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誓い05


 姿を現した輩を無力化した僕等は、威嚇するべく各々が手にする武器をチラつかせていた。

 そいつを武器によって脅しながら、壁に背をピタリと当て足を延ばして座らせると、両の手を上に掲げさせる。

 もしも反抗の意志を示しても、こうしておけば多少なりと動きは遅らせられるはずだ。


 そいつの見た目は、先日都市リンベルタッドで戦闘を行った連中と酷似している。つまりはレオとそっくり。

 人数的にはこちらが多いものの、以前戦った時の強烈な戦闘能力が脳裏をよぎり、このように若干過剰気味とも思える対処を採る必要があった。

 ただ前回戦った時と違うのは、どういう訳かこいつの持つ武器が、一振りの作業用ナイフらしき物のみという点だろうか。



「……言葉は通じるか?」



 僕は指示したポーズを取らせて以降、ピクリともしないそいつに向けて問う。

 以前対峙した時には、最後に地球の言語による言葉を発した以外、あの連中は何一つとして口を開いてはいなかった。

 王国は一切の国交がないが故に、こちらで使うのと異なる言語であるのかと懸念もしたが、どうやらそれは杞憂であったらしい。

 そいつは僕の問いかけに対し、ゆっくりと首を縦に振って肯定を示す。



「どうしてここに居る? 向こうから来たってことは、お前は王国の人間なんだろう?」



 向けた刃を微動だにさせず、座るそいつへと取っ掛かりとして話しかける。

 実際こいつが王国で生み出された存在であるというのを、僕はとうに知っている。しかしこいつが王国の側に属するというのは、現状レオとヴィオレッタは知るところにない情報であった。

