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詐称の友 22


 戻るために学院外壁を勢いよく飛び越える最中、頭に映し出されていたのは、中庭の一角で真っ直ぐに対峙するヴィオレッタの姿であった。

 今はもう密かに尾行するのを止めたのか、堂々と姿を晒している。

 というよりも最初から追いかけているのに気付かれていたようなので、呼び出されたも同然だろう。


 見たところ今現在、互いに武器は手にしていないようだ。

 しかし音声の類は聞こえないとしても、そこには強い緊張感が漂っているように感じられてならない。



 学院の敷地内へと戻った僕は、すぐさま低い建物の上へと登り屋根伝いに校舎の上を行く。

 そうして彼女らが対峙する中庭が見下ろせる場所へと位置取ると、頭を僅かに覗かせて肉眼で様子を窺った。



『邪魔をしないで頂きたいですわね。わたくしも極力物騒な手段は採りたくはないですもの』


『そうもいかん。ラナイは私の大事な友人だ、黙って見過ごせるか』



 起動させたセンサーを介し、彼女らがする会話が聞こえてくる。

 やはり今にも一触即発。武器こそ構えてはいないものの、互いにどこから調達したのか刃物を忍ばせているようで、利き手がいつでも武器へ伸びる体勢へと移っていた。



『だとしても流石にわたくしを害するのは問題があるのではなくて? 別に貴女たちと敵対はしていないのですから』


『……知ったことか。私はお前を止める、ラナイ同様に友人としてな』



 される会話の内容は、今にもその武器が抜かれんばかりのものだ。

 実質この中庭へ呼び出したも同然であろうシャリアによる、邪魔をするなら容赦はしないという最後通告。

 ただ多少挑発的ではあるものの、シャリアが発する言葉は現時点で事実そのもの。

 傭兵団から撤収の指示が届いた今となっては、依頼も無効になっている。しかし敵ではない相手だけに、本来戦う理由を持たない。

 ただそういった状況に有っても、ヴィオレッタはあえて無視することにしたようだ。



 そんなヴィオレッタに対しシャリアの目元は、冷たく感情の色が薄いものへと変化していく。

 彼女の手は懐に伸ばされ、薄手の上着へと吊られていた湾曲した短剣を握る。



『嬉しいことを言ってくださいますこと。ですがわたくしも、今更後には引けませんの。この稼業、一度失敗したら信用は取り戻せませんから』


『ならば廃業を薦めるぞ。お前はもっと陽の当たる世界でも生きられるはずだ』



 互いに短剣を手にし、戦いの準備のため姿勢を低くする。

 そのような最中に在っても、ヴィオレッタは僅かな希望へ賭けてシャリアを説得しようとしていた。


 ただ今更シャリアがこのような誘いに乗るとは思えない。彼女の言う通り、暗殺者なんてのは信用や評判こそが何よりも重視される。

 任務をしくじり撤退したなどと知られれば、二度と役目が回ってくることはない。

 そもそもが裏の世界でしか生きられぬ者たちばかりであるので、そういった理由から失敗を悟ると同時に命を絶つ者も多いのだ。


 そのような事情を知ってか知らずか説得を試みるヴィオレッタ。

 彼女が発し続ける言葉を聞くシャリアは、これまで演じ続けていた微笑を再び表に出した。



『だといいのですけれど。まぁでも……、確かにここでの生活は楽しかったですわよ。このまま平凡な学生としての生活を送れるのではと、錯覚してしまいそうになる程には』


『……』


『当然最初から貴女たちを騙すつもりでしたし、やっていたのはたかだか友情ごっこ。ですがこうして長い時間を過ごす内、次第に手放すのが惜しくなったのは否定しませんわ』



 訥々と、シャリアはこれまでを思い出すように語る。

 普通であれば敵を前にして、このような話へと興じる事などありえない。あるとすれば、相手を油断させるため講じる策の一つとして。

 しかしただの暗殺者であるはずのシャリアであるが、この言葉からはどうにも強い感情らしきものが滲み出ているように思えてならない。

