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銀と青 05


 町に入ってすぐ、大勢の娼婦たちに取り囲まれた僕等。

 そんな中で偶然助けてくれた大男に案内されたのは、都市中央に据えられた公園に面している、比較的大きな宿だった。


 このような猥雑さが強い町に公園というのは、少々イメージとは遠い気はする。

 だが娼婦によって成り立つ町とはいえ、やはり一定数の子供は存在する。そういった子供たちが遊ぶためにも、広場というのは必要なのだろう。

 いや、むしろ娼婦の町だからこそ子供が居るのだろうか。

 ともあれ子供たちが遊ぶ長閑な公園に面した宿に、目的の人物が居るなどとは思いもしなかった。



「こっちだ。狭いから頭をぶつけるなよ」



 男はその宿へと入るなり、すぐ近くにある扉を開く。

 扉の先は何がしかの部屋に続いているのかと思いきや、開いた中に見えたのは暗がりと下りの階段。どうやら件の人物は、地下に潜んでいるようだ。


 扉はレオの身長では少々窮屈な大きさで、しっかりと屈まねば入れない。

 当然彼以上のガタイである案内をしてくれた大男もまた、窮屈そうに身を縮めて扉をくぐり、暗い地下へとゆっくり降りていった。



 精々二階分程度だろうか。階段を下りた先に在ったのは、狭い階段の奥には似つかわしくない瀟洒な一枚扉。

 洋灯の明りに照らされた、シンプルながらも小奇麗なその扉を男が開けると、中には多くの照明で照らされた個室が姿を現す。



「どうぞ、お入りになって」



 部屋の中央には、存在感を誇示するように鎮座する、立派な執務机と椅子。

 そこへと一人の女性が腰かけており、扉の前で躊躇する僕等を穏やかそうな声で招いた。


 声に誘われ部屋へと入ってみると、そこは外部から隔離された密閉空間であるはずなのに、これといった異臭などが感じられなかった。

 当然多少は空気取りの穴などがあるとは思うが、それにしても何も臭わない。どうやら部屋で焚かれている明りが獣脂などではなく、高価な植物油を使った明りであるためのようだ。



「ご苦労様、あなたは下がっていいわよ」



 女性はそれだけを大男へと告げる。するとただ男は一礼し、何も告げることなく部屋から出ていってしまう。

 状況からして、この女性が件の情報屋であるのは間違いない。だが初対面であるにもかかわらず、僕等と一対一にしてしまっても大丈夫なのだろうか。



 女性は執務机の前に置かれた、来客用と思われる椅子を僕等へ勧める。

 大人しくその勧めに従い腰を下ろすと、彼女は単刀直入に、僕等の素性を言い当てた。



「状況から考えるに、貴方たちはイェルド傭兵団の人たちかしら?」


「おわかりですか」


「ええ。リンベルタッドが占拠されて以降、この都市に寄りつく人は減ったわ。そんな状況で私を尋ねてくる者が居るとすれば、あの地へ征伐に向かっている傭兵団の関係者くらいのもの。そうでしょう?」



 女は柔和な笑みを湛えた表情のまま、腰を上げて水差しから人数分の飲み物を用意しながら告げる。

 団長が信頼する情報屋ということから、それなりに厳しそうであったりするのを想像していたので、少々肩すかしをくらってしまう。

 それに僕が想像していたよりもずっと若い。精々が三十代に差し掛かったかどうかといったところで、団長の言うようにこの辺り一帯の娼婦を取り纏めているとはとても思えなかった。


