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詐称の友 13


 決して多くはないが、万遍なく通りを歩く通行人を避け、酔っ払いに扮し短剣を手に迫る男へと電気銃(パラライズガン)を構える。

 勿論他の通行人に見られぬよう密かにだが、それ故に射線を確保するのは若干苦労した。


 もっともそれだけクリアすれば、制圧そのものは容易。

 いまだ喧々囂々とする彼女たちへと迫るヤツが辿り着く前に、最低出力へと調整した電気銃の引き金を引く。


 大出力で放った時とは異なり、可視化すらされない電撃が奔り男を撃つ。

 ただ最低出力とは言え、人ひとりを制圧するには十分な威力。男はバシリと身体を仰け反らせたかと思うと、手にした短剣を強く握りながら通りへの勢いよく倒れ込んだ。



『え!?』



 すぐ近くで突如として倒れ込んだ男に驚き、ラナイの高い声が響く。

 これまで嫌味の応酬をしていた学友たちに意識が向いていたというのに、急に見知らぬ男が音を立てて倒れたのだ。おまけに手には短剣を握っている、これで平静でいろというのが無理な話だった。


 この男への対処を、ヴィオレッタに任せるかどうかは若干悩んだ。

 ヴィオレッタが制圧することによって、護衛の存在を教えるか。あるいはこちらが対処することによって、シャリアを狙う輩に監視する者が居るのを教えるか。

 どちらにせよ無警戒ではないと知らせる破目にはなるのだが、今回はヴィオレッタが他の生徒と話していたため、確実を期して僕が対処することになった。




『どういうことですの……、これは』



 ヴィオレッタとシャリアに手酷くやられていた娘もまた、この突然な事態に戸惑いを隠せない。

 彼女らはこれまで居丈高であった態度など吹き飛んだように、唖然としつつ倒れた男を見下ろしていた。

 やはり彼女らに関しては、どれだけ偉そうに振る舞おうと、ただの娘に過ぎないということだろうか。



『なに、ただの暴漢だろう。そこまで怯える程のものではない』


『ただの暴漢と言われても……』


『どうして倒れたのかは知らんが、何にせよ私たちは助かったのだ。それよりも騎士隊を呼んできてくれないか、今は気絶しているがいつ暴れるとも限らん』


『……は、はい』



 既に僕が無力化したと気付いているであろう、ヴィオレッタは軽い調子で動揺する彼女らに騎士を呼んでくるよう頼む。

 やはり平静では居られないためか。その言葉へと思いのほか素直に頷くと、娘らは幾度か振り返りつつも騎士の詰所があると思われる方向へと小走りで向かっていった。

 何かあった時に助けを求められるよう、教師らから事前に場所を聞かされていたのだろう。


 そんな彼女たちを見送ったヴィオレッタは、チラリとこちらへ視線を投げかける。

 そこから軽く肩を竦めてみせると、倒れた男へと近づき、足で男が握り続けている短剣を蹴飛ばす。

 あまり良家のお嬢様らしくない、落ち着いた対処であるのはこの際いいだろう。



 オロオロとするラナイと彼女を宥める二人を確認すると、僕は再び身を隠すべく手近な路地へと向かおうとする。

 電気銃の射程の問題で、適性な監視距離よりも随分と近づいてしまっており、あまり近くで長居するのは好ましくない。

 しかしその場を離れようと踵を返した瞬間、頭へ警告音と共に、慌てたようなエイダの声が響いて来た。



<まだです! シャリアの背後にもう一人!>



 その声にすかさず反応し、振り返って彼女らの方を見る。

 すると揃ってラナイへと話しかける二人の背後、先ほど無力化した男と同様の格好をした別の男が、手に鈍く光る物を手に駆けようとしているところであった。


 正直油断していた、まさかもう一人刺客が居るとは。

 再び懐へと手を入れ、電気銃を取り出そうとする。しかし今から抜いていては間に合わず、射線上にはシャリアの姿が。

 全力を出しても今から駆けたのでは、到底間に合いはしない。

 男の手にした短剣は剥き身となり、凶刃は並んで立つ一人へと向けられる。


 ただ今回は会話へと集中していなかったためだろうか、ヴィオレッタも敵の接近には気づいたようだ。

 殺気でも感じたのか背後へと力強く振り返ると、ラナイの前へ出た勢いを利用して足を振り上げる。

 迫る男の手元へと上げた足を強かに打ちつけ、そのまま身体を捻って逆の足を顔面へと薙ぐ。



『まったく……、油断も隙もない』



 彼女は突然襲ってきた刺客を見事沈黙させ、僅かに土埃によって汚れたスカートの裾をはたいた。

 これまた深窓の令嬢らしくない動きであり、長めなスカートであるとはいえ、おそらく角度によっては色々と見えてしまってはいるだろう。

 ただ当人はそのようなことを気にした風もなく、再度唖然とし今度はへたり込んでしまったラナイへと近寄っていた。



 突然の出来事に駆けつけようとしていた僕は、ヴィオレッタが男を無力化したのを見届けると、騒動のためざわつく通りの隅で立ちつくした。

 この場所を離れることすらすっかりと忘れ、心配し合う三人の姿をジッと見つめる。



「…………」


<どうされましたか?>



 そんな僕の頭へとエイダの発する声が響くも、ラナイを立ち上がらせ庇うように肩を抱くシャリアとヴィオレッタを眺めつつ、先ほど倒された男へと視線を向ける。

 少しだけその様子を眺めた後、ようやく手近に在った路地へと入り込み、存在を気取られぬよう自身の姿を隠す。



<何か気にかかることでもありましたか? 少々様子がおかしいですが>


「ちょっとね……」



