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誓い07


 非常に歩き辛い荒野を抜け、ミラー博士の使いと称する"No.031"に案内された僕等は、ようやく王国領で最初の人里へと辿り着いた。

 厳しい土地柄これといって猛獣の類が居ないのか、それとも風通しを考えてか町に外壁などは見られない。

 正門という存在すら曖昧な町の入り口をくぐった僕等は、その殺風景な景観に眉をしかめる。



「……ここは本当に人が住んでいるのか?」


「人っ子一人居やしないな。建物の中からも人の気配が感じられないし」



 町のメインストリートとも呼べるであろう、比較的広い通りを歩く。

 通りには土壁による箱型の家がまばらに並ぶ。そしてただひたすら砂混じりの風が吹き抜けるばかりで、露店どころか一人として通行人の姿すら見られなかった。

 ヴィオレッタが言ったように、人が住んでいるのかが怪しく思えてくる。それにこの町で求めていた水を汲もうにも、周囲には井戸の類が一切見当たらない。

 人の存在に加え、人が暮らすのに必要となる物すら見えぬ光景に、僕は不安感が煽られていくのを感じざるをえなかった。



「住人は地下だ。昼間は外に出ない」


「通りで。ということはこの家に見えるのは、下に繋がっている入口って事か」



 困惑する僕等へと、No.031は抑揚ない声で説明をする。

 説明は不足しているが彼女の弁によると、どうやらこの地はあまりの暑さのせいで、住民の生活基盤が地下に設けられているようだ。

 それならば納得がいく。地下であれば温度も安定してりうだろうし、地上で過ごすよりはずっと快適であろうから。



「なら僕等も降りる必要があるのかな。どこへ行けばいい?」


「こっちだ」



 ここから地下に降りるであろう場所を探し周囲を見渡すと、No.031は視線だけで僕等を一瞥し、スタスタと一件の建物へと向かって歩いていく。

 土と藁を練り日光で乾かし固めただけの、窓すら無い簡素な土壁で作られたた民家群。その中でも比較的大きなそこへと辿り着くと、彼女はノックすることもなく扉を開いた。


 そこは公共の建物なのだろうか、入ってみると中はガランとしており、置きものの一つもない殺風景な室内の中央に、ただ一つ階段が見える。

 その階段を迷うことなく降りていくNo.031に続いて進み、何十段もを下っていく。

 平然と断りなく入ったところからして、ここはやはり誰もが使える地下への入り口であるようだ。

 彼女について階段を下りていくと、次第に奥からはガヤガヤと人の喧騒が聞こえ始め、下り終えた先には広い空間が現れた。



「ここは商店街か……」



 降りきった先に現れたのは、道幅五mほどの広い通路。

 ただその両端には、壁面をくり貫いて造られた商店が立ち並び、威勢のいい声で客を呼び込んでいた。

 あまりの暑さによって上では行えない商業活動も、こと地下に降りれば快適に営めるようだ。

 地上と地下という差はあるものの、その光景は同盟領の都市で見えるものと大差はない。


 だがよくよく見れば、客や商店の人間らは揃って皆よく日焼けした褐色の肌を持つ。

 わかってはいたが確かにこれでは、僕等の容姿は酷く目立つだろう。No.031が外套を用意してくれなければ、今頃住人たちの視線は一点にこちらへと向けられていたはずだ。