 そのような考えを内に隠し、女が差し出す冷たい茶をありがたく頂戴する。

 彼女は僕等の対面に置かれた椅子へと座り、すぐさま本題へと入っていく。どうも自己紹介などは不要であるようだ。



「団長さんかしら、私の存在を教えたのは」


「はい。この辺りで最も信頼のおける情報屋であると」


「それは光栄ですこと。内容はやはりリンベルタッドを占拠した輩についてね」



 なんというか、当たりは柔らかであるのに、随分と単刀直入に話を進める人だ。

 ちょっとしたおべっかに軽く返しつつも、本題から逸れようとはしない。この辺りは情報屋としての、一種の交渉術であるのかもしれない。


 名も名乗らぬ情報屋の女は、茶に口をつけながらもジッとこちらを見やる。

 視線は真っ直ぐ僕へと向けられ、この件についての責任を任されているのが、僕であると理解しているようだ。

 ここまでずっと話をしているのが、僕だけであるので当然だろうけれど。

 その彼女は少しばかり前のめりとなると、情報を開示する前に金銭についてを口にした。



「報酬はどの程度用意を?」


「可能な限りですが、極力多くをお支払いできればとは。まず適正な価格を言っていただけると」



 こちらの懐具合を探る彼女へと、僕は困ったフリをしながら、基準となるであろう額を探る。

 団長からは相当な金額を預かってはいるが、それを馬鹿正直にいう訳にもいくまい。

 最初から言い値を払うなどと言おうものなら、いくら吹っかけられるかわかったものではないからだ。

 団長は言い値を払っていいと言っていたし、早々割り引いてくれる人ではないと聞いている。しかし安く済むに越したことはあるまい。



「……ではそうね、これだけは頂こうかしら」



 しかし僕のする小手先の駆け引きなど、この場では然程効果のあるものではなかったようだ。

 女はそう言って、両の手を使い指を七本立てる。

 示した額は僕が予想していたよりも、ずっと大きな額。正直団長から預かった金だけでは、若干払い切れないだけのものであった。

 その事実に僕はすぐさま駆け引きを諦めるしかない。



「……少しだけ、支払いに猶予を頂けませんか。それなりには用意して来たのですが、少しばかり不足があるので。団長に掛け合ってみます」


「本来ツケは利かないのですけれどね。この都市の娼婦たち全員にも言えるけれど、対価はあくまでも現金のみ。貴方たちのように規模が大きな傭兵団と違って、纏めて払うといった方法は採っていないの」


「では情報は……」


「悪いけれど。もう一度出直して来てもらうしかないわね」



 困ったように女は眉をひそめるも、優位性を主張せんばかりに足を組んで言い切る。

 団長は確か、この情報屋はかなり金に細かい人間であると言っていたはずだ。おそらくここで粘ったとしても、ビタ一文としてまけてはくれまい。


 僕はすぐさま立ち上がると、レオとヴィオレッタに謝罪をする。

 今から急ぎ団長の下へと向かい、必要な額を用立てねばならない。ただこちらを信用してもらうために、必ず戻ってくる保証が必要であった。

 言うならば一種の人質にも近いものであるが、やれやれといった表情を浮かべつつも、二人はアッサリと頷いてくれた。



「すみません、一刻も早く戻りますので」



 僕はそう言って、急ぎ部屋から出ようとする。だが扉へと手をかけた僕の背へと、情報屋の制止する声が振ってきた。

 振り返って声の主を見れば、彼女はゆっくりと立ち上がり歩み寄る。

 そして困り顔だった表情は僅かに緩み、再度座るように促しつつ口を開く。



「ま、そこまで本気で払ってくれるってのなら、今回ばかりはおまけするとしましょうか」


「……いいのですか?」


「普段は絶対にダメなのだけれど。考えてみれば私は、団長さんに子供が生まれた時にちゃんと祝いを贈っていなかったわ。これまでも団長さんたちには相当世話になっているし、今回だけ特別」



