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離脱者


 ラトリッジの表通りにある一件の店。

 その軒先で下ろした大量の荷物を、店内へと運び入れる。

 ガシャリと大きな音をさせて運んだそれは、そのほとんどが壊れて使い物にならない武具の数々だ。


 槍は柄の部分から折れており、剣は刃こぼれだらけ。

 鎧はあちこちにある凹みのせいで原型を保っておらず、いったいどうやって脱いだのか首を傾げたくなる。

 どれもこれも、これから先これを使って戦えと言われれば、全力で拒否したくなるような代物ばかりだった。



「とりあえず、これで全部です」


「また今回も派手にやらかしたもんですね」



 積まれた武具の山を見て、僕よりも少しだけ年上と思われる青年は、呟きながら苦笑いを浮かべる。

 彼はこの店の留守を任されている人物で、僕等が持ち込んだ武具の査定をしてくれる人だ。



「そうですね。ですが今回は防具に血が付いていないですから、それが救いですよ」


「それは言えてます。扱うこちらとしても血が付いていると、作業中気味が悪くてしかたありませんからね」



 彼は僕の言葉に、少々噛み合わない答えを返す。

 だが僕が言ったのは、防具に血が付いていないということは、これを着ていた傭兵たちが無事であるといった意味合いだ。


 この店は使用不能となった武具を回収し、金属だけを集めて再度加工するのを生業としている。

 砥いでも使い物にならない武器や、叩いて形状を整えるには難しい金属鎧などを、少しでも現金化するために持ち込む先だ。

 彼からすれば、溶かしてしまうとはいえ血の付いた武具を手に作業するのは、あまり気の進まない面があるのだろう。


 どうにも立場の違いからくる認識のせいか、言葉の意味が違る形で伝わってしまった。

 この点を彼に説いたところで、あまり意味の無い事だろうけれども。



「ではいつも通り、査定した額を指定日に持っていきますので」


「ええ、お願いします。信用(・・)していますよ」



 言葉に若干の強調を混ぜ、僕は店の軒先から出る。

 聞く限りでは、この店とイェルド傭兵団とは随分付き合いが長いとのことだ。

 一応年押しはしたが、おそらく評価額を誤魔化すような真似はすまい。



「アル、どうだった?」


「どうだったも何も、いつも通りだよ」


「そ? じゃあ早く戻ろうよ、レオとマーカスも待ってるだろうしさ」



 店から外へ出るなり、表通りに置いた馬車の荷台で待っていたケイリーは、退屈とばかりに口を尖らせた。

 僕ははいはいと適当な返事を返しながら御者台へ座り、手綱を振って騎乗鳥を走らせる。

 もう一台の鳥車にはレオとマーカスが乗っているのだが、そちらには僕等と異なりまだ使える武具の類が乗せられ、修繕を行う店に持ち込むため別行動をしている。



「ヘイゼルさん、今回は報酬弾んでくれるかな? かなり危ない感じだったんだけど」


「どうだろうな……。ヘイゼルさんもそれなりに権限があるみたいだけど、あくまでも窓口だからね。彼女の一存で報酬は決められないかも」


「あーあ。もっとドーンとお金が入れば、家だってすぐ直せるのにさぁ」



 御者台の上で伸びをしながら、ケイリーは不満を露わにする。

 だが文句を言っても、こればかりはどうしようもない。

 何せ僕等はまだこれといった実績すら積んでいない、ただの新米に過ぎない。

 報酬額に文句など付けれようはずもなく、ただ今は黙って任務をこなすだけなのだから。





 僕等が傭兵団の訓練キャンプを卒業して、早二ヶ月。

 その間に任された仕事と言えば、補給物資の買い出しと運搬、そして巡回娼婦の護衛など。


 今の今までただ一度として、戦場に立つ機会はない。

 ひたすら戦場近くの町とラトリッジを往復し、受け取った僅かな報酬を元に家を直すばかりの日々。


 それに運搬する補給物資の買い出しを任されているとは言っても、何を買うかなどは既に店側へリストが渡されてある。