 それは手にしている短剣を降ろし、視線が取り囲む校舎へと向けられているせいもあるだろうか。


 名残りを惜しむようにも見えるシャリアへと、ヴィオレッタは一歩前へ出て声を向ける。

 今であればまだ間に合うのではないか。そのような期待を込めて。



『ならば……っ!』


『ですがそうもいきませんわ。わたくしは他に生き方を知りませんもの。この道が閉ざされれば、進むべき方向を見失ってしまう』



 ヴィオレッタの願いは、シャリア自身の言葉によって打ち払われる。彼女は再度表情を冷たく変質させると、グッと腰を落とし臨戦態勢となった。

 もうこれ以上話す言葉を持たぬとばかりの対応に、苦渋の表情を浮かべるヴィオレッタも武器を構え相対した。

 最初から説得など不可能であったのだ、こうなることは必然なのだろう。




 校舎の屋根上で見下ろす視線の先で、彼女らは静かに刃を交えていった。

 積極的に前へ出て一撃を繰りだし、直後に距離を取るシャリア。対してヴィオレッタはその攻撃に対し迎え撃つばかり。

 本来であればヴィオレッタの方が、遥かに力量としては上であるのに疑いの余地はない。

 それでも互角に近い戦いを繰り広げているのは、単純に割り切れずにいる為だ。

 どうしてもここまで持って来た交流の思い出が邪魔をし、ヴィオレッタはシャリアを斬り捨てるべき敵と認識しきれずにいるようであった。



『防戦一方では勝てませんわよ』


『五月蠅い!』



 互いに刃を打ち合いながら、彼女らは静かに声を発す。

 言う通り守り一辺倒であるヴィオレッタに対し、シャリアの攻撃に容赦はなかった。


 もしヴィオレッタが命を奪われ、ラナイまでもが死した場合。真っ先に疑われるのはその立場も含めて彼女であるのは間違いない。

 それでも攻撃を仕掛けてくるのは、ここまで来れば自身が疑われるのを承知の上で、目的を果たそうとしている証明に他ならなかった。


 ただ発した言葉を聞くに、本気でヴィオレッタを始末しようとしているかは疑わしく思えてならない。

 表情や目元は冷たく感情の色が見えぬものの、発された言葉は攻撃してこぬヴィオレッタに忠告をするかのようだ。

 学院での暮らしが楽しかったというシャリアの言葉が、嘘ではなかったのではと思わせるほどに。



<……本当に加勢しないのですね>



 そんな彼女らの姿を見下ろし続ける僕へと、エイダはおずおずと問う。

 僕は今のところ屋根の上へと立ち、自身の武器を手にするでもなく眼下の光景を眺めているだけ。その疑問も当然であった。



「今はまだね。ヴィオレッタが自分で斬るならそれでいい、でももし無理そうなら加勢はするよ」


<もし後者であれば、さぞや彼女に恨まれるでしょうね>


「仕方がない。このまま撤退してくれれば一番面倒がないけれど、望み薄だろうし」



 刃を交える二人を見下ろし続け、僕はエイダの言葉へと静かに返す。

 今僕が加勢をしないのは、ただ単純にヴィオレッタの方がずっと実力的に上であるというのもある。

 普通に戦えば放っておいても勝つであろう。シャリアが状況をひっくり返すには加勢が必要だろうが、そのような手合いは決して来やしない。


 しかし何よりも重要なのは、ヴィオレッタ自身の手でケリを付けさせることだという考えがあったためだ。

 彼女はシャリアに対しかなり入れ込んでいるのは間違いない。そんな相手との関係を断ち切るためにも、酷ではあるが自らの手で何とかして貰わねば。

 ヴィオレッタは気丈な性格の反面、存外繊細な面が時折垣間見える。そんな彼女が今後も傭兵としてやっていくために、必要な通過儀礼であると思えてならなかった。




 打ち合い回避し、そろそろ夜も明けようかという中庭で対峙するヴィオレッタとシャリア。

 彼女らは互いに距離を取って睨み合っているのだが、その中でも時折会話らしきものを行っていた。



『それにしても、わざわざ自身で毒に侵されてまで疑いの目を逸らそうとするとは。随分と高い意識を持った暗殺者だな』


『なにもそれだけではないのですけれどね。今だから言ってしまいますけれど、あれだってラナイを狙ったものでしたのよ』


