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誓い06


 突如として現れた人物。彼女の言うところによる個体識別番号"No.031"に先導され、僕等は暗い廃坑道の中を延々と歩いていた。

 彼女は道中のルートを完全に把握しているのか、一切悩むことなく右へ左へと入り組んだ道を進んでいく。


 これまで手探りであった道行とはうって変わり、今はマッピングのために一度も立ち止まることはない。

 情報屋に頼まれていた地図作成ではあるが、流石に王国側の人間を前にそのようなことを出来ようはずもなく、とりあえずこの場はエイダに記憶させるに留めておいた。



「少し前に君の仲間と戦う機会があった。その時もこの道を通って同盟領に行ったのか?」


「その質問への返答は不必要と判断する。ミラー博士に聞くといい」



 道中こちらが話しかけない限りは無言を貫いていたNo.031。

 その空気に間が持たなくなり、彼女へと幾度か話しかけてはみるものの、終始この調子で取りつく島のない答えを返されるばかり。

 負けじと僕は再度異なる質問をぶつける。だが結局は似たような答えを返される破目となった。



「それにしても、よく王国で研究を続けるための足場を築けたもんだ。技術と引き換えにとは聞いたけど、どんなものを渡して潜り込んだんだ?」


「わたしはそれを知らないし、答えるのは命令の範疇外だ。ミラー博士に聞くといい」



 ほぼ同じ内容を繰り返すばかりの彼女に、僕は肩を落とし質問を諦める。

 自身の職務に忠実であるというよりも、むしろ指示された内容以外には見向きもしないといった様子だ。

 今回に関して言えば件のミラー博士から下された、僕等を彼の下へと案内するという命令のみ。その僕等がする質問に答えるというのは、命令に含まれていないようだった。


 それにどうやらこのNo.031という存在は、従順ながらもメッセンジャーとしての能力はなさそうだ。

 ミラー博士が呼んでいるという最低限の内容を伝えはしたものの、逆に言えばその最低限だけしか口にしていない。こちらを素直に応じさせるため、説得をしようという意志が無いのだ。

 この連中は全員こうなのかと、AIであるエイダ以上の機械ぶりに辟易する。

 若干レオとそっくりにも思えるが、まだ彼の方がより人間味が溢れていると言っていい。




 いい加減に意思の疎通を断念した僕は、ただ黙ってNo.031の後ろを続く。

 さらに背後にはレオとヴィオレッタが続き、二人も同様に黙したまま歩を進め続け、廃坑道内には靴音と溜まった水の跳ねる音ばかりが響いていた。

 そんな僕がひたすら歩き続けていると、気を紛らわすようにエイダが話しかけてくる。

 何を話しかけてくるのかと思っていたら、彼女は僕に背後を歩くレオをヴィオレッタに関する話を振ってきた。



<それで、二人にはどう話をするつもりで?>


『……ここまで来たら、もう全部を正直に打ち明けるしかないんじゃないかな』



 向けたエイダの問いに対し、僕は内心で嘆息しながら諦め交じりに吐露する。

 先ほども似たような内容を相談はしたのだが、その時は彼女も答えを出せずにいた。だが考えるまでもなく、取れる手段などこれくらいしかあるまい。

 二人に事実を打ち明けること。それ自体も今となっては、それほど抵抗のあるものではない。

 考えてみれば仲間である二人に、数年も隠し事を続けてきたのだ。若干の息苦しさを感じていただけに、むしろ重荷が取れて清々するのではないか。



<いっそ全てぶちまけてしまうというのは、悪くない結論だとは思います。ですが問題はどう説明するかですね>


『信じて貰えないという以前に、理解できない可能性が高いからな……』



 目下頭を悩ましているのはこの点だ。

 僕や団長の正体について、事実をありのまま話すというのが一番単純ではある。しかし二人にそれを話したとして、いったいどれだけの割合で理解が及ぶというのか。


 僕がこの惑星外の宇宙から来たなどと言っても、返ってくる反応は「宇宙とはなんだ?」となるのがオチだ。

 夜空に瞬く星々が、人の住む惑星や航宙船であるなどと説明しても、おそらく理解の範疇を越えすぎているに違いない。

 もしも仮に僕が二人の立場であったとしたら、きっとそういった反応をするはず。そのくらいこの惑星において、異星人類という存在は空想の産物としてすら存在しないモノであった。