「この国ではどこもこうなのか?」


「よくは知らん。だが特に暑い地域だけらしい」



 周囲を見渡す僕等を余所に、No.031は歩を進め先を急ぐ。

 置いて行くとばかり歩き始めた彼女を追いかけながら問うも、無感情ながらも相応の返答を返してくれた。


 そんな彼女に続き、人々の喧騒が壁へと響く地下特有の涼しい通路を進んでいく。

 地下であるとはいえ、通路にはこれといって証明の類は見られない。だが所々天井に空いた穴によって光が取り入れられ、別段暗さは感じられなかった。

 どうやら農業もこの地下空間で行われているようで、点在する脇道の先には、広い空間と植物の緑が見受けられる。


 だが移動の最中よくよく周囲を見れば、そこかしこにゆったりとした衣服を纏う住人たちとは異なり、身体にフィットした濃い灰色の服を纏う人間が歩いていた。

 そいつらは一様に、武器と思わしき紐を通した金属製の棒を肩から下げており、商店や民家に出入りをしている。



「あれはもしかして、この国の軍人か?」


「そうだ。あまり関わらないようにしろ」



 密かに横目で窺いながらNo.031へと問うと、彼女はすぐさま僕の言葉を肯定し、そいつらから遠ざからんと歩を僅かに速めた。

 一見してその軍人たちは、凶暴であったり不真面目そうには見えない。むしろ同盟領における軍人に相当する騎士の方が、袖の下塗れなだけによほど問題を抱えていそうに思える。

