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銀と青 04


 行軍を続ける本体から別行動を取り、僕等は真っ直ぐ西へと進んでいった。

 目的地は本来行く予定であった都市リンベルタッド近郊から、僅かに北西へ位置する中規模の都市。

 そこへと辿り着くなり、歩き通しで疲労した僕等を待ちうけていたのは、少々予想外の手荒い歓迎だった。



「あらお兄さん、ここは初めて?」


「ねぇ、宿はもう決まってるの? まだだったら良い店を紹介できるわよ」


「安くしておくよ。ね、あたしに決めちゃいなって」



 その町へと入った直後、僕等は幾人もの女性たちに取り囲まれる破目となった。

 女性たちは一様に、衣服と言い表わすのが憚られるような、小さな下着と薄布一枚という扇情的な装束を身に纏い、蠱惑する目で僕とレオを誘う。

 彼女らがどういった存在であるかなど、考えるまでもない。誰に説明されるまでもなく、彼女らは自身が娼婦であると堂々主張するようであった。




 僕等が団長の命令を受け、情報屋とされる娼婦を探し向かった土地。

 そこは多くの娼婦たちが集い、訪れた男たちを誘うという、同盟領内において非常に有名な歓楽地であった。

 道を行くのは今まさに取り囲む人たち同様、露出の多い衣装を来た娼婦。あるいは遠方から訪れたであろう旅人で占められる。

 もっとも旅人のほとんどは男であり、ヴィオレッタのような女性の来訪者はまず見かけられない。

 思い起こせば以前先輩の傭兵たちがこの都市に関し、「同盟に生まれた男であれば、身代を食いつぶしてでも一度は行っておくべきである」と力説していたのであったか。



<良い機会です、大人の階段を登るのもまた人生の肥やしかと>


『何を言っているんだ、お前は。こっちは任務として来てるんだぞ……』



 押し寄せる娼婦たちの姿に、エイダは脈絡もなく大真面目に告げた。

 ただ僕もまた男である以上、そういった欲求は当然のことながら持ち合わせている。なのでこの光景を見た今となっては、彼ら先輩傭兵の言うこともよくわかる。

 だが予想を遥かに超えた、高波の如く押し寄せる娼婦たちの攻勢に、たじろんでしまうのは仕方がないことだった。



 都市に足を踏み入れてすぐの出来事に、僕等は呆気に取られ動揺したせいもあるが、多くの娼婦たちに囲まれたせいで身動きが取れない。

 そんな僕等に呆れたのか、あるいは業を煮やしたのか。ヴィオレッタは険しい表情となり、僕とレオの手を引き、ズイと娼婦たちを押しのけ道を進もうとした。

 しかし苛立ちすら感じられるヴィオレッタをしても、この土地はかなり手強い場所であるようだ。



「カワイイ子じゃないの。わたし貴女みたいな子、案外好みなんだけどな~」


「な……っ!」


「ちょっと、その子はアタシが先に目を付けてたんだけど!」



 基本的に男を相手とする娼婦であるが、中にはこういった趣味の人も混じっていたようだ。

 遂にはヴィオレッタにまでも娼婦はしなだれかかり、手近な宿へと連れ込まんとしていた。

 よくよく周囲を見渡せば、そういった人が二人三人と居るあたり、実のところ僕が知らないだけで、娼婦を求めに女性の客が訪れるケースというのも多々あるのかもしれない。



 それぞれに幾人もの娼婦が群がり、レオなどは困惑しきった様子で口すら開かない。

 僕とヴィオレッタも彼女らを強引に振り解くのも躊躇われ、全員が何処かの宿へと連れ込まれかねないと感じた時。

 突如客引きによって騒然とする通りへと、打ち鳴らすような声が鋭く響いた。



「いい加減にせんか!」



 都市中央へと向かう大通り。僕等を取り囲む娼婦たちの向こうから、ドスの効いた男の声が耳へと届く。

 その殴りつける様な声に娼婦たちはビクリと反応し、恐る恐る声がした方へと振り返る。

 彼女らが向けた視線の先を見やれば、通りの真ん中へ立っていたのは一人の大男。



