北上探査04
翌日、早朝から移動を開始した僕等は、途中で遠方に確認した集団をやり過ごすために足を止めていた。
雪が被り真っ白となった岩場へと隠れ、その陰から小さく覗いて敵の姿を視認する。
だが陰から覗き見る僕の横で、ラティーカはジトリとした視線と共に、突然妙なことを言い出した。
「何を話していたかは聞こえませんでしたけど、随分と仲が良さそうでしたね……」
彼女が指して言っているのはたぶん、昨夜していたヴィオレッタとの内緒話とも言えるものについて。
何故このタイミングでその話を振るかと思いはするが、ラティーカにとっては重要な内容であるらしい。
「起きてたんだね。気付かなかったよ」
「お二人とも楽しそうでしたので、声をかけるのも悪いかと思いまして」
どこか不機嫌そうなラティーカは、僕が向ける揶揄を込めた言葉にムスリと返す。
ラティーカの話によると、デリクが見張りを交代するため外へ出たタイミングで目を覚ましたようだ。
彼女もそれなりに気が張っていたせいか、眠りが浅く些細な物音で起きてしまったのかもしれない。
故に僕が戻ってきて、夜中にヴィオレッタと僅かな時間雑談を交わしていたのを、真横で寝たふりをしながら聞いていたらしい。内容までは聞き取れなかったとのことではあるが。
件のヴィオレッタは現在僕等と離れ、デリクと共にここから少し移動した場所で警戒をしている。
場合によっては近くを通る部族の連中を倒さねばならず、他に敵が居ないかの探索も兼ね、デリクへとその手ほどきをするためだ。
「それで、ヴィオレッタ先輩とは何の話をしていたんですか?」
「他愛もない内容だよ。この任務が終わって戻ったら何を食べたいとか、新しく武器を新調したいとかさ」
追及を受けているようにも思えるラティーカの問い詰めに、僕は敵から目を離さぬまま、行った会話の中でも比較的無難な内容を挙げていく。
主にしていた話とは異なるが、実際こういった内容も話したのだから、嘘は言ってはいない。
ただラティーカは説明した内容よりも、そこから類推される事実を受け止めたらしく、若干肩を落としていた。
「そういえば隊長とヴィオレッタ先輩は、同じ隊同士でしたね……」
「ああ、一応僕が隊長でね。考えてみれば、ヴィオレッタとはもう随分と長い付き合いになるな。彼女は途中から加入したんだけどね」
「……でもあたしは、これが終わったらお別れなんですよね」
突如として声から元気のなくなったラティーカは、寂しそうに視線を逸らし拳を握っていた。
あくまでも銃器の試験運用を行う部隊は、一時的に編成された隊に過ぎない。なので今回の任務が粗方片付いたら、ラトリッジに戻って解散となるのだ。
つまりラティーカやデリクら新米たちは、そこで再度別の隊へと再編成されることになる。僕等が新米の時と同様に。
当然その時には、僕も本来のレオとヴィオレッタで構成される、極々小さな隊へと戻ることとなる。ラティーカにとって、それは望ましい未来ではないようであった。
「ヴィオレッタ先輩が羨ましいです、これが終わっても隊長と一緒だなんて」
「近すぎて逆に気にもしないけどね。隊の仲間は側に居るのが普通だし、新鮮さなんてあったもんじゃない」
「でもあたしは隊長の隊に入りたいです。……まだまだ実力が伴ってませんけど」
ラティーカはグッと近寄り、敵の様子を窺い続ける僕の腕を掴む。少々その動作にドキリとさせられはするが、僕はなんとか平静を装い視線を外しはしなかった。
いったいどうしてここまで懐かれてしまったのやら。確かラトリッジで道に迷った彼女を見かけ、帰り道を教えたついでに買い物に付き合い、少しばかり荷物を持ってあげたくらいのはず。
あとはついでに甘味をご馳走したりもしたが、よもやそれだけでここまでの好意を寄せたりはすまい。
それにしても、なかなかにダイレクトな感情表現をしてくる娘だ。
普段隊内でまとめ役を買って出ているラティーカは、もっと平静で思慮深い性格であると思っていただけに、この攻勢は僕にとって意外そのものであった。
