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誓い04


 坑道を慎重に進む僕等は、今のところ幸運にも敵と遭遇する気配はなかった。

 怪我せぬようゆっくりと歩を進め、ここまで約一日と半。今のところ敵らしき存在が迫る物音などもなく、時折聞こえるのは洞窟などに巣食う虫や鳥類が飛ぶ音くらいのもの。

 もっとも幸運に思えたそれも、ただ事態を先延ばしにしただけにも思え、廃坑道を抜けた先に敵が待ち構えているのではという不安を増大させるばかり。



「アル、水を取ってくれるか」


「ほい。水ばかりじゃなくて、一応食事も摂っておきなよ?」


「あまり食欲はないのだがな……」



 ただ敵との接触が行われていないとはいえ、そんな状態で二日近く移動を続けていれば消耗はする。

 疲労感を覚えた僕等は、とりあえず何度目かの食事を摂るべく、丁度良さそうな一角を見つけ腰を下ろしていた。

 ヴィオレッタはあまり食欲がないようだが、かと言って今後何が起こるとも限らない。今のうちに食べて貰わなければ。



「食料が十分ある今の内だからこそ食べて貰いたいんだけどね」


「……わかった。仕方ない、焼き菓子を寄越せ」



 何とかして口をつけてもらおうとする僕の言葉が功を奏したのか、彼女は渋々ながらも保存食へと手を伸ばした。

 直近の都市で補給をし、この廃坑道へと向かって数日。節約すれば食事はまだ五日ほど持つ。

 もっともあと一日で抜けられなければ、途中での断念を考えなければならないだろう。

 帰りは作成した地図があるとはいえ、道中不意の事故に巻き込まれないとも限らない。食料には余裕を見ておかなくては。




「この中が涼しいだけ、まだ楽な方であろうな」


「どうやら向こうはかなり暑いみたいだし、案外辿り着いたらここが恋しくなるかもしれない」



 水と食料を口にしたことで、ヴィオレッタは若干ながら気を落ち着けたようだ。

 軽く伸びをして疲労感を表に出しつつ、廃坑道内部の涼しさに身を預けていた。

 道がわからないためゆっくりとしか進めていないが、確かにこの涼しい気温だけは非常に助かる。

 ゆっくりと地図を作りながらでしか進めていないのだが、この涼しさのおかげで主に飲み水が節約できていたのは救いだ。

 それにほとんど人が通っていないためか、存外空気も澱んではおらず、漏れ出た地下水による湿気で土埃も起ってはいない。


 そんな坑道内の涼しさを堪能し身体を休める僕等に、レオは忠告とばかりに呟く。

 彼は王国の厳しい気候を懸念し、早々に撤退か否かの判断が必要であるといったニュアンスの言葉を向けてきた。



「出てすぐにオアシスか町が見つからなかったら、諦めた方がいい」


「王国はそれ程までに暑いのか? この坑道に入った場所から、山を一つ二つ越えた程度の距離しか違わないが」


「そうだ。水がないとすぐ干からびてしまう」



 興味深そうに上体を起こし尋ねるヴィオレッタ。その彼女へと目線を合わせることもなく、レオは手にした水筒を見下ろしながら、惜しむように一口だけ口へ含んだ。


 レオが珍しく口を開いたこともだが、王国に関する情報を告げたという事実に、僕は若干の驚きを禁じ得ない。

 団長からもたらされた文書によれば、彼の記憶はこちらへ送り込まれる際に改竄されているはずであった。

 どうやって移動してきたかという点などはそれによって消えていたようだが、こと気候風土などに関する知識はしっかりと残っているようだ。

 こういった覚えていても問題はない内容は、不必要に弄られていないということなのだろう。





 簡単な食事を終えた僕等は、そのまま交代で数時間の休憩を摂ることにした。

 一人ずつ交代で見張りをし、残る二人は体力温存のため極力睡眠時間に当てる。

 ビルトーリオから預かった燃料は予想以上に燃費が良いため、節約を考えずとも良さそうであるため点けたままにしておく。

 彼の研究はこちらに来て随分と進歩したものだと、僕は密かに感心するばかりだ。