 しかし彼女にとって、連中はあまり好ましくない存在であるようだ。歩を速めたのは、こちらを見咎められまいとする現れであるようだ。



 そのまま彼女は逃げ込むように、少し行った場所の壁面に据えられていた扉の中へと入りこむ。

 そこは殺風景ながら、幾つかの家具が置かれた民家。No.031は家に入るなりこちらへと振り返り、着ている外套を脱いでも構わないと告げた。

 おそらくはここが、本日の目的地になるの休息場所なのだろう。



「出発は明日の早朝だ」


「わかった、今のうちに精々身体を休めておくよ。水と食料はどこで手に入れればいい?」


「水はこの家の中で汲める。食料はこれでなんとかしろ、だが怪しまれるな」



 そう言うとNo.031は懐から小さな小袋を取り出し、僕へと手渡した。

 中には軽いものの十数枚の見たこともない硬貨が入れられており、これが王国で流通している通貨であることが知れる。

 こちらでの相場はわからぬものの、おそらく何とかなるだろう。僕はそう考え、ひとまず乾いた喉を潤すべく、レオとヴィオレッタと共に家の奥へと進んでいく。



「水は……、どこだ?」


「水瓶らしき物はないな。そっちの部屋にはないか?」



 僕等はカラカラとなった喉のまま隣の部屋へと向かうと、そこはタイル張りの小さな室内。

 ヴィオレッタはキョロキョロと周囲を見回すが、普通水が入れられているはずの水瓶などは見当たらない。

 かと言って井戸が見当たるわけでもなく、僕等はどうしたものかと途方に暮れていた。


 ただ部屋の一角に、少々見慣れぬ物体が置いてあるのが目に付く。

 少々小振りな木箱であるそれへと近付き、いったい何であろうかと、蝶番で閉じられた蓋を開ける。

 そこに入れられていた物体を見た瞬間、僕は驚きに身体を震わせた。



「こいつは……。機械か」



 開いた蓋の下に現れた物体、それは見るからに金属で組まれた集合体。

 数か所に押すことのできるボタンらしき物が取り付けられ、壁の向こうへと導線や金属のパイプが伸びているのが見える。


 恐る恐るその内の一つへと触れ押してみると、直後機械は軽い金属音とともに駆動し、中に仕込まれた機工が動く振動が感じられた。

 いったいどうなるのかと思う間もなく、その機械はゴボゴボと音を鳴らし始め、本体から伸びた筒より水が流れ出始める。



「なんだこいつは。一体何をした?」



 突然の音に振り向いていたヴィオレッタは、僕の手元にある機械から流れ出る水を眺め、困惑の様子を浮かべる。

 だが実際のところ、彼女以上に混乱をしていたのは僕の方だ。

 滔々と流れタイルを濡らしていく水をしばし呆然と眺め、我に返るまで若干の時間を要してしまう。


 あるところでハッとした僕は、その場で膝を伸ばし振り返る。

 怪訝そうに置かれた機械と水を眺めつづけるヴィオレッタを放置し、入ってきた扉をくぐり最初の部屋へと戻った。

 そこへは外套を脱ぎ、壁にもたれかかるように座るNo.031の姿。僕は彼女へと詰め寄ると、立ったまま斜め上から見下ろして叫んだ。



「いったいアレはなんなんだ!」


「アレ、とはどれを指す?」


「水だよ! 水を汲み上げるための装置のことだ。どうしてあんな物が……」



 異星の技術によって生み出された存在である彼女に対し、今更このような事を言っても詮無いのかもしれない。

 だが僕が言いたいのは、あのような代物がこういった市街地の家へと、普通に置いてあることの異常さだった。


 僕自身もこの惑星での暮らしが長いせいか、水という物は井戸から汲みあげ、水瓶に溜めておくという常識がすっかり身に付いている。

 おそらく地球の歴史においても、同程度の文明水準であった頃も同様だっただろう。

 機械を操作すれば水が出るなどという現象は、本来この技術水準の惑星には存在しえない光景であった。



「ここは砂漠だ。水は地下から得るのが当然――」


「そういうことを言ってるんじゃない……。おかしいだろう、あんな技術は本来あるはずがないんだ」


「わたしは詳しく知らん。だがこちらでは一般的な物だ、どの家にもある」



 これといって困惑した様子もなく、No.031は飄々と言い放つ。だが僕にとっては、彼女が告げたその事実の方が驚きだ。

 機械はおそらく地下に繋がっており、パイプを通して地下水を採取しているのだとは思う。

 それ自体は彼女の言う通り当然のこと。このような乾燥した地域では、水源を地下に求めるのが普通なのだとは思う。

 だがそのための機械が、各家庭に備わっていると彼女は言い切った。これは日常の中に馴染んでいたとしても、あり得ないオーバーテクノロジーの類。


 そこまで考えた所で、僕は事前に団長から聞かされていた内容を思い出す。ミラー博士は王国で研究を行うため、一定の技術を引き換えにその環境を得たのであると。



「という事は、これがミラー博士が引き換えにもたらした技術だってことか?」


「答えかねる。知りたくば博士に聞くといい」



 半ば独り言のように自問したのだが、No.031が返す言葉には取りつく島もない。

 技術と引き換えに云々という話は聞いていたが、それはあくまでも国家元首である教皇など、一部権力者のみにもたらされた物であると考えていた。

 まさか国の上部だけでなく、こんな地方の小都市にまで……。


 これはやはり彼女の言う通り、直接当人に聞くしかないのだろう。おそらくあの機械が登場した経緯など、住民たちに聞いたところで碌な答えは返ってきはしまい。

 どちらにせよ目立つ訳にはいかないため、実際に聞いて回ることはできないのだが。




「アル、あれはどうやって止めたらいい」



 僕が突如として現れた技術に頭を抱えていると、背後から声がかけられる。

 振り返ってみればそこにはレオが立っており、彼は手にした水筒を掲げ、水の補給が済んだ旨を伝えていた。

 どうやら機械の止め方がわからず助けを求めてきたようなので、やはりレオにはそういった面の記憶が欠落している様子が見て取れる。

 こんな日常の行動すら改竄されているのかと思いはするが、同盟で余計なことを言わぬよう、こういった知識までも消されたのかもしれない。


 地下に流れているものとはいえ、このような地域で無駄に水を出すのも気が引ける。

 気を取り直しその場で被りを振ると、レオに促されタイル張りのある部屋へと戻り、機械に触れそれらしきスイッチを押し水を止めた。



「……よく知っているものだな。そんな物の扱い方を」



 機械の駆動を停止した安堵感で息を衝くと、背後に立つヴィオレッタが静かに告げる。

 見上げれば彼女は置かれた機械と僕を交互に見やり、若干得体の知れぬ者を見るような視線を送っていた。

 これは疑いであるに違いない。今まで仲間であると思っていた相手が、本当は何者であるのかわからなくなったと言わんばかりだ。

 突然現れた機械に驚いていたが、考えてみれば僕には先にしなければならないことがある。



「……小さい頃は、こういった物に囲まれていたからね。久しく触ってなかったけど」


「そうか。なら後で聞かせてもらうとしよう、全てをな」



 僕が返した言葉を受け、ヴィオレッタはそれだけ告げて部屋から去っていく。

 それはこの後で落ち着いた状態となった時、隠していた事情の全てを漏れなく説明しろという意味だ。

 ここまでくれば話すことに躊躇いはない。僕は部屋へ残っていたレオにも頷き、アイコンタクトで説明を約束した。


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