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詐称の友 14


 島の中でも比較的高い位置に建つ学院へ帰るため、彼女らは並んで緩やかな坂を登っていく。

 幾度も修羅場を経験してきたヴィオレッタは言うに及ばず、なにやら最近行動が怪しいシャリアもまた、暴漢という名の刺客に襲われかけたというのに平然としている。

 この中で平気のままで居られないのは、どういう訳か狙われていたラナイ一人であった。



『しっかりしろ。もう少しで学院だ』


『ご、ごめんね。まだ脚が震えてて……』


『荷物を置いて来ればよかったですわね。店の方に頼めば、後で送ってくれたでしょうし』



 やはり自分たちが襲われかけたのが、かなり尾を引いているらしい。

 ラナイは腰が抜けてこそいないものの、ヨタヨタと覚束ない足取りで、ヴィオレッタとシャリアの肩を借りて歩いていた。

 それも当然だ。彼女はこれまで平穏に暮らしてきた、ただの一般人も同然なのだから。



 一方の僕はそんな彼女らを追いかけ、一見して顔の判別できぬ距離まで離れ尾行を続けていた。

 肩を貸しつつ帰途に就く彼女らの背を見つめ、疑念に眉をひそめる。



「いったい誰が主犯かは知らないけど、ラナイを狙ったところでどうなるものでもないだろうに」


<ですがああ見えて、彼女も都市統治者の孫娘です。相応に利用価値があるのでは?>



 尾行の最中、エイダと再度疑問を言葉にし合う。

 確かに彼女は都市コローラン統治者唯一の血縁であり、両親亡き今となっては次代の統治者となるのが確定している娘だ。

 しかしそうだとしても、命を狙おうなどと考える輩がどれほど居るのだろうか。



「利用と言ったって、コローランは小さな都市だ。それに命を落としでもすれば、利用も何も都市の存続そのものが――」



 ラナイを狙う理由がわからないため、そこまで言葉にしたところで、僕は自身の言葉にハッとした。


 統治者というのは、各都市における唯一の意思決定者であり最大権力者。言うならば都市国家における王だ。

 その王が居なくなった土地は、統治する者を求め他の都市に助けを求めるしかない。

 民主主義や文民統治などといった概念がまかり通るような、そういった土地柄ではないのだ。王が居ない土地とは、国として成り立たないのと同義であった。

 つまりラナイをなにがしかの事情で失ってしまえば、都市コローランは次代の統治者を失い、いずれは寄る術をなくしてしまう。



「……もし仮にラナイが居なくなれば、得をする存在が居るな」


<はい。コローランで算出される繊維の多くを仕入れている、都市マクニスラですね。つまりはシャリアの生家がある街です>



 歩きながら僕が静かに呟いた言葉へと、エイダはすぐさま意味を察し確信めいた言葉を発した。


 ラナイの家が在る都市コローランは都市規模としては非常に小さく、統治者の家とはいえそこまで多くの資産を持つとは言い難い。

 町としても持つ土地は少なく、せいぜい特産品として繊維類を多く生産する畑があるくらいのもの。

 だがその特産品である繊維を常に欲し、それを使い生産した商品を都市の基幹産業としている場所。それが中規模の都市マクニスラだ。



「もしコローランが統治者を失えば、救いを求める先は近隣のマクニスラだろうな」


<おそらくは。普段から関わりが深い上に、都市としても受け入れるだけの体力も持っているはずです。マクニスラ側もこれまで買っていた繊維が、自分たちの物となるなら断りはしなかと>



