の物体。下は地面にでも刺すためにか細くなっており、一方上に行くにつれ太く無骨になっていた。

 だが形状以上に目を引くのが、頂点に当たる部分が赤く点滅しているという点だろうか。

 等間隔に明滅するそれは集落住民たちの視線を一身に集め、頭を地面へ着き平伏する姿勢からは、非常に重要な代物に対する扱いが見て取れる。



「祭壇のようにも見えるな」


<アレは見ての通り、こちらの人間にとっては奇怪な発光体です。神秘的な印象を受け、祀る対象となってもおかしくはないかと>


「つまりは聞いていた通り、信仰の対象ってことか。参ったな、こいつは取り戻すのに一苦労しそうだ……」



 本来只の救難信号発信機ではあるが、ここの部族にとっては不思議な色や音を放つ神秘性の高い品であるのに違いない。

 そのためこの部族の人間たちは、あれを神の遺物か何かと考えたのだろう。


 案外そういうこともあるのかもしれない。しかしあれを回収しようとするこちらにとって、その事実は非常に由々しき事態だ。

 当然周囲は警戒されているだろうから、部族の人間と同じような格好をするだけでは、近付くことも儘ならないのではないか。

 よしんば奪えたとしても、そこから逃げおおせるまでが一苦労。


 僕はひとまず周囲の状況と居る人数などを確認した後、外套を拾って密かに脱出しながら、どうしたものかと頭を抱えていた。



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