彼女のする場の空気を読まぬ攻勢にたじろぎつつ、僕は視線を敵から外さない。
すると連中はこちらに気付いた訳でもないだろうが、進路を修正しこっちへと向かってこようとしていた。
その状況を好都合とばかりに、腕を掴むラティーカを離す。
「お喋りはここまで。来るぞ」
積極性を示そうとする彼女には悪いが、今から始まろうとしているのは戦いだ。僕は彼女を押しのけるなり、腰に差した簡素な銃を取り出し、岩陰から構え狙いを定める。
本当はやり過ごすだけのつもりだったが、今から逃げ出しても気付かれるのがオチ。偶然通りがかっただけの連中には悪いが、ここは自分たちの安全のためにも攻撃させてもらう。
すると流石に今はアピールの場ではないと理解したようで、こちらの行動に倣いラティーカも同様の動作で銃を抜き、雪の中へと伏せて構えた。
「要領は前と同じ、僕の後に続いて射撃を行うんだ。だが今回はラティーカ、続いて二射目を準備してくれ」
「隊長はどうされるのですか?」
「僕は一射目の後、接近戦を仕掛ける。可能ならその間にどんどん撃っていくんだ」
「り……、了解ですっ」
徐々に近づいてくる敵影に、ラティーカは僕の下した指示に息を呑みつつ了承する。
前回はもっと多くの新米たちが一緒であったが、今は僕と彼女だけ。自分が外せば僕が危険になると考えたようで、ラティーカからは緊張が伝わってくるようであった。
ラティーカの準備が整ったのを確認するなり、僕は迫る敵を狙い息を止める。
距離にして数十m。この粗末な銃では、ギリギリ狙えるかどうかといったところで、警戒のためキョロキョロと周囲を見渡す一人へ向けて発射。
若干軌道は狂い、肩口付近へと命中した銃弾によって、そいつは錐揉みしつつ後方へと弾き飛ばされた。
一気に動揺が奔る連中へと、ラティーカの追い打ちが襲う。しかし緊張のせいか、彼女の撃った弾は一人の腕を掠め、積もった雪を僅かに吹き飛ばす。
「続けろ! 準備が出来次第撃っていけ!」
「は、はい!」
差した中剣を引き抜き、この場で残るラティーカに指示をしながら、姿勢低く突進する。
ただ今回の相手は、先日新米たちと襲撃した相手よりもずっと練度が高い戦士であるようだ。動揺もそこそこに、自分たちの得物である手斧を抜き迎え撃つ態勢を整え始めていた。
最初に撃ち無力化した相手を除けば残り四人。その中で先頭を歩いていた男へと接近し、振り下ろさんとしていた手斧を掻い潜る。
肉薄した瞬間に開いた腹へと一閃。温かい血を撒き呻く男を蹴飛ばすと、続けて間近で襲い掛かる男へと、取り出した指ほどの長さをしたナイフを投げつける。
そうやって四人へと少しずつ傷を負わせていくと、後方から二度目となるラティーカによる銃声。今度は内一人へと命中し、そいつは巨躯を折って倒れ込む。
思ったよりも早かった。火薬と弾丸を別に詰め込まねばならないという、少々面倒な手順を必要とする銃ではあるが、この状況であっても冷静に行えたようだ。
存外上手く対処を行うラティーカに安堵した僕は、もう一発くらい撃ってもらおうと欲を出し、わざと一人残すように剣を振るっていった。
銃声を聞きつけたヴィオレッタらが駆けつけたのは、丁度ラティーカが撃った蹲る相手を斬り捨て、息絶えたのを確認したころだった。
二人は僕に関しては然程心配していないのか、真っ直ぐへたり込んで座るラティーカへと向かう。
「随分と撃ったようだなラティーカ。立てるか?」
「はい。あたしは大丈夫です、それよりも隊長は……?」
歩み寄り引き起こすヴィオレッタへと、心拍数の上昇から滝の汗を流すラティーカは問う。
彼女は立ち上がりキョロキョロと周囲を見回すと、剣を収め歩く僕の姿を見た途端、安堵の色を浮かべていた。
僕がやられてしまった可能性云々よりも、自身が撃った弾が当たってやしないかという心配があったのかもしれない。
なんだかんだで四発もを撃ったのだ、一発くらいこちらに当たっていてもおかしくはないと思うのは当然か。
