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詐称の友 09


『なにを馬鹿なことを。どうしてそう思うのだ?』



 声を静め告げられた言葉に、ヴィオレッタはなんとか平静を保ちつつ問い返す。

 シャリアは確かにこう言った、毒を盛られたのではないかと。

 それ自体は正解だ。これはただ食材が古くなっていたことによるモノなどではなく、実際に軽い毒が仕込まれていたのだから。

 ただどうしてそれに気付いたのだろうか。


 僕は声を潜め会話をする彼女たちの声を聞きとるべく、拾う音声の感度を上げた。



『……しいて言えば、あの時ラナイがパンの欠片をあげていた鳥ですわね』


『鳥だと?』


『ええ、もし本当に食材が痛んでいただけであれば、あんなにすぐ鳥が息絶えたりするものですの? 野生の生物はわたくしたちよりも、ずっとそういったモノに強いはずですわ。それに腐敗していたのであれば気付くのではと』



 理由を問うたヴィオレッタに対し、シャリアは若干の沈黙を経て答える。

 たった今根拠となるものを思い出したというよりは、ここまで一晩中ベッドの上で考え続けていたのだろう、澱みなく理由として考えうるものを口にしていく。



『それにラナイが鳥に与えたのは、毎朝欠かさず食堂で焼かれている固焼きのパンです。今の時期そんなに早く痛むとも思えませんし、実のところわたくしはまだアレに手を付けてはいませんでした』


『それは……』


『被害に遭った人の数も多すぎますし、だとすれば考えうるものは限られますわ。料理の全て、あるいは皿そのものに問題があったと考えるのが自然ではなくて?』



 淡々と言葉を紡ぎ根拠となる情報を提示していくシャリア。

 それを聞くにつれ、次第にヴィオレッタは否定の言葉が口を衝くこともなくなっていき、ただ黙って聞くばかりであった。

 おそらく彼女は既に、皿か料理のどちらかに毒が盛られ、生徒たちが無差別に被害に遭ったのだと確信を持っている。

 ここまで提示されたものを考えれば、確かに不信感の一つも抱いたとて不思議はないが、やはり妙に勘の働く娘だ。



『もう一つそう思う理由を述べるとすれば、お父様から忠告をされてからでしょうか』


『どういうことだ?』


『実は学院へ編入してくる前、お父様はわたくしが誰かに狙われるかもしれないと言っていましたの。その時はただ心配が度を過ぎただけと、気にもしていなかったのですけれど』



