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銀と青 09


 陽は暮れ落ち、街中の至る所へと松明が焚かれる。本来であれば静かである筈なのに、騒動の興奮から今夜は眠る者のないリンベルタッドの市街。

 その中を足早となり、すれ違う数人の傭兵仲間がかける声すらやり過ごし、僕は真っ直ぐ通りを進んでいった。


 目指す先は既に亡き人であるが、リンベルタッド都市統治者の屋敷。そこは昼間に僕等が包囲を行い、出てきた連中と刃を交わしていた場所。

 どうしてそのような場所へと向かっているかと言えば、そこがリンベルタッドへ滞在する団長が、一夜の宿として使う場所となっているからであった。



「すみません、団長に取り次いでいただきたいのですが」


「どうしたんだ急に。急な報告でもあるのか?」



 都市中央の屋敷へと辿り着くと、僕は正門前へと立つ数人の傭兵たちに取り次ぎを頼む。

 一時的に傭兵団の本拠地となっている屋敷であるだけに、当然警備として傭兵たちが立っている。

 都市内の全てを制圧し、敵を完全に排除しているはずではあるが、万が一残党が潜んでいては大事になりかねないからだ。

 その警護を行う彼らへと、若干申し訳ない気がしつつも、適当に嘘を述べる。



「少々。団長から指示されていた内容の報告に参りまして」


「そんな話しは聞いていないはずだがな……」



 ただ応対した傭兵は、このような言い訳へ簡単に納得はしてくれない。

 首を傾げて自身の記憶を手繰り寄せ、突如として現れた僕の言葉へと疑いの眼差しを向ける。

 警備を受け持つ者としては、きっと正しい反応なのだろう。しかし僕にとっては面倒事であり、今は彼の実直さが疎ましく思えてならない。



「まぁいいんじゃないか? アルになら団長が何か用事を言いつけていてもおかしくはねぇだろ」


「……それもそうか。いいぞ、入りな」



 しかし隣に立っていた同じく警備をする傭兵は、僕であればこれといって問題はないと考えたらしい。

 彼の言葉に納得した傭兵は、すんなりと背後の門を開け中へと進むよう促す。

 確かに僕はよく団長から用事を申し付けられているし、それは既に多くの傭兵たちの知るところだ。

 この件に対して同情するか羨むかはその人にもよるが、今回はそれが発言の信憑性として受け止められたようであった。



 彼らに礼を言って門の中へと入り、正面の玄関をくぐって廊下を進む。

 元々ここで働いているであろう、途中ですれ違った使用人の一人へと尋ね、団長が居る部屋へと案内してもらう。

 教えてもらった部屋の前へと立ち、一呼吸置いて扉をノックし名乗る。すると中からは入ってくるよう指示する、団長の声が聞こえたため足を踏み入れた。



「申し訳ありません、ご報告したい事がありまして。……お忙しいようでしたら、外で待っていますが」



 扉を開け入った部屋へは、団長の他にもう一人の人物が座していた。

 背格好からして傭兵ではない。おそらく死亡した統治者に代わり、この都市を代表して団長と話をしに来た住人。

 流石にこの場を邪魔するのは気が引け、僕は外で待っていようかと告げるも、団長は押し留める。



「構わん。こちらの方ももうお帰りになる」


「はい。では団長さん、わたしはこれで失礼を……」



 団長が発した言葉に倣い、対面していた男性は立ち上がり一礼する。

 丁度話が終わったところであったようで、彼は僕と入れ替わるようにしてそそくさと部屋を出ていった。

 すれ違う時に安堵の表情を浮かべているのが見えたので、きっと街の人たちにとっては、それなりに良い内容を報告できる会話であったようだ。


 出ていった人物によって扉が閉められると、団長は手で座るよう促す。

 それに従い団長の対面へと座ると、僅かな沈黙の後に向こうから話を切り出してきた。



「報告と言ってはいたが、どうやら違うようだね。これは文句かな?」


「……そうですね。文句というのが近いかもしれません」



 応接間の中で対面する団長は、僕が相談事や報告のために来たのではないことをすぐさま見抜く。

 それはたぶん、前々から押し掛けて来ることを想定していたため。

 団長が告げた言葉に肯定を返すなり、僕は自身の立場すら放り出し、団長に鋭い視線を向ける。



「昼間にこの屋敷の前で戦っている間、うちのAIに連中の身体を調べさせました」


「当然だな。あんな見た目の連中、調べぬ方がおかしい」


「……団長はわかっていたんですよね。あいつらが改造された人間であると」



 試すような目線で軽く言い放つ団長へと、睨み返さんばかりの目を向ける。

 そこで僕がぶつけたのは、対峙した連中が何がしかの手段によって、身体を改造されていたこと。そして団長がそれを知っていたのではないかという疑念だ。


 戦闘中エイダに指示し連中の身体を調べさせたところ、意外ながらもある意味で予想通りの結果が示される事となった。

 エイダによると連中のDNAは、この惑星の人類を基本としながらも、通常とは異なる配列が見られたとのことだ。

 それが五人全員。おまけに連中は兄妹どころか親戚などですらなく、まったくの他人であるとのことも判明していた。


 多くの人とかけ離れた、男女の差すら明確でなくなる程にソックリでありながらも、そこに血縁関係はないなど普通は考え難い。

 あいつらが最初から意図して生み出されたのか、それとも後天的に付加されたものであるのかはわからない。ただどちらにせよ、連中は人為的に身体を改造された存在であると考えるのが自然であった。