 ただ最初に聞くには無難と思われた質問だが、そいつは言葉がわかるであろうに、質問に答える素振りすらなくただジッと僕を見つめるのみ。

 話を聞いていないというよりも、最初から答える気が無い、あるいは意に介していないといった様子だ。


 そのまるで小馬鹿にされたような反応を眺めつつ、僕は嘆息して再度そいつの顔をまじまじと眺め返してやった。

 やはりと言うか、見れば見る程レオとソックリだ。

 暗がりの中では一見して男なんだか女なんだかわからない、非常に整った容姿。だが着ていた外套の下から覗く体形を見るに、おそらくは女であろうと思う。

 連中の一様に似た容姿は、薬物によって身体を変質させた影響なのだろうかと考えていると、そいつは突然に一言の言葉を発す。



「使いだ」


「え……?」


「貴様等に使いとして来た」



 初めてこちらの言語を発したそいつの言葉に、僕だけでなくレオとヴィオレッタも怪訝そうに首を捻る。

 言葉としての意味は解る。しかし内容があまりにも簡潔に過ぎ、意図するところがイマイチ理解できなかった。

 いったいどうした要件であるのかを計りかね、それがどういった意味であるのかを尋ねると、今度は逆に彼女から質問を投げかける。



「お前たちは、タクミ・ホムラ中尉の関係者で間違いないな?」



 突如として女の口から発せられた名に、僕は驚きビクリと身体を震わせる。

 告げられた名は僕等が属する傭兵団の頂点に立ち、ヴィオレッタの父親でもあるホムラ団長のもの。フルネームで名を聞いたのは初めてだが、おそらくは間違いないのだろう。

 こいつが王国領に居る、団長と関わりある研究者が生み出した存在である以上、そういった情報を知っていてもおかしくはないのかもしれない。

 僕はその問いに対し、若干の動揺をしつつも頷き返した。



「わたしは、ワイアット・ミラー博士の指示によって遣わされた」


「なんだって……?」


「タクミ・ホムラ中尉から人を寄越すとの連絡を受け、道中の道案内のために来た。お前たちには以後、わたしの指示に従ってもらう」



 眼前で壁面を背に座るそいつは、感情の変化など微塵も感じさせぬ無表情のまま、淡々と自身の役割を述べていく。

 ワイアット・ミラーという名は、団長から聞いていた王国に居る研究者の名と同じ物。なのでこいつが件の研究者によって寄越されたというのは、間違いないのだとは思う。

 僕等が廃坑道を利用して向かうというのは、移動の最中に衛星を介して団長へ伝えてある。その際に団長はどうやら先方へ連絡を取り、迎えを寄越してもらっていたようだ。


 ただ初めて聞いた団長のフルネームを意外に思ったのと、地球圏の軍に属している時点での階級までも告げられたことに、少々驚き唖然としてしまっていた。

 というよりも実は名前だと思っていたホムラという団長の名だが、本当は苗字に当たるモノであったらしい。




「アル、こいつはいったい何を言っているのだ……」



 しばし呆けてしまっていた僕であったが、真横に立つヴィオレッタが、困惑しきった声を出したのにハッとする。

 彼女は女によって告げられた名が、自身の父親のものであるというのは理解しているようだ。

 しかし説明されている内容は即座に理解するのが難しいものであり、以前は敵として戦った相手から、団長のことを口にされる事態を受け入れられないようであった。


 レオもそうではあるが、当然のことながら彼女もまた諸々の事情を知らされてはいない。

 この任務の過程で二人に対し、僕や団長の正体について知られるに至る可能性は頭にあった。

 だがまさかこんな状況で、正体をバラされるような言動をするとは思わなかっただけに、僕も咄嗟にどうして良いかがわからずにいた。



「……とりあえず、僕等が会いに行く相手が寄越したのは間違いないと思う。それに言ってた名前も合っている、彼女は嘘を言ってはいない」


「こいつは敵だぞ! それにどうしてお前がそいつの名を知っている、私たちは聞いていないというのに。それに団長のこともだ、さっきの名は何だ!?」



 流石に迎えに来た相手を害させる訳にもいかず、僕はヴィオレッタへこいつが敵でないことを教える。

 だが目の前の女がした発言の保証を告げると、ヴィオレッタは鋭い目つきでこちらを睨みつけ、怒気すら混じっているような声で叫んだ。

 彼女の疑念もご尤もだ。以前には敵として相対した輩の仲間であるだけに、到底受け入れがたいのは想像に難くない。

 それに僕がそのようなことを知っているというのは、ヴィオレッタにとって不可解そのものであるはずだ。



「……すまない。僕は事前に団長から色々と聞いているけど、事情あって二人には話していなかったんだ」



 言葉に詰まる僕は、ただそれだけを告げる。すると彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、フイと僕から視線を逸らす。

