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詐称の友 10


 学院の在るこのヨライア島に来てから、既に十数日が経過している。

 その間に島内を出歩いた回数など、おそらくこの島に辿り着いた日を除けば、一度だけしかなかった。

 出歩く回数が少ないのは警護をするためもあるが、ただ単純に監視拠点としている尖塔や学院の敷地から出るのに、人の目を掻い潜らなければならないためだ。

 なので結局学院外へ出たのは、数日分の食料を確保するため出ただけになる。


 だがこの日ばかりは、昼間からヨライア島のメインストリートとなる道を歩いていた。

 人口の少なさから静まり返る夜間と異なり、昼日中はそれなりに人の通りもあるようだ。

 そんな場所を歩く僕が向ける視線の先、そこには一人で歩く護衛対象者、シャリアの姿があった。



「シャリアに接近する姿はないか?」


<今のところは。すれ違う人々が彼女を見てはいるようですが、それは単に目立つ格好のためでしょう>



 数十m先を歩くシャリアの周囲へと、不審者が近寄っていないかを警戒する。

 どうやら彼女は通行人の視線を集めているようだが、それはただ彼女の着る真っ白な可愛らしい制服のせいであるようだ。

 学外に出る時も制服を着なければならないという、ヨライア寄宿学院の校則のせいであるのだが、事こういった状況では目立って仕方がない。


 一方の僕は、目立たぬよう船乗りの格好で尾行を行っている。

 これは事前にこういった行動をする可能性を考え、この島まで送ってくれたジョルダーノから借り受けた服だ。

 ヨライア島はその人口の少なさから、余所者に敏感な土地ではある。

 しかし島へ荷を運んだ船乗りが、出港までの時間を市街で過ごすというのは珍しくはないため、この格好であれば十分街に溶け込めていた。




「目的の宿まであとどのくらいだ?」


<おおよそ四十mといったところですか。あと少しです>



 目的地までの距離が気になり問う。だがもう間もなく到着するようだ。

 現在ゆったりと歩くシャリアが向かう先は、市街地に建つ一軒の宿。彼女がそこへと向かっているのは、このヨライア島に実家から使いがやって来たためであった。

 数日前に実家からの手紙を受け取っていたシャリアは、その使いと会うため学院外への外出許可を申請していたのだ。


 本来であれば、なにか事情をでっち上げてでも同行するはずのヴィオレッタだが、今回は運悪く教師に捕まり用事を言い渡されていた。

 もう一人の護衛である僕が居るのであれば大丈夫であろうとは、シャリアの言い分であったが。



<路地へ曲がるようです。おそらく宿の裏手から入るのでしょう>


「少し距離を離してから追いかけよう。向こうは既にこっちの存在を知っているからな」



 大通りに建つ大きな建物の間に通る細い路地。そこへとシャリアは、僅かな逡巡を経て踏み込んでいく。

 やはり薄暗いそこへと入るのは抵抗があるようだが、それにしては思い切りがいい。

 事前に教師にでも道を聞いていたのか、慣れぬ島であろうに迷うことなく進んでいく様子は、深窓の令嬢という言葉とかけ離れた印象を受けた。



 その彼女を追い、少し間を開けてから路地へと入ったが、その時にはシャリアの姿は見えなくなっていた。

 ただ上から監視を行った限りでは、ちゃんと宿裏手にある入口から入ってはいるらしい。

 路地を進み宿を通り過ぎると、適当な所で壁を登って家屋の屋根上へ。そこでセンサーを稼働させ、宿内の音声を盗み聞くことにした。



『ご無沙汰ですわね。皆は元気でいますの?』


『まだお嬢様がお屋敷を離れられて、それほど経っていないではありませんか。こちらは何も変わりはありません』



 早速宿の中から聞こえてくる声の中から、シャリアと思わしき声を探り当てる。

 彼女は宿に入って早々に使いの人間と顔を合わせたのか、穏やかな調子で自身の屋敷で働いていると思われる者たちの様子を尋ねていた。



『来たのはあなた一人だけですのね。危険な目には遭いませんでしたか?』


『いえ、これといって。港までは隊商に同行させてもらいましたし』



 どうやら使いとして来たのは女性であるようだ。

 女性一人で都市間を移動するなど、遠回しな自殺行為とも取れるが、言う通り隊商にひっついてきたのであれば然程問題にはなるまい。

 だとしても自身が仕える相手と接触する為とはいえ、一人で来るなどなかなかの度胸であろうに。



『私などはいいのです。ご当主様が心配しておられましたが、何か問題は起きていませんか?』


『いいえ、これといって。平穏そのもので、暇を持て余しているくらいですわよ』



 心配げに問う使いの女性がする質問に、シャリアは快活な様子で否定を返す。

 彼女はここまでに起きた出来事を伝えるつもりなどないようで、自身が食事に毒を盛られ倒れた件などは口にしなかった。

 自身の親や使いの人物を心配させぬようにするためだろうか、不安感などをおくびにも出さない。


 使いの女性がこの件を知っているかは不明だが、護衛の存在に気付いた件についても、彼女は話すつもりはないようだ。

 ただヴィオレッタとラナイの二人に関しては、学院でできた仲の良い友人として紹介していた。



『本当に良かったですわ。あのような方たちと同じ班になれるだなんて、幸運としか言いようがありません』


『それは何よりです。お嬢様は良いご学友を得られたのですね』



 仕える立場とすれば、シャリアが友人を得ているのは嬉しいのだろう。使いの女性は淡々としつつも、安堵したような声で喜びを口にした。

 ヴィオレッタとシャリアの関係は、多少の利害なども絡んだ依頼主の娘と傭兵という立場ではある。しかしあの二人はおそらくそれを差し引いても、友人と言って差し支えない間柄であろう。