 僕がそこまで言い切ると、団長は表情を緩めおどけるように軽く手を叩く。

 追及の言葉を向けているにもかかわらず、遊びの延長線上とすら思える仕草に、僕は遥か上の上司を相手に密かな苛立ちを覚える。

 するとそんな内心を知ってか知らずか、団長は一切隠すこともなくアッサリとそれが事実であると暴露した。



「認めるよ。確かに私は連中の正体に気付いていた」


「やはり……」


「というよりも、実際には最初から知っていたと言うべきかな。で、他に気付いたことは?」



 肯定すると同時に、元々承知の上であったという旨を言い放つ。

 その言葉に驚きつつも、僕はこの団長であればそうであっても不思議はないと感じていた。

 それにどうやら口振りからすると、今回の依頼そのものへ団長が関わっていた可能性すらある。


 僕に対し意味深な発言をした辺り、当人としては最初から隠すつもりなどないのだろう。

 だがここまでは、ある程度想定の範囲内。僕は団長が言葉を継ぐのを促すのに対し、一瞬だけ息を呑みこんで口を開く。



「ご丁寧に戦闘中の連中と、戦闘後の死体となった連中。その両方を調べてくれていまして」


「随分と気が利くAIだな。結果はどうだったかね」


「まるで別人のように違っていました。おそらくは任意に身体を変質させられるのではないかと」



 これはエイダが勝手にしていたことなのだが、連中の身体を調べたのは戦闘時と戦闘後の両方。

 結果判明したのは、同じ個体であっても前後でその構造が若干異なっていたという点。

 どうやっているかは定かではないが、戦闘時にのみそういった変異を行い、戦闘能力を向上させているのだろう。

 僕自身も手段は異なるものの、身に付けた装備によって身体能力を向上させているので、それと同じようなものだ。



 そこから更に、他に気付いたことはないのかと促す団長。

 僕はそれに対し、ヴィオレッタに言われて気付いた、奴らが発していた言語についても問う。

 連中が発していた言語が、地球圏で使われている公用語の一つであったことは明らかだ。



「そこまで気付いてくれたなら十分だ。ならば是非君がこの件について、どう予想を立てているかを聞きたいものだ」



 どこか挑発的な問いを投げかけていた団長であったが、ここに至って核心の話へと移る。

 自身が素直に事情を話すよりも、僕が予想したものを聞き出し、答え合わせをした方が面白いと考えたようだ。

 わかってはいたが、相変わらず性格の悪い人だとは思う。


 僕だってある程度、ここへ来るまでに事情の予想はしていた。

 団長による意味深な言動や、本来捕らえるはずの敵を簡単に斬り捨てた点。他にも諸々の、団長に対して疑念を抱いてきたモノが混ざり合う。

 そうして半ば突飛ながらも、一つの空想に近い予想が形を成していく。



「団長は以前、ご自身がこの惑星周辺へと来たのは、軍の任務のためであるとおっしゃっていました」


「確か言ったな。私が乗っていた船が正体不明の勢力に攻撃を受け、この惑星へと不時着する破目となった」


「僕はてっきり、団長がこの惑星に落ちてきた時点で、その任務というのが自然と中止になったのだと考えていました……」



 団長へと確認したのは、僕が初めて彼と顔を合わせた時にされた話について。

 地球圏の軍へと属していた団長が、とある密命を帯び航宙船でこの宙域へとやって来た際に、偶然遭遇した敵に撃ち落とされたという経緯だ。


 あの時に団長がしてくれた話によると、墜落し生き延びるも任務の性質上軍でも一部しか知らぬ内容であり、救助を要請できなかったと言っていたはず。

 いったいどのような任務内容であるかは教えてくれなかったが、あの時はその言葉を信じて疑っていなかった。

 なので僕はこれまで、ただその告げられた内容を言葉通りに受け止め、帰還を諦めた団長がこの惑星で暮らしていく決断をしたのだと思っていた。

