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詐称の友 08


 食堂で生徒たちの多くが被害に遭った一軒の後。深夜多くの人が寝静まった学院内の一角に建つ尖塔の最上階。

 僕が監視の拠点とし根城ともなっている場所だが、今夜はここへとヴィオレッタが足を運んでいた。

 本来であれば今日は顔を合わせる予定ではなかったのだが。



「どうして気付けなかったのだ……?」


「悪いとは思っている。ただ言い訳をするようだけど、正直防ぎようはなかった」



 静かな口調で告げるヴィオレッタの声は、どこかしら棘を感じるものだ。

 昼間にシャリアが被害に遭った件で、ヴィオレッタが苛立っているのは明らかであった。



「昨日の一件で、シャリアが狙われているのは間違いなかっただろう。それでもか」


「ああ、実際食堂の人間まで監視をするには人手が足りない。全ての危険を排除しようと思えば、あと何人かを職員として潜り込ませないと――」


「そんなことを聞いているのではない!」



 淡々と状況を説明する僕へと、ここまで静かに問いかけていたヴィオレッタが吼える。

 深夜人に知られぬよう落ち合っているため、一応声は抑えられてはいるのだが、彼女の声には強く感情が込められていた。

 ここまでの数日間、寮での部屋なども含め彼女らは四六時中一緒に居るせいか、ヴィオレッタは随分と入れ込んでいるようだ。



「すまない……、気が立っているようだ」


「気にしなくていいよ。確かにこっちのミスだ」



 しかし直後、彼女は我に返ったように顔を背けると、小さな声で謝罪を口にした。

 ヴィオレッタにもわかっているのだろう、いったいどこの誰が、どのタイミングで仕掛けて来るかもしれぬ現状では、二人で護衛を行うのには限界があるということを。


 実際問題として、エイダの助力で多方面の監視が行えるとはいえ、あまりにも手が足りないのは事実。

 建物内の熱源を監視することはできても、その人物が毒性の物を持っているかなど、こちらには知りようがないのだ。

 遥かに文明の進んだ異星の技術を行使できるとは言っても、単独で監視できる内容には限界があった。



「これまで以上に警戒はしておくよ。見つかる危険は高くなるけど、もう少し近づいて監視をしてみよう」


「頼んだ。流石にこれ以上、二人を危険には晒したくない」



 僕が今以上の監視強化を約束すると、ヴィオレッタは俯きながら気まずそうに告げた。

 彼女が言った二人という言葉で、なるほどと納得する。

 ヴィオレッタが必死な様子を見せていたのは、シャリアだけではなくラナイまでもが危険な目に遭いかけていたためだ。

 任務の過程で必要であったとはいえ、珍しくできた同年代の友人二人が危険にもなれば、気も立とうというものだ。

 今回は運良くと言っていいのか、偶然飛来した小鳥によってラナイは難を逃れたが、こんな偶然は早々起こるものではない。




 ともあれ現状の報告や監視強化をし、ヴィオレッタは寮の部屋へ戻るために背を向けようとする。

 しかし一点だけ思い出すことがあったのか、振り返った彼女は先ほどまでの沈んだ口調を振り払って伝えてきた。



「そういえば近々、課外授業とやらで学院外に出ねばならぬそうだ」


「外へ? それはまた珍しいね」


「ああ。島からは出ないそうだが、市街の散策をするらしい」



 そういえば数日前、教師からそのような話をされていたのだったか。

 どうやら毎年カリキュラムとして組まれている内容であるようで、普段休日であっても許可を取らねば学内から出られない生徒たちが、外に出れる数少ない機会であるとのことだった。

