空路09
飛行艇の操縦を替わった僕の隣で、座席に座るミラー博士はポツリポツリと、色々な話をしてくれた。
被験体となっていたリアーナらに対し、どうして名が付いていなかったのか。次いで最初期に生み出されたレオが、他の個体とどう異なっているのかなどを。
前者に関しては単純に、場合によっては使い捨てねばならない相手であるため、下手に情が沸くのを嫌がったためらしい。
元々が孤児であるため名を持っていたはずだが、あえてそれらを聞かぬまま記憶を改竄したのは、レオら初期の実験体を多く失った時の経験からであるようだ。
一方の後者は投与した薬物の製造時期による品質の他、脳へインプラントされた機器の有無といった差異があるようだ。
レオが他の実験体と意識による意思疎通が不可能であったり、同盟の都市で戦った連中と異なり、地球圏の言語を理解できなかったのもこれが理由であるとのこと。
ではこの飛行艇が発進する前、リアーナらが突破されたことを察したのは、あくまでもレオの直感によるものであるということか。
僕はミラー博士からそれらの話を聞きながら、王国西の沿岸より飛行艇で飛び立ち、帰還と飛行艇の隠し場所を求め一路北へ。
その最中静かに話をしてくれるミラー博士は、どこか苦しそうであり、内に溜めこんだ澱みを吐き出しているようであった。
「この惑星で実験を行ったこと、後悔しているのですか?」
「後悔……、と言っていいのかどうか。ただわたしは研究者であると同時に軍人だ、嫌だと言うことはできなかった」
積年の心労を吐露する博士へと、確認として問うてみる。
実際後悔をしていたからこそ、贖罪のために実験体たちを逃がさんとすべく、自身が囮となろうとしたのだとは思う。
しかし今までやってきたことを否定するも同然なだけに、当人はそれを口にするのが憚られるようだ。
「あえて後悔と言うならば、大元となる試薬を生み出した点だろうか。だがあれは偶然作れた物、わたしのように凡庸ではない優秀な誰かが、きっと同じ物を作り出していたろう。……いや、これは言い訳だな」
ミラー博士はそう言って、言い訳がましいと感じた言葉を打ち消すように、強く首を横へと振っていた。
ただ話によると、当時彼はまだ二十代の半ば。そんな人間が凡庸であるなど考え辛いが、彼自身はそう思っていないようだ。
案外当時研究者としてやっていた彼の近くには、更に凄い人物が居たのかもしれない。
「結局わたしは、あの子らを無為に死なせてしまったのか……」
「悪いですが、そこは否定しません。他にもっと彼女らが助かる方法はあったでしょうし」
「手厳しいね。きっとこの後逃げ延びた先でも、君たちの団長に同じことを言われるのだろうが」
操縦室の前に張られた透明度の高いガラス越しに、ミラー博士は遠い目で空を眺める。
博士には悪いが、実際他にもやりようはあった。例えばリアーナが廃坑道内を通る僕等と接触したように、その気になれば王国を脱出することはできたのだ。
全員が一度に行動すれば流石に目立つとしても、一人ずつであれば問題はない。それこそ都市リンベルタッドで現れた連中のように、ああいった形で王国から逃がせばよかった。
それくらいはミラー博士もわかっているのだろう。だがそれでも行わなかったのは、彼自身が言っていたように、軍人としての職責のせいかもしれない。
何よりも実験とデータの取得という任務が優先。人道的な思考はさておき、僕にはそれが軍属の研究者としては、あながち間違いでもないように思えた。
逆に言えばそういった任務というしがらみから逃れたいがために、自らが残り囮になろうとした可能性もある。
「……モノのついでにお聞きしますが、後ろの少女、確かNo.050でしたか。あの娘は今後どうされるので?」
ただこれ以上この件で博士を責めても仕方あるまい。僕は多少なりと会話の方向を転換すべく、ふと気になった事を尋ねる。
機体の後部に積まれていた真っ白な少女。彼女を今後どう起こし扱うかは知らないが、その未来は決して平坦ではあるまい。
記憶などに関してを弄れば、社会生活そのものはどうにかなりそうだが、実際あれだけ目立つ容姿だ。なかなかに溶け込むのは難しいだろう。
レオなどは傭兵という稼業であるため、ある程度そうった面が流されていたりはする。
だが鉄と血の臭いとは無縁な、一般の市民として生きるのであれば話は別かもしれない。
「わたしの娘と言って信じる人は居ないだろうな。あれだけ見た目がかけ離れていれば」
「でしょうね。むしろレオの妹とした方が自然です」
「それも悪くはないかもしれん。ともあれわたしに出来る範疇になるが、死んでいった者たちの分も面倒を見るつもりだ」
具体的にどうするとは言明しないものの、博士なりに何とかしたいとは考えているらしい。
