裏方の道
「よし、確かに確認した。ご苦労だったな」
「はい。ではこれより帰投します」
隆々とした肉体を誇る体格の良い壮年の傭兵は、一つ頷くと踵を返して天幕へと入っていく。
僕等は彼の後姿を見送ると、その場に置かれた大量の荷と折れた槍などを大雑把に梱包。
騎乗鳥が引く荷車へと載せていく。
全てを荷台に載せ終えた後、落ちないよう布をかぶせてロープで縛り荷台へと固定した。
「これで全部だよな?」
「うん、とりあえず持ち帰る物は積み込んだはずだよ」
ケイリーへと確認の言葉を投げかけると、彼女はアッサリと肯定の言葉を返す。
僕は手元にある羊皮紙へと視線を落とし、御者台の足元に置いた木箱の中身を漁ってリストから漏れている物が無いかを確認する。
破損した装備品などはともかくとして、この木箱の中身に関しては是が非でも持ち帰らなければならないのだから。
「それじゃ、挨拶だけして帰ろうか」
ラトリッジから北上して丸四日と少々。
今僕等が居るこの場所は、傭兵団の本隊が陣を敷き駐留する地域だ。
現在最も戦火の激しいと思われる地域がここであり、西方都市国家同盟と交戦状態にある、北方の諸民族と対峙する前線拠点となる。
団内では北方戦線と呼ばれるこの地へと僕等がやって来た目的は、本隊が使用する様々な備品を運搬するためだ。
保存食に始まり、酒や医薬品、修繕された武具など。
戦場で必要なありとあらゆる品を二台の荷車に詰め込み、四日がかりで運んできたのだ。
帰りには壊れた装備品や、戦死した敵兵から剥ぎ取った品などを乗せて帰ることになる。
これらもまた金銭の種となるので、ヘイゼルさんの言う雑用でありながらも重要な仕事と言えた。
一方御者台の足元に乗せた木箱の中には、倒れた味方の遺品が納められている。
これは金になるような代物ではないが、持ち帰る荷としては最も重要な物であると言っていい。
「ありがとね坊やたち、また縁があったら会いましょう。その時は目一杯割り引いてあげる」
「ははは、楽しみにしてますよ。それまで皆さんもご無事で」
「あら? こっちは本気なのに……。まぁいいわ、お元気でね」
戦場を巡回する娼婦の女性たちは、僕等へと蠱惑的な笑みを浮かべて別れを告げる。
本気であるとは言っているが、実のところ本当のお誘いというよりも、これが彼女たちなりの別れ方なのだろう。
僕もそれを察したため、適当な社交辞令込みで返す。
若干ケイリーの呆れたような視線が痛いが、このくらいは勘弁してもらいたい。
彼女たち娼婦を戦場まで安全に送り届けるというのも、補給を担う僕等の仕事となる。
本来ならヘイゼルさんの言っていた通り、補給や娼婦の護衛を専門で担う隊が存在する。
しかし現在の彼らは、大きな戦場へと発展する可能性が高いこの辺り一帯での補給網を確保するべく、方々を走り回っていると聞く。
さきほど運んだ品の検品をしてくれた人物が、その補給部隊の一人だった。
<チェック。女性との約束を取り付けました、スケジュールに記載いたしますか?>
『不要だよ。社交辞令くらい理解してくれ』
<冗談です。いつかアルフレートにもそういった相手が出来る日を、私は待ち望んでいるのですが>
なかなかにエイダもキツイ冗談をかましてくれるものだ。
戦場での陣地内で傭兵が娼婦を買うというのは、さほど珍しい話ではないと聞く。
だが駄馬の安息小屋で先輩の傭兵たちから聞いた話では、チーム内に女性が居るとそれも難しいとのこと。
多くの場合別に咎められはしないそうなのだが、翌朝それを悟られた時の気まずさが耐え難いのだそうな。
娼婦の女性と別れを告げた時の、ケイリーの視線を思えばそれもある程度納得のいく言葉だった。
「マーカス、そっちはいいか?」
「こちらも問題ありません、出発しましょう」
気を取り直した僕は、前方に有るもう一台の鳥車へと大きく声をかける。
そちらにはマーカスとレオが乗りこんでいた。
前の二人が準備を終えたことを確認すると、僕は帰途に就くべく乗り込んだ鳥車の手綱をしならせ、騎乗鳥を走らせた。
草原の上を木枠の車輪が跳ね、激しい振動と共に進んでいく。
決して道として整備されているとは言い難いそこは、ただ一面の緑が続く草原の上に、車輪の跡が残るだけのものだ。