 とはいえここの生徒は、ほぼ例外なくどこかでお嬢様として育った娘たち。あまり外出許可を申請することもなく、学内で過ごすことがほとんどであるそうなのだが。

 逆に言えば学院内に引きこもりがちである生徒たちを、外の世界に触れさせるために必要なのだろう。



「こんな状況だ、中止になるやもしれぬがな」


「どうだろうね。これがただの事故として扱われたとすれば、予定通り決行するかもしれない。なにせ学院側は、シャリアが狙われているのを知らないんだ」



 狭い範囲であればともかく、外ともなれば護衛の難度は跳ね上がる。

 実際常に人の中を移動し続ける市街地での護衛というのは、酷く神経を使う作業だ。

 幾度かそういった任務を経験してきてはいるが、毎度一日が終わる度、寝床でグッタリとするのが恒例であった。

 なので課外授業とやらが中止になってくれるなら助かるが、今回の件はただの集団食中毒と判断される可能性が高いため、淡い希望に終わりそうではある。



「もしそうなった場合、周辺の監視は頼んだぞ。基本班行動のようだから、私も常に傍で見張ってはいるが」


「わかった。おおよその行動予定があるなら、前もって教えてくれると助かる」


「ああ、なるべく早く知らせるとしよう」



 それだけ話し合うと、僕等はようやく自身の寝床へと戻っていく。

 ただヴィオレッタはここからの数日、碌に眠れぬ夜を過ごすことになるのではないだろうか。

 来るとも限らない話ではあるが、深夜にシャリアを狙う賊が現れぬとも限らないのだから。


 件の彼女はまだ医務室で横になっており、今夜は寮の部屋に戻らずここで養生することになっている。

 当然医務室のベッドは万床である上、体調の悪化が見られないヴィオレッタは寮に戻らねばならない。

 なので今日のところは、夜間の警護を僕が受け持つことになっていた。




<一応仮眠を摂りますか? 監視はこちらで引き継ぎますよ>


「いや、いい。とりあえず今夜は」


<あまり気負い過ぎないでください。無理をしては任務の継続が困難になりますので>



 ヴィオレッタが戻っていった直後、軽く息つく自身の頭にエイダの声が響く。

 心配をしているであろう彼女に軽く感謝の言葉を返し、置かれた保存食を齧り、一口だけ水を飲んだ。

 気負うなとは言うが、そうもいくまい。実際僕は危険を予期できず、おめおめと護衛対象を危険に晒したのだから。

 これがもしもっと強い毒であったなら、今頃は放心したヴィオレッタを担ぎ、島からの脱出を計っているところだ。


 尖塔の窓から少しだけ顔を覗かせ、視界内に建つ医務室を見下ろす。

 玻璃越しに揺れるカーテンの向こうで時折覗くシャリアは、容態が安定しているためか、静かに眠り続けているようだ。

 ただ窓のすぐ側であるというのが気にかかる。もし仮に遠くから矢でも射ろうものなら、脆い一枚の玻璃などいとも簡単に貫いてしまう。

 そのような心配をしながら、僕は夜通しの監視を続けるべく、背嚢からもう一つ保存食を取り出した。







 この学院へ通う生徒たちの休日は、数日に一度といった頻度で摂られるよう設定されている。

 なのでこの日も授業はあるはずであり、午前中の今は本来であれば授業の真っ最中であったのだろう。

 しかし昨日起こった騒動の影響もあり、この日ばかりは全ての生徒が大人しくしているよう通達されていた。

 まだ体調の戻らぬ生徒も多いため、学業上不公平とならぬよう配慮された結果なのだとは思う。



『シャリア、サンドイッチ作ってきたんだけど食べる? あ、でも具合が悪いならこっちの方がいいかな、柑橘の果物』


『では果物をいただきますわ。ですけどラナイ、わたくしはもう大丈夫ですのよ?』


『ダメだよ! まだ本調子じゃないんだから』



 全ての授業が中止となったとはいえ、寮から出て来るなとまでは言われていないらしい。

 ヴィオレッタとラナイは寮の台所で作ったであろう、弁当を持参し見舞いと称して医務室へとやって来ていた。

 シャリアも今では食事を摂れる程度にまで回復しているようで、彼女らが持って来た弁当を前にし、嬉しそうに目を輝かせている。

 もっともラナイはまだ心配であるようで、ベッドから立ち上がろうとするシャリアの動きを制していたが。



 実に仲睦まじく微笑ましい光景だが、実のところそうしているのは彼女たちだけではないらしい。

 建物一棟を丸々使うという贅沢な造りをしている、医務棟とも言えそうなそこには、同様に何組もの見舞いを行う生徒たちが出入りしていた。

 ヴィオレッタ達と同じく寮で同室の友人であったり、同じ教室で学ぶ級友。あるいは倒れた先輩を心配し駆けつけたであろう後輩など。

 そこかしこで心配や甘い慰めの言葉、安堵により泣き出す娘の声が飛び交っている。



「男じゃこうはいかないな」


<シャイですからね、男性は。心配していたとしても、口に出さないのでしょう>