 しかし今はそうではなく、団長がこの惑星に居続けるのには、また別の理由があったためではと考えている。



「団長が担ったという任務、本当はまだ継続しているのではないですか?」



 僕がおずおずと発した言葉を聞くなり、団長の口元はニタリと歪む。

 その表情が全てを物語っていた。今まさに想像を元にして告げた内容が、あながち外れてはいないのだと。


 昼間に倒した連中が、地球の言語を介していたという事実。

 偶然似た言語を使うという可能性もあるが、エイダによると似ているどころか、完全にそれそのものであったようだ。

 ならば連中は、このような辺境の惑星に住む人でありながら、地球の何がしかと関わりがある存在であるのに疑いの余地はない。

 それを前提として考えた場合、真っ先に頭に浮かんだのが団長の存在だった。

 団長はいまだ軍による任務の途中であり、この件はそもそもその任務に関わり、団長が仕組んでいたのではないかと。



「君の言う通り、任務がいまだ継続しているというのは事実だ」


「ではあの連中も……」


「ああ、連中はその一環として作り出された存在だよ」



 どうやら団長は既に隠す気などさらさらないようで、連中の存在と自身が関わりあると平然と暴露した。

 作り出された、と言うからには昼間に戦った連中は、やはり人為的な意図を持って生み出した存在であるようだ。

 それが最初から生み出されたのか、普通の人間に手を加えたのかはいまだ不明。だが団長が発した言葉は、人ではなく物に対する感情であるように思えた。




 その後団長は連中が別の人間の手によって、故意に都市リンベルタッドへと送り込まれたのだと告げた。

 元々リンベルタッドを占拠するべく画策していた輩に接近し、傭兵という立場で潜り込ませたのだと。

 全てはそれなりに強度の高い戦いを経験させ、諸々のデータを収集するため。そのための相手として、自身が率いる傭兵団を利用したのだと言う。

 その目的はわからない。だが団長にとっては、自身の部下である傭兵たちを利用してまで成さねばならない行為であったようだ。



「自分から聞いておいてなんですが、話してもいいのですか? 軍の機密だと思うのですが」


「別に構わんだろう。知らなかったとは言え、君は十分に私の協力者となっているのだからね」



 僕の抱いた不安に対し、あっけらかんと言い放つ団長。

 何気に共犯扱いされたような気がし、勢い込んで問い詰めたのが間違いであったのではと思え始めてきた。


 きっとこれまで、団長はあえて僕が勘違いするように説明してきたのだろう。

 それは配下である僕を騙していたということでもある。自身の娘をあてがい婚約者とし、将来の団長候補だなどと言い優遇しつつも。

 しかし今更そのような事を言っても始まるまい。僕は口を開き事情を話そうとしてくれる団長の話へと耳を傾けた。



「本当のことを言えば、"我々"は最初からこの惑星を目的として来たのだ。敵に発見され、撃墜されて落ちたというのは本当だがね」


「我々……、ですか」


「勿論一人で来たりはしないさ。私の他に軍の仲間が数人と、研究者が数人。ただその多くは君の場合と同じく、墜落時に死亡してしまったが」



 どこか他人事に聞こえる団長の声。自身が直面した事実というよりも、はたから眺めているようにすら思えてしまう。

 それほどまでにこの件は団長にとって、自己を押し殺してまで遂行しなければならない内容なのだろうか。


 それにしても団長の様な軍人だけでなく、研究者まで同行していたというのは……。

 ここで何がしかの実験でもしようとしていたのかと思い、尚更キナ臭いものが感じられてならない。

 きっとそれは、あの連中のような存在を生み出したことに関わるのだろう。




