小さな発見
ラトリッジに帰還したその日の内に、僕等は受けた依頼を遂行するのに必要な準備を終えた。
そうして迎えた翌日の休暇は、完全な休養へと当てる。
休暇の度に行っていた家の修繕も中止し、より多くの睡眠を取り、食事も全て外食で済ませてひたすら休む。
僕は確認作業でヘイゼルさんと会っていたのだが、他の皆にはその間もしっかりと休養を摂ってもらう。
そして次の日の早朝、僕等は指定された場所に集合していた。
ラトリッジの南門側に在る、何のために建てられたのかサッパリわからない石碑の前。
そこが依頼主との待ち合わせに指定された場所だ。
指定された刻限になっても現れぬ依頼主を待ち立ったままで待機。
しばらくするとガラガラと地面を転がる車輪の音が朝もやの中に響き、依頼主である行商人が随分と遅れて姿を現した。
「お前らが派遣された傭兵か?」
「はい。僕たちが護衛を務めさせていただきます」
僕は依頼主の前に立ち、一礼して出迎える。
その男性は細身の体に、神経質そうな釣り上がった双眸を持つ。
言葉の端から若干不機嫌そうな気配を感じたため、とりあえずは愛想を良くしておくべきであると思えた。
ヘイゼルさんも以前に言っていた、金持ちには頭を下げて機嫌を損ねなければいいと。
この依頼主がどういった性格かは知らないが、一応最低限の礼儀を守っておけば、そこまで揉めることはないはずだ。
「依頼内容を確認させて頂きます。ラトリッジから南西へ向かい、道中一か所の村を経由して、最終目的地である"ベルバーク"まで護衛をさせて頂きます。これでよろしいでしょうか?」
一応僕がこのチームのリーダーであるという事なので、代表して依頼主に確認をする。
それを聞き終えた依頼主は、ウムと胸を張りながら頷くという、なかなかに珍妙な動作で横柄に肯定した。
少々……、厄介な相手の予感がする。
「何かご質問がおありでしたら、どうぞご遠慮なく。よろしければこのまま出立しますが」
不明瞭であったり疑問を抱きそうな点は、可能な限り最初に確認しておく。
これはヘイゼルさんや、駄馬の安息小屋にたむろしていた先輩傭兵たちからのアドバイスであった。
定かになっていない内容を放置していては、後々にトラブルの種となりかねないからだ。
つまりこの確認作業は相手を思いやってというよりも、僕等傭兵側の自衛手段としての意味合いが強い。
「別に無い。……だがなんと言うか、随分と若いのだな」
依頼主は僕等を見渡すと、頭の先から足先までを舐め回すようにジロジロと眺めた。
見た目からして明らかに、二十歳にすらなっていない僕等だ。
その上装備も軽装なものばかりで、立派な金属鎧などは一切身に着けてはいない。
これは長旅での体力的消耗を減らすのと、俊敏な護衛行動を取るためなのだが。
しかし向こうからすれば、ただ貧乏なド新人を押し付けられたようにでも見えているのかもしれない。
新人であるのは否定しようがないけれども。
「申し訳ございません。生憎傭兵団の熟練した者たちは、皆戦場に出払っておりまして」
「……まぁいい。そこまで危険な道という程でもない、お前たちでも十分だろう。ほれ、早く行くぞ」
自身が遅れた事など意に介さないかの如く、フンと鼻を鳴らし、やはり横柄な態度を取る依頼主。
その態度からは僕等をというよりも、傭兵全体を見下したような気配さえ感じる。
確かに傭兵というものは、あまり好まれざる存在であるというのは否定しない。
だがこのラトリッジで、ここまで露骨に不快感を表す人物は珍しかった。
僕の背後に立つケイリーからは、どこか不機嫌な気配が漂い始めるが、ここは我慢してもらいたいところだ。
初っ端から依頼主と揉めたのでは、今後の僕等の評価に大きく汚点を残す破目になる。
なんとか堪えてもらわねばならない。