「問題はないよ。良くやったね、一発は外したみたいだけど上々の出来だ」
「あ、ありがとうございますっ!」
そのラティーカへと近寄り、敵を負傷させた事実を称賛する。
すると彼女は体温のせいか興奮のせいか、頬を上気させ真っ直ぐ背を伸ばして一礼した。
実際ラティーカはよくやった方だとは思う。まだ碌に戦闘経験も持たぬのに、これだけやれれば上等だ。
もっともそんな光景を見るヴィオレッタは、やれやれといった素振りで使用された銃の状態を確認し始めた。
ラティーカが好意を隠さぬ様子を今更突っ込んでも無意味だと考え、ここで自身の役割となっている、銃器の状態を確認しようというのだろう。
そして一方のデリクはと言えば、落ち着きのない視線で僕とラティーカを矯めつ眇めつしていた。
どうやら頬を上気させ喜ぶ彼女の姿に、落ち着かぬモノを感じているようだ。気持ちとしては理解できなくはない。
「弓でもそうだけど、こういった武器ではまず距離を置くのが重要になる。今回は即興でやったけど、前衛として組む相手とは連携の確認をしておくといい」
「はい。ですが隊長は、打ち合わせもなしで前に出れるものなんですね……」
「いい加減前での動き方も慣れてるからね。それとデリク、この先は君にも同じようにやってもらうことになる」
「……わかりました」
ここは訓練キャンプではなく実践の場ではあるが、まだ経験のない後輩への指導もしなくてはならない。
それとなくデリクにも気構えをしておくよう告げたのだが、やはり彼は僕とラティーカの会話ばかりが気になってしかたないようだ。
加えて今の話は、捉えようによっては共に後衛であるこの二人が、組む可能性が低いと言っているように受け取られたかもしれない。
正直このままでは、どこかでデリクが致命的なポカをやらかしてしまいかねない。あまり任務に集中できていないようなので、どうにか意識を切り替えてやらなければ……。
「アル、情報だとこの先に集落があるようだ。今日の内に探りを入れておくか?」
デリクの扱いをどうしようかと、二人を相手に話をする最中考えていると、横からヴィオレッタが言葉を発する。
彼女は行っていた銃器の検査を終えたようで、手にしていた銃をラティーカへと渡しながら、集落があると思われる方角を指さしていた。
「そうだな……。今日のところは止めておいて、早朝に行うとしよう」
「早朝? 夜間でなくていいのか」
「朝になったら狩猟に出るだろうから。その間は人も減るはずだし、忍び込むのならこの頃合いがいいと思う」
僕ははなしつつもエイダに指示し、脳へと周辺一帯の地図を表示させる。
大まかにではあるが、森の場所や地形の高低差などを元に、ざっと偵察を行うための計画を立てた。
早朝に東側から近づけば、山によってできた陰と逆光によって、多少は気付かれにくくなるはず。それに狩猟の戦力である男が留守というのは、こちらにとって好都合であった。
「この二人はどうする?」
「二人はヴィオレッタと一緒に、周辺の警戒といざって時の援護を頼むよ。偵察には僕が行こう」
「了解だ。では少しでも高い位置を確保しておいた方が良いな」
簡単な打ち合わせをする僕とヴィオレッタの様子を、ラティーカとデリクはただ横から眺める。
こういった会話に入るのが憚られるというのもあるが、まだ自らの思考では行動の順序立てを行えないというのもありそうだ。
やはり偵察や戦闘の経験あってこそ、そのような思考を持てるようになるのだろう。
僕自身も最初の頃は、何をどうして良いかサッパリだった。
「そういう訳だ。今日もどこかで野宿をする破目になる」
その口を開けぬまま立つつくす二人へ向け、僕は苦笑しながら告げる。
暗に昨日同様、野宿をする場所を探さなければならないという意味を込めたのだが、こちらはある程度察してくれたようだ。
ラティーカとデリクは頷くと、置いていた自身の背嚢を背負い直し、僕等と共に二手に分かれ野営を行える場所を探すために散っていった。




