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詐称の友 07


 突如として食堂内へ起こった異変。それはラナイがパンくずを与えた鳥に始まり、次には食事をする他の生徒へと伝播していた。

 ガタリと椅子を倒し、床へと膝を着く名も知らぬ一人の少女。

 彼女は突然青い顔で四つん這いとなり、苦しそうな様子で胃の内容物をぶちまける。



『ちょ、ちょっとどうしたのよ!?』


『大丈夫ですの? 誰か、先生を呼んできて!』



 同じテーブルを囲んでいたらしき生徒たちは、狼狽えながらも口々に声をかける。

 ただ異変を起こした学友をなんとかしようとしていた彼女たちであるが、今度はその少女たちまでも同じ状況へと陥る破目となった。

 今まで普通にしていたはずであるのに、同じく顔を真っ青にし、最初の少女と同様の状態に至る。

 そういった光景が連鎖反応のように、食堂内のあちらこちらで起こっていたのだ。




「こいつはいったい……」


<食品の劣化による集団食中毒の類でしょうか? にしては食べる時に異常を感じなかったようですし、発症が早すぎる気もしますが>



 突如として混乱の渦中に陥った食堂を遠目に観察しながら、僕もまた困惑を隠しきれない。

 食品が悪くなっていたことによる食中毒などというのは、衛生環境が決して良いとは言えないこの惑星では、別段珍しいものではない。

 僕も何度か痛い目を見た経験はあるし、起こる時には大量に起きたりするものだ。


 だがエイダの言う通り、臭いなり何なりで異変を感じる人が一人は居てもおかしくないし、確かに口にしてからの発症が早すぎる気はする。

 そこで僕はもう一度起きている光景を確認してみると、先ほどまで痙攣していた小鳥が、グッタリとし動かなくなっているのに気付いた。

 おそらくは、既に息絶えているのだろう。



「まさか、毒か……」


<その恐れは十分に有り得るでしょう。人は口にしてから若干のタイムラグがありましたが、あの小さな鳥には強く働いた可能性はあります>


「シャリアだけが対象じゃなかったのか?」



 昨日庭に設置されていた弩のように、特定の誰かを狙ったものではない。

 何人もの生徒が倒れている様からして、これは明らかに無差別に行われたものであった。

 てっきり僕は、シャリアだけが狙われているのだと思っていた。だがもしや彼女を狙う輩は、シャリアを害すためであれば、他の生徒を巻き込むのも辞さないというのだろうか。

 だとすれば昨日の杜撰に過ぎる罠に反し、そいつは相当に危険な相手かもしれない。



 僕は尖塔最上階の小部屋で、起きている光景をただ眺めているしかなかった。

 毒であったなら解毒の手段もあろうが、まず大元が何であるかを突き止めねばならず、薬を作るにはどうすれば良いかすらわからないのだから。


 いったいどうするべきかを逡巡していると、突然耳へヴィオレッタの声が響く。

 彼女は焦ったような、混乱したような色が浮かぶ声で親友となった娘の名を呼ぶ。



『シャリア!? しっかりしろ!』



 名を聞いた直後、僕自身焦りから背筋に汗が噴き出るのを感じた。

 そうだ、確か彼女は一口だけ出された食事を食べていたではないか。皿に盛られた小さな魚を、ヴィオレッタと話しながらつまんでいた。

 ということは、その小魚に毒が仕込まれていたのだろうか。


 他の生徒たち同様に、床へ手を付き内容物を吐瀉するシャリア。

 やはり顔を青く染め、苦しそうに嗚咽する姿は、他の生徒とまったく同じ症状だ。



『わ、わたし……。どうしたら……』


『大丈夫だから安心しろ、私がシャリアを医務室へ連れて行く。それとわかっているだろうが、食事には絶対に触れるな!』



 彼女に駆け寄ったヴィオレッタは、自身が汚れるのも厭わずシャリアを背負う。

 そうして混乱するラナイへと、テーブルに置かれた料理へ決して触れぬよう、きつく念押しをした。やはり彼女もまた、原因は食事以外に考えられぬと判断したようだ。


 シャリアを背負い、助けを待つ間もなく食堂外へと駆け出す。

 誰かが助けに来るのを待つよりは、直接医務室に担ぎ込んだ方が助かる見込みは高いと判断したらしい。

 ヴィオレッタは僕に対し、医学的な知識を持つと考えている。なのでこちらに来ようとするのではないかと思った。

 しかし流石に毒云々ばかりは、どうにかなるものではないと考えたのだろう。そのまま医務室へと直行している。




 その後は駆けつけた職員や教師によって、倒れた生徒たちは救護室や各々の部屋へと運ばれていった。

 ただ同じ食事を摂っていたはずなのに、全ての生徒が倒れた訳ではなかったようだ。

 食堂に居た内、約半分の生徒たちは無事であった。おそらく昼の休憩に入ってすぐの出来事であったため、食事を口にする前に騒動が起きた生徒が助かったのだろう。



「とりあえずこいつの検査を頼む。何が出てくるやら」


<了解しました。しばらくお待ちください>



 起きた事態のせいで学院内が騒然としているせいもあるのか、事が起きた食堂はひと気がない。