周りを見回しても、草と森、そして山が見えるばかりの代わり映えしない光景。
そこを二台の鳥車に別れた僕等は、ただひたすらに走り続ける。
行きは人数が多かったため、誰かしらが話題を振ってそれなりに楽しく移動できた。
しかし帰りはこの退屈な光景の中、僕等四人だけ。
四日もそれが続けば、どうしたって話題は尽きてしまうのは間違いない。
「でもさ、あの人たち話は上手だったよね」
「ん?」
「ほら、行きに一緒だった娼婦さんたち」
「ああ、確かにな」
御者台で横に座るケイリーが、僕の顔を覗き込みながら呟く。
言われてみればそうであった。
彼女たちは道中で僕等を飽きさせぬほどに、終始色々な話題を振って楽しませてくれていた。
「もうただ聞いてるだけで楽しかったもの。あれだけ人を楽しませる話が出来るって、凄い特技だなって」
「本当、流石だったよ。やっぱり娼婦をやっていくには、話術も必要なんだろうな」
当の娼婦たちが居なくなったからこそか、ケイリーは手放しで褒め称える。
彼女たちのする話は、方々での噂話であったり他の町での特産品についてなど、基本的には他愛もないモノばかり。
であるものの、決して脚色するでもなく、内容を捻じ曲げるでもなく。冗談を織り交ぜて相手を楽しませる術を駆使していた。
道中彼女たちの話術に、感心し通しだったのは言うまでもない。
『でも、かなりきわどい話も多かったな』
<非常に有益な会話でした。私としては、彼女たちと直に話してみたいと思わせる程に>
娼婦たちの事を思い出していると、エイダが思考に割り込んで告げる。
実際口を衝く話しの中には、所々にドキリとさせられる情報が混ざっている場合があった。
それは近々開戦しそうな地方の話であったり、都市の統治者が病に倒れているという噂、そして騎士隊の中に他国に通じている者がいるという可能性。
これらの話を所々に織り交ぜ、自身が数々の情報を握っているという空気を匂わせてきたのだ。
『そういえば、娼婦は情報屋も兼ねているって聞いたっけか』
<ではアレは営業活動だったのでしょう。いずれアルフレートが情報を買う側になると見込んで>
『だろうな。……抜け目ないもんだ』
やはりエイダも同様の推測をしていたようだった。
僕等との会話の最中でそれを匂わせて来たのは、将来的に僕等が情報を買う時が来ると期待し、餌を振り撒いたために違いない。
ヘイゼルさんの言う通りだ。
確かに傭兵としてやっていくならば、一度は裏方に回ってみるのも必要であると、このような場面でも実感できる。
「それにしてもさ、アルは嬉しそうだったよね。一番娼婦さんから話しかけられてたし、随分とモテてたじゃない」
「このメンバーの中だと、僕が仕切る場面が多かったからね。将来の顧客候補として見られたせいで、粉を掛けられてただけじゃないか?」
「ホントにそれだけ~?」
ケイリーは突然の難癖めいた言葉と共に、疑いを顔に書いたような表情でジィっと僕を睨む。
だが僕がケイリーに返す言い訳めいた内容は、おそらくそう外れたものではないだろう。
どういう訳かは知らないが、いつの間にか僕はこのチームでの、リーダーとも言えるポジションへと収まってしまっている。
彼女たちが僕へと狙いを定めてきたのは、それが理由であるのは明らかだった。
「……ならしょうがないか。なんたってアルはうちらのボスなんだから」
「ボスって、その言い方何とかならないか?」
ケイリーの揶揄する言葉に、僕は頭を掻いて困り果てる。
何時の間にやら皆からは、そう認識されてしまっているようであった。
レオは言うまでもなく、決してリーダー向きの性格であるとは言い難い。
そもそもコミュニケーションを取るのが苦手なので、根本的な問題であると言える。
ケイリーは大雑把なのがある意味で向いていると言えなくはないが、面倒臭がるのは間違いなく、そういった空気が生まれた瞬間に逃げ出しかねないだろう。
マーカスは僕個人としては、最もリーダーに向いている性格であるとは思う。
だがこの中で一番年下であるのを気にしてか、一歩引いた位置にいる場合が多く、手綱を握るのは本人も決して望まないだろう。