 二の句を告げぬヴィオレッタへと、追い打ちをかけるように告げるシャリア。

 まさか今回の依頼主であるトゥーゼウ家の当主が、娘である彼女にそれを教えていたとは思いもしなかった。

 事前に聞いていた話しでは、娘にはその話をしていないという内容であったというのに。


 ただそういったこともあって、彼女はこれを人の手によるものであると結論付けたらしい。

 つまりシャリアは気付いたのだろう。これが自身を狙って行われたものであり、他の生徒たちはただ巻き込まれたに過ぎないのであると。



『皆様に合わす顔がありませんわ。おそらくこれはわたくしのせいなのですから』


『も……、もしそれが本当だったとしても、シャリアのせいではあるまい。お前もまた被害者なのだ』



 確信を持って告げる彼女へと、ヴィオレッタは誤魔化しを交えつつも、シャリアの責任を否定する。

 実際理由などは定かになっていないものの、ここまで見る限りシャリアが狙われている可能性はかなり高そうだ。

 件のトゥーゼウ家当主とやらは、依頼をした際に傭兵団に説明をしていないものの、その理由を知っていそうではあるが。


 ヴィオレッタの否定する言葉を受け、シャリアは小さく笑う。

 それが喜ばしかったためだろうか、彼女の口を衝いた内容にはまたもや意外なものが含まれていた。



『そう言ってくれると、多少気も休まりますわ。ですけどヴィルネラ、お父様に雇われたからといって、そこまでわたくしに気を遣わなくてもいいんですのよ』


『…………なにを言っているのだ?』


『あら、違いますの? てっきりわたくしは、貴女がお父様の雇った護衛だと思っていたのですけれど』



 突如として微笑みながら告げた言葉。その内容に僕とヴィオレッタは、互いに絶句してしまう。

 もしや護衛の依頼主である彼女の父親は、護衛を付けているという件についても話をしていたのだろうか。

 これまた事前に聞いていた話しでは、狙われる危険性同様当人には知らせていないはずであったのに。

 ただどちらにせよ誰が護衛に向かうかなどは、傭兵団も件の当主に伝えていないはず。なのでヴィオレッタがそうであると、彼女なりに推測した結果なのだろう。



『珍しいそうですわよ、この学院に途中から編入してくるというのは。であるのに偶然わたくしと同じ日に編入する者が居れば、怪しいと思うのも当然でしょう』


『そ、それは……』


『あと倒れたわたくしを、自身が汚れるのも厭わず背負って走るなど、普通の女性にできるものではありませんわ。小柄な身体にしては、しっかり鍛えられているようですわね』



 シャリアは言いつつ身体をヴィオレッタへ寄せ、その腕を掴んで袖を捲る。

 一見してそれほど筋肉質とは思えない腕であるが、掴んでみれば脂肪の少なく締まっているのはよくわかるのだろう。



 畳みかけるように、追及をし始めるシャリア。その様子にヴィオレッタもタジタジであり、今更否定をするのも難しそうだ。

 ここまでくれば観念せねばならぬのだろう。今更どう否定した所で、確信を持って告げる彼女を誤解であると思わせるのは難しそうだ。


 ヴィオレッタもそれは同じであったようで、フッと息吐き視線を一瞬だけ逸らし、窓の外を見やる。

 彼女はこちらが見ていると気付いてはいないが、おそらくその視線はこの尖塔へと向けられているのだろう。



『……誰にも言うなよ?』


『勿論ですわ。他言して良い影響などないでしょうし』


『だろうな。一人だけ護衛を侍らせているなど、やっかみを受けるだけにしかならん』



 遂にはヴィオレッタも降伏し、これまで以上に声を潜めて、自身を護衛として派遣された存在であると認めた。

 これ以上否定を続けていても意味はなさそうであるし、いっそのこと護衛対象であるシャリアに、今後どう警護していくか知っていて貰う方が良いというものだ。

 ある意味で彼女の側から気付いてくれたというのは、こちらにとって好都合と言えなくもない。




『凄いですわね。もしかしてわたくしが知らないだけで、これまでもお父様の下で動いてらしたの?』


『そこまでは聞いていないのか。私は傭兵だ、シャリアの父君から依頼を受けた傭兵団が、団員の中から私を適性ありと判断したのだ』


『ではお父様が選んだわけではないのですわね。その傭兵団には、他にもわたくしたちと同年代の子が居るのかしら?』


『そこまでは話せんな。団員に関する話は漏らせん』



 真実を打ち明けた後は、堰を切ったように暴露が始まる。

 さすがに団内の諸々などを話はしないが、当事者であるシャリアに対し、ヴィオレッタは可能な限り情報を開示していく。

 ただやはり団の内部に関する話題や実際の名前に関しても同様で、ヴィルネラという名が仮のモノであることは口にはしなかった。

 もっともシャリアも、それには気付いているようであったが。




<彼女は思いのほか落ち着いていますね>


「ああ、正直裏切り者扱いくらいするかと思ってたけど。肝が据わっているのか?」



 遠くから彼女たちがする会話を聞いていると、エイダは率直な感想を述べた。

 僕もまたその意見には同意だ。確かに若干の驚きを示してはいるのだが、自ら勘付いたとはいえ、本来はシャリアがもっと困惑していてもおかしくはない。

 付き合いは短いながらも、学内で数少ない友人であったはずの相手。その相手が、自身を警護するために来たのだと知ったにしては、少々淡白な反応ではないだろうか。

 裏切られたと感じてもおかしくはない事実なだけに、シャリアの平静な様子が、僕には若干の違和感を持って感じられてならない。




 その彼女たちが話すのをしばし聞いていると、あるところでそれは中断される。

 閉められていたカーテンが開けられ、白衣を着た女性が顔を覗かせたからであった。



『あら、もうすっかり元気そうね。体調が戻ったなら、寮へ帰っても大丈夫よ』



 現れたのはこの医務室を管理する、女医に当たる人物であろう。彼女はシャリアの顔色を見るなり頷き、自身の部屋へ戻っても良いと告げた。

 開かれたカーテンの向こうを見れば、何代かのベッドは既に空となっている。体調の回復した生徒たちが、順次戻っていったためであろう。

 そもそもが重篤となるような、強い毒物ではなかったのだ。


 女医がした帰宅許可を受け二人は、立ち上がると礼をして医務室を跡にする。

 もし後でラナイが来た場合に、帰ったと伝えて欲しいとだけ女医に伝言を残すと、人影のほとんどない廊下を歩いていった。



『四六時中わたくしを見張るなんて、大変ではありませんこと?』


『問題はない。シャリアの前には姿を現していないが、もう一人警護に従事しているのが居る』



 歩く最中に抑えた声でされた質問に、ヴィオレッタは含み笑いをしつつ返す。彼女は自身の他にもう一人、僕の存在を告げるのだが、今更このくらいであれば問題はないだろう。

 彼女以外にも警護の目が向いていると知れば、むしろ安心するかもしれない。



『まぁ、わたくしも知っている人かしら』


『悪いがそれも明かせんな。だが少なくとも、私以外にも護ってくれる存在が居る点では、安心してもらっていい』



 歩きながら告げるヴィオレッタは、シャリアの横顔を眺めながらニヤリとする。

 その言葉にはもう一人である僕への、密かな信頼感を感じられるようで、妙なこそばゆさを感じられて仕方がない。

 このような発言、僕の耳があると知っていれば決して口にはしないはず。





<とりあえずは一安心といったところでしょうか>


「ああ、今回は大事にならず済んだ。だけど次もこの程度であるとは限らない」



 寮の部屋へと戻っていく二人を見送りながら、僕とエイダは緊張感を纏う声でやり取りを行っていた。

 並行して脳には上空からの映像が投影され、庭などに居る人影と思わしきものにはマーキングを行っていく。

 今回はまんまとしてやられたが、今度も同じ轍を踏むわけにはいくまい。


 ましてや次は、授業として市街地へと行くのだ。このような状況なのでまだ決行されると決まっていないが、もしも行くのであれば護衛の難度は跳ね上がる。

 今以上の警戒をする必要に迫られるせいもあり、僕は自然と緊張の度合いを高めていた。



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