 僕等はそれを受け取りに行くだけで、お金の管理すらさせては貰えない。



『まさかこの惑星で掛け取り引きがあるとは思わなかったけどな』


<文明水準的には存在してもおかしくはないかと。傭兵団がそれを行っているというのは、少々意外ではありましたが>



 エイダも言う通り、物資の買い出しを行う最中に最も驚いたのはそこだ。

 金銭の移動は二十日単位の掛け取り引きで行われており、傭兵団で使う膨大な金銭を直に目にすることはない。

 実際傭兵団が行う取引のほとんどには現金が登場せず、金額の書かれた証書によってのみ行われるのだとか。


 しかしこれはあくまでも、大きな規模を誇るイェルド傭兵団だからこその取引手段であるそうだった。

 他の中小規模の傭兵団だと、やはり現金による取引が基本となるとのことだ。





 僕等は持ち帰った荷物を引き渡した後、鳥車を団に返却してから、二人と合流すべく"駄馬の安息小屋"へと向かった。

 今回の報酬をヘイゼルさんから受け取るのと、慰労のための打ち上げも目的としてだ。

 まだ昼間ではあるが、往復十日近くかけてようやく辿り着いたラトリッジだ。少しくらいは羽を伸ばしても罰は当たるまい。



「それじゃあ、今回も無事帰り着いたのを祝して」


「かんぱーい!」



 各々手にした飲み物を掲げ、疲労感を投げ捨てるかのように叫ぶ。


 ここまでで何度か補給物資を運んで往復しているが、毎度かなりの疲労に襲われる。

 特に今回などは雨天に加え、いつもより早く荷を届けなければならなかったため、更に大変だった。

 おまけに道中またもや野盗に襲撃され、その上今度はラトリッジに帰る娼婦を護衛しながらだったので、苦労の程は言うまでもない。

 その彼女たちとは既に、街の入り口で別れている。



「本当に……、今回ばかりは疲れました」


「雨ってホントにキツイわ。足場とか最悪で鳥ちゃんももかなりバテてたじゃない」


「明日は一応休みを貰えるけど、いっそ家の修繕も休んでしまおうか?」



 手にした飲み物を口に運びながら、僕等はとりあえず思い付いた言葉が口を衝く。


 それにしても、こうやってストレスを吐き出す場というのが、とても重要であることがよくわかる。

 愚痴を溢す事すら出来ないのであれば、今頃は肉体より先に精神的な疲労から倒れ込んでいてもおかしくはなかった。


 ここ"駄馬の安息小屋"は傭兵団の所有物件ではあるが、この場ばかりは任務に対してどんな不満を口にしても許される。

 それがここのルールであり、ストレスの多い傭兵たちには、こう言った場が必要となる証明であった。



「おう、ヒヨッコ共。話す内容がらしく(・・・)なってきたじゃないか」



 料理を運んできたヘイゼルさんは、ニタニタと笑みながら告げる。

 その口ぶりからすれば、これまでの僕等がここでした会話は、彼女からすれば傭兵とは思えぬ子供同然なものであったようだ。

 だが確かに与えられた任務に対する愚痴は、それを与えられなければ口にしようがない。


 ヘイゼルさんは一人前への登竜門だとばかりに、全員の背を叩き気合を入れた。

 と同時に、彼女は神妙な顔をしてテーブルに身を乗り出し、僕等に顔を寄せて話し始める。



「そういえばお前等、あの話は聞いたか?」


「……といいますと?」


「お前等と同期の、一班連中のことさ」



 訓練キャンプを同時に卒業した九人は二つの班へと別れ、レオとケイリーとマーカス、そして僕は二班へ。

 残る五人は一班として振り分けられている。


 行き先こそ異なるものの、彼らもまた今の僕等同様に補給路の往復をしていると聞く。

 だが入れ違いになる事が多いのか、ここしばらく顔も合わせてはいない。

 その彼らがどうしたというのだろうか。



「彼らがどうかしましたか?」


「……輸送の途中で野盗の集団に襲われて、ハンフリーがな」



 少しだけ静かな調子で、ヘイゼルさんは僕等へと語りかける。

 それ以上は言わずともわかる。