 淡々と、事実を読み上げているとばかりに続けるエイダの言葉に、自身の思考を再度整理しつつ頷く。

 もしも仮に予想の通りであるとすれば、ここまで起きた騒動の理由を納得するための、取っ掛かりとなるのではないだろうか。

 そして僕等がここへと派遣された、本当の理由も予想がついてくる。



<アルの考えていることは見当が付きます。裏で糸を引く者の中に、シャリアが含まれていると考えているのでしょう?>


「断言はできない。今はまだ」


<ですが十分あり得る話です。……ヴィオレッタに何と言ったらいいものやら>



 嘆息するようなエイダの声に、僕もまた息を大きく吐く。

 もっとも他に気になる点はある。例えば学院内で食事の皿に毒が塗られ、シャリア自身がその被害に遭っているという件だ。

 ただあれはもしかしたら、自身から疑いの目を逸らす目的もあったのではないだろうか。


 明確な証拠など、今のところありはしない。

 しかし一度浮かんでしまった可能性が頭から離れず、言葉を交わしながら帰途に就くシャリアの表情が、不敵に笑まれているように思えてならなかった。







 結局は連中も捨て駒に過ぎないということなのだろう。

 白昼の通りで襲撃を掛けてきた二人組の男たち。騎士隊の詰所で拘束されていたそいつらを上から監視を続けていたが、結局は口を封じられる破目となったようだ。

 夜間の内に賊が忍び込み、首を掻き斬られていたとは市中で流れていた噂話によるもの。

 その間騎士は誰一人として詰所へ居なかったようなのだが、連中がサボリをするのは毎度のことなので不思議はない。



<以前学院職員を害したのと、同じ人物と思われる人影が確認されています。格好と動作の癖からして、間違いないでしょう。ですが申し訳ありません、やはり市街地の建物に入ってから見失ってしまいました>


