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詐称の友 01

ほんのちょっとだけ百合風味。


 少し前に嫌というほど嗅いだ潮の香り。そして気にすらしなくなる程に聞いた波の音。

 それらに囲まれ、僕は波を砕き進む船の上で、風に当たりながら手摺りへもたれ掛っていた。


 早朝に港街であるベルパークを出立し、今は夕刻近く。目的地へはおおよそだが、日没過ぎには到着すると聞いた。

 ならばもうしばらくすれば、陸地が見えてくるはずだ。



「よっぽど俺の船が気に入ったみたいだな。こんな短期間でまた乗りに来るなんぞ」


「確かに気に入ったってのもあるけどね。だけど今回も私用じゃない、傭兵団の仕事だよ」



 潮風に当たり海を眺める僕へと、背後からノンビリとした声が届く。

 振り返りながら苦笑して返した先には、長身に長めな赤毛をたなびかせる軽薄そうな男が立っていた。

 彼はこの船の船長である、ジョルダーノだ。

 今回そのジョルダーノが船長を務める船へ乗船しているのは、団から下された指令により海上を移動せねばならなくなったため。

 都合良くいまだベルパークで足止めを食っていた彼に、目的地までの移送を依頼したのであった。


 そのジョルダーノは肩を竦めると、僕の隣に並んで手摺へ背を預ける。



「傭兵があんな場所に何しに行くってんだか。俺らはこの辺じゃ新参だが、それでも今から行く島のことくらいは知ってるぞ」


「悪いけど、そこいらの事情は話せないな。もしうっかり口を滑らせてしまったら、ここで武器を抜く必要に迫られるかもしれない」


「そいつはおっかねぇな。下手に聞くのは止めておくとしようか」



 冗談ではあるが若干脅しめいた言葉で返すと、ジョルダーノはカラカラと笑いながらそれ以上の質問を次ぐことはなかった。

 彼はこれが冗談であるのを理解しているようだが、それでも立場上守秘しなければならない内容があるのは承知の上なのだろう。

 実際のところ今回の任務が、そこまで秘匿性の高いものであるのかは疑わしい。ただそれでも親しいからといって話す訳にはいかないのだ。



「ま、俺としちゃ報酬を払ってくれるんなら、なんだっていいんだけどよ」


「そう言ってくれると助かるよ。……ところでまだ帰国の目途は立たないのか?」


「予算がまだまだ足りねぇ。大陸の反対側まで行くには、長期保存できる食料が相当数必要になっからよ。それに船員に関しちゃ順調に集まってるが、まだ訓練の途中だ」



 それとなくジョルダーノへ状況を問うてみると、彼は一転して渋い表情を浮かべる。

 大陸の東部、フィズラース群島を本来の拠点とする彼らは、あくまでも一時的にベルパークに滞在しているに過ぎない。

 スタウラス国の海軍にも近い役割を担うだけに、一刻も早く戻りたいというのはジョルダーノの本音なのだろう。


 だが長期間の航海であるため、それだけの期間保存に耐えるだけの食料を確保しなければならない。

 僕等もまた長旅を常とする傭兵であるため、彼の気持ちはよくわかる。そういった食糧というのは、意外にも馬鹿にならぬ値がするのだ。

 加えて謀反によって処断した船員も補充せねばならず、彼らの帰還はまだまだ先になりそうであった。



「そういった意味じゃ、お前さんたちからの依頼は渡りに船だ。金も手に入るし、新入りの訓練にも丁度いい」


「なら良かった。イレーニスもずっと気にしていたしね」


「助かってるぜ。お前さんたちが口利きしてくれたおかげで、港湾使用料なんぞが安くなったしよ」



 帰還後の僕らは、イレーニスの懇願もあって傭兵団にこの船へ便宜を図るよう頼み込んだ。

 その結果団長の一声によって港湾管理者と交渉を行い、彼らの船が接岸することによって発生する、港湾使用料は随分と下がったらしい。

 なので現在の彼らは、イェルド傭兵団の庇護下に在るも同然であった。

 本来であれば今回の依頼料を払わずとも良さそうな立場だが、そこはまた恩を売っておこうということなのだろう。




 僕等はそこから他愛もない会話をしつつ、穏やかな海を眺めていた。

 ただこの船の船長であるジョルダーノはいつまでもサボっていられないようで、なにか困りごとでもあったと思われる船員に呼ばれ、甲板後部へと戻っていく。

 そのせいで再び手持無沙汰となった僕へと、エイダはのんびりと話しかけてきた。



<また暇になってしまいましたね>


『このくらいで丁度いいんだよ。普段がトラブル続き過ぎるんだ』


<ですが行く先できっと何かが起こりますよ。アルはそういう星の下に生まれたに違いありません>


『AIが運命を信じるのか? だけど今回の任務内容を聞く限りでは、そこまで大事になりそうにはないみたいだけど』



 プログラムにあるまじき運命論を語るエイダに、僕は苦笑を禁じ得ない。

 だが彼女の予感も、今回ばかりは外れるのではないだろうか。なにせ今向かっている先は、敵地どころか戦場の近くですらなく、ましてや敵に追われての逃避行でもない。



