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詐称の友 16


 ヴィオレッタに事情を話した以降も、彼女は普段通りに学生らしく振舞い続けた。

 あれから十日以上が経過するが、市街で襲われた時を最後に、襲撃はパタリと止んでいる。

 しかしこれで全てが終わったという事もあるまい。なにせシャリアの使いとして来た女はいまだ行方をくらませているのだ。


 現在のヴィオレッタは教室内で教師の話す内容へと耳を傾けながら、隣の席に座るシャリア、そして少し離れた場所のラナイを見張っている。

 ただ疑いと友人への信頼、その双方で揺れ動いているようにも見えるヴィオレッタの姿からは、痛ましさすら感じさせられた。


 そんな彼女の姿を脳へ投影された映像で視認しながら、僕は一方で別の人物と疎通を行っていた。



『まんまと騙されたよ。よくぞここまで周到に準備したものだ』



 連絡を取る相手は、当然のことながらラトリッジに居る団長だ。

 その団長は僅かに苦々しさが滲む声で、称賛とも悪態ともつかぬことばを漏らしていた。


 団長からの連絡によってもたらされたのは、シャリアの実家に関する情報。

 前回連絡を取って以降、団長はずっと調査に人を遣っていたようで、得られた情報を伝えてくれるために回線を開いたのだった。

 その結果伝えられたのは、シャリアの実家であるはずのトゥーゼウ家が、そもそも都市マクニスラには存在していなかったという事実。



「いったいそれは……」


『マクニスラの人間を買収して調べさせたが、トゥーゼウ家という商家の名は確かに記載されている。しかしあくまでも書類上のみで、実際の印された場所に行って在ったのは、もぬけの空となった縫製工房の跡地だった』


「それは潰れているのとは違うのですか?」


『いや。近所の住人による話では、事業を畳んで以降長年放置されているそうだ。五年や六年どころの話ではなさそうだな』



 報告書でも読みながら話しているのか、時折パラパラと紙を捲る音と共に聞こえる団長の声。

 その声を聞きながら、僕は頭を抱え教室で授業を受ける三人を眺め続ける。

 淡々と事実を並べる団長は、調査の結果得られた情報を言い終えると、結論としてビシリと言い放つ。



『結論であるが、シャリア・トゥーゼウという商家の娘は、最初から存在していないことになる』


「では彼女は、今回のためにでっち上げられた人物であると」


『そうなる。元々はフリーの傭兵か、あるいは今回のために金で雇われ仕立てられた暗殺者か何かだろう』



 かなり危ない橋であろうに、団長は随分と念入りに調べさせたようだ。

 その入念な調査の結果、都市マクニスラにはシャリアと同名の人間が存在してはいた。しかし素性を確認したところ、商家の人間ではあるがかなり老齢の人物であったらしい。

 ヴィオレッタやラナイと共に笑い、楽しそうに行動しているように見えた娘。それそのものが偽のモノであり、幻でしかなかったとは。


 では彼女はいったい誰なのか、そして傭兵団に依頼を持ち込んだのは誰なのか。となれば、やはりその存在を生み出した側の人間であろう。

 ただ一つ言えるのは、ヴィオレッタとラナイにとっては友人のシャリアであるが、彼女にとってはそうでなかったということ。




『だが逆に言えば、これで遠慮する必要はなくなったと言える。傭兵団に依頼したのはトゥーゼウ家の当主だが、そもそも家自体が存在しないのだ。依頼も無効になるであろうし、当然その娘を護り続ける義理もあるまい』


