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空路03


 巨大な洞窟内に築かれた都市の奥に広がる、あまり人の寄りつかぬ郊外の地域。

 そこへポツリと建つ、これといって変哲もない簡素な一階建ての家屋が、目的地である研究所への入り口だった。

 おそらくはただの民家に偽装されていると思われるその家屋へ入ると、中には一応問題なく暮らせそうなだけの家具などが配置されている。

 しかしそれらからは生活の臭いがせず、埃こそ被っていないものの、整頓され過ぎている道具類などから、ここが人が住むための家ではないことが知れた。



「こっちは逆に、随分と無機質な作りではないか」


「言えてる。でもこの方が研究所っぽい」



 民家から隠し扉を経て地下へと降り、現れた通路を真っ直ぐに進んでいきながら、僕とヴィオレッタは各々感想を口にする。

 その通路は岩盤を綺麗な正方形にくり貫いた通路で、飾り気もない真っ新な壁面が延々と先へ伸びていた。

 以前同盟の東に在るワディンガム共和国へ潜入した際、出会ったビルトーリオと共に攻撃した軍の研究施設もこれと似た印象であった。

 やはりああいった施設は、どこも同じような作りになっていくのだろうか。



「リアーナ、随分と歩くけどどこまで続いているんだ?」


「研究所は沿岸部を北に行った場所だ。もう少しで着く」



 しかしどこまで歩けど景観が延々と変わらぬため、徐々に飽き飽きとしてくる。

 昨日リアーナと名付けられたNo.031は、真っ直ぐに伸びる凹凸のない通路を変わらぬ歩調で進みつつ、黙って歩けとばかりぶっきら棒に返した。


 昨日の今日ではあるが、付けた名に関して彼女は文句を言うつもりはないようだ。

 ただ単に抗議をしても無駄と考え、諦めから受け入れているだけとも言えそうだけれど。

 だとしても今までのように番号で呼ぶよりは、ずっと気が楽ではある。あのままではどうにも、こっちが彼女を物扱いしていると思えて仕方がなかった。



「それにしても大掛かりな施設だな。岩の中をくり貫いて道を造るなんて、随分と費用や労力が要るだろうに」


「ミラー博士の研究所は、一部を除き国の要人にも秘匿されている。人目に付かない必要があった」



 思いのほか問いに対し答えを示してくれるリアーナは、ここが非常に秘匿性の高い場所であると告げた。

 確かにこんな研究をする場所、おいそれと人に話すことなどできまい。それが例え国の要人であっても、極一部に限られるというのは普通の選択だと思えた。



「その見返りが町中で見かけた技術って訳か。随分と大盤振る舞いしたもんだね」


「わたしはこの点をよく知らん。ミラー博士に直接聞くといい」



 現時点でこの国に来て見かけたのは、発電を行う設備とそれを利用した地下水を汲み上げるポンプ。そして警備に立つ軍人たちが持っている銃の類。

 技術的な側面だけを言えば、これらは現在地球圏で確立されている物からすれば児戯にも等しい。

 だがそんな技術であっても、この惑星においては発達しすぎた代物であり、他国に対し絶対的な優位性を得るに繋がるだけのモノに他ならなかった。

 もっとも今以上の技術を渡したところで、この惑星では有効に活用することもできないだろう。


 リアーナはあまりこういった部分を詳しく知らされていないと見えるが、彼女自身はそもそもこちらの出であるため、これらの異常さに気付いてはいないようだ。




 しばらく僅かなやり取りを行いながら、僕等は真っ直ぐな通路を歩いていく。

 変わり映えせぬ無機質で、それなりの広さながら窓一つなく圧迫感を感じる通路の景観が続く。

 そうして歩いている内に、前方からは一見行き止まりにも見える壁が見えてきた。ただよくよく見れば、その壁には一か所だけ頑丈そうな金属扉が据えられていた。



「ここが研究所だ」



 簡潔なリアーナの言葉と共に、僕等はその重厚な金属製の一枚扉の前に立つ。

