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詐称の友 06


 数日前に通信回線を開き団長へと確認を行ったところ、本来今回の任務はヴィオレッタ一人に任せるつもりだったとの返答が返ってきた。

 団長によると、最初に今回の件が依頼として舞い込んできた時は、なんとも親馬鹿なものだと思ったらしい。

 その点は僕が最初に感じた感想と、同じものだ。


 ただこれまた僕同様、依頼に対し妙な不自然さを感じたため、念のためにもう一人任務に同行をさせることに決めたそうであった。

 そこで学院に生徒として侵入はできずとも、遠くからの監視が行える僕に白羽の矢が立ったらしい。

 ヴィオレッタとは同じ隊なのだから自然な流れではあるが、結果として団長の下した判断は間違っていなかったということになる。

 この追加で人員を送ったことについては、相手に知らせていないそうなのだが。



 そんな何やらキナ臭くなってきた日の深夜。

 僕は三日に一度ほどの割合で行っている、ヴィオレッタと落ち合っての状況報告を行っていた。



「では確実に、シャリアを狙う者は存在するのだな?」


「そうなる。一応彼女が標的であると決まってはいないけど、可能性は高いと思うよ」



 その報告をするため落ち合って早々、僕等は夕刻にあった庭へと弩が仕掛けられていた一件についてを話し合う。

 やはりヴィオレッタもこれについては気付いていたようで、廊下上に落ちていた細い紐を見るなり、直感的に危険な気配を感じ取っていたようだ。



「だがアルが見た物から考えるに、そのように雑な仕掛けが上手くいくとは思わぬのだが……」


「間違いなくアレは素人の手によるものだよ。ここまでよく侵入したものだと思うけど、だとすれば学院内部の人間かもしれない」


「正門や裏門には何人もの警備が四六時中立っているからな、外部から潜り込んで隠れ続けるのは難しいだろう。お前もよく見つからずにいるものだ……」



 僕はエイダを介し衛星から得た刺客の存在を省き、目視と状況証拠による情報を伝える。

 ヴィオレッタには時折敷地内を出歩いていると伝えているので、今回のも偶然その最中に発見したということにしておいた。

 その点はあまり不可解に思っていないようで、彼女はこれといって怪訝そうにするでもなく、ただ頷いて報告を受け入れてくれる。




「……ともあれ、以後警戒を厳にするとしよう」


「頼んだ。極力自然にね」


「わかっている、任せておけ」



 ただ現状ではこれ以上手掛かりもないため、僕は伝達すべき事項の全てを伝えると、ヴィオレッタは警戒を強める旨を告げた。

 彼女にしてみれば、シャリアは任務上接触が必要な護衛対象であったとはいえ、折角友人となりつつある学友でもあるのだ。

 そのシャリアが害されようとしていると考えれば、なんとしても自身が護らねばならぬという想いがひとしおであるに違いない。



「それじゃ、見つからないうちに僕は戻るよ」


「ああ、わかっ――、てちょっと待ってくれ。私からも一応確認しておきたいことがあったのだ」



 いくら深夜とはいえあまり庭で長居をしては、誰かに見つかる可能性は出てくる。必要な情報もやり取りを終えたため、早速僕は尖塔最上階へと確保した部屋へと戻ろうとした。

 しかしそんな僕を、ヴィオレッタはどういう訳か呼び止める。



「どうかしたのか?」


「いや……、あとどれくらいの期間、ここで任務に当たるのかと思ってな。このような状況となった以上、当面は続くのだとは思う。だが終わりが見えぬ任務ではな」


「終了時期に関しては、団から連絡が来る手はずになってる。別に卒業まで継続しろなんてことはないそうだけど」


「そ、そうか。ならいいのだ……」



 ヴィオレッタはどういう訳か、妙に終了時期に関して気に掛ける。

 一瞬ラトリッジへレオと共に置いて来た、イレーニスのことが気がかりなのだろうかとも思う。

 しかしどうやらそうではないらしく、むしろこのヨライア島にもう少し居たいという空気さえ感じさせた。

 任務であるとはいえ、折角二人も同世代の同性と親交が深まったためか、離れ難いという感情が沸き起こっているのかもしれない。



「ここに来てから、随分と楽しそうだね」


「私がか? 冗談じゃない、これはあくまでも団の任務だ」


「別にいいんじゃないかな、学生生活を楽しんだとしても。いい機会だ、任務も大事だけどこっちも堪能すればいいよ」



 昼間はどこか楽しげであるヴィオレッタに、ちょっとした悪戯心を起こして指摘する。

 案の定彼女はそれをすぐさま否定するが、僕には決してそれが悪い事であるとは思わなかった。

 本来であれば僕もいずれは通っていたであろう、どこかの学校での生活。それを一時とはいえ手にしたヴィオレッタに対し、役割に徹しろとは言い難い想いが否定できなかったためだ。