 ラナイに関しては、そういった要素もなく真っ当に友人関係を構築できているようだが。




 宿の一室で行われるシャリアと女性の会話を、僕は警戒を絶やすことなく家屋の屋根上で聞き続けた。

 今のところ周囲には怪しい人影もなく、市街に出ているとはいえ危険が迫っている気配はない。

 それはいい。早く事態を解決して楽したいというのはあるが、何事もないのであればそれに越したことはないのだから。

 しかし僕は一点だけ、気になることがありエイダへと指示を出す。



「もう少しだけ、感度の調整をしてくれないか。さっきから声と一緒に雑音が混ざってる」


<雑音ですか? 機器には一切不具合はないはずなのですが、いつからでしょう>


「最初の方からだな。会話の最中ずっと紛れ込んでいる」



 ガサガサというような、なにかを擦るような音だろうか。それが部屋でされる会話を聞いている間、ずっと耳に届いていた。

 ある程度音を拾う範囲を限定してはいるが、僅かな物音も捉えてしまうだけに、他の部屋で鳴っている作業音か何かも拾っているのかもしれない。



<すみません、今のところ原因は不明です。後で不具合がないか点検してみましょう>


「頼んだ。もしくは手紙でも預かっていて、紙の擦れる音がしてるのかもしれないけど」



 厳密に何の音であるのかは、多少時間がかかるものの解析をすればわかるだろう。

 ただこれといって重要なものでもないと考え、僕はひとまず機器の再点検だけを指示し、再び会話の内容へと耳を傾けた。


 ただ会話の内容は家庭内の話や、彼女の出身地である都市カンザディアの様子などといったものへと移っていく。

 一応中で何がしかの異常が起らないか監視するために聞いているのだが、この様子ではなにも問題はなさそうだ。

 内容がプライベートに関するものであるだけに、これ以上聞き続けるのは野暮というものだろうか。



 そう思っていると、二人は必要なやり取りを終えたらしい。

 シャリアが椅子から立ち上がるような音が聞こえ、宿を跡にしようという別れ際の挨拶へと移る。

 折角遠方から会いに来たにしては短いが、学院の門限などを考えれば、早めに帰宅しておきたいのだろう。



『で、すぐにここを発つんですの?』


『いえ、乗船してきた船が二日後に出港するので、その時に同乗しようかと』


『そうなのですね。申し訳ないですけど、わたくしは許可がないと学外に出られませんの。出港日までは、わたくしの代わりに島内をゆっくり観光でもなさい』


『わかりましたお嬢様。ではこの機会に、羽を伸ばさせて頂きます』



 立ち上がった二人は部屋から出つつ、軽い調子で言葉を交わす。

 それを聞くなり僕は潜んでいた屋根上から退散し、密かに路地へと降りて尾行を行うべく、再び大通りの通行人へと紛れた。

 気付けばいつの間にか異音は消えており、耳に届くのは周囲の喧騒と、談笑しつつ宿を出る二人の声だけ。

 やはりさっきの音は、シャリアが室内で預かった手紙でも広げていたのかもしれない。




 再び大通りへと出たシャリアは、そのまま使いの女性と別れ学院への帰途に就く。