 彼女が取り付けられた複数の取っ手を不規則に動かしていくと、何度目かで扉からガタンと音が鳴り、ゆっくりと手前に開いていく。


 急ぎ入るよう促すリアーナの言葉に反応し、すぐさま僕等は中へと駆けこむ。

 そこから金属扉をゆっくり閉め、内側からロックしたところで背後から不意に声がかけられた。



「ようこそ。お待ちしておりました」



 ヒンヤリとした、柔らかい言葉ながらも人が発したものと思えぬ声に、僕等は驚き振り返る。

 まるで居ることを感じさせぬ、気配すらなかったそこに立っていたのは一人の男。

 いや男かどうかはまだ確証を得られない。何故ならそいつは銀の髪に青い瞳や非常に整った容姿と、レオとリアーナに酷似した風貌であったためだ。



「ミラー博士がお待ちです。どうぞこちらへ」


「……わかった」



 口調は丁寧であるが、この人物がレオやリアーナと同じく、被験体の一人であるのは間違いない。

 彼か彼女かは知らないが、博士が待っていると告げるからには間違いなくこの奥にミラー博士は居るのだろう。

 ついて来るよう言う目の前の人物に従い、僕等は塊となって後を続く。

 ここまで来てはもう案内役としての役目を負えたリアーナも、変わらず前を歩いていた。



 歩く最中に周囲を窺い見ると、研究所と思わしきこの場所は、外に面していないのか窓の一切が見られない。

 その点は通ってきた通路と同じなのだが、ここは多少なりと人が日常的に使っている形跡が見られ、所々に汚れや凹みなどが見られた。

 通る最中に幾つかの部屋を通り過ぎたのだが、それらは皆何かで使っているのか否か、扉は閉められ中からは人の気配らしきものが感じられない。


 そんな研究所内を移動する最中、博士と会う前に探りを入れるべく、前を歩く人物へそれとなく話題を振ってみる。



「そういえば、君は何番目の被験体なんだ? 案内役の彼女は31番目だと言っていたけれど」


「私は初期に作られた個体で、9番目になります」


「なるほどね。ということは、番号とは別に名前があったりするんじゃないのか?」



 僕が割と重要でもない、取っ掛かりとなる話をしてみると、前を歩く人物は存外普通に返してくれた。

 誰もかれもがレオやリアーナのように、ぶっきら棒な口調という訳でもないらしい。もっとも普通にしている時のリアーナと同様に、単調で抑揚のない声には違いないのだが。

 イマイチ性別が定かでなかったが、声から察するに男だろうか。彼は僕がした名前に関する問いに、振り向きもせず他人事のように言い放つ。



「確かに個体を識別する名はあります。ですが別段それを必要とすることはありません」


「そうかな。こっちが君を呼ぶ時に、番号だけじゃ気まずいんだけど」


「必要はないでしょう。わたしの事は居ないものとして考えて頂いて構いませんので」



 僕はリアーナにしたのと同じように振ってみる。しかし彼は全く意に介した様子すらなく、自身をあくまで番号で呼ぶことを求めた。

 どうやら見た目などは似ている反面、口調が丁寧に思えたものの、その実リアーナよりもずっと堅物であるようだ。

 ただ意外にも被験体ごとに性格の違いなどが見て取れることへ、僕は密かな安堵感と愉快さを覚えていた。



「まあいいか。ところでどういった人なんだ、ミラー博士って人は」



 これは難敵だと判断した僕は、名を引き出すのを諦めNo.009へとミラー博士の人となりを探る。

 ただこれもあまり効果的な質問とは言えなかったようで、彼は簡潔に「会えばわかります」とだけ告げるに留まった。

 リアーナに問うた時も似た対応だったので、彼らは皆ミラー博士に関して語るのを、タブー視しているのではないかとすら思えてくる。



『まったく……。全然掴めないな、ミラー博士がどんな人なのか』


<その博士とやらがどういった人かは知りませんが、ここまで来ればもう覚悟を決めて会うしかないでしょうね>


『前もって性格の一つも知っておけば、話すのも楽かと思ったんだけどね……』



 僕は内心で嘆息しながら、エイダを相手に愚痴を溢す。