 路地へと身を隠し、暗がりの中へと溶け込む最中、再度エイダからは不審げな声が届く。

 それはおそらく、僕が先ほどから顔を顰めていることが原因なのだろう。

 なんとか刺客を撃退し怪我人もなかったというのに、どうしてそのような表情をしているかと言えば、今の襲撃におかしな点があったのに気付いたからであった。


 最初に襲撃してきた男を、電気銃で撃った方はこれといって気にもならなかった。

 しかしその次、ヴィオレッタが撃退したもう一人に関しては、どうにもおかしな行動を採っていたように思えてならない。



「エイダ、今の光景をもう一度見せてくれないか」


<構いませんが……。監視はどうするのですか>


「そっちはとりあえず任せた。今はまずこっちを確認しておきたい」



 怪訝そうにするエイダへと、ひとまず彼女らの監視を任せてしまう。

 どうしてかを疑問に思うエイダであったが、とりあえずは指示通りにしてくれるようだ。指示をした直後、僕の脳へと先ほどの光景を映し出す。


 映し出された記録は、電気銃を使って最初の男を沈黙させる場面から始まり、再び隠れようとした時へ。

 次いで新たに刺客が現れ、短剣を抜いた場面へと移る。

 その光景を確認し、案の定僕は見たものが間違いではなかったのを確信した。



「やっぱりだ。あの男の持っていた短剣、向いている先に立ってるのはシャリアじゃない」


<……そのようです。手にした武器や踏込の角度、視線の向きを考えれば、刺客が狙っているのはシャリアではありませんね>



 情景を再生する中で確信を得たのは、男が害しようとしていたのがシャリアではないという点であった。

 映像記録の解析を行い、身体の角度や視線から向かう先をシミュレートして線を引く。その結果もやはり同様であり、ヤツの狙いがシャリアでないのは明らかだ。

 念のために最初の男に関しても同様の作業を行うも、やはり同じ結果となる。


 連中が狙い刃を向けた相手。それはどういう訳なのか、今ヴィオレッタらと共に怯えながら肩を抱かれるラナイの方であった。



「けどどうして彼女を……。護衛の存在に気付いて、そっちを先に始末しようとしたのか?」


<護衛役であるヴィオレッタと間違えたと?>


「その可能性もあるかもしれない。あるいはただ単に、シャリアとラナイを間違えたのか。二人組だっただろうし」



 路地から顔を出し、他の生徒が呼びに行ったはずの騎士が来るのを待つ三人を眺める。

 足元に転がる二人の男は揃って同じ船員服を身に着けており、こいつらが示し合わせて仕掛けたというのに疑いの余地はないだろう。


 ヴィオレッタとラナイは共に小柄であり、身体的な特徴としては似ているため間違えた可能性はあるかもしれない。

 ただ後者のシャリアとラナイを間違えたというのは、正直考え辛いだろうか。

 なにせ細身ではあるが長身かつ髪の長いシャリアと、小柄でショートヘアのラナイだ。ここを間違うような輩はまず居まい。

 どちらかが護衛であると考えても、終始オドオドとしている彼女がそうであると考えるのは難しいと思う。



<髪に関してはヴィオレッタとラナイも違いますけどね。色も長さも>


「だよな……。どんな間抜けでもこればかりは間違えようがない」



 ラナイがアッシュブロンドな髪色をショートカットにしているのに対し、一方のヴィオレッタは長い黒髪をサイドテールにしている。

 いくらなんでも二人揃って相手を誤認したというのは無茶な想像だと思う。

 前にシャリアを狙ってきた、学院職員などもかなり不用意な刺客であったが、こいつらもそうであるとは流石に考え辛い。

 であればやはり間違いないのだろう。狙われたのはシャリアではなく、ラナイの方であると。



 そのような事態に気付いているのか否か。彼女らはノンビリと駆けつけた騎士隊の数名へと、倒れた男を引き渡している。

 縄で拘束されたところでようやく意識を取り戻した刺客の男らは、何も抵抗することなく俯いたまま、詰所へと連行されていった。



「解せないな。彼女を狙ってどうするつもりだ?」


<もしやこれまでも、ラナイを狙ってのものだったのでしょうか>


「十分ありえる。弩を仕掛けられた時も、皿に毒を仕込まれた時も。彼女は一緒だったからね」



 これまでシャリアの近辺で危険が迫っていたため、当然のように彼女が狙われているのだと思っていた。

 だが仮に標的がラナイであったとして考えても、これまでの動きは納得がいくものだ。


 ただ実のところ僕は最近になって、この騒動がシャリアの父親であるトゥーゼウ家当主による、自作自演ではないかと考え始めていた。

 いったいどうしてそのような事をと思いはするが、先日の宿で密かに交わされていた筆談による会話など、普通であれば必要性のないものだ。

 なので何らかの理由でシャリアが狙われているフリをしているのだと思っていたが、事態はそう簡単な物ではないようだ。



「ともあれ以後はラナイの方も警戒しないとな。理由は定かでないけど、本命が彼女の恐れもある」


<了解しました。以後警戒を強化します>



 騒動によってこれ以上、課外授業の継続も困難と判断したのだろう。三人は転がった購入物を再び手にし、学院の在る方へと帰り始めていた。

 その後を追い、僕もまた学院へと足を進める。

 捕まった男たちの方も気にはなるが、そちらはエイダに監視をしてもらうしかない。この身が一つしかない以上、護衛のために彼女らへ付くのがより優先されるからであった。



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