 現在向かっているのは、同盟領西の沖へ四十kmほど行った先に浮かぶ孤島だ。

 ヨライア島と呼ばれるそこは、人口にして千人少々という比較的小規模の都市国家。

 ただそこは一応都市国家として成り立ってはいるものの、脆弱な経済力や地理的な要因もあって、同盟諸国内でもあまり発言力が強いとは言えない都市であった。


 これといった観光資源もなく、そのためわざわざ島外から行楽目的で来る人もまず居ない。

 特産と言えば島の近海で獲れる魚くらいだが、それだって他の港町で獲れるのと同じ物ばかりで、島ならではと言うには少々厳しい。


 これといって特筆した逸品名所の類もなく、その反面戦火もない島へと、傭兵である僕等がいったい何をしに行くのか。

 その答えは僕が今立っている甲板の下に在る船室で、一人ベッドへ突っ伏し悶えている人物にあった。



『ヴィオレッタはまだ嫌がっているのか……。全然外に出て来ないけど』


<アルのせいではないですか? 悪戯心を起こして過度にからかうからです>



 足元の板を越えた先に在る船室では、ヴィオレッタが一人扉に鍵をかけこもりきりとなっている。

 いったいどうしてかと言えば、彼女はこれから向かうヨライア島でとある任務に従事せねばならず、それを嫌がってのものであった。


 特筆する物が無いヨライア島ではあるが、あえて上げるとすれば一つだけ他所の都市とは異なる名物がある。

 いや名物というには、若干語弊があるだろうか。このヨライア島には他の都市ではまず見られない、若い女性のみで学業を行う全寮制の施設が存在するのだ。

 つまりは女生徒のみが通う学校であるのだが、ヴィオレッタはこれからそこに生徒として潜入し、ある人物の護衛任務へと従事することとなる。



『仕方がないだろう。あんな反応を見せられて、からかうなという方が無理がある』


<開き直らないでください。それが原因で彼女はああなっているのですから>



 堂々と言い放つ僕へと、エイダはハッキリとした語気で窘めた。

 件の学校には制服が存在し、生徒として潜入する以上はそれを着なければならない。ただそのデザインとやらが少々難物で、真っ白なジャケットに同色のスカートという出で立ちなのだ。

 しかも所々装飾的にレースがあしらわれており、随分と可愛らしい物となっているらしい。



<確かにヴィオレッタの性格を思えば、ああいった恰好が似合うとは思えませんが……>


『普段を知っている人間からすれば、笑いが堪えられないだろうな。当人も自覚しているようだけど』


<だからといって、そのイラストが描かれた紙を鞄に放り込むとは……>



 実は今回の任務を言い渡された後、その前に一度北部へ出向く機会があった。

 都市統治者や名門商家の子女が多く通う学校であるそうなので、そこで再会したエリノアとそれとなく話をしてみたのだが、彼女もまたそこの卒業生であったらしい。

 流石は北方で手広く商売をやっている商家の娘だ。


 その彼女と話をしてみると、エリノアは懐かしそうに一枚の紙を用意し、自身が着ていたであろう制服の絵を描き始めた。

 思いのほか上手に描かれる絵を見たヴィオレッタは、あまりにも自身に似合わぬデザインに赤面し、それ以降ずっと恥ずかしさに悶絶し通しだ。

 そんな彼女の姿を面白く思い、ついからかってしまうのも仕方がないと言える。……はずだ。



『一応個人個人で手直しはしていいそうだけど、ヴィオレッタは裁縫とかできたっけか』


<あまり得意ではなさそうですね。料理なども限りなく大雑把ですし、家事全般苦手なようです>


『ならあの可愛らしいデザインで、当面過ごさなきゃならないのか。当人にしてみれば、エリノアが着ていた頃と、意匠が変わってるよう祈るしかないだろうな』



 いわゆる良家の子女を預かるためであろうか、その学校はこういった面で甘やかすことはしないらしい。

 縫物をするなら自分でやらねばならず、洗濯や掃除、果ては料理なども寮の同室者単位で行わなければならないとは、そこに通っていたエリノアの言だ。

 レースを取り外そうと四苦八苦し、制服をボロボロにしてしまうヴィオレッタの姿が、今からでも見えるようだった。



 苦労する破目になるであろうヴィオレッタを想像し、彼女には悪いがクスリと笑む。

 このような身分を隠しての護衛など、本来傭兵がするような任務ではないように思えるが、これもまた良い経験なのだろう。

 あくまでも一時的とはいえ、学校に通うという僕ができなかった経験をできるのだから。



<アル、見えて来ましたよ>


『あれがそうか。それじゃ、嫌がって伏せてるお嬢さんを叩き起こしてくるとしようか』



 エイダの言葉に反応し、船首側へと視線を向ける。

 その先にはうっすらと島の輪郭が見え始めており、赤く染まり始めた太陽に照らされていた。

 ここまで来たら、いい加減ヴィオレッタにも観念してもらう必要がある。僕は下船を嫌がるであろう彼女の抵抗を予想しつつ、部屋から引っ張り出すために船内へと降りていった。