「仕方ない、たぶん他に手引きしている人間が居るんだろう。それよりもその動きの癖を、シャリアの使いとして来た人物と照らし合わせてくれないか」


<あの人物と同一である可能性はあるかもしれませんね。試してみます>



 尖塔の窓から学院を一望しながら、またもや謎の人物によって行われた処刑に、僕は頭によぎっていた可能性を確認するよう指示する。

 使いとしてシャリアへ会いに来た女性への疑いは、日増しに強くなっていく。

 あの人物は相変わらず港へと現れていない。二日後には帰ると言っていたのに、いまだ島に滞在を続け行方をくらましているのだ。



 当初想定していた事態から、大きく状況が異なり始めている。これはそろそろ団長と連絡を取り、指示を仰いだ方が良いのかもしれない。

 そう考えていると、エイダに指示した照会が完了したようであった。



<完了しました。約九三%の確率で、シャリアへ面会に来た使者と同一です。ほぼ間違いないと言っていいのではないかと>


「これで間違いないな。エイダ、団長との回線を開いてくれ。そろそろ報告をしておきたい」



 解析の結果は、ほぼ確定と言ってよいほどの限りない黒。

 計三人の刺客を始末したその存在が、トゥーゼウ家に仕える使用人であるというのは、裏で糸引くのがそこであると判断するに十分な要素であった。

 しいてはその雇い主の娘である、シャリアもまた疑わしいという事になる。


 よもや狙われていると疑いもせず護衛していた対象が、他者の命を狙う側であるとは思ってもみなかった。

 そんな状況へと頭を抱えていると、しばしの間を置いて団長との通信が繋がった。



『久しぶりだな、任務は順調かな?』


「順調……、とは言い難いですね。少々意外な状況になってきたもので」


『そいつは困ったものだ。聞こうか』



 回線が繋がるなり、団長は若干意味深な様子で状況を問うた。

 このように衛星を介し連絡を取るなど、基本的には余程のことがないと取らない手段。何かあったと考えるのが自然なためだろう。

 その団長へとこの島に来て以降起こった事態や、推測されるものを漏らさず伝える。

 すると団長は僅かに沈黙し熟考すると、申し訳ないがと言うかのように、抑えた口調で淡々と告げる。



『言わんとすることは理解した。しかし我らが受けた依頼は、あくまでもトゥーゼウ家息女の護衛だ。いかにその娘が怪しかろうが、そちらだけは完遂する必要がある』


「それは理解しています。ですがこのままでは……」


『勿論本当に狙われていると判明した少女を、放っておけと言っているのではない。想定した任務外の行動ではあるが、余力があれば護ってやっても構わん』



 事情を飲み込んだ団長は、そうであったとしてもシャリアの護衛を継続するよう厳命した。

 確かに金銭によって武を商品とする傭兵である以上、依頼された内容は是が非でも遂行する必要はある。

 そこは矜持云々という理念ではなく、一企業として契約を履行する義務の問題。

 しかし団長もひたすらシャリアらの行動を容認しろというものではなく、こちらの取れる行動次第であるが、ラナイを護るのもやぶさかではないと考えているようであった。



『あくまでも依頼されたのは護衛だ、行動の邪魔をするなとは言われていないからな』


「……自分から言い出しておいてなんですが、大丈夫なんですか? そんな契約の抜け穴を突くような真似をして」


『問題はあるまい。我等を謀ったのは向こうが先なのだからな』



 飄々とした調子で、ラナイを護衛することについては問題ないと言い放つ。

 団長はどうやら僕のした報告の全てを、信用してくれているようだ。傭兵団へと依頼をするさい、虚偽の内容を伝えていたと確信している。

 その件に関して団長はここまでとは異なり、若干底冷えのする声で静かに呟く。



『無論、その報いは受けて貰うがね』


「恐ろしいことです。僕であれば傭兵団を敵に回すような真似は、どれだけ金を積まれてもしませんよ」


『当然だ。ともあれこの件については、こちらでも調査をしておこう。おそらくはトゥーゼウ家の独断ではなく、都市そのものが裏に居るはずだ』



 それだけ告げると、団長は早速調査に取り掛かると確約し、そのまま通信を切った。

 回線切断を知らせるエイダの声を聞きつつ、僕はこちらも忙しくなりそうだと今後の行動について思考を巡らせる。



 まずはシャリアに関してだ。

 これまではただ護衛対象であったが、以後は警戒対象ともせねばならない。そこは僕自身で監視を行う必要があるだろう。

 次いでシャリアの実家から来たとされる使いの女。こちらはまだ所在が定かでないため、エイダに捜索を継続してもらわねばならない。

 とりあえず事態を把握する手掛かりを得るためには、後者を見つけるのが手っ取り早いだろうか。



<ヴィオレッタはどうするのです。この話をするつもりですか?>


「もしヴィオレッタがシャリアに対して疑いを抱き始めているなら、一応話しておく必要があるだろうな。だけど……」



 不意にエイダが投げかけてきたのは、学友となるべく潜入していたヴィオレッタについて。

 現在彼女は授業の合間にある休憩中で、隣には件のシャリアが立ち談笑を交わしている。

 その様子は疑いの目を向けているとは言い難く、ただ仲の良い友人として振る舞っているようにすら思えた。



「あの感じだと、まるで疑問も抱いてなさそうだ。ここで話してしまえば、逆に不審な行動を採りかねない」


<では彼女には黙っておくつもりで?>


「ヴィオレッタには悪いけどね。一応どう思うかは聞いておくけれど」



 ここから先はこちらが主導権を握り、シャリアら不審な連中を騙し出し抜いていかねばならない。

 ここでヴィオレッタに余計な情報を吹き込むことによって、こちらが不信感を抱いているのを気取られてしまう恐れがあった。

 彼女には悪いが、もしシャリアに対し友人としての感想しか持たぬのであれば、一切を知らせず進めていくしかない。




 授業合間の短い休憩時間も終わったのだろう。ヴィオレッタは教室へと入ってきた教師の姿を見るなり、シャリアとラナイに声をかけ席へと戻る。

 また休憩時間に話そうと言い合う彼女の姿を覗き見、僕は深く息を吐いた。


 一介の傭兵ではなく、ただ歳相応の娘のように学友たちと交流する彼女の姿に、いっそう気が重くなるのを感じる。

 仕方のないことではあるが、今しようとしている行為は、彼女から数少ない友人を奪い取る結果になるのではないだろうか。

 そう考えてしまい、僕は肺に溜まった澱みを吐き出すように、再び重いため息をついていた。


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