 ここまでそれらしい任務を与えられてはいないが、僕等だって傭兵の端くれだ。

 いつかはこんな日が来るというのはわかっていた。



「野盗連中そのものは、大した実力でもなかったらしい。ただ逃げ出した連中を追いかけて、独断で行動したところを不意打ちされたようだ」


「そうですか……」


「ヤツには悪いが、お前らはこれを反面教師にしろ。いくら訓練して実戦経験を積もうが、一人分の力は所詮一人にしか過ぎん。駒は複数いてこそ実力を発揮する」



 ヘイゼルさんの言葉に、僕等は揃って頷く。

 彼女の言うことは間違ってはいない。

 僕などは身に着けた装置のおかげで、常人よりも遥かに高い能力を得ており、数人を苦も無く一度に相手することは可能だ。

 だが普通の人たちはそうもいかず、それこそ一人につき一人分だけの戦闘能力しか得られないのは当然のこと。


 一人だけで戦場に切り込んで制圧出来るでもなく、戦い続けるには仲間の協力が必要不可欠。

 よほど上手く立ち回らない限り、単独行動は死に直結してしまうのだ。




<アルフレート。交遊関係者のデータ、"ハンフリー"を削除しますか?>



 しんみりとした空気の中、脳に響くエイダの声。

 一応彼女には接触した人との関係性などを把握するべく、一人ずつ会話記録などのデータを保存してもらっている。

 故人となった人物のデータを削除しても、おそらく困ることはないのだろう。

 元々特別に仲が良かったわけでもないし、彼に関して重大な情報を握ってもいない。



<いや、いい。そのまま残しておいてくれ>


<了解しました。"ハンフリー"のデータを保存、死没者のファイルへと分類します>



 だが僕はあえて、その名を残すことにした。

 それこそヘイゼルさんの言った通り、反面教師というヤツだ。


 もし僕が過度に付けた自信によって、無茶な行動を取るようになった時。その名前を思い出せれば、多少なりとも自制できるかもしれない。

 そんな僅かな可能性のために。



 テーブルを囲む僕等が沈んでいるのを見て、ヘイゼルさんはため息つく。

 これから先、幾度となくこういった話は耳にする。

 それを思えば、こんなことで沈んでいてはいけないということだろう。



「ハンフリーの一件でしばらくの間、連中は使い物にならんだろうな。となると、コレはやはりお前らに回すべきだ」



 そう言ってヘイゼルさんは、一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。

 何だろうと思い覗き込んで見ると、そこにはつらつらと文章が書き連ねてある。

 残念ながら未だにこの惑星で使われている文字が読めない僕は、エイダに指示してそれを訳させた。

 そこに書いてあったのは……、



「護衛依頼……、ですか」


「そうだ。詳しくはそこに書いてあるが、ラトリッジから南西に数日行った先に在る、"ベルバーク"まで行商人を護衛する任務だ」


「これを僕等に……」


「個人からの依頼も傭兵団の大事な収入源だ。補給任務が気に入ってるなら断ってもいいが?」



 ヘイゼルさんの挑発めいた言葉。

 決して明言はしていないが、おそらくこれは僕等にとって次の段階となる任務に違いない。

 代理の補給任務ではなく、僕等が傭兵として次のステップへと進むために必要な経験だ。


 僕等は互いに顔を見合わせ、言葉もなく頷く。確認するまでもない、答えは明らかだった。



「やらせて下さい」


「それでいい。この程度の任務に尻込みしてたんじゃ、この先やっていけないからな」



 ヘイゼルさんは肩を竦めて満足そうな顔をすると、明後日から頼むぞと言い残してカウンターの向こうへと戻っていく。


 再び置かれた羊皮紙を覗き込むと、日時や目的地、具体的な内容が簡潔に記してある。

 僕等はそれを確認し、急ぎ運ばれた料理を食べきると、依頼に必要な準備をするべく街へとくりだした。

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