 そもそもが人口の少ない故にだろうか。ヨライア島の市街地は、都市の中心部であるにしては随分と暗がりの目立つ場所であった。

 大通りと思われる場所には、一軒か二軒の酒場らしき店舗から漏れる明りのみが差し、僅かなざわめきが漏れ聞こえる。

 人口にして千人少々といった僻地の都市では、これでも十分活気に満ちていると言えるのだろう。



「ほら、サッサと歩きなよ」


「そうは言うがな、やはりどうしても気乗りがせん。どうして私がこのような……」



 そんなヨライア島のメインストリートを歩く中、ヴィオレッタはいまだにこの任務への難色を口にしていた。

 着なければならない制服の問題もあるだろうが、それと同時に大勢の同年代女性に囲まれるという状況に怯えているように見えなくもない。

 特段社交的ではなく、どちらかと言えば暇なときは一人で槍でも振って訓練をしているような娘だ。それに彼女は物心ついた頃からずっと、男所帯な傭兵団で育ってきた。

 この任務に対し乗り気でないのは、当然と言えば当然なのかもしれない。


 なお今回は潜入しての監視や護衛という任務の特性上、レオは同行していない。

 それもそのはず、言ってしまえばいわゆる"戦闘馬鹿"であるレオが、こういった任務に適しているとは到底思えなかった。

 一方で僕はそういった適性を上に認識されているせいで、レオとは度々別行動をしている気もする。



 僕が先を行くよう促すも、ヴィオレッタは深い深いため息を衝き、消沈した様子で地面を見下ろす。

 だが直後に顔を上げると、妙案を思い付いたとばかりズカズカとこちらへ近寄り、満面の笑顔で肩を掴み小さな声で告げる。



「いっそアルが行くというのはどうだ。存外あの服も似合うやもしれんぞ」


「冗談。声やら腕の太さですぐバレるって」


「だが化粧をすれば上手く化けられるのでは!? マーカスに多少教わったと言っていたではないか」


「だからダメだって。化粧に慣れた女性が見ればすぐバレるよ。それに寮は一人部屋じゃないってエリノアさんも言ってただろう? いくらなんでも隠し通せるものじゃない」



 微かな希望を抱いたであろうヴィオレッタの言葉を、僕は躊躇することなく一蹴する。

 もしも仮に完全な変装を行え、声や外観その他がなんとかなったと仮定すれば、彼女に向いてなさそうな任務を代わるのもやぶさかではないが、実際にはそうもいくまい。

 そもそも女性の傭兵というのは絶対数が少ないうえに、彼女と同年代となれば尚のこと該当者がいないのだ。

 僕がレオと共に卒業した訓練キャンプなどには多少なりと女子も居たのだが、彼女らは傭兵となるのを挫折したり、既に負傷によって引退した者も少なくなかった。

 なのでやはりここは、ヴィオレッタになんとか頑張ってもらわねば。


 そういえば今ヴィオレッタがした提案で思い出したが、なにやら以前にも似たような状況になった記憶がある。

 あの時にはヴィオレッタが居らず、これを薦めてきたのはエイダともう一人、その時行動を共にした他国で諜報員を務める女性であった。

 その片割れであるエイダは、しれっとヴィオレッタの言葉に同意を示す。



<私も彼女の意見に賛成です。面白そうですし>


『ちょっとは本音を隠せ。そんな理由で女装してたまるか』



 またもや当時と同じく、戯言を口にするエイダを適当にあしらう。

 どうやら単純に面白そうという理由で賛同をしたようであるため、あまり本気で相手をする必要はなさそうだ。



 げんなりとした様子で、とぼとぼと通りを歩くヴィオレッタを引き連れて進む。

 彼女が学校へと入るのは明日の予定となっているので、とりあえず今夜は島内で宿を取り、しばらく続くであろう任務への英気を養うとしよう。



「ほら、いい加減覚悟を決めてくれ」


「ちゃんと見張っていてくれるのだろうな?」


「勿論だよ。任務中はこっちも監視を続けてるからさ」



 そろそろ観念させるべく、手を取り宿が在ると思われる方向へと引っ張る。

 僕はヴィオレッタを安心させるべく、彼女が望んでいるであろう言葉を選び告げると、若干ではあるが表情に明るさが差したように見えた。



「……ならば少しは我慢してやるとしよう。これも任務だ」


「その意気だよ。それではお嬢さま、早速今宵の宿へ参りましょう」



 ヴィオレッタは顔を上げ、自身へ諭すように口を開く。

 そんな彼女の肩に下げた荷物を受け取ると、良家の子女が通う学校へと入るヴィオレッタへ、若干ワザとらしい素振りで先を促した。



なろう界隈では学園編はエタの前兆なんて話もチラホラ聞こえますが。

一応まだまだネタは残ってます。

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