 救護と搬送のため全ての生徒と職員が居なくなったその食堂へと忍び込み、三人が食べようとしていた料理と、適当に置いてあった誰かの食べ残しを回収した。


 サンプルの回収をした僕は、誰かに見つからぬようすかさず尖塔へと戻り、エイダに指示してそれの解析を行わせる。

 少しだけ待てば、どういった物が盛られたのか、詳しい内容が明らかとなるはずであった。



 その間は医務室へ駆け込んだヴィオレッタとシャリアがどうしているか知るため、しばしそちらの音声を拾い窺う。

 だが安静に眠っているためだろうか、そこは混乱による喧騒が聞こえるばかりで、二人のどちらかが声を発する様子はなかった。


 そうこうしている間に解析が完了したようで、エイダが淡々と結果を報告する。



<解析を終了しました。毒物で間違いなく、植物から抽出した液体が仕込まれていたようですね>


「どういった物だ?」


<あまり毒性は強くありません。嘔吐や下痢といった症状が起きるものの、基本人の命を奪うほどの効果は期待できないはずです。比較的どこででも見られる植物で、探せば学院内の庭にも生えているのではないでしょうか>



 解析結果を淡々と告げるエイダの言葉に、僕は外の景色を眺めながら首をかしげる。

 確かに告げられた症状は、食堂内で起こっていた光景に合致するものだ。

 しかし今の話によると、然程強力な毒性がある代物ではないようで、よほどの老齢か赤子でもなければ人の命を奪うには至らないという物であった。



「そんな弱い毒物をどうして……」


<不明です。なんらかの目的があって健康を害することのみが目的であったのか、それとも他の意図があるのかは>



 もし確実に命を狙おうとするのであれば、このような毒性の弱い品を使ったりはしないだろう。

 なにせ対象はまだ十代半ば近くの、健康体な女性であるのだ。妊婦でもない彼女には、体調の悪化はあれど重篤な事態とはならないはずだ。

 であれはどうしてと思っていると、補足するようにエイダは新たな事実を突きつける。



<それとその毒ですが、料理ではなく皿に対して付着していたものと思われます。回収したサンプルの全てがそうであったので、おそらく食堂で使っていた全ての皿に仕込まれていたのでしょう>


「そうか……。ならやっぱり全ての生徒を巻き込むつもりだったんだな」



 どうやら特定の料理にだけ、毒が混入されていたのではなかったようだ。

 当然食事を受け取る順番など決まってはおらず、使う皿とて専用の物ではない。

 特定の個人を狙おうと考えれば、食事を受け取る直前であったり、受け取った後に毒を仕込まねばならないはずだ。


 ただおそらくそれが叶わないと判断したからこそ、全ての皿へと毒が仕込まれ、無差別に被害を撒き散らすという手段に出たのだろう。

 もしくはシャリアだけが対象ではなかったのかもしれないが、今のところそれを推測する材料はない。



「どちらにせよ、深夜か早朝にでも食堂へ忍び込んだんだろうな。映像の記録はどうなっている?」


<残念ですが、複数の人物が出入りしているので特定は不可能かと。深夜の内から仕込みや食材の搬入などで、何人もが食堂を訪れています>



 大雑把に編集を行ったと思われる、昨夜からの映像が脳へ投影される。

 そこには荷車を引いた食材の搬入を行う人物や、早朝から仕込みをしに訪れる食堂の人間たちなど、想像以上の数が出入りしていた。

 人に気付かれず皿に毒を塗るなど、出来る人間など限られてはいる。だがそれ自体は特別難しくはないのかもしれない。




「ともあれシャリアを狙ってるヤツが、学院内に居るのは間違いないな……。前回のと同じ人間かはわからないけれど」


<警戒の程度を強化します。今回は脅しの様なものでしたが、次はこの程度で済まないかもしれません>



 実際僕等はシャリアが被害に遭うのを防げなかった。

 どういう訳か今回それほど殺意の感じない手段ではあったものの、次もそうである保障などどこにもありはしない。

 今度はより直接的な、命を脅かす手段に出てくる可能性は十分にあるのだ。



「そうだな。ところであの二人はどうしてる?」


「変わりはありませんよ。シャリアの方は眠っているようで、会話がないまま医務室に居ます」



 再度尖塔の窓から、医務室が在る棟を眺める。

 そちらを見下ろし窓付近のベッドへ横になるシャリアを眺めていると、ヴィオレッタは彼女の横で立ったまま、悲痛な面持ちで視線を送っていた。

 未然に防ぐ手段など碌になかったとはいえ、シャリアを護れなかったことによる、自身の無力感でも痛感しているのだろうか。


 そう考えていると、彼女はスッと移動し窓際へと立つ。

 ヴィオレッタの視線は真っ直ぐに尖塔へと向けられ、鋭いその目は僕を射抜こうとせんばかりだ。

 彼女には僕が見えてはいないだろうし、こちらが向こうを見ているのにも気付いてはいないはず。

 それでもその視線は事態を防げなかった僕を責めるようでもあり、それ以上にこちらを介して、自身を責めているようでもあった。



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