 いずれはまた戦場に戻る日が来る。それまで少しくらい楽しい時期を過ごしたところで、罰も当たりはしないはず。


 僕が向けた言葉を、どう受け取ったかはしらない。

 ただ彼女は僅かな沈黙を経て、無言のままで寮の部屋へと戻っていった。




 ヴィオレッタが去ったのを見送った後、僕もまた休息を摂るべく尖塔上の小部屋へと戻った。

 そこで敷いた厚布の上へと寝転がり、音声だけでの監視をエイダに頼もうとした時。彼女らの部屋でされる会話が頭へと届く。



『ヴィルネラ、どこへ行ってらしたの?』


『起きていたのか? なに、ちょっとな。腹具合が悪くて悲鳴を上げていたのだ』


『あら大変。わたくしたちは貴女が居ない間、ちょっとだけ良い思いもさせてもらいましたわよ』



 寮の部屋へと戻ったヴィオレッタへと、どういう訳か起きていたシャリアは問い掛ける。

 するとヴィオレッタはなんとも返答に困る内容を、実際に取っていた行動を誤魔化すべくあっけらかんと言い放った。

 おそらくシャリアも、彼女が庭へと出ていたのは気付いていないとは思う。ただ部屋を抜け出したのを怪訝に思い、起きて待っていただけなのだろう。



『なんだと? 私に隠れてなにをしていたのだ。大人しく白状するがいい』


『お茶……、飲んでたの。シャリアが淹れてくれたから』


『実家から持って来た茶葉がありまして。湯冷ましに浸けておくだけでいいから、こんな時間でも飲めますのよ』



 音声だけなので気付かなかったが、どうやらラナイも起きていたようだ。

 彼女は申し訳なさそうに、ヴィオレッタが留守にしていた間、シャリアと二人で茶を楽しんでいたことを告げた。

 その話を聞くなりヴィオレッタは、残念そうな様子を浮き彫りとする。



『私の分はないのか? 二人だけでなど酷いではないか』


『ふふ、断りも入れず抜け出した罰ですわ』


『なんと性格の悪い女だ。さてはわざと残さぬよう飲み干したな!?』



 悪戯っぽく告げるシャリアに噛み付きつつも、そう言うヴィオレッタの声は楽しそうだ。

 自身がからかわれているのは理解しつつも、むしろそれすら遊びの延長線上として楽しんでいる節がある。

 やはりこの三人、交友期間は短いながらも、かなり気心の知れる間柄となっているようだった。



『あら、お解りになりました?』


『当然だ。ここまでで十分理解できたぞ、実のところお前は嫌がらせを三度の食事より好み、いつも陰で笑っているに違いない!』


『だってヴィルネラの怒る顔が可笑しいんですもの。どうしても意地悪したくなりますわ』


『まったく、どういう教育を受けたらここまで性格が悪くなるのだ』


『あの、喧嘩は――』



 愉快そうに丁々発止とやり合うヴィオレッタとシャリア。そしてそんな二人をオロオロとしながらも、止めようとするラナイ。

 深夜であるというのに随分と楽しそうな三人の会話だが、僕はその音声を遮断して瞼を閉じる。

 これ以上される会話を聞くのは、エイダにでも任せてしまえばいい。

 むしろ男である自分が聞き続けるというのは、野暮というものだ。それが例え、彼女らの与り知らぬところであったとしても。







 翌日。午前の授業も全てを消化し、今は昼の休憩時間。

 食事を求め教室を出た多くの生徒たちは、ザワザワとした喧騒を纏いつつ、学院内の一角に在る食堂へと押し寄せていた。


 ただこういった場所でも、やはりローカルなルールというものは構築されていくらしい。

 食堂へと集まった生徒たちには、それぞれに毎日使う指定席と言える場所があるようだ。迷うことなく次々と目当ての場所へと座っていく。

 一方のヴィオレッタを始めとしたいつもの三人は、少ない人数ということもあってか、いつも丁度よいサイズの小振りなテーブルを使っているようであった。


 少々中年肥りを拗らせたと見られる、食堂職員の女性から料理を受け取る。

 彼女らはそのまま開け放たれた窓辺付近の、陽光が降り注ぐそこへと着席した。



『ああ、わたくしもうお腹が空いて倒れそうですわ』


『シャリアは朝食を少ししか食べなかったものね。調子でも悪かったの?』



 三人そろって席に着くなり、午前の授業中ずっと耐え難かったのか、空腹を口にするシャリア。

 この娘も最初こそお嬢様然としたナリであると思っていたのだが、今ではその本性を隠さなくなってきたようで、意外にも開けっ広げな性格を晒していた。