『もしかして団長が今まで何一つ説明していなかったのは、これを面倒臭がってじゃないだろうな……』


<秘匿の義務もあるのでしょうが、その可能性は案外ありそうです。ヴィオレッタの母親には多少話していたようですが>



 団長の性格を思えばそれなりにあり得そうなだけに、エイダも否定はしなかった。

 しかし同時に言われたのは、ヴィオレッタの母親のこと。隣国である共和国軍人でもある彼女は、なにやらそれらしい話をされたというニュアンスの内容を告げていた。名は確かダリアと言ったか。

 なので団長も一切を秘匿していた訳ではないようだ。彼女は宇宙ではなく異界と言っていたため、あまり深くは理解していなかったように感じられたが。



 僕はああでもないこうでもないと、歩きながら二人へするのに丁度良さそうな説明を考えていく。

 ただそうこうしている内に、いつの間にやら随分と時間が長い距離を歩いていたようだ。

 歩く道の奥から吹き抜ける風が頬を撫でるのが感じられ、目線を上げれば真っ直ぐ伸びる向こうには、点のような光源が見えていた。

 全く迷わずに来たというのもあろうが、その光の先が僕等の目的地である、シャノン聖堂国の領地であるのは間違いないのだろう。



「あの先が……、王国か」



 後ろを歩くレオは、視界の先に現れた光に対して呟く。

 まるで初めて行く場所に対して言うようなその言葉に、やはり彼が記憶を弄られているのだろうという感想を強めるしかない。



 そこからしばし真っ直ぐに伸びる道を歩いていくと、僕等はようやく洋灯の明りの要らぬ場所へと出た。

 出た先はまだ洞窟の中ではあるものの、天然の大きな縦穴とも言うべき非常に広い空間で、強い陽光と生暖かい外気が注ぎ込んでいた。



「ここを登る」



 坑道を抜けた僕等へNo.031はそう告げると、真っ直ぐ壁面を指さす。

 そこには螺旋状に組まれた木製の階段が設置されており、所々が真新しい部品に交換され、常に人の手が加えられている様が見て取れる。

 あえてこういった設備が用意されている辺り、王国は度々同盟領へと人を送り込んでいるようだ。



「ここを登った先に、ミラー博士は待っているのか?」


「まだだ。ここから数日移動する」



 二十m以上の高さとなる絶壁を見上げながら尋ねる。

 しかしどうやらまだ先は長いようで、ここを登ってからも行程は続くという旨を簡潔に示された。

 ただNo.031は「その前に」と前置きし、螺旋階段のすぐ側に置かれていた木箱を開け、僕等へとその中に納められていた布を人数分手渡す。



「こいつは外套か?」


「着ろ。この国では目立つ」



 手渡された布を広げてみると、それは全身を覆い尽くすだけの大きさをした厚手の外套。

 真っ白なそれには大きめのフードが付いており、頭や顔を完全に人の視線から隠せるような作りをしていた。

 そういえば昔の地球では砂漠の地域などで、こういった格好をしていたと読んだことがある。これがその類なのかとも思ったが、どうにも言葉足らずながら、彼女の言葉にはそれと異なる意味合いがありそうだ。



「……ああ、見た目の問題でか。確かにこの国で僕等の容姿は特徴的だ」


「そうだ。必要になる」



 そう言ってNo.031は外套をすっぽりかぶると、自身の銀髪をフード内へと完全に納めた。

 大陸南部の砂漠地帯を国土とする王国では、多くの人が浅黒い肌に黒い髪を持つ。

 そんな中に在って僕等のような、もっと薄い色素の肌や髪を持つ人間というのは非常に目立つことだろう。国民の多くは他国人を見たことがないはずなので尚更だ。

 特にレオやNo.031など同盟でさえ目立つ容姿を持つこの二人は、髪が一房表に晒されるだけで衆目を集めることうけあいだった。



 僕等は渡された外套を完全に纏うと、木組みの螺旋階段を登っていく。

 思ったよりも丈夫に造られたそれを少しだけ上がっていくと、ほどなくして一番上、縦穴の縁となる部分へ到達した。

 周囲を見渡すとそこは山の裾野部分に位置しており、背後には高い山、そして正面には一面の荒野が広がる。



「着いて来い。離れたら命は保証できない」



 荒涼とした土地を呆と眺める僕等へNo.031はそれだけ告げると、こちらへと振り向くことなく歩き始めた。

 廃坑道の入り口から山を一つ二つ越えただけであるのに、途端に強い陽射しと乾燥した空気が肌を焼く。

 衛星から見た映像とまったく同じ、ほとんど植物らしき緑の存在せず、水の気配など微塵も感じさせない光景。きっとNo.031が告げたのは、このような場所で遭難すれば命を落とすという意味合いだ。

