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悔恨のリーダー


 結局のところ、僕等を襲った男たちの目的はわからず仕舞いだった。


 僕等が目的とする品を運んでおりそれを目当てとしていたのか、あるいはイェルド傭兵団への妨害が目的だったのか、それすらわからない。

 一番可能性が高いのは、ただ単純に略奪行為を常としている者たちであり、今回その標的として僕等が狙われただけという可能性だけれども。



 倒した野盗の数は、ケイリーが一人にマーカスが二人。

 レオが三人と、僕が四人。


 ただ最初に槍を投げて倒した弓手などは、僕が確認した時にはまだ辛うじて生きていた。

 しかし襲撃を証言させるために捕縛しようとしたその男は、掴まれば死罪は免れないと判断したようだ。

 力を振り絞って自らの胸へとナイフを突き立て、果ててしまうという結果に終わっている。


 何とも空しい終わり方ではあるが、あながちその判断も間違った選択ではないのかもしれない。

 掴まれば騎士隊によって拷問を受け、その末に処刑される可能性が高いと聞く。

 このまま死んだ方が、よほど苦しみ少なく逝けるはずだ。



『エイダ、周囲に人の反応は無いな?』


<肯定です。現在半径五km圏内に、人型の動体反応は確認されていません>



 目の前に積まれた十の身体以外、近辺に野盗は存在しないようだ。

 他に仲間が居る可能性が無いとは言い切れないが、それはもう知りようがない。

 こうなってしまった以上、彼らは永久に口を開くことはないのだから。



「武器は全部回収したよな?」


「うん、これで全部……」


「わかった。火を点けるから離れてて」



 僕は鳥車の荷台に積まれている、獣脂の満たされた油壺の中身をぶちまけると、着火した火種を積み重ねた男たちへ放り込む。


 少しするとゆっくり油へと火が回り、次第に男たちの着る服へと移っていった。

 火に巻かれようとピクリともしない十の骸を、オレンジ色の炎が包み込んでいく。



「行こうか。もう大丈夫なはずだ」



 ある程度全体に火が行き渡り、毛の焼ける不快な臭いが周囲に漂い始めたところで、僕は皆を促す。

 誰も口を開かずただ頷いて了承を返すと、燃えていくのを見届けることなく鳥車へと乗り込んだ。



 遺体をそのまま放置せず燃やすのは、肉食性の動物が姿を現さないようにだ。

 臭いのせいで胃からせり上がるものを感じるが、こればかりは確実にやっておかねばならない。

 この惑星の化学水準では知られていない可能性が高いが、感染症などの問題だってあるのだから。


 本来野盗討伐による報奨金を得るためには、遺体をどこかの街まで運ばなければならない。

 だが生憎僕等の鳥車には遺体を乗せるだけの余裕はないし、残り四日近くの行程を死体と共に過ごす気もさらさらなかった。

 少々勿体ないが、報奨金は諦めた方が良いのだろう。



「ケイリー、大丈夫か?」


「え? うん……、なんとか」



 御者台へと座り、呆としたままで煙の漂う空を眺めるケイリーに問う。

 訓練キャンプの最終試験後には、人を斬った感触に怯えただ震えるばかりであった彼女。

 しかし今回はそこまでのショックを受けてはいないようで、ひたすら疲れたとばかりに、御者台の上で身体の力を抜いている。



「初めての戦闘で怖かったけど、何とかなるもんね……」



 灰色の煙漂う空を眺めながら、ケイリーは小さく呟く。


 先ほどの野盗との戦闘で、彼女は先日購入した真新しい中剣を使いしっかりと勝利を収めていた。

 多少はマーカスによる援護ももらったようだが、ほとんど一人で戦い仕留めたのだと言う。

 ケイリー自身僅かに負傷もしたようだが、浅い傷のみで今はもうすっかり血も止まっている。



「どうした?」


「ん……。ちょっとね」



 ケイリーは突如ゴソゴソとし、自身の中剣を取り出すと、引き抜き手近な布で拭き始める。

 一見して綺麗な状態であるため、僕が行動の意図を問うも、彼女は気のない返事だけを返し、一心不乱に剣を磨き続けた。

 僅かな曇りさえも嫌がるように、何度も何度も繰り返し磨き続ける。

 それはまるで、ほんの微かな血の臭いさえも、事実もろとも消し去らんするかのようだ。



 ケイリーから目を離して後ろを振り返ると、付いて進む鳥車の御者台にはレオとマーカスの姿。

 手綱を握るマーカスはどこか憔悴したようであり、彼もまた戦闘による精神的な疲労が圧し掛かっているのが明らかだった。



「マーカス! 疲れたなら交代しなよ!?」


「だ、大丈夫です! まだやれます」



 大きな声で問うと、彼もまた同様に大声で返事をする。

 しかしその声はどこか空元気であるように思えてならなかった。


 彼はその弓の腕前で、接近する野盗たちの内二人を危なげなく()殺していた。

 与えた傷を見る限りでは、マーカスの射た矢は易々と急所を貫いており、彼の高い弓の技量が見て取れる。