 そうして最初に見張りを買って出た僕は、洋灯の柔らかな明りのみが満ちる空間で、オレンジ色に写しだされた目で壁を眺めつづけていた。



『推測でいい、あとどれくらいでここを抜けると思う?』


<そうですね……。歩いた速度などからおおよそ計算しますと、このペースであと八時間といったところでしょうか。これ以上坑道が入り組んでいなければの話しですが>


『意外と長いな。よくここまで掘り進めたもんだ』



 一人暗闇を眺める最中、暇つぶしとばかりエイダに話を振った。

 一応行動に入ってしばらくした地点で、中に衛星とを繋ぐ中継器を一つ設置している。

 なのでこんな地下深くにあっても、衛星を介して航宙船に本体を持つ彼女と意思の疎通が可能である点に、僕は密かな安堵感を覚えていた。



<方向も確かめず、無計画に掘っていったのでしょうね。だからこそ当時、王国側に発見されるに至ったのではないかと>


『おかげで途中から分岐だらけだ、当時の鉱員はよく道を把握できたもんだよ。でも正直助かった、エイダが居なかったらとっくに迷っていたかもしれない』



 僕は淡々と話し続けるエイダへと、僅かに謝意を滲ませる言葉を向けた。

 するとエイダは一瞬だけ、困惑したように言葉を詰まらせる。

 AIであるためすぐさま返す言葉を構築できるだろうに、随分と人間臭い素振りを交えてくるものだ。



<……珍しく殊勝なものですね。天変地異の前触れでなければいいのですが>


『たまには素直に感謝くらいするさ。僕が戦いで人より優位を保っているのは、君のおかげであるのは否定できないんだから』


<普段からそう言って貰えれば、わたしももっとへりくだって話しても良いのですが>


『冗談。エイダにそんな話し方をされちゃ、不気味でしょうがない』



 予想外の言葉に動揺しているのか、それを隠すように軽口を叩くエイダへ僕も負けじと言い返す。

 だが実際のところ、エイダが居なければリンベルタッドで戦った連中の本質に気付くこともなく、レオに関することもわからず仕舞いだったのは否定できない。



『ともかくそういう訳だから、今日も警戒は任せたよ』


<結局はそうなりますか。……ところで早速なのですが、警戒態勢を取った方が良いかと思いますよ>


『……人か?』



 珍しくエイダに礼を告げた後、僕は起きつつも身体だけは休めるべく、見張りを頼みながら坑道の壁へと身体を預ける。

 しかしそれを了承したエイダが、直後なにやら善からぬ言葉を吐く。こういった言い回しをするからには、何かしらの異常を探知したのは明らかだ。



<音が反響しているため、詳細は定かでありません。しかし奥から微かに、歩行音らしきものが>


『奥……。王国側からか』



 エイダから告げられた内容により、壁にもたれる僕の背に緊張が奔る。

 こんな場所を歩いているなど、今まさに王国へ向かわんとしている僕等の他に居るとすれば、王国側の人間くらいしか考えられない。

 懸念していた王国からの来訪者らしき存在に、無意識に指が剣の柄先へと触れる。



「なにがあった?」



 武器へと触れる僕の横から、不意に声がかかる。

 見れば休息を摂るため横になっていたレオが身体を起こし、視線は真っ直ぐ中剣に触れる手へ向けられていた。

 さっきまで寝息を立てていたはずなのに、寝起きとは思えぬ鋭い眼光。こちらが何か異常を感じたと察し、眠気は吹き飛んでしまったのだろう。



「……ちょっとだけ、物音が聞こえた気がしてさ」


「敵か?」


「まだわからない。気のせいかもしれないし」



 立ち上がると坑道の奥方向へ身体を向け、背後に居るレオへ向け曖昧に告げる。

 実際はエイダが察知した以上、他の何者かが坑道内に存在するのは確実だ。それでも人の耳で聞こえぬ大きさの音、素直に言う事もできまい。


 だが彼は自身には聞こえていないであろうに、僕の言葉を疑ってはいないようだ。

 同様に立ち上がって横へ並ぶと、普段自身が使っている大剣ではなく、腰に差した小振りなナイフへと手を伸ばしていた。