 どうも彼女は見た目の年齢に反し、団長と長い付き合いがあるようだ。

 ヴィオレッタは怪訝そうな顔をしているので知らなかったようだが、言う言葉からしてかなり迷惑をかけてきた経験があるのだろう。

 情報屋の女は、「これで貸し借りナシ」と念押すと、座るよう促す。



「座って。とりあえず現時点で得られている情報だけでも話すから」



 再びその促しに応じて座ると、落ち着いて言葉に耳を傾ける。

 彼女は卓上へと積まれた紙束の一つを手に取り、情報が記載されていると思われるそれらへと目を通しながら、目的のリンベルタッドに関する内容を読み上げていく。

 その情報を聞きつつ、僕は彼女が読み上げていく内容に顔を顰めざるをえなかった。







 娼婦たちの町から離れ、僕等は危険をおして夜間の街道を歩く。

 一日歩き通しであった後に辿り着いた都市で娼婦たちに囲まれ、そこから情報屋と接触し、僅かな食事を摂ってすぐ出発した。

 身体は疲労に悲鳴を上げていたが、一刻も早く団の本隊へと合流し、情報を伝える必要があったためだ。



「どういうことなんだ?」



 団の本隊と合流をするために、一路現在地から南西のリンベルタッド方面へと歩き続ける。

 その最中に僕へと問うてきたのは、町を出てからずっと怪訝そうにしているレオであった。

 彼がこのような言動をするのも無理はない。なにせ情報屋から話された内容は、僕等には不可解そのものであったのだから。



「さあね。一体何を考えているのやら、当人たち以外には知りようがない」


「俺には戦術はよくわからん。だがそれでもおかしいと思う」



 レオ自身も言っているが、彼は基本的に戦術的な話などには余り入ってこない。

 単純にそういった内容を不得手としているためなのだが、そのレオにしても今回の賊が採っている行動はおかしなものであった。


 リンベルタッドを占拠した連中は、最初に独立だ同盟の統一だと威勢のいい宣言をした後で取った行動は、なんとも意外なモノ。

 というよりも正確に言えば、なにも行動を起こしていないと言うべきだろうか。

 あまり大勢の戦力ではないようなので、本来大群で反攻を受ける前に、次の一手を打つべく何がしかの作戦行動でも採りそうなモノだ。

 しかし賊は定石から大きく外れ、不気味なほどリンベルタッドへと引きこもったままであるとのことであった。

 他にも色々と話しは聞いたのだが、目下気になるのはその点だろうか。



「都市を一つ占拠したはいいが、身の程を知って怖気づいたのではないか?」


「どうだかね……。仮にも団の精鋭を壊滅させたんだ、逆に自信を持ちそうなモノだけれど」



 すぐ前を歩くヴィオレッタも、振り返り自身の考えを述べる。

 彼女の言う通り当初は自身に満ち溢れていても、幾らかの戦闘を経たり時間の経過などによって、徐々に現実が見えてくるというのは大いにあり得る。

 しかし連中は同盟最強と謳われる、イェルド傭兵団の精鋭たちを打ち倒している。むしろ士気が上がっていてもおかしくはない。

 逆に言えば、だからこそ傭兵団が本気で攻め込んでくると考えたのかもしれないが。




『……エイダ、まだ動きはないか?』


<変わりませんね。監視を始めてからここまで、戦闘の気配どころか人の出入りすら皆無です>



 悩んだ末に、状況の推移を見守り続けるエイダへと報告を聞く。

 エイダにはリンベルタッドが占領されたと知らされて以降、衛星による監視を続けてもらっていた。しかし返ってきた答えはここ数日と変わらないモノ。


 確かに情報屋が言っていた通り、都市リンベルタッドにはこれといった動きがなく、何人かの歩哨が外壁上を見回りに歩いているくらい。

 制圧された都市にしては落ち着いているとは思ったが、それは占拠を終えたばかりのため、まだ行動を再開する余力がないためであると考えていた。

 てっきり情報屋からは、衛星による画像だけではわからない、何がしかの情報が得られると思っていたのだが……。



<占拠された時点では、まだ観測対象でなかったため映像が残っていないのが残念です>


『そればかりは仕方ない。広い土地の全てを見張ってなんかいられないからね』


<もう少しは観測範囲を広げられるのですが、それをすると細かな点が不鮮明になるのが悩みどころです>



 エイダは口惜しそうな、おそらく人であれば唇を噛むように告げる。

 元来衛星は僕自身を中心に、半径数十km程度を範囲に常時監視を行ってはいた。

 その範囲内であれば何日も遡って確認ができるのだが、流石に監視範囲から離れてしまえばどうしようもない。


 実際に占拠された時の映像が残っていれば、もっと詳細な内容が得られたのは間違いない。

 しかしそもそも衛星の機能そのものの限界がある以上、エイダに言うのは酷というものだろう。



 脳へは現在も動きのない、リンベルタッドの光景が映し出される。

 映像だけではあるが、街中は静まり返っているようで人っ子一人出歩いてはいない。占領下であるため当然だけれども。

 どうやら敵の戦力は、件の五人組という連中の他にも一定数普通の兵が居るようだ。

 しかしそいつらが見回りに歩いている以外、次なる戦闘に備えようとしている動きすら見られなかった。



「どうにも不気味だな」


「同意見だ。俺も……、嫌な感じが消えない」



 脳へ映し出された映像を眺めつつ、僕はつい無意識に、口へと出して感想を述べる。

 すると隣を歩くレオもまた、同様に悪い予感を受け続けていたようだ。険しい表情を浮かべ、僅かに重い足取りとなりつつ静かに呟く。

 その声からはどこか、確信めいた不安感というものが感じられてならなかった。


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