「心配を表に出すのが小っ恥ずかしいんだよな……。だからこそ代わりに、からかったりして誤魔化してるんだけど」



 やはりこういったダイレクトに心情を伝えるものは、女子生徒だけの園であるが故だろうか。

 ただ見舞いをする生徒たちの中には若干名、本気で心配する自分という役を演じているような者も、チラホラと混じってはいるようだが。

 そう思えば、男同士でするからかい混じりなものの方が、余程気楽だと言えるのかもしれない。



 そんな光景が繰り広げられる医務室を観察していると、シャリへと手を吹く布を差し出していたラナイが、不意に立ち上がるのが見えた。

 急に何かを思い出したようで、申し訳なさそうな表情を浮かべ謝罪を口にする。



『そういえばさっき、職員棟に来るよう先生に言われてたんだった……。ゴメンね二人とも、急いで行かないと』


『気になさらないで。どうせラナイのことですから、わたくしの食事を作るのに夢中で出された課題を忘れていたのでしょう?』


『そ、そんなんじゃないよ! もう……。あとをお願いヴィルネラ』



 僅かに茶化されたラナイは、頬を膨らませるとヴィオレッタに場を任せ、医務室を跡にする。

 残されたヴィオレッタとシャリアはそんな彼女の背を見送り、クスクスと浅く笑いながら顔を見合わせていた。



『で、実際ラナイは何の用で呼び出されたんですの?』


『大したことではない。実家から何通かの文と荷が届いていたそうでな、受け取りに来るよう言われていただけだ』


『嬉しいでしょうね。……ですけど、それで里心がつかなければいいのですけれど』


『そこは大丈夫だろう。今はシャリアのことで一杯一杯だ、家のことを考える余裕はあるまい』



 彼女らは当人が居ないのをよいことに、若干の揶揄を込めた言葉を交わす。

 ただそれは決して悪口ではないようで、むしろ信愛の情を多分に感じさせるものであった。



 彼女らは楽しそうに談笑を続けていく。

 届けられた弁当もおおよそ平らげており、シャリアの体調はほぼ完治し始めていると言っても良さそうだ。

 そんな彼女はフッと息を吐き出すと、ベッドの縁へと腰かけ、感慨深そうに呟いた。



『それにしても、まさかわたくしがこのような目に遭うとは想像もしていませんでしたわ』


『当然だな。私もその点では似たようなものだ、運良く助かりはしたが』



 その吐かれた言葉に対し、ヴィオレッタも心情を上手く隠しつつ同士した。


 実際には毒によるものであったのだが、シャリア自身はただ食中りの一種であると思っているはず。

 だとしても、これまで何不自由なく暮らしてきたと思われるお嬢様にとって、このような事態は想像の範疇外であったに違いない。

 痛んだ食材など食卓に上ったことはないだろうし、料理をするのも専門の人間であったろう。



 そんなシャリアはヴィオレッタが返した言葉に、どういう訳か意味深な苦笑を浮かべた。

 どうしたのだろうかと思っていると、彼女は視線を四方へ振って周りを探ると、ヴィオレッタの耳元へと顔を寄せて口を開く。



『これまでは心配するお父様の言葉を、笑い飛ばしていたものですけれど……。こうなってはそれなりに警戒しなければなりませんわね』


『……警戒もなにも、ただ食べ物に当たっただけだろうに。こればかりは防ぎようがあるまい。それとも食事前には、動物のように顔を近づけて臭いを確かめるとでも言うのか?』



 シャリアが告げた言葉に対し、ヴィオレッタは一瞬声を詰まらすも、冗談めかして誤魔化した。

 今のところそこまで判断する材料はなさそうだが、シャリアには自身が狙われていると悟られるのは好ましくない。

 お嬢様育ちの人間がそのようなことを知ってしまえば、半狂乱になって泣き叫ばれてもおかしくはないからだ。


 なのでヴィオレッタが誤魔化すのも当然なのだが、どうやら状況はこちらにとって不都合な方へと転がっているらしい。



『いいえ、そういった意味ではありませんわ』



 笑いつつ返したヴィオレッタに対し、シャリアは立ち上がりながら呟く。

 彼女はすぐ側に垂れ下がっているカーテンを掴む。それは夜間ベッド同士を仕切るために使われている物で、今は開け放つために絞り紐で結ばれていた。

 そのカーテンを絞る紐を解き、彼女は自身とヴィオレッタが居る空間を、他と隔絶するべく閉める。

 窓付近に在るベッドはカーテンで覆われ、僕の位置から見える一面を除き視界は遮られた。



『ど、どうしたのだ?』



 なにやら不審な行動を感じたのか、ヴィオレッタは若干の動揺を表に出す。

 そんな彼女にシャリアは人差し指を自身の口元へ当て、声を抑えるようジェスチャーで示した。

 そうして再びベッドの淵へと座ったシャリアが言った一言に、僕とヴィオレッタへ緊張が奔る。



『もしかしてなのですけれど……。わたくしたちは、毒かなにかを盛られたのではなくて?』



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