 口調などはそのままであるので、それがなにやら可笑しく思う時も多々あるのだが。



『少しですけど、二の腕辺りが気になっていまして。食事量を制限しようかと』


『そうは見えんが? ともあれそういう時こそ、朝は食べておいた方が良いぞ。食べる代わりに運動すればいいのだ』


『簡単に言ってくださいますわね。わたくしはヴィルネラのように、走り回るばかりが得意な野生動物ではありませんの』



 どうやらダイエットをしたがっているらしきシャリアへ、ヴィオレッタは食事だけでのそれではダメであると告げた。

 確かに彼女の言っていることは間違っていないのだが、そんな助言に対しシャリアは軽口をもって返す。



『ほう、言ってくれるものだ。温室栽培された箱入り娘というのは、身体が動かぬ代わりに口だけは達者に回るらしい』


『あら、気に障られましたの? だとすれば謝罪いたしますわ。わたくしお上品な世界しか知らないもので、これが野蛮な方の気に障る言葉だと思いもしませんでしたの』


『ふ、二人とも。ここ食堂だし後にしよ……?』



 一口だけ、皿に盛られた小魚を口につつも軽口を叩くシャリアへ、負けじとヴィオレッタも反撃を繰り出す。

 それに対しシャリアも再度攻撃を仕掛けているが、この二人は親しくなって以降ずっとこんな調子だ。

 共に仲良くなりその距離感が近いため、言葉で殴りつけ合うことでコミュニケーションを計っているらしい。

 別に本気で喧嘩している訳ではなく、互いに楽しんでやっているのだから問題はないが。


 ただ間に挟まれるラナイにとって、食事の場で行うこと自体は気にかかっているようであった。



『もぉ……、二人ともいつもこうなんだから』



 そんな二人のやり取りに呆れたのか、ラナイは小さなため息を漏らし自身も食事へと手を付けようとする。

 小さな椀に入れられたスープへとスプーンを挿し入れ、軽くすくって口へと運ぶ。

 しかし彼女が小さな口でスープを流し込もうとした時、座る席横の窓辺へと小さな来訪者が舞い降りた。


 その来訪者とは、学院の庭に住み着いていると思われる、黄色い羽をした小鳥。

 掌ほどの大きさをしたその鳥は、跳ねるようにして窓の淵を歩くと、キョロキョロ周囲を窺った後にテーブルへ置かれた料理を見下ろす。



『鳥さんも欲しいのかな?』



 突如舞い降りたその来訪者に、ラナイの食事が止まる。

 彼女は自身が口にしようとしていた食事よりも、窓辺で可愛らしく鳴く小鳥の方がよほど気にかかるらしい。

 ラナイは口に仕掛けたスプーンを置くと、皿に乗せられていたパンを手に取り、その端を小さくちぎって小鳥へと差し出す。


 その姿を見たシャリアは、ヴィオレッタとのじゃれ合いを中断して諌める言葉を向けた。



『ラナイ、行儀が悪いですわよ?』


『でもこの子、わたしたちが食べてる食事を、きっと毎日美味しそうに見てるんだよ。たまにはお裾分けしてあげないと』



 諌めるシャリアへと、ラナイは珍しく反論めいた言い訳の様な言葉を発す。

 最近三人でずっと交流を続けることによって、彼女も幾分か明るく振る舞うようになってきたためだろうか。これまであまり見せてはこなかった、屈託のない笑顔で小鳥にパンくずを差し出した。



 指先で摘ままれたそのパンを小鳥はついばみ、アッサリと平らげてしまう。

 その光景に気を良くしたためか、ラナイは笑顔を増しもう一度パンをちぎり小鳥へと差し出す。

 しかし笑顔であった表情は、直後怪訝そうな色へと染まる。



『え? ど、どうしたの?』


『なにかあったのか?』


『うん、なんだか小鳥さんの様子が……』



 困惑するラナイへとヴィオレッタが問いかけるも、される返答は要領を得ない。

 それを怪訝に思った僕は、エイダに指示し脳へと映し出された遠くの光景を拡大していく。

 拡大し小鳥へとピントが合わされると、そこに見えたのはどういう訳か、痙攣し黄色い羽をバタつかせる小鳥の姿であった。


 一瞬僕は、鳥が飲み込んだパンを詰まらせたのかと考えた。

 だがどうやらそれは、間違った認識であったようだ。何故ならば小鳥の居る窓へと向かう彼女らの背後、食堂内でも似た光景が広がり始めていたのだから。



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