……確かに、少々どころかかなり態度に問題がありそうな人物という印象は受けるのだが。
「では出発致しましょう。僕たちは前後を挟む形で移動します」
どこか不満げな依頼主を誘導し、彼自身の鳥車へと押し込めて準備完了。
僕等は一路、港湾都市ベルバークへと向けて出発した。
▽
ラトリッジから出て二日目。
僕等は比較的きれいに整備された街道に沿って、なだらかな丘陵地帯をノンビリと進む。
今日先頭を走るのは、ケイリーが操りレオがその上で周辺の監視をする鳥車。
次いで依頼主の乗る大量の荷が積まれた鳥車と続き、しんがりは徒歩である僕とマーカス。
今回は輸送任務ではないので、僕等が使う鳥車は一台だけ。
必要な装備品や食料など、数日間の行程に必要な最低限の必需品の全てを乗せている。
ただ後方の僕等二人が徒歩であるため、それほど速度を出せない。
それが癪に障るのだろうか、依頼主は度々荷台の上から僕等を怒鳴り散らしていた。
「もっと早く進めんのか! お前たちも自分の荷車に乗ればいいだろう!」
「申し訳ありません。確かにそうした方が移動は早いのですが、より安全性を確保するためこういった隊列を組ませて頂いています」
一定時間置きに響く怒鳴り声に、僕はウンザリとしながら極力穏やかに返す。
一応後ろを歩く僕等が、騎乗鳥に乗って移動するという手段も仕えなくはない。
傭兵団の持つ厩舎にはまだ何頭かが残っており、むしろ本来ならばそうするのが普通と言える。
だが今回あえてそうしなかったのは、単純に依頼主の金払いが悪かったせいだ。
騎乗鳥を出せば当然食料として飼葉が多く必要となるし、道中怪我をする危険性も増す。
もしも骨折でもしようものなら、それこそ傭兵団としては大きな損害を被る破目になってしまう。
なので移動速度を重視してそれらを使うのであれば、今回払った以上の額を積まねばならない。
そこを依頼主が渋った結果がこれだ。
そもそもそういった点は、事前に窓口となる担当者から聞かされているはずなのだが。
通常であれば片道全行程二日で行ける距離を、三日使って移動しなければならない。
僕等としても徒歩は疲れるし、この横柄な依頼主から早く解放されたいというのが正直なところだった。
『エイダ、この近辺は野盗が少ないそうだが一応警戒は続けてくれ。範囲はそうだな、半径一kmといったところか』
<了解しました。動体反応の検知範囲を、半径一kmに設定します>
エイダに索敵範囲の指定を指示しながら、僕は周囲を警戒しつつ歩く。
警戒は基本エイダだけに任せてしまってもいいのだが、あまりに怠けていると思われては後々が逆に面倒だ。
フリだけでも、真面目に警戒をしている素振りはしておかなければ。
時折エイダから受ける情報を確認しながら、丘陵地帯に吹く柔らかな風を心地よく浴びる。
今は依頼主の癇癪も沈静化しており、ようやく落ち着けると思い始めた頃。
唐突に隣を歩くマーカスが小声で話しかけてきた。
「それにしても、やっぱりリーダーがアルで良かったです」
「どうしたんだ、急に?」
「だって、ずっと怒鳴ってばかりの依頼主の矢面に立ってくれてるじゃないですか。アル以外ではどうしようもありませんでしたよ」
「そんなことはないだろう? マーカスなら、もっと上手く依頼主を宥められるんじゃないのか?」
「まさか。ボクはそこまで器用ではありませんよ。それにボク自身、彼に対して相当苛立っているのは否定できません。たった二日の間に、何度手が出そうになったことか」
マーカスの呟くその言葉は、僕にとってとても意外なものだった。
勿論ごく普通の人間である限り、そういったマイナスの感情が在るのは当然。
だがここまでの彼を見る限り、基本的に温厚で怒りなどといった感情とは縁遠い存在に思えていたのだ。
僕は内心で苦笑し、素直にその感想を口にする。
