銀と青 06
騎乗鳥へと跨った騎兵。幾重にも重なる重装鎧を纏った前衛歩兵。後方から攻撃を行う長弓兵。
医療班など一部の支援担当班を除く、これら百名を越える傭兵団の面々が、今回遠征を行った団の主力であった。
その傭兵たちは都市リンベルタッドの正門から少しだけ離れた、草原の上で隊列を組み待機している。
「団長、降伏の勧告ですが……」
「無視されたんだろう? わかっているさ、最初から期待はしていない」
リンベルタッド市街に入るための、唯一の入り口となる正門を望む場所。
そこで待機する団長のもとへ降伏勧告を行ってきた団員が戻ってくるも、どうやら無下に追い返されてしまう結果となったようだ。
ただ団長はその結果を予想していたようで、問題ないとばかりに言い捨てた。
団長の背後へと並ぶ、大勢の隊列を組む傭兵たち。彼らはリンベルタッド正門へとなだれ込み、敵の主力を制圧するための戦力だ。
情報屋の娼婦から得た情報によれば、敵の主力となる一般兵は推定約五十人前後。
それだけの数を相手にするには、少々過剰な戦力であると言えた。
報告に戻った団員から視線を外し、団長は真っ直ぐにリンベルタッドを見据える。
他に遮るものがない草原の上、まず間違いなく敵からはこちらが見えている。だがそれすらも気にした様子もなく、団長は正攻法での戦闘を行おうとしていた。
「そっちの準備はどうだ?」
「既に完了を。いつでも行動に移せます」
団長は視線を真正面へと向けたまま、すぐ横に立つ僕へと問う。
対して僕は後ろへと振り返り、こちらの準備が万端であると告げた。
身体を向けた先、列を成す傭兵団主力の長弓兵たちの後ろには、それとは別に十数名程の一団が並んでいる。
彼らは主力部隊が重装備であるのに対し、比較すると一見して少々心許なく感じてしまうほどの軽装。
レオとヴィオレッタ、そして僕も含まれるこの一隊は、今回特別に組まれた部隊であった。
「すぐに開始する。一人を除いて比較的機敏な連中を選んだつもりだが、警戒は怠るなよ」
「了解しました。では僕も本隊の後方で待機しています」
注意を促す団長へと礼をし、僕もまたその一団が居る位置へと戻っていく。
当然のことながら僕自身も同様に軽装の装備。そんな僕等に課せられた役割は、リンベルタッドに居るであろう特別な敵戦力に対応することであった。
レオと似た見た目を持つという連中は、得られた情報によると総勢五人。
特徴としては事前に聞いていた通り、銀色の髪と青い瞳。そして常人以上の怪力であるという点だ。
内訳は男が三人に女が二人。ただ情報屋から聞いた話では、逃げ出した娼婦の証言によると全員が異常なまでに強く、ほぼその五人だけで都市の警備を壊滅させたとのことであった。
ただどうも凄まじい怪力ではあるものの、俊敏さという面では人よりも特別上回ってはいないらしい。
僕等が揃って軽装なのは、素早さで相手を上回るため。真っ正直に重装備でぶつかっても、鎧ごと斬り捨てられては元も子もないためだ。
この点もレオと同じ特徴であり、ますますこの共通する要素に首を捻るばかりだった。
「もう攻撃開始か?」
「ああ、もう少しだ。弓隊に続いて進む」
特別に結成された隊に合流すると、レオは僕へ確認を摂ってくる。
相手が相手であるためか、彼は珍しく緊迫感漂う面持ちで、常に背負う自身の大剣へ触れんばかりに手が動いていた。
団長の言っていた、一人を除いてという言葉。それはレオを指す。
全体的に俊敏さを重視して集められた面々の中で、唯一そうではない人員がレオであった。
ただそれでも彼が選ばれたのは、レオが自らの意志でこの隊へと志願したためだろう。あとは団長による、鶴の一声だろうか。
言葉を交わす僕等の背後へと、一人の先輩傭兵が近づいてくる。
僕等と同じく軽装の装備を持ったその傭兵は、前方で隊列を組む団員たちを一瞥すると、若干つまらなそうに不平を述べた。
「例の連中が出て来るまで、オレらは本当に待機しなきゃならんのか」
「そのようです。今回は例の相手のみに専念してもらいたいと」
「こんな装備じゃ仕方ないか。だがそうなると、流石に暇なもんだな」
そう言って嘆息すると、彼は重武装の仲間たちを羨ましそうに眺めていた。おそらく五人程度の相手に対し、集団で戦うというのが本意ではないようだ。
もっともあまり本気で不満を募らせているというのではなく、半ば冗談が含まれていそうではあるが。
その先輩傭兵と言葉を交わしつつ、他十人程の人員へと視線を向ける。
たった五人の相手に、歴戦の傭兵が十数人。確かに眼前の先輩が言う通り、普通に考えれば戦力の過剰投入にも思える。
しかし今回ばかりは用心する必要があるだろう。なにせ精強と言われるイェルド傭兵団の、斥候たちをアッサリと壊滅させた相手なのだから。
だからこそ彼らも抗議などせず、冗談めかして言うに留めているのだ。
「そろそろ開始だな。オレらも続くぞ」
そのような話をしているうちに、本隊は行動を始めたようだ。
目の前に立つ先輩傭兵は前進を始めた本隊の動きを見て、揚々と歩を進めようとしていた。
僕らもまた彼に続き、進み始めた弓兵たちの後ろへと着くと、リンベルタッドの正門を凝視しながら前進を行う。