 その彼女を追いかけ、極力人混みに紛れるようにしつつ後を追った。


 入学してまだ然程経っていないものの、普段ほとんど学外に出ないせいであろうか。シャリアは道中で何件かの店へと立ち寄り、好きに買い物をしているようであった。

 どうやら地元でも市街を出歩いていたのであろう、先ほど宿へ向かっていた時もだが、躊躇なく店へ入り物色していく。

 この様子であれば、今度行われるという学外での課外授業も、然程苦労することなく消化するのだろう。問題さえ起きなければだが。



「良い所の娘なんだろうけど、言葉使いを除けば普通の街娘と変わらないな」


<案外そんな物ではないですか? ヴィオレッタを思えば、彼女はまだ普通な方でしょう>


「言えてる。あいつはアレでも、かなりのお嬢様だからな……」



 普段は男と見紛う物言いをするヴィオレッタであるが、実のところそこいらの富豪や大都市の統治者とは、比較にならないほどの資産を持つ傭兵団団長の一人娘だ。

 いわゆる地球圏の文明でいうところの、巨大企業の会長令嬢といったところだろうか。

 そんな彼女も戦場では嬉々として自慢の短槍を振るい、血飛沫の間を駆けているのだ。お嬢様という言葉とはかけ離れた姿であると言っていい。


 そのヴィオレッタとは比べようもないが、シャリアもまた大きな商会の当主の一粒種という、世間のイメージとは若干ズレた気質をしているらしい。

 それとも僕が知らないだけで、存外世間で箱入り娘と呼ばれている人たちは、なかなかに活動的な性格をしているのだろうか。



「ただ、だからこそ不自然なんだよな。あんな普通の娘が、どうしてああも平然としていられるんだ?」


<護衛が傍に居ると知っているからでは。それに彼女は、相応にストレスを抱えていると思いますよ>



 僕がする疑問に対し、エイダは反論として複数のデータを提示する。

 主に心拍数や体温の上昇、発汗の度合いなど、エイダにしかわからない数値を用いて。

 その結果として彼女が判断したのは、一見して平気そうに見えるシャリアも、実のところかなりの心労を抱えているであろうという事であった。


 そんな情報を伝えられれば、一人楽しそうに買い物をするシャリアの行動が、突然に不安の裏返しであるように思えてくる。



「なら少しでも危険を取り除いてやらないとな。勿論、依頼を無事果たさないと評価に関わるってのもあるけど」


<素直ではありませんね。普通に折角できたヴィオレッタの友人を護ってやりたいと言えばいいのに>



 エイダの呆れた口調でされる発言を無視し、僕は店内を物色するシャリアの姿を追う。

 だが確かに実際のところ、そういった想いがないではない。

 なにせこれまでずっと行動を共にしてきた仲間が得た、数少ない友人であるのだ。無事でいさせたいというのは本音であった。

 それと同時に、受けた依頼である護衛を完遂する必要があるのも事実。

 なによりも依頼主の意向を達成することこそが、僕等傭兵の評価を上げることに繋がるのだから。



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