「まったく、最低限の取り決めくらいは守らんか。ここで規律に従えんヤツは、例えどんな富豪お抱えだろうと容赦せんぞ!」



 言い様からして男は娼婦たちと関わりのある人間だろうか。

 男のした怒声に娼婦たちは震えあがると、掴む僕等の腕や腰から手を離し、蜘蛛の子を散らすように離れていった。

 客を捉まえ損なう可能性よりも、この男の不評を買う方がよほど恐ろしいと見える。


 そのうって変わり静かになった大通りで呆気に取られる僕等へと、先ほどの大男はゆっくりと近寄ってきた。



「申し訳ない、旅の御仁。この町の女たちが迷惑を」


「いえ……、そこまでのものでは。少し驚きはしましたけれど」



 何をされるのかと思っていたが、大男は近寄るなり丁寧に頭を下げた。

 今しがた発した怒声を思えば、随分と当たりは柔らかで腰が低いと感じられる。


 男は直後自己紹介をし、自身がこの町で治安維持に加え、娼婦たちの監督を行う立場であると説明した。

 どうやらここにも騎士たちが常駐してはいるようだが、ほぼ全員が職責を忘れ娼婦にうつつを抜かしているようなので、自分たちでトラブルを解決するしかないとのこと。

 騎士がサボるのは何処でも似たようなモノなので、別段珍しい話ではないが。



「いつもお客人には過度の引き込みをせぬよう、口を酸っぱくし言い含めているのだが……」


「大丈夫ですよ、こちらも別に何か被害を受けた訳ではないので」


「しかし娼婦たちの迷惑はこちらの責任だ」



 男はそう言い、気にしないよう返すも再度頭を下げる。

 見たところ男の物腰は柔らかいものの、どうやら役割から考えるに、この町における裏社会に携わる存在であるようだ。

 僕等傭兵にも時折関わりのある存在だけに、今更驚くようなものではなかったけれども。



 それにしても見たところ、娼婦の町として知られるこの地ではあるが、思いのほか困った事態に陥っているようだ。

 僕は男がする話を聞きつつ町中の様子を横目で見やると、足を踏み入れた直後とうって変わり、人が減り閑散とした街並みが見える。

 さっきまで取り囲んでいた娼婦の多くは、それぞれが馴染としているであろう宿へと逃げ込み、残るのは幾人かの旅装をした男と、この騒動を遠巻きに眺め苦笑していた一部の娼婦くらい。



「最近は少しばかり、訪れる者が減っていてな。女らが客の取り合いに必死なのもそのせいだ」



 そんな視線に気づいた男は、僕が考えていることを察したようだ。事情を補足せんと説明をする。

 彼が言う最近客が減っているという理由には心当たりがある。それはまさに、今回僕等がここへと来た理由に他ならない。

 この町から都市リンベルタッドまでは、徒歩でも半日とかからぬ程度の距離しか離れてはおらず、まさに都市占拠によるゴタゴタの只中であると言っていい。



「やはりリンベルタッドの件ですね」


「そうか、やはり他所にも既に伝わっていたのか。この都市は他に目ぼしい特産が有るわけでもないからな、旅人が来ないことにはどうにもならん」



 男はそれだけ言い、悩ましげに深く嘆息する。

 大通りには他に一般の商店も見られるのだが、その数は宿などと比べれば非常に僅か。確かにこの土地で経済を回そうと思えば、娼婦とそれに付随する産業に頼らざるをえない。

 リンベルタッドは比較的小規模な都市ではあるが、同盟領の西部からこの町へ移動する際の中継地点ともなっている。

 なのでリンベルタッドが閉ざされるというのは、イコールこの町に来る人の流れが途絶えるのに他ならなかった。




「いや、旅人のこのような話をしても仕方がないな。どうか気にせず、楽しんでいってくれ」



 重い雰囲気を纏い始めていた男であるが、この件は自分たちの問題と考えたようだ。直後話を切り上げ、その場から去ろうとする。

 ただ僕等が物見遊山でここへ来たのであればともかく、今回は団長直々の指示で役割を負って来ているのだ。折角色々と知っていそうな人物を、このまま帰してしまうのは惜しい。