これもまた贖罪の内か。助けられなかった二十数名、いやそこまでの実験や戦いで命を落とした四十八人分の。
そんな博士へと、後ろに積まれた少女同様に、僅かな生き残りとなった仲間に関しても問う。
「ではレオは?」
「勿論彼に対してもだ。もっともわたしに出来ることなど、問題が起きた時に身体を調整するのと、改竄した記憶を元に戻すことくらいだが」
問うたレオに関してもまた、博士は自身の力が及ぶ範囲で助けていくと告げる。
しかしそんな彼の言葉ではあるが、僕は同時に告げられた内容の一部の方が遥かに気になっていた。
「記憶を……、復元できるのですか?」
「可能だ。あくまで外来持っている記憶を休眠状態にしているだけで、完全に消去したわけではないからね」
博士の断言した言葉に、僕は気持ちが大きくグラつくのを感じていた。
本来持っていた記憶を、当人に返してやるというのは当然のことかもしれない。しかしそれによって、レオがどういった行動を取るかがわからない。
案外故郷に戻って縁者を探そうとするかもしれないし、おそらくそうなった場合には傭兵団を抜けようとするだろう。
あくまでも想像上の展開ではあるが、僕にはそれが好ましい事態とは思えなかった。
「どうするかな。機材は飛行艇の各部埋め込んである、向こうに着いてすぐ記憶の復元作業を開始できるが」
「……当人の承諾が無いことには。それを決めるのは僕ではありませんので」
確認を求めるミラー博士に対し、僕は一瞬言い澱みながら、決断を逃げる言葉をもって返す。
実際彼の意志を無視してやるわけにもいかず、この辺りが極めて良識的な返答だろうか。
しかし直後にそれを納得したであろう、ミラー博士の言葉を遮り、僕は実に勝手な要求をしていた。
「ふむ、それもそうだ。では後で当人に直接聞いてみ――」
「やっぱり待って下さい。……このことは、しばらく当人には黙っていてもらえると」
抑えた声のまま僅かに緊張して、ミラー博士を押し留める。
レオは記憶を戻せると聞かれれば、どちらでも良いと言うかもしれない。そうなればおそらく、博士は彼の記憶を戻そうとするだろう。
もし改竄された記憶が修正され、レオが僕等のもとを離れると言い出したら。そう考えると、僕はいてもたってもいられなかった。
どこまでも自分本位な理由ではあるが、レオの実力は傭兵団というよりも僕等の隊にとって必要な戦力。
それにここまでずっと一緒にやってきた仲間、その彼を失うかもしれない状況となるのは、非常に抵抗があったのは否定できない。
「……確かにすぐ取り掛かれるが、出来ることならば精密検査を終えてからが好ましい。そちらの機器はメンテナンスが必要になるだろうから、当面は待ってもらう必要があるね」
僕が自身の勝手な考えに歯噛みしていると、どうもミラー博士はこちらの意志を汲みとってくれたようだ。
彼に内心で密かに感謝しながら頷き、より詳しい検査を行った後にレオ本人へ確認することとした。
しかしあくまでもこれは、直面したくない状況を先送りに過ぎない。
まったく、つい先日二人を騙していた事実を告白したばかりだというのに。我ながら実に身勝手なものだとは思う。
そこからは操縦室内も沈黙し、僕は操縦桿を握りながら、速度を表す計器に視線を向ける。
これ以上話すことも思い浮ばなかったし、もし何かあっても博士がこちらに来る以上、これからは尋ねる機会も度々あるはず。
ならば今全てを知る必要もないだろうと考え、僕はまず無事に帰還を果たすべく、操縦に集中することにした。
ただこの飛行艇は思いのほか速いようで、博士と話しをしているうちに、目的となる地点はすぐそこへと迫っていたようだ。
<間もなく目標地点へ到着します。着水準備を>
頭に響くエイダの声に反応し、前方の視界を確認する。
視界には真っ青な海や点在する島々、ずっと先には沿岸部に築かれた都市などが見え始めており、この地が既に同盟領内であることを示していた。
すぐさま僕は着水の準備をするべく、博士に頼み後方で待機する二人へと掴まっているよう指示してもらう。
若干の緊張を抱きながら、徐々に速度を落としていき、機首を上へ傾けながら下降していく。
ゆるやかに降りていく機体は、幸運にも穏やかで波の少ない海の上へと、派手な音や衝撃と共に機体を滑らせていった。
▽
シャノン聖堂国の西岸から飛行艇を飛ばし、北上して辿り着いた場所。そこは西方都市国家同盟随一の商業港が整備された地である、都市ベルバークにほど近い海域だった。
そこから人目に付かぬ浜へと密かに接岸した僕は、一人徒歩で都市へ向かい一人の人物と接触した。
「いや、確かに隠せそうな場所はあるけどよ……」
「他に頼れそうな相手が居ないんだ。悪いとは思うけれど、これも恩を売ると思って」