 それはヴィオレッタとレオも察したようで、揃って息を呑んだのが背中越しに伝わってきた。





 先導するNo.031に連れられた僕等は、砂色の荒れ地をただ黙々と歩き続け、進路は一路南へ。

 道と表すのが憚られる道中の所々には、白骨化し風化によって崩れた動物の遺骸や、砂の中から覗く虫ばかりが見えていた。

 一つ大岩を迂回したかと思えば目の前には砂漠が広がり、砂丘を越えたと思えばまたもや荒野が伸びる。そして焼きつく陽射しと、顔に当たれば痛い砂混じりの風。

 人が暮らすには、あまりにも厳しい環境の土地。この先へ本当に人が住んでいるのだろうかと疑いたくなる情景だが、進路上には確かに町らしき存在を確認できた。



<ここから十km少々といったところですね。小規模ながら町が在ります>


『意外と距離があるな……。この暑さのせいで、既に水が心許ない』


<無くなるまでには辿り着けるはずですが、早く補給するに越したことはないでしょう。それなりの量を確保できればいいのですが>



 告げられた町までの距離に、僕は密かに肩を落とす。

 普段のように同盟領内を移動しているのであれば、この程度の距離は別段気にする程のものではない。

 しかし今まさに照り付ける陽射しは苛烈で、外套によって防いではいても容赦なく体力を蝕んでいく。

 纏う外套の下が気化熱によって意外と涼しいのは救いだが、それは汗によって水分が奪われているのと同義。可能ならばすぐにでも水を一気に煽りたい。


 廃坑道へと入る前に補給した水はまだある。しかしあと一日もすればかなり心許なくなってしまうだけの量であり、進路上に在るという町で補給が行えるかどうかは死活問題であった。

 No.031が進路上の町へ向かっているのは、今日の宿を確保するためであるためか、ただ素通りするだけであるのかはわからない。



『どっちにしろ、彼女には町の住人に渡りを付けてもらわないと』


<このような場所では、おそらく水も無料ではないですしね。相応の金銭を払う必要はあると思います>



 僕は前を歩くNo.031へと視線を送り、警戒しつつも頼らざるをえない状況に歯噛みする。

 土地勘もなく、過酷な環境を移動する装備も心許ない。そんな状況であれば、僕等は前を歩く彼女へ頼る他ない。

 エイダの言う通りこのような土地柄、水の確保というのは至上命題。ならばきっとタダで水が得られるということはないだろう。

 ならば情けないことこの上ないが、この土地で流通している金銭を持つと思われる、彼女の財布こそが頼みの綱。僕はこの先に町があると知りながらも、わざとNo.031へ補給に関することを問うてみた。



「ところで今夜は野営する破目になるのか? できれば人里にでも寄って、補給をしたいところだけど」


「もう少し歩けば町がある」


「ならそこで水は手に入るのか? 多分こっちじゃ貴重だと思うけど」


「問題はない。道中十分な量は確保できる」



 少々疲労したフリをしながらした問いに、No.031は簡潔に返す。

 どうやら食料などの入手に関する目途は立っているようで、その点は断言してくれたので助かる。

 それに十分確保できるということは、人の手で持てるだけの量で更に先の補給地点へも辿り着けるということ。

 たぶん嘘は言っていないであろう彼女の言葉へと、密かに安堵する。

 それは僕だけではなかったようで、背後を歩くヴィオレッタからも、微かに息を吐く音が聞こえてきた。



「だそうだよ。もう少しだ、頑張ろう」


「…………ああ、そうだな」



 振り返ってヴィオレッタを励ますと、彼女は少しだけ顔を上げた後、若干気のない返事を返す。

 どうやら休息できる場所が近いことに安堵はしつつも、僕に対しどう接していいか困っているようであった。


 町に辿り着いたら、おそらくそこで一泊はすることになるだろう。ならば今夜は、二人に対して色々と説明をせねばならない。

 なんとか辿り着いた王国の、ようやく得られる休憩への安堵感。それすらも余所に、僕はその町へ辿り着くのはもう少し後でいいのではと、気の進まなさから若干の現実逃避をしかけていた。


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