「気が早くないか? まだ敵どころか人と決まってもいないのに」



 僕が告げた内容だけしか情報がないというのに、武器を手にするレオへ揶揄する。

 既に警戒態勢を取っている状態で言うのもなんだが、こうまで言動が疑われもしないというのはどうなのだろうと。

 しかしレオはそんな僕を横目でチラリと見ると、表情の一つも変えず言い放つ。



「信用している。アルが言うなら間違いはない」



 恥ずかしげもないその一言に、僕はどこかこそばゆい思いがしてならない。

 僕はこれまでも幾度となく、エイダのサポートによって敵の存在を事前に察知し回避してきた。

 だからという訳かは知らないが、レオがした言動の裏にはこちらへの信頼があったようだ。

 実際にそれらを行っているのはエイダであるため、騙しているも同然であり若干心苦しいものはあるが。



 ともあれ何者かが迫っているのは確実であるため、僕等は休憩を中断し、警戒態勢に移ることにした。

 眠りこけるヴィオレッタを起こし、念の為洋灯の明りも決しておく。

 エイダから告げられる報告は、まだそれなりに距離が離れているというもの。なので今のうちに明りを消しておけば、相手に気取られることはないはずだ。



「聞こえるな……。私にもだんだん近づいているのがわかる」



 カーブした真っ暗な坑道の一角で、剥き出しとなった岩石の壁に張りつくヴィオレッタは、見えぬ坑道の奥に対し意識を向けながら呟く。

 彼女の潜める声へ覆いかぶさるように、一定のゆっくりとしたテンポで鳴る足音は、徐々にこちらへと近づいてくるのがわかった。



「とりあえず近づいたら捕縛する。こんな狭い場所じゃやり過ごすのも無理だ」



 壁に張り付いている二人へと、僕は小さく行動の指針を示す。

 まだ相手は見えていないが、ただ間違いなく明りを持っているはず。ならばこんな障害物のない場所では、気付かれずすれ違うなど不可能。

 分岐地点まで戻るにしても、避けたのと同じ方向に来られないとも限らない。

 ならば一番無難なのは、一定の危険を侵してでも相手を無力化すること。それが結局は無事この場を乗り切る手段であると思えた。



「……来たぞ」



 迫る音を待ち伏せ続ける。ヴィオレッタの声に反応し視線を先へと向け直すと、曲がった道の向こうから微かな光が見えるのに気付いた。

 すぐさま僕等は一切の口をつぐみ、見え始めた明りの光源が姿を現すのを待つ。

 静まりかえった坑道内。コツコツという変わらぬペースの足跡だけが次第に大きくなっていき、遂に明りを持つ主は姿を現そうとしていた。

 僕は二人の身体に指先だけを触れ、軽く叩いて合図を送る。


 曲がった道の端から僅かに、身体の一端が見えた瞬間。僕等は迷うことなく地を蹴って襲い掛かった。

 先陣を切ったヴィオレッタが持たれた洋灯を蹴り飛ばし、レオが抱え込むようにタックルをかます。そして僕は手にした短剣を、倒れ込んだ相手の首筋へと押し当てる。



「動くな。五体満足で帰りたいならね」



 突きつけた短剣の刃先を、肉を裂かぬ程度に少しだけめり込ませる。

 簡潔な脅しをしながら、転がった洋灯をヴィオレッタから受け取り、制圧した輩の顔へと光をかざす。

 相手の顔に光を当てるのは、逆光でこちらの顔を見えぬようにして不安感を煽るため。

 だがついでに拝んでやろうと考えたそいつの顔が照らされた瞬間、僕は迂闊にも口を開け、ただ呆気に取られてしまっていた。



「こいつは……!」


「ああ、あの時の連中と同じだ」



 同じく驚きを隠せぬヴィオレッタに、僕は同意し頷く。

 地面に仰向けとなり転がった相手は、こちらの襲撃に驚いた素振りを見せるでもなく、首筋へ刃を当てられながら無機質な表情を浮かべていた。

 洋灯が放つオレンジ色の光に照らされた髪は輝き、瞳は先ほどレオと話した時に見たのと同じ色。

 僕等の前に姿を現した相手。それはつい先日リンベルタッドで相対した、銀髪青目の連中と同じ容姿を持っていた。



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