その人物、運良く都市に居てくれたジョルダーノを、僕の案内で飛行艇のある場所へと連れて行く。
元々は海賊であり、現在は自国へと帰るために海運業を商って費用を稼いでいる彼に頼んだのは、どこか飛行艇を隠せる場所がないかというもの。
だが隠れ留めてある飛行艇の全容を見るなり、ジョルダーノは若干渋い表情を浮かべ難色を示していた。
どうやら隠し場所に心当たりがあるであろう、ジョルダーノの弱みを突かせてもらう。
元々彼は自らの意志でこの土地に来たというよりも、自身の上司に当たる人物からの指示により、僕等を送り届けたに過ぎない。
その上司であるロークラインは、元来僕等に恩を売りたいがためにジョルダーノの船に乗れるよう手配したのだ。彼もそれは重々理解しているはず。
「確かに恩を売っておくにこしたことない。そもそもうちのボスがお前らを送らせたのは、それが目的だろうしな。だがこんなデカぶつ、隠すのは少々骨が折れる」
「人手が要るのか?」
「人手もだが金もだな。丁度よく浜辺に洞窟でもあればいいが、この辺りにはねぇからよ。どこか都市の外れにデカい倉庫を借りるか、あるいは建てるか……」
「勿論管理に必要な費用は支払う。その上で別途報酬も」
示した条件に合う場所の確保はやはり難しいのか、ジョルダーノは普段軽薄そうな表情に皺を刻む。
こちらの要望を聞きたくないというよりも、単純にそれをするだけのハードルが高いようだ。
丁度よく人に見られない場所に建てられた巨大な倉庫など、早々あるものではない。それにも仮に存在したとしても、きっと碌な用途で建てられた施設ではないだろう。
だとすれば借りるのが難しいだろうから、新しく建てる方がよほど楽だし秘密も守られる。
しかしだからこそ建設作業を行う人間には、相応に金を積まなければならないだろう。口止め料として。
「そいつを言われると弱いな。もう少しで帰るのに必要な額が溜まるからよ」
「なら引き受けてくれるか?」
「仕方ねぇな。だが今言ったように、帰る費用が溜まるってことは、俺らはもう少しでこの土地から居なくなるってことだ。乗員の訓練もあらかた済んだしよ」
彼はこちらで海運を営む間、それなりにこちらの人間とも繋がりが出来たようだ。どうやら隠し場所を建築してくれる業者に心当たりがあるらしい。
ただいずれは自国に帰るジョルダーノ達。その時期は近いようで、以後の管理や見張りなどは保障できかねるという返答であった。
つまり彼らが帰還して以降は、僕ら自身の手で飛行艇を隠し続けるか、他に丁度良い場所を確保しておかねばならないということになる。
「いつ頃までに次の場所を準備しておけばいい?」
「あと四十日かそこら、これが限界だ」
「恩に着るよ。それまでになんとかしておく」
それだけあれば、当面を凌げる隠し場所を確保できるかもしれない。
丘陵地帯であるラトリッジ近郊に山を築くなどは不可能だが、上手くすれば地ならしをし、簡易的な滑走路のような物を確保できるのではないか。
これはこれで金も人手も要るが、この惑星唯一の飛行手段であるこいつの価値を考えれば、そのくらいであれば十分必要経費。
それに飛行中密かに団長へと連絡を取り、そういった諸々の費用捻出の承諾も得ている。
最終確認としてジョルダーノにGOサインを出すと、僕はひとまず彼と共に都市へ戻るため歩き始める。
どういった場所にどの規模の建物を築くか、ある程度詳細を詰めておく必要があったためだ。
だが歩き始めた僕の隣で、彼は振り返ってもう一度怪訝そうな表情を浮かべて尋ねた。
「ところでよ、あいつはいったい何なんだ? こんな妙な形状の船、俺は見たことねぇぞ」
「……船であることには違いないよ。かなり変わってるのは確かだけれど」
「まぁ、そんだけ隠したがってるモンだ、易々と教えちゃくれねぇわな。中すら見れねぇのは残念だけどよ」
「悪いね、こればっかりは」
心残りがありそうに振り返っているジョルダーノへと、僕は申し訳なく思いつつも断りを入れる。
中を見た所で、彼には仕組みがわかるはずもない。なにしろ機械によって構成された構造なのだから。
とはいえあの飛行艇が、未知の技術の集積であることは気取られるはず。それをジョルダーノの上司である、ロークラインに伝わるというのは好ましくはなかった。
「なら俺の口止め料分も請求に上乗せすっかね」
「……程々に頼むよ。あんまり費用がかさむと流石に怒られる」
半ば冗談めかして告げる、ジョルダーノのニタリとした笑みに苦笑で返す。
それなりの出費は任せてもらえそうだが、それにも限度というものはあるのだ。あまり費用が多額になると、いくらなんでも説教の一つや二つ頂戴するだろう。
僕は少しでも安く抑えるべくどう交渉した物かと、首を捻りながら都市への帰路をトボトボと歩いて行った。