 その後は武器を中剣に持ちかえ、ケイリーの援護をしながらも可能な限り近接戦闘を避けながら立ち回っていたようだ。

 その成果か、彼自身に一切の怪我はない。

 それでも憔悴したように見えるのは、やはり初めて人を相手として殺し合いをしたが故にだろう。



 そのマーカスの隣。

 御者台の上に立った状態のレオは、周囲を見回して警戒に当たっている。

 彼の様子からは、これといって変わったものを感じない。


 これまで僕は二度、彼の瞳が異質な色を纏うのを目にしてきた。

 一度は初対面の時に、僕を助けるために大猪を相手として剣を繰りだした時。二度目は卒業試験で、野盗を斬り捨てた時だ。

 共に武器を用いて真剣に振るった状況であり、今回もまた同様の現象が起きていたというのは想像に難くない。


 ただ残念ながら、僕はそれを確認する余裕がなかったということもあり、今回は見ることが叶わなかった。

 おそらくは斬り捨てていく最中、またもや彼の瞳は深い色を湛え、引きずり込まれるような絶望を野盗たちに与えたのだろう。


 これを言うと確実に皆から怒られるのだろうが、もしもまたアレが見られる機会を得られるのであれば、もう一度くらい野盗が現れても許せるかもしれない。




<アドレナリンの過剰分泌を検知。速やかに休息状態へと移行するよう推奨します>



 不意にエイダが発した言葉に、僕はくつくつと笑いが漏れるのを自覚した。


 確かに今の僕は、戦闘行為のせいか極度の興奮状態にあるかもしれない。

 死を間近に感じる状況に襲われながらも再度の襲撃を望むなど、正気の沙汰であるとは言えないだろう。

 彼女の指摘もごもっともで、休憩を取る必要性は否定できなかった。


 横へと座るケイリーは、剣を磨きながらも怪訝そうに僕を見ている。

 エイダの声が聞こえない彼女からすれば、急に笑い出した僕を気味悪く思っているのかもしれない。



「余所見してると指を切るよ」


「わ、わかってるわよ!」



 ケイリーは僕の言葉に顔を染めて怒鳴り返す。

 直後に鞘へと納めた様子からして、ある程度納得いくだけの状態にはなったようだ。




 少しして笑いが治まった頃、僕は小さく息を吐く。

 あれから随分と移動したのだろうか、空を見上げても野盗たちを燃やす煙は見当たらない。


 遥か高空にある衛星を通して僕を見ているであろう、エイダへと向けて目を細める。

 彼女に本当の感情があったならば、今の僕をいったいどう見て何を想うのだろうか。

 揺れる御者台の上で、僕はそんな下らないことを考えていた。







 昼間とは異なり若干の薄曇り。

 空を見上げても、星はあまりその姿を現してはいない。


 夜間。荷車からほんの少し離れた位置で焚火を囲み、僕等はキャンプを張っていた。

 騎乗鳥たちは傭兵団の所有で、よく訓練されているのか火を怖がる素振りすらなく、明りの届く範囲で眠っている。


 あまり離れられて野生動物に襲われでもしたら困るので、その点は非常に助かる。

 思い返してみれば、昼間襲撃された時も怯えず平然としていた。

 その様子からして、彼らは僕等よりも遥かに多くの修羅場をくぐってきたのかもしれない。



 騎乗鳥から目を離し、焚火へと視線を向ける。

 その横には小さな鍋が置かれ、中には適当に切った根菜と塩だけのスープが満たされていた。


 僕は鍋からスープを掬うと、各々の皿へと取り分けて皆に渡す。

 傍らでは固焼きのパンを温めているので、何もない外でする食事としては上々の物であると言えそうだ。



「どうかな、塩加減はかなり適当だったんだけど」



 今夜の食事当番は僕。

 食事は毎日交代で作っているのだが、携行できる食材の関係上、誰が作っても大概似たような物が出来上がる。

 違いがあるとすれば、塩加減や火通しの程度、そして具材の切り方といったところか。



「悪くないわね。あたしはもうちょっと濃いめが好きだけど」


「美味しいですよ。ボクはこれくらいが好きです」


「うまい」



 全員がそれなりの反応を示してくれる。

 ただケイリーは少々味の薄さに不満があるようで、小さな袋から塩をパラパラと椀に散らす。

 塩は旅先においては貴重であるため、出来るだけ節約したいのだが。


 ただこうやって、ちゃんと火を使って食事を作れるだけ恵まれていると言えた。

 戦場で最前線に出ている人たちなどは、暗闇の中に潜んで固く冷たい干し野菜やガチガチのパンを齧り、冷たい水で流し込むと聞く。

 それを思えば、こうやって後方で補給任務に就いている僕等は恵まれた方だろう。

 当然、昼間に出くわしたようなリスクはあるのだけれど。




「ちょっとキツかったかも」


「ん? なんだ、塩を入れ過ぎたのか?」


「ううん、そうじゃなくて。さっきの戦いがね……」



 半分だけスープを飲んで手を止めたケイリーが、突然独り言のように呟いた。

 てっきり自身の追加した塩が過剰であったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 椀の中を見つめるも、どこかその視線遠い。