「意外だな。マーカスがそんなことを言うなんて」
「ボクだって当然、耐え難い相手というのは居ますよ。今回の依頼主がその範疇だっただけです」
くすりと小さく笑い、マーカスは僕等に背を向ける依頼人へと視線を向ける。
その後でやはり小さく呟いたマーカスの悪態に、僕は再度驚いた。
どうしたって言動が耐えられない相手は居るものだし、それが自分たちを見下してくる相手であれば尚更。
この依頼主は何をそんなに腹が立つというのか、視線が会う度に怒鳴り、僕等傭兵を侮辱する発言を繰り返す。
その上でこう言うのだ、「金を払ってるワシに逆らうつもりなのか」と。
金払いの悪いケチな商人であるのに、どの口がそれを言うのか。
「本当に優秀な商人であれば、以後を穏便かつ円滑に進めるためにも、周囲への配慮は欠かさないものです。おそらく商人としては、相当ダメな部類でしょうね」
「なかなかに言うもんだな」
「率直な感想ですよ」
珍しく感情を表に出すマーカスは、柔和ながらも真面目な表情のままで次々と悪態をつく。
少々意外な光景ではあったが、正直彼の気持ちもよくわかる。
「ケイリーも同じだと思いますよ。彼女は感情が表に出やすいので、すぐわかりますけれど。街に着いて解放された時の表情が楽しみです」
「それは言えてる。喜んでバンザイするか、気が抜けて座り込むか。賭けるか?」
「いいですね、乗りましょう。ボクは座り込む方に賭けます」
仲間を賭けのネタにするなど、当人が聞いたら怒っても仕方のないものだろう。
だがこの時僕は、新たに見つけたマーカスの一面が、面白くてしかたがなかった。
どこか無邪気で、少しだけ皮肉めいていて。
依頼主の傍若無人な態度が、一時的に彼の枷を外してしまった可能性がある。
「なんだお前等! わしに隠れて何を話しているか!」
小声で会話する僕とマーカスへ、前を走る鳥車の上から怒声が飛ぶ。
楽しそうに談笑しているようには見えぬよう、極力表情は抑えていたのだが、依頼主には僕等が会話しているという事実すら気に入らなかったようだ。
荷台の上で立ち上がり、下眼遣いで僕等を見下ろして癇癪を起している。
「申し訳ございません。この後の行程について確認をしていたもので」
「……ふんっ、どうだかな。高い金を払ってるんだ、その分はしっかりと護ってもらうぞ!」
ふんぞり返り、ドカリと御者台に腰を下ろす依頼主。
"高い金"という彼の言葉に、僕等は顔を見合わせ肩を竦める。
出発前日にヘイゼルさんから聞いた話では、彼は何度も値切りをしては条件が合わないと喚き散らしたのだと聞く。
いわゆるクレーマーの類に属する客のようで、依頼を受ける窓口も兼ねる場合があるヘイゼルさんも困り果てていたようだ。
彼女曰く、「カミキリムシと酒を酌み交わす方がマシ」とまで言わしめる相手であると。
実のところ、ベテランの傭兵たちが全員出払ってるなんてのも大嘘。
ただ単に、今回の依頼主に関する悪評が傭兵団内で有名であるため、僕等新米に体よく押し付けたに過ぎないようであった。
本当に、こういった面も含めて何事も経験だ。
『エイダ、目の前で偉そうにしてるおっさんのデータに加筆修正を』
<了解。内容を提示してください>
『「いつか誰かに後ろから刺されそう」だ。数年後に見たら案外当たってるかもしれないぞ』
<「いつか誰かに後ろから刺されそう」をデータに追加しました。その予想に対する確率を独自に計算しましたが、言っても良いでしょうか?>
僕の悪戯にエイダは付き合ってくれるようで、彼女なりに行ったという予想確立を聞いてみると、三〇%というなかなかに高い確立を叩き出していた。
残念ながら隣を歩くマーカスと碌に会話も出来なくなった僕は、今はエイダ相手に少しの憂さ晴らしをしながら、ただ歩き続けることしかできないようだ。