『あんなにも弱い毒でか?』


『特別な性質を持った毒ですわ。事前に対となる別の香草を口にすることで、何十倍もの効力を発揮しますのよ』



 先ほどの暗殺者もそうであったが、シャリアもまた随分と口が滑らかだ。

 ヴィオレッタが向けた疑問に対し、躊躇することなくペラペラと返答を返していった。


 そういえば食堂で毒が仕込まれた前日、僕がヴィオレッタと提示報告のために会っていた間、彼女とラナイは自室で茶を飲んでいたと言っていた。

 それに対しヴィオレッタは冗談めかして憤慨していたが、実のところそれは非常に危険な代物であったらしい。

 シャリア自身はそれに口をつけずにいたためあの程度で済んでいたようだが、前夜その香草とやらを口にしていたラナイが、もし食事に手を付けていたら。

 おそらくは当初シャリアが予定していた通りの結果になったのだろう。



『金で雇ったオバさまがかなり抜けた方であったのは、わたくしの誤算でしたけれど。貴女も気付いていたでしょうが、本来は最初の弩で仕留めていたはずですのに』


『そうか……。そうまでしてお前は、ラナイを狙っていたのだな』



 肩を竦め苦笑するシャリア。最初から自身が手を下せば早かったのであろうが、やはり自身が関わっているという可能性を僅かでも残したくなかったようだ。

 そのために金で雇った人間を使ったようだが、想定していた通りにはいかなかったのだろう。


 そんな困った様子のシャリアへと、対して沈んだ口調を露わとするヴィオレッタ。

 既にシャリアが暗殺者であると理解はし、刃を向け合っていたとしても。最後の一線では信用していたかったのかもしれない。



『ならばやはり止めるしかないか。なんの罪もないラナイをやらせるわけにはいかん!』



 叫び、ヴィオレッタは一気に距離を詰める。

 今まで躊躇いから防戦一方であった動きとは一変、彼女は自ら攻勢に出た。

 これ以上微かな望みに縋っても、意味はない。シャリアがラナイを狙っていることに変わりはなく、言う通り罪のない彼女を護るためには、打ち倒す以外に道はなかった。


 ここまではシャリアの方が押していた。ただそれは相手が躊躇いから攻撃の手が伸びていなかったため。

 一転して打ち倒すと決めたヴィオレッタにとって、技量と真正面からの戦闘経験に劣る敵は、そもそも相手となるものではない。

 すぐさま防御の姿勢を取るシャリアの短剣を薙ぎ飛ばし、捻る身体によって靴の底を彼女の肩口へと叩き込む。



 瞬間、僅かに後方へと飛び蹴りの威力を相殺したシャリア。

 だがその彼女へ向けヴィオレッタは追い打ちをかけるべく地を踏み、グッと前進し距離を詰めていく。

 眼下でされる光景を眺め、僕は事態が終わろうとし始めているのを悟る。それはエイダもまた同じであったようだ。



<勝負あったでしょうか>


「踏ん切りがついたようだしね。こうなれば易々と負けはしない」



 一撃、一撃と素手による攻撃を叩き込むヴィオレッタ。

 彼女の攻勢を受け続けるシャリアは、徐々に動きから精彩を欠いていくようで、ここから余程のことがなければ逆転の芽は無さそうだ。


 ヴィオレッタよりは弱いと言えど、彼女も相応に危ない橋を渡ってきた存在であるはず。こうなることは目に見えていただろうに。

 よもや学院の外に居た女が、こちらの妨害を突破してくると思っていたとは考え難い。

 しかしこういった時に限って、予期せぬ事態は起きえるものであるようだ。僕は視線を校舎の方へと移し呟く。



「参ったな。このタイミングで来るとは……」



 視線を映した先の、裏庭から校舎へと伸びる通路。

 そこには夜も明けぬ早朝であるというのに、寮から一人の人物が小走りとなって迫ろうとしていた。

 確信はないが、この人物が来ることによって多少事態が変わってしまうかもしれない。

 なにせその迫る人物というのは、二人もの友人が部屋を抜け出したことによって、心配して様子を見に来たと思われるラナイであったからだ。


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