 薄暗い中で見える横顔には苦渋の色が見え隠れし、こちらに対しマイナスの感情を抱えたのが手に取るように感じられた。

 それが怒気であるのか、落胆であるのかはわからない。しかしきっと彼女はこう思っているのではないか、「裏切られたも同然だ」と。



「……私たちに隠し事とはな」


「悪かったと思っている。事情は説明する、ここを出た後に必ず。だけど今だけは、この場と彼女を僕に任せてくれないだろうか?」



 俯くヴィオレッタへと、僕はこの場だけの信用を求めた。

 実に勝手な言い分であるとは思うものの、彼女も他に縋る頼りはなかったのか、浅く無言のまま頷く。


 ここまでもヴィオレッタの内には、下された命令に対する疑念は渦巻いていたのだろう。

 これから向かう先に何があるというのか、いったい誰から依頼されたものなのか。迎えに行かねばならぬ相手とはどのような人物なのか。

 廃坑道の外で入口を探していた時にもヴィオレッタは言っていたが、その疑念の矛先は彼女の父親である団長へと向けられていた。


 加えてそのことが影響したのか、彼女は言っていたではないか、自分に隠し事をするなと。それはこの廃坑道へ入る前、つい前日のことだ。

 その矢先に隠し事をしていた事実が知ることとなったため、団長に向けられていた疑念は、僕にも向けられることとなったはず。

 だがそれも当然、彼女の気持ちは十分理解が出来る。仕方なく説明をしなかったとはいえ、自業自得だ。



「レオもそれでいいか?」


「ああ。俺は問題ない」



 気まずい思いをしつつレオにも問うと、彼に関しては然程問題ないとばかりに了承する。

 一方のこちらはヴィオレッタと異なり、これといってショックを受けた様子はなかった。

 隠し事くらいあって当然と考えているためか、今はその事実を置いておくと判断したのかはわからないが。

 もっとも隠し事をしているという点に置いては、ヴィオレッタよりもレオに対するものの方がより根が深い気がしなくはない。



 ともあれ二人に対する謝罪諸々を後に回した僕は、目の前で座りこちらの話しが終わるのを待っている女へと視線を移す。

 ただいつまでも呼称がないのは困ると考え、ひとまず名を問うてみると。するとそいつは少しだけ逡巡した後、自身を被験体No.31と番号によって名乗った。



「随分と味気ない名前だな。本来の名前とかはないのか?」


「ない。ずっとそう呼ばれている」



 自身をモルモットであると言わんばかりなその女の名乗りに、元々持っていたであろう名を尋ねるも、そいつは簡潔に否定を口にした。

 団長から送られた文書を信じるなら、レオは元々孤児であったはず。そのレオも同様に番号は割り振られていたが、名前そのものは持っていた。

 ならばコイツも名前くらい持っていてもおかしくはないのだが、どうやら本当に無いモノとして考えているらしい。

 元来持っていた名を捨て去ったのか、忘れたのかは定かでないが。

 ともあれ余りにも事務的過ぎる名の付け方に、件のミラー博士とやらの性格を疑いたくなる。



「……まあいい。それで、どこへ連れて行ってくれるっていうんだ」


「我々を生み出した、ミラー博士の研究所までだ。この道を抜けた先は砂漠地帯、慣れぬ者が進めば命を落とす」


「それじゃあNo.31。君について行けば、安全に辿り着けると?」



 淡々と抑揚のない喋り方をするそいつは、僕の問いに対し一度だけ頷く。

 きっとこいつは嘘を言ってはいないのだろう。団長の知らせを受けたそのミラー博士とやらの指示で、わざわざ密かに会いに来た僕等を導こうというのだ。

 現状そのミラー博士は、こちらにとって敵ではない。むしろ団長を含む地球圏の軍関係者であり、僕からすれば本来同類に当たる人。

 ならば着いていくのに支障はなく、この状況自体は渡りに船であると言えた。



「わかった、案内してもらおうか。だがまだ完全には信用する訳にはいかない、武器は預からせてもらうよ」


「構わない。どちらにせよ必要の無い物だ」



 そう言うとそいつは、転がしておいた小さなナイフを一瞥する。

 あくまでも作業用の物であるだけに、あまり戦闘という意味では役に立ちそうもない品。ただそれすら不要と言い切る辺り、こちらに害を成そうという考えは無さそうではあった。


 僕はNo.31とやらを立ち上がらせると、出口へ向けて先行するよう告げる。

 そこで背後に立ち黙ったままである二人へ振り返ると、僕はもう一度だけ大丈夫だと口にし、先を進むよう促した。



「行こう。まずはここを抜けないと」


「あ、ああ……」



 すぐさま歩き出すレオに対し、ヴィオレッタは複雑そうな素振りを見せる。

 現在の僕はきっと、ヴィオレッタから大きな疑念を抱かれていることだろう。それは団長から受けた情報を伝えていなかったことであり、僕自身がこの惑星の住人でないという事実だ。

 今までそれらをひた隠しにしてきたのは、ただ単純に自身の正体を教えたとしても、到底信じて貰えないと考えたため。

 素直に話しても変人だと思われるのが関の山だと考えていたというのもあるが、基本的にはその一点に尽きる。


 だが仲間である二人に黙っていた事実には変わりない。

 素性に関してはまだバレてはいないものの、この流れでは話さねばならない時はもう間もなく。

 とぼとぼと後ろを着いて歩き始めるヴィオレッタの気配を背後に感じながら、僕はどう説明をしていけばいいか、藁にもすがる思いでエイダに助けを求めようとしていた。



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