僕もこんな面倒な役割は、正直なところ御免被りたい。
だが半ば消去法に近い形でそうなってしまっており、既にヘイゼルさんを始めとして、周囲からも認知されてしまっていた。
今さら嫌だと言ったところで、一笑に付されてしまうのが関の山といったところか。
「そういえばモテると言えば、一番娼婦さんたちが気に入ってたのはレオじゃないか?」
「言えてる。あたしもそれ見ててずっと笑ってたもの。ねぇレオ!」
話の矛先を逸らすべく、レオへと話題を向けてみる。
彼には悪いが、ちょっとくらいは背負ってくれても罰は当たるまい。
レオは前を進むもう一台の鳥車で、荷台に座って目を閉じていたのだが、ケイリーの声に反応してこちらを向く。
車輪の鳴る音もしていたというのに、彼は一応僕等のした会話の内容が聞こえていたようだ。
「そんなことはない」
「あるわよ。アルの次に娼婦さんたちに囲まれて、ずっとデレデレしてたじゃない」
レオがデレデレしていたかはともかくとして、ケイリーの言う通りレオは娼婦たちに幾度も囲まれていた。
娼婦たちが僕へと接する時は、ある程度打算の匂いがしていた。
だがレオに対してはそうではなく、彼は普通に娼婦たちから好意を向けられていたようだ。
同行した数人の娼婦の内一人などは、本気でレオに対してアプローチをしている節すらあった。
銀髪に青の瞳という目立つ容姿に加え、一見してクールそうな雰囲気もそれに拍車をかけていたに違いない。
普段ラトリッジの表通りを歩いている時なども、度々道行く女性たちから黄色い声が飛んでくる始末だ。
「何の話だ?」
「認めなさいよ。あたし一度だけ、夜中にレオと娼婦さんが森の中に入ってくの見たんだからね」
「あれは……、用を足したいから周りを見張っててくれと言われたんだ」
「ホントに~? あっやしいなぁ」
もっとも、彼自身はそれを迷惑に思っているようだ。
ケイリーのする、追及ともからかいとも取れる言葉にレオは言葉を詰まらせる。
ただおそらくは彼の言う通り、単純に用を足しに行った娼婦に同行しただけなのだとは思う。
娼婦があえて同性であるケイリーではなく、レオに頼んだあたり邪推するような目的はあったに違いない。
だがこの様子だと、それは未遂に終わっているようだ。
二人のどこかノンビリとした掛け合いを眺めながら、僕は手綱を握って欠伸をする。
気候は穏やかで、雲一つない快晴。
このまま御者を交代しながら、道中で昼寝と洒落こむのも悪くはない。
そんな欲求を感じ始めた矢先、僕の脳へとエイダの声が唐突に響く。
<警告。南東約八〇〇m、進路上の森に人型の動体反応を感知。数は十、武器を携行している模様>
その声に僕の身体はビクリと反応する。
先行するマーカスが繰る鳥車の先へと視線を向けると、丁度進路上を掠めるように森の影。
普段は冗談を交えて話す場合も多いエイダではあるが、事こういった危機回避に関する事柄に関しては、高い精度で警告を発してくれる。
かつて航宙船から打ち上げた小型の観測衛星は、常に僕の近辺をサーチしている。
その衛星が森の中に潜む影を捕えたのだろう。
「ほらほら二人とも、そろそろお喋りは止めて、ちゃんと周囲を見ておかないと」
僕はそれとなく鳥車の荷台で大きな声を出し、丁々発止と会話を続ける二人へと注意を促す。
その正体はまだ定かでないが、武器を持っていると思われる点から野党である可能性は高い。
正直なところ、具体的に森を指して皆に警戒させたいというのが本音だ。
だがまだかなり距離が離れた状態で、突然そんな事を言い出すのは余りにも不自然。
せめてもう少し近づいてから、何かに気付いたフリをするべきだ。
「は~いっ」
「わかった」
案外と大人しく言うことを聞き、会話を止めて周囲へと視線を向ける二人。
だがレオが監視を始める前の一瞬、僕の方へと視線を向けたのに気付く。
何か意味あり気な視線を向けたかと思うと、すぐにそれを逸らしたのだが、僕には彼が不信感を抱いたものに思えてならなかった。
僕が唐突に会話を止めさせたことに対し、どこかおかしいと感じるものがあったのかもしれない。
しかし今更言い直したところでもう遅い。
僕は極力平静を装いながら、進路上の森へと視線を送った。