「初めて戦うのは、どこかの戦場だと思ってたから。覚悟する間もなかったなって」


「そうですね。ボクも正直、気が緩んでいたのは否定できません……」



 ケイリーとマーカスは、共に小さく俯く。

 僕自身もそうだが、実際に人を相手とし、戦闘の末に命を奪ったのは初めてだ。

 俯く二人の鼻先には、未だ僅かに戦いの残り香が漂っているのかもしれない。



「アルとレオはどうだったの?」



 ケイリーはおずおずと問いかける。

 彼女からすれば、僕等二人が平然としている様子が不思議であったようだ。

 卒業試験の時と同じく動揺を表に出さない僕等の様子が、彼女の目には異様に映るのも当然ではある。



「問題はない」


「そう……、なんだ」



 レオは問いに対し平然と答えるばかりで、然程気にした様子は見られない。

 簡潔な答えを返したレオの後、ケイリーはチラリと僕に視線を向ける。



「僕もあまり問題はなかったよ。もちろん余裕だったなんて言いやしないけれどさ」


「二人とも凄いなぁ……。あたしなんて全然ダメだったよ、今思い出しても脚なんてガクガク」



 苦笑しながら自虐的に語るケイリー。

 その彼女には悪いが、少しだけ嘘をつかせてもらう。


 問題ないというのは本心だが、戦闘の最中僕はそれなりに余裕があった。

 確かに相手のパイク使いは熟達してるように見えたし、あの様子だとイェルド傭兵団の主力級傭兵と肩を並べる実力を持っていそうではある。

 だが装置の恩恵によって身体能力や思考速度が強化された僕には、少々と言わず遅い動きでしかない。


 でもそれを正直に言うことも出来ない。

 この場は二人の感覚に合わせておくのが無難であるのは言うまでもなかった。



 それにしても……。

 僕は手元のスープを覗き込みながら考える。

 卒業試験で一度だけ手を血に染めて以降、初めて実戦で人を手に掛けた。

 だがどういう訳なのだろうか、罪悪感や恐怖心といったものは微塵も感じられない。


 直後には興奮からやたら好戦的にこそなったものの、現在僕の精神状態は思いのほか平静で、これといったストレスも感じられない。

 とても本来タブーであるはずの、殺人という行為を成した後であるとは思えないものがある。


 墜落した船から外の世界へと飛び出して一年と少し。

 僕自身が本来持っているはずのモラルや常識といったものが、音を立てて崩壊していくような感覚さえ覚えかねないものであった。




 僕が内心でそんな自身に対し、自嘲気味に笑った直後。

 それまで沈んでいたマーカスが頭を上げ、少しだけ明るい調子を取り戻す。



「そういえば、アルのおかげで助かりましたよね。アルが見つけてくれなければ、野盗に不意をつかれて誰かが命を落としていたかもしれません」


「ホントだよ。そのちょっと前も、あたしたちに警戒するよう言ってくれてたし」



 二人は僕がした行動に、表情を明るくして称えてくれる。

 僕はただ単に、エイダから得られた情報をもとにして伝えたに過ぎない。

 むしろ実際にはもう少し前に敵の存在を感知していたのに、自身が怪しまれるのを恐れて言わずにすらいた。


 本来ならば、二人に感謝されるような立場ではないというのに。



「やっぱさ、このチームのリーダーはアルだよ。あたしはそれでいいと思う」


「ボクも異論はありませんよ。戦いでも頼りになりますし、皆を纏めてくれます。レオはどうですか?」



 ケイリーの言葉に手放しで賛同するマーカス。

 その問いはレオへと流れ、皆の視線が集まる中レオはやはり簡潔な言葉のみを放る。



「……問題はない。アルでいいと思う」



 レオはそう告げながらも、僕と視線を合わせはしなかった。

 警戒するよう告げた時の、意味ありげな空気を孕んだ視線を思い出す。

 おそらく僕の気のせいだが、彼はあの時点で僕が襲撃を予見していると感付いていたのではないか。

 そんな風に思えてならない。



「決まりだね。アルがリーダーで決定! ほら、就任挨拶は?」


「挨拶って……。なにを言えばいいんだ?」


「何でもいいんだって、ノリに任せて適当でさ」



 明るい調子で言うケイリーに促され、僕は焚火の前で立って皆へと静かに告げる。



「えっと……、これからもよろしく」



 各々からされる拍手。

 レオも今度は軽くこちらを見ながら、小さく手を叩いていた。



 パチパチと鳴らされる三人の拍手を一身に受け、僕は今になってようやく暗い気持ちを抱き始める。


 僕が今ついてしまっている嘘は、彼らに対する裏切りであるのは言うまでもない。

 決して告白など出来ず、例え言ったとしても到底信じて貰えるはずのない真実。

 これはきっとこの先ずっと僕の肩へと、重く圧し掛かり続けていくに違いなかった。



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