 団長からも詳しい話を聞かされていないので、博士がどういった人物であるのかは未だもってわからなかった。

 そこがわかれば多少なりと、話しの持っていきようも考えられるというのに。

 ただ孤児を集めてこんな実験を何十人と行っているあたり、あまり人間性に関しては期待しない方が良いのかもしれない。



 僕らはあまり友好的とは思えないNo.009の後に続き、研究所内を進み一枚の簡素な木製扉の前へ立つ。

 そこは一見して研究所内に在る他の部屋と変わらぬ外観ではあるものの、一つだけ他と異なる点が。扉には一枚のネームプレートが掲げられており、そこにはこう書かれていた。



「『Dr.Miller』か……」


「見たことのない文字だな。お前の国で使っているモノか?」


「ああ。僕らの母星……、国のような場所で使う言語の一つだよ」



 金属製のネームプレートに刻まれた文字を読む僕に、ヴィオレッタは難しそうな表情を向ける。

 そこに刻まれていたのは、見紛うことなき英字による文章。

 こんな物を晒して大丈夫なのかとも思いはするが、考えてみればここは外部の人間が入ってくることのない場所。なので遠慮することなく、こういった物を掲げられるようであった。


 ネームプレート付きの扉をノックするNo.009は、中から返された返事に従い入室していく。

 僕等は顔を見合わせると、意を決して揃って彼に続き入室する。



 部屋の中に入ると、そこは一面白壁の天井高く長方形な部屋。

 ただここは研究室といった場所ではないらしく、所々に賑やかしとして置かれた調度品の他には、書棚と机くらいしか置かれてはいなかった。

 その部屋の奥。非常に簡素な作りをした机の前に立っていた人物が、こちらへと近付き名乗りを上げる。



「ようこそお出で下さいました。始めまして、わたしが当研究所の責任者を務める、ワイアット・ミラーです」



 その人物は僕等の前へと来るなり、スッと右の手を差し出してくる。

 非常に自然なその動作にたじろぐと同時に、僕は彼の容姿が想像していたものとかけ離れていたことに驚いた。

 ミラー博士が差し伸べた手は、ここ王国に住む住人たちが持つ褐色の肌よりもなお黒く、柔和に歪められた笑顔から覗く歯は、浮き上がるように白い。

 実験対象となるレオやリアーナの見た目から無意識に想像していた容姿と異なり、彼はいわゆる黒色人種と呼ばれる人であった。



「……お初にお目にかかります。ホムラ団長の傭兵団に所属します、アルフレートと申します」


「君がそうか。タクミから聞いているよ」



 僕が握手を握り返し名乗ると、ミラー博士は納得したように頷く。

 タクミというのは、最初に会った時のリアーナが言っていたようにウチの団長の名前。その団長から聞いているということは、やはり博士とは定期的に連絡を取っていたようだ。


 彼は立ち並ぶ僕等を矯めつ眇めつすると、穏やかにヴィオレッタにも話しかける。

 彼女が団長の娘であるというのにすぐ気付いたのか、あるいは事前に連絡を受けていたのかは知らないが、見るなり大きくなったものだと感慨深そうに呟いていた。

 どうもヴィオレッタの記憶にはないようだが、かなり昔に顔を合わせたことがあるらしい。


 一方でレオに対しては、今のところこれといった反応は示さない。やはり自己紹介の必要性は無いということなのだろう。



「とりあえずこちらへ。見ての通り殺風景で、お客人に座っていただく椅子もない場所ですが」



 ミラー博士はそう言って振り返り、部屋の奥へと手で招く。

 その招きに応じ部屋の奥へと進みながら、先を歩く博士の背へと視線を向けつつ思案する。

 見たところ想像していたよりも、ずっと人当たりが良さそうな人物ではある。だがこのような実験を行い、道具として実験対象たちを戦わせた人物であるのに違いはない。

 博士の内心を量りかねていた僕は、その本質を見抜こうとせんばかりに、自然険しい目つきで彼の背を凝視していた。



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