「そう……、なりますか。ではとりあえず、僕等の任務も解除ですね」


『まったく、とんだ厄介事だ。前金は多少受け取っているが、成功報酬の方は期待できそうもないからな。これ以上の護衛は無意味だ』



 団長は嘆息しつつ、僕等の護衛任務が実質終了する旨を伝える。

 傭兵団が利益追求の組織である以上、金にならない行動をさせ続ける訳にはいかないのだ。団長の判断も当然のものであった。



 ただこれでようやく、それなりに全体像が見えてきた気がする。

 シャリアが毒によって倒れたのは、自らが被害に遭うフリをすることによって、疑いの目を逸らすことにあったのだろう。

 最初の弩を仕掛け、食堂で毒物を仕込んだ人物。それに外で襲撃してきた二人組は、金によって雇われただけにすぎないのだとは思う。

 しかし使いと称して島にやってきた女は、シャリア同様偽装された立場であるため、仲間であるのは間違いない。


 シャリアが黒である可能性は著しく高くなった、というよりも限りなく黒幕の一員であると判明したも同然。

 ただこれはヴィオレッタに伝える訳にもいかない。なにせ今の僕は、本来そのような情報を知りえない状況なのだから。

 そう考えていたのだが、団長もある程度は察してくれたようだ。



『一応はこちらで勝手に調べたという体裁で、任務解除とその理由の通達は出しておく。早くて五日もすれば届くだろう』


「すみません、お手数をかけます」


『なに、依頼を受けた時点で調査を怠ったこちらに責任はある。君には苦労を掛けるな』



 団長はこちらからは見えないが、頭でも下げたかのように、申し訳なさそうな声で謝罪をした。

 それは多分に、団長自身の娘であるヴィオレッタの件が含まれているのだとは思う。

 彼女がシャリアとラナイへ非常に好意的な感情を向けているのを、既に伝えていたためであった。



「いえ、ヴィオレッタもこれで踏ん切りがつくでしょう」


『そう言ってくれると気が楽だ。やはりあのじゃじゃ馬は、君に任せてしまうのが無難そうだ』



 そう言い団長はカラカラと笑う。

 最近あまり話題にはしてこなかったのだが、彼女との件を忘れてはいなかったようだ。

 もっとも婚約云々は団長の側から言い出したことであるので、隙を見て説得しようとしているだけなのかもしれないが。


 ひとしきり笑い終えると、団長は最後に思い出したように補足した。



『そういえば、昨今マクニスラは財政的に火の車であるそうだ。繊維の産地であるコローランが、少し前に不作が続いた影響で売却価格を引き上げたせいだろう』


「では……」


『推測のタネにしかならんが、主導したのはそこで間違いないだろうな。安定して安価に布地の材料を手に入れるため、生産地そのものを欲したといったところか』



 団長の告げた内容によって、並々マクニスラを疑う根拠が増えた。ここまで状況が物語っては、疑いの目を向けるなという方が無理というものだ。

 というよりも、実際そうなのだろう。



 ともあれこれから先に関しては、僕等の与り知らぬところ。

 団長からの文が届いたら、すぐさま撤収の準備を進めねばならない。ヴィオレッタには悪いが。

 そう考えていたのだが、団長は通信を遮断する前に意味深な言葉を発してきた。



『もっとも任務終了を通知は出しておくが、君の性格からすればゴタゴタが片付くまで戻って来はしないだろうな』


「片付くまで……、ですか?」


『そう、片付くまでだ。こっちが迷惑をかけた分、ある程度勝手な行動も許されるってことだよ。君の性格であればきっとそうするはずだ』



 不意に団長が投げてきた言葉。その意味を計りかねていたのだが、それを問う前に通信は遮断される。

 告げられた意味を考えながら、校舎へと向けていた顔を逸らし、僕は小部屋の暗がりへと入り込む。


 そうして考えていくにつれ、これには団長が珍しく見せる親心も含まれているのなのだろうかと思え始める。

 本来であれば、送ってくれるという指示書を受け取った時点で、全てを放棄してでも撤収するのが役割。

 しかし団長の告げた、"ある程度勝手な行動も許される"というのは、それを受け取ってもすぐ戻らなくてもいいということ。

 しいては狙われているラナイを護るため、もうしばらくここに滞在しても良いという意味に他ならなかった。



<薄情な人であると思っていましたが、あれでなかなか気遣いができるのですね>


「……いや、そんなんじゃないと思うけどね」



 意外なことに自身の娘であるヴィオレッタの心情を慮ったであろう、団長の気遣いにエイダは関心を示す。

 しかし僕にはそれだけであるようには思えず、懐疑的な言葉が口を衝いていた。


 たぶん"君の性格であればきっとそうする"というのは、通達が届いたとしてもその指示を無視し、ラナイを護るためヴィオレッタと行動しろという意味なのだろう。

 きっと彼女であれば、指令書が届いても無視すると予測した上でだ。

 つまり団長から向けられたのは、ヴィオレッタに対し良い顔を見せておき、心証を良くしておけという意図だ。



<そういうものですか?>


「おそらくね。他に誰も聞いていないんだから、もっと簡潔に話せばいいだろうに……」



 エイダは若干懐疑的な感想を述べるが、これまで接してきた限り団長はそういう人であるように思えてならない。


 ともあれ上からのお墨付きは得た。

 以降は金銭が発生するようなものではないが、ここまでお膳立てされればやるのに躊躇いはない。

 脳へと投影される映像で、授業合間の休憩時間に談笑する彼女らを見ながら、僕は密かに決意を固めていた。







 団長からの連絡を受けて更に数日。

 この島を含めた近隣一帯で海運を行っているジョルダーノを通じ、団長からの指示書は届けられていた。

 だが当然そこに書かれた撤収命令は、ラナイを護るべきであるというヴィオレッタの意志によって無視されることとなる。これ自体は予定通りであるが。


 結果かなりのショックを受けてはいたものの、僕以上に決意を新たにしたヴィオレッタは、これまで以上の親しさでシャリアとラナイにくっつき、共に行動する時間を増やしていった。