「ともあれ生き残った私ともう一人の研究者で、なんとかして任務を開始した。それが二十年以上経った今になって、ようやく表に出てきたって訳さ」


「それはいったい、どのような内容なんで――」



 想い出話をするように懐かしそうに話す団長へと、僕は核心を突く言葉を投げかけようとする。

 しかし団長は悪戯っぽい笑みを浮かべると、ジェスチャーで言葉を制し、その場で立ち上がった。



「話しの続きは後日、暇な時にでもするとしよう。そろそろ次の客が来る頃だ」


「……わかりました」



 団長はそう言うと共に、扉を指さして退出を促す。

 ここまで思わせぶりに話しつつも、団長はどうやら最後まで話そうというつもりはないようだ。

 団長の性格を思えば、これ以上問い詰めてもきっとはぐらかされるに違いない。

 僕は拳を握りしめるも、とりあえずこの場で問い詰めるのを諦め、次の機会へ期待することにし立ち上がる。



 促されるまま扉へと向かい、取っ手に手をかける。

 ただどうしても確認しておきたいことがあったため、その場で振り返りもせず、背後で立つ団長へと質問を投げかけた。



「最後に二点、お聞きしたい事が」


「なにかね?」


「そこまで知っていて、どうして僕等を情報屋に遣ったのですか?」



 そもそもここまで連中の素性を知っているのであれば、前もって娼婦の情報屋に会う必要はなかったはず。

 なのにどうしてわざわざ、大金を積んでまで使いとして行かせたのか。


 すると然程間を置かず、団長は隠す必要もないとばかりに理由を告げた。

 どうやらあれは、僕等を情報屋と顔合わせさせるというのが大きな目的であったようだ。

 加えてそれなりに情報を収集するという行為を、団内に見せ納得させるという、パフォーマンスとしての理由もあったらしい。

 結局僕は何も知らされず、ただ計算の上で動かされていたに過ぎないのだと思い知らされる。



「もう一つはなにかね?」


「……いえ、やはりそれは次の機会に」


「そうか。では下がりたまえ」



 残る一つを問う団長に、僕は発しかけた問いを飲み込む。

 問い詰めたい心情ではあるが、これもまたはぐらかされそうな気がしたためだった。




 再度退出を告げる団長に無言のまま礼をし、応接間の扉を閉める。

 屋敷の外へ出るため廊下を歩き、団長の言う通り来訪したであろう客人と会釈してすれ違い、入口の扉をくぐって外へ。

 屋敷の正門を越え市街へと出て、いまだ混乱からざわつく大通りを抜け、喧騒の届かぬ路地裏へと逃げ込む。


 そこで一息ついて壁にもたれかかった僕は、暗がりの中歯を食いしばる。

 すると躊躇いを感じられる様子で、ここまで沈黙を続けていたエイダは話しかけてくる。その声はこちらの神経を逆撫でせぬよう、酷く穏やかなものだった。



<アル、大丈夫ですか?>



 問い掛けるエイダの声に返す言葉も発さず、暗い空を見上げる。


 この惑星で傭兵団に入って以降、僕は半ば元いた宇宙へ帰るのを諦め、この地で基盤を築くべく多くの戦果を挙げてきたつもりだった。

 幸運にも属した傭兵団の団長は同郷の出で、掴みどころのない人物ではあるものの、自身の素性に関し嘘をつかないでいい相手として一角の信頼をしていた。


 だが彼にとって僕は仲間ではなく、軍の任務をこなすために動かす駒に過ぎなかったのではないか。

 そう思うと突然裏切られたようにすら感じられ、自然と握った手の爪が肉へと食い込み、皮膚を裂いて熱を持つ。

 僕はそのまま膨れ上がった感情を抑えることもなく、路地裏へと置かれた手近な材木へとぶつけた。



「クソッ!!」



 蹴飛ばした木材がしなり、乾いた音と共に折れる。

 団長とする会話の最中、ずっと自制を続けていた僕は、ここに至ってようやく苛立ちを表へと出していた。



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