暫し無言のまま接近し、重装の歩兵を最前列とし進んでいく本隊が、正門へと辿り着くまであと少しといったところ。
そこで都市の外壁上へと十数名の弓兵が姿を現し、突如として矢の雨を浴びせ掛けてくる。
ここまでは当然想定の範囲内。本隊はその降り注ぐ矢を合図とし、轟声を上げ正門へと突撃を仕掛けていった。
▽
戦闘開始からものの十数分。たったそれだけの時間で、リンベルタッドを占拠した勢力は防衛の要である都市外壁を、傭兵団へと明け渡していた。
先手を打って矢を射かけてきた連中だが、こちらが同様に長弓による攻撃でやり返すと、面白いように死体を積み重ねていった。
現在は都市内部へと攻め込み、市街に散らばった敵を殲滅すべく、多くの傭兵たちが捜索を行っている。
いとも呆気ないものだと思うが、それも当然だろうか。
戦力だけでも倍以上というのはあるが、こちらは戦場に関して手馴れすぎている歴戦の傭兵団。
対して敵はどうにも、こういった大軍での争い事に不慣れな、寄せ集めの集団に過ぎなかったように思える。
おまけにリンベルタッドの城壁は、そもそも人を相手とした戦闘を想定していない。
石造りではあるものの、精々が出没する肉食獣から街を守るために使われる程度の物でしかなかった。
「虱潰しだ。保護した市民から情報を集め、一人も残さぬようにしろ」
都市内部へと踏み込んだ傭兵たちへと、団長は次々に指示を飛ばす。
複数の傭兵たちはその指示を伝えるべく、四方八方の団員たちが居る方角へと散らばっていく。
今回傭兵団へと征伐を依頼した複数都市は、見せしめとして容赦ない対処を求めていた。それに応えるためにも、敵を一人として残さず討つ必要があるのだろう。
ただ問題があるとすれば、件のレオに似た容姿を持つという五人組の姿が、いまだ目撃されていないという点だろうか。
連中は都市内に攻め入った傭兵団を迎え撃つでもなく、何処かへと行方をくらまし、その姿を表に出してはいない。
だが既に逃げ出しているとは思えない。情報屋から得た内容でもそうであるし、知らされて以降衛星で行っている監視でも、そのような姿は捉えられていないのだから。
「ったくよお、これじゃ暇でしょうがねぇ」
「まったくだ。そもそも我々の力を見せようがないではないか」
その五人組へと対処するため集められた面々は、口々に自身に出番が来ないことを嘆く。
踏み込むまでは必ず来る出番を待っていたが、実際に入ってみればその出番すら来る気配はない。
流石にそうともなれば、不満の一つも言いたくなるというものであった。
「そう言うな。まだ本命が残っているぞ」
不平を溢す先輩傭兵たちへと振り返りながら、団長は苦笑して一点を指さす。
その指が伸びる先には、僅かに小高い場所へ建つ一軒の屋敷が見える。
「統治者の屋敷ですね……。連中はあの中に居るということでしょうか?」
「既に都市内の大部分は制圧し終えた。それでも見つからないのだ、ならばあそこしかあるまい」
僕はそこがこの都市の中枢であるのを悟り、団長へと問う。
すると団長は視線を向けることなく軽く頷き、半ば確信を持った風に断言をした。
大抵の場合都市の中央には、そこを統治する人間の屋敷が鎮座している。
現在都市外周から順に制圧していっているのだが、最も有力そうなそこをあえて最後に残しているのは、単純に後々面倒事になるのを避けるため。
「できれば統治者の屋敷に押し入りたくはない。しかし最後に残ったそこ以外に、賊が残ってそうな場所はなく仕方なしに踏み込んだ」。後でそういう言い分を展開する為だ。
「そういう訳だ。ようやくお前たちの出番だぞ」
若干おどけた様子で、団長は大仰な身振りを交えつつ戦闘の準備を促す。
ただおふざけの混じった言い方ではあるものの、そこから漂う空気は張り詰めたものが感じられる。
ここまでは前座のようなもの。統治者の屋敷へ乗り込む時点からが、今作戦最大の山場であると言わんばかりだった。
団長の言うところの出番を待ち、その場でしばし待機をしていると、都市内に散らばった傭兵たちが次々と集結してくる。
団長の下へと、各々が何人の敵を討ったかという報告が集められ、その数はようやく五十人近くへと上った。
事前に得た情報と照らし合わせると、これで敵勢力のほぼ全てが斬られたことになる。
そこでここいらが頃合いであろうと判断した団長の指示により、念の為に市街で警戒を行う団員を除き、ほぼ全てが中央部へと建つ屋敷へと向かった。
ゾロゾロと列をなして通りを進み、僅かに高い場所へ建つ屋敷の正面入口を取り囲む。
そこで僕等今回のために編成された隊が前へと出て、屋敷へ踏み込むべく自身の武器へと手をかけた。
「待て。奴さんのお出ましだ」
僕もまた自身の腰へ差す中剣の柄を握り、一歩前へと歩み出る。
すると突然団長から制止の言葉がかかり、その腕は僕の進路上へと塞ぐように差し出された。
見れば屋敷正面の入り口である扉が、ゆっくりと開かれ始めている。
じれったい程にノンビリとした動きで扉が解放されていくのを、僕やレオを始めとして、その場にいた傭兵たちは固唾を呑んで見守る。
そうして中から出てきたそいつらは、一言の言葉を発することもなく、ただ胡乱気な瞳で取り囲む傭兵たちを眺めていた。