 ただ彼女が生徒という役を演じている以上、どうしても逆らえない相手というのは存在する。

 その相手から指示をされれば、いかな決意であっても骨抜きとされてしまうのは、致し方がないことなのだろう。



『ごめんなさいね、他に頼めそうな人が居なくて』


『いえ、大丈夫です。気にしないで下さい』



 廊下を歩くラナイの隣には、彼女らのクラスを受け持つ女教師の姿が。

 その教師の頼みによって、ラナイは若干の荷物を抱え校舎隅の物置へ運ぶのを手伝っていた。


 最初はヴィオレッタも同行しようとしていたのだが、彼女は困ったことに別の教師によって、他の用事を頼まれてしまっている。

 その用事を断りつつラナイに同行するだけの理由など提示できず、仕方なしに別々の行動を取らざるを得なくなってしまったのであった。

 こればかりは彼女に責任はない。こういった時は僕がフォローすれば済むことだ。

 そしてやはり普段共に行動しているはずのシャリアに関しては、なにやら別の用事があるらしく、先ほどから寮の自室へと戻っている。



「向こうはどうだ? なにかおかしな行動は起こしていないか」


<今のところ寮の部屋へ入ったきり出てきてはいません。これといっておかしな行動はないですね>



 エイダの報告と同時に、脳へは寮を真上から見下ろす衛星の映像が映し出される。

 ヴィオレッタが双方の近くを離れている今、難しいがこの二人を同時に監視する他ない。

 なので僕は目視によってラナイの周辺を探りつつ、エイダにはシャリアがおかしな行動をしないかを見張らせていた。

 やはりこういった常人にできぬ行動をするには、エイダの助力がどうしても欠かせない。




『最近親御さんとは連絡を取っているの?』


『はい、時々手紙が届きます。そんなに安くないだろうし、無理しなくてもいいんですけれど……』


『きっと心配なのよ。でも良かったわ、貴女たち三人が同室になってもらって。仲良くしているみたいだし安心ね』



 荷物を手に歩きながら、教師と言葉を交わすラナイ。

 教師は基本大人しいラナイのことが心配であったのか、良い機会とばかりに近況を問うていた。

 そういえばヴィオレッタとシャリアに対し、ラナイと寮で同室になってはどうかと勧めていたのはこの教師であったか。


 これといって変哲もない、教師が生徒に向ける世間話のような内容。一見して普通のやり取りを交わしつつ歩いているだけだが、ここで気を抜いてはならないだろう。

 なにせどこに刺客が潜んでいるとも限らない。実際食堂で働く職員がそうであったのだから、それがあの一人だけであるという証拠はないのだ。

 それどころか、今ラナイの隣を歩く教師もそうである可能性すら。



『ここよ。今開けるから、ちょっと待ってて』



 しばし歩いて辿り着いたのは、校舎の隅へ密かに在る教室の一つ。

 そこは普段使われてはいないのだろう。生徒たちに忘れ去られたかのように静かで、教師は取り出した鍵束から目的の物を探し出すのに四苦八苦していた。


 ようやく見つけ出した一つの鍵を差し込み、鈍く軋んだ音を立てて扉を開く。

 入り込んだ空気によって舞う埃に咽つつ、教師はラナイへと荷物を中に運ぶよう指示した。



『ゴメンなさいね、もう長く使っていない部屋だから』


『大丈夫です。……わたしもここは初めて入りました』


『そうね。いつも使っている教室からこんなに離れた場所、特別な用がないと誰も来ないものね……』



 部屋の中央へと荷を運び、その場で置いて額の汗をぬぐうラナイ。

 その彼女へと向け、女性教師は意味深気な言葉を吐きつつ、後ろ手に扉をゆっくりと閉めていった。




「案の定だ、行くぞ!」



 そら来た。悪い予感というのは、得てして当たってしまう。

 僕は有るかもしれないと思っていた可能性の一つが的中した事実に舌打ちをしながら、廊下付近の藪から飛出す。

 そうしてエイダから幾ばくかの警告を受けつつ、校舎へ飛び込むべく近くの窓へと手をかけた。



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