 そこで踵を返そうとした男へと声をかけ引き留めると、探している情報屋の娼婦についてを問うてみた。

 当然真っ正直にではなく、それとなくこの辺り一帯の地域に詳しい、物知りな娼婦ということで問うたのだが。


 男は少しだけ悩む素振りを見せた後に顎へと手を当て、より詳細を尋ねる。



「この辺に詳しいヤツか。ベテランの娼婦であれば、大概のことには答えられると思うが……。どの程度詳しいやつがいいんだ?」


「そうですね……。この都市だけでなく、リンベルタッドなど近隣の土地にも詳しい人が」


「だとすると正門から数えて、三つ目の宿に入って聞けばそこに居る娼婦が教えてくれる。あいつなんぞは若いが、確かリンベルタッドの出だと言っていたから詳しいはずだ」



 男は僕が問うたのに適合するであろう、一人の娼婦を紹介してくれる。

 しかし僕等が探し求めているのは、そういった少しばかり事情通程度な人物ではなく、情報という商品を扱うプロだ。

 もう少しばかり直接的に尋ねた方がいいだろうかと考え、僕は突っ込んだ内容を口にする。



「いえできればもっと詳細を知る人がいいんです。……そうですね、閉ざされた門の向こう側について」



 笑顔となって男へ問い直す。すると真正面に立つ大男は一瞬だけ顔を強張らせた。

 閉ざされた門というのは、言うまでもなく賊が占拠し立てこもっているリンベルタッドのこと。

 この意味を瞬時に悟った様子からして、僕がどういった人物を求めているのか、十分に理解してもらえたらしい。


 直後大男は作られたような、ニタリとした笑みを浮かべる。

 そこから大仰に被りを振ると、むしろ嬉しそうにすら思える空気を発しつつ、背を向けて小さな声で告げた。



「なるほどな、そういう意味か。だとしたらうってつけの女が一人だけ居るぞ」


「それはなにより。是非とも案内して頂けませんか?」


「そうだな。女たちが迷惑をかけた詫びだ、ついて来てくれ」



 簡潔な指示をしつつ、ノソリと通りを歩き始める男。

 僕は思った以上に好都合な状況にほくそ笑みながら、歩を進める男の後ろへと着くべく、ヴィオレッタの背へと触れる。



「ほら、行くよ」


「……ん? あ、ああ」



 ヴィオレッタは重く息を吐き、どこか憔悴している風な調子で頷く。

 どうやら大勢の娼婦に囲まれたのに加え、自身が女性からお誘いを受けるなどとは思っていなかったため、今の今まで想定外の事態に混乱したままであったようだ。

 気持ちとしては若干わからなくもないけれど。



「先に行くぞ」



 ただその彼女に反して、レオの方はアッサリとそういったものから脱していたようだ。

 力の抜け立ちつくしていたヴィオレッタと僕を置き、既に男の後ろを着いて歩き始めていた。

 いつものレオであれば、こちらが動く後ろへ続くように行動する。それは単に主体的に行動するのを面倒がっているためだが、今回ばかりはそうではないようだ。

 やはり否定を口にしつつも、リンベルタッドを占拠するという、自身に似た連中というのが気になるためだろうか。



「待ちなって、そんな急がなくても大丈夫だからさ」


「お、おい。私を一人で置いて行くな!」



 レオに続いて歩を進める僕の背へ、ここで独りにされまいとヴィオレッタが続く。

 何にせよここで考えていても仕方あるまい。探す人物へと辿り着く近道を見つけたのだ、ここで逃す手はない。

 僕とヴィオレッタは先を急くレオへと追いつくべく、閑散とした通りを小走りに追いかけた。



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