休めぬ日
「もう少しだけ、まけて貰えないですか? なかなか厳しくて」
「そうだねぇ……、じゃあこれだけ」
休日として設定された、ラトリッジ到着の翌日。
この日の僕は休日とは名ばかり、街中をあちこちへ動き回る破目となっていた。
言うまでもなく、その目的はこの街で住むことになる、荒れ果てた住居の修繕。
昨夜はボロボロの建物の中で、なんとか掃除だけをして毛布に包まって眠った。
しかしこれから先もそれを続けるのは如何ともし難く、最低限安全に暮らしていけるように補修を行うことになったのだ。
「もう一声! こっちの板も予備用に買いますから」
「おいおい、勘弁してくれよ。そんなに安くしちゃ利益なんて出やしない」
少々強引な値切りを行うも、材木店の店主は顔をしかめる。
やはり早々上手くはいかないものだ。
今まさに僕が値切ろうとしているのは、家を修繕するのに必要な材料。
今にも抜けそうな床であったり、腐食して風を避けられぬ木窓。
これらはすぐにでも自らの手で修繕せねば、命や健康に関わりかねない。
自分たちの手ではどうにもならぬ、専門の技術や知識が必要な個所。つまり朽ちてきた柱などの箇所は、それとは別に職人へと依頼せねばならない。
最低限は団が費用を出してくれるとは言うものの、それは本当に最低限度に過ぎない。
生活に必要な品を買いそろえるためにも、しっかり値切りをしていかねばならないのだ。
「まぁ……、おたくらの傭兵団には、毎度利用してもらってるからね」
材木商のおじさんは、酷く悩みながらも告げる。
ということは僕等のような新入りは、毎度あんなボロ屋の修理を行ってきているに違いない。
街に数少ない材木を扱う店であるだけに、新入りが来る度に相応の売り上げが見込めているようだ。
多少の値引きを引き受けてくれたのも、今後も団と良好でありたいという表れか。
「でしたらもう少し下がりませんか? これからも贔屓にしますし」
「無理無理。贔屓にしてくれるのは有り難いが、これ以上は採算が取れなくなっちまう」
冗談交じりにもうひと押ししてはみたが、やはりダメだった。
あまり必要以上に粘って機嫌を損ねても良くない。ここいらが潮時だろう。
「ではこれで、お願いします」
「毎度あり。これから一式準備すっから、揃ったら家まで送り届けてやんよ」
値引きはせぬ代わりに、搬送に関してはおまけしてくれるようだ。
補修材料の買い出しは僕一人で行っているので、このまま直接持ち帰る必要性が無いのは、正直かなり助かる。
その間他の皆がどうしているかと言えば、決してサボっているわけではない。
皆各々に振り分けた役割を果たすべく店を回っており、彼らとはこの後別の場所で合流することになっていた。
ともあれ後のことは店主に任せ、用事を済ませた僕は急ぎ合流場所として予定している店へと向かう。
まだ午前中であるとはいえ、合流後にするべきことは残っており、更に帰宅したら家の修繕もしなければならないのだ。
本当の意味での休日というものを堪能するのは、しばらく先の話になるかもしれない。
<急がれた方がよいのでは? かなり陽も高くなってきました>
『わかっているよ。休みは今日だけしかないんだから』
材木商を出た僕は、エイダの言葉へと相槌うちながらラトリッジの大通りを進む。
通りは街に住む大勢の人が行き交い、避けて歩くのが精一杯。
流石に昼時分ともなれば多くの人が活動し、都市内は人の活気によって満ち溢れる。
『……?』
<どうかされましたか?>
『いや、なんと言うか……、さっきから避けられているような』
次の目的地へと急ぎ、大通りを早足で進む最中。
僕はすれ違う人々から妙な視線を感じ、それとなく避けられているような感覚を覚えた。
道行く人々は僕をほんの僅かだけ見ると、スッと視線を外してその進路を開ける。
その視線は僕の腰に差してある、訓練生へと支給された中剣へと向けられているようであった。
武器を所持しているというのもそうだろうが、傭兵という立場が彼らに警戒感を抱かせてしまうのだろうか。
<それは当然でしょう。自己より強い存在を前にして、畏怖するのが通常の反応ではないかと>
『それはそうなんだけどな。でもそんな迷惑かけるつもりはないんだし、もうちょっと普通に接してくれると……』
<ですが騎士よりはマシでは? ここまで得た情報では、傭兵はまだ市民から受け入れられているようです。傭兵よりも騎士の方が、警戒されていると推測されますが>
エイダの慰めとも知れぬ発言ではあるが、それは決して間違った認識ではないようだった。
イェルド傭兵団の傭兵たちはある程度の教育が施されているためか、街中で狼藉を働くような愚かな者は極々僅か。
だが一般的に多くの傭兵は粗野と言われ、市民たちからは距離を置かれ易い存在ではある。
それでもその傭兵以上に嫌われる存在というのが、先ほどエイダが言った騎士という存在だ。
礼と武に重きを置き、庇護下に在る市民を護るという役目を負う騎士たち。
しかしその実態は理想と程遠く、僕等傭兵よりも遥かに市民から嫌われる存在と成り果てていた。
今も通りに何人かの騎士が姿を見せているが、そのどれもが碌なものではないと思える振る舞いをしている。
具体的には、ある者は威張り散らしながら歩き、通行人を邪魔者扱いして押しのける。
あるいは横柄な態度で商店の人間へと接し、上着の下に忍ばせた刃物をチラつかせ、強引な値切りをして怯えさせていた。
『どおりで嫌われるはずだ。値切る為にあそこまでやるかね』
<あれでは無法者と変わらないでしょう。悪人の看板を下げているだけ、野盗の方がまだマシと言えるかもしれません>
エイダは騎士たちに聞こえないのを良いことに、随分と辛辣な言葉を浴びせ掛ける。
多くの通行人たちは自分に矛先が向かぬよう、ただただ目を背け通り過ぎるばかりだった。
彼女の言うことはもっともだ。これでは確かに普通の悪党の方がマシに思えてくる。
ただ迷惑を顧みない騎士の行為に眉を顰めたくなるが、それを咎めることはできない。
地位としては明らかに向こうが上であり、僕等傭兵は騎士隊から雇用される側という立場なのだから。
僕は脅される商店の店主に心の中で謝り、仕方なしに先を急いだ。
材木商の前から数分を歩き、通りに面した一軒の店の前で立ち止まる。
開け放たれた入口から頭を覗かせた僕が中の様子を見ると、その中には三名の見知った顔が。
商品の陳列された棚を前に、談笑しながら物色する背後から近寄り、その背を軽く叩く。
「何か良いのが見つかったかい?」
「アル、そっちも終わったんだ」
振り返ったケイリーの手には、棚に置いてあった商品と思わしき一振りの武器が握られている。
見ての通り、この店は武器の類を扱う商店。
僕等が用事を済ませての集合先として指定したこの店は、傭兵団と取引関係にある、いわば傭兵御用達とも言える店だった。
<これはまた、随分と多くの種類があるものですね>
『そりゃあね。基本的にはここで多くが揃うらしいし』
店内を見渡すと、そこに有るのは壁一面に杭を打ちつけ掛けられた武器の数々。
剣に始まり、槍や斧、弓。あるいは投擲武器の類が所狭しと並ぶ。
今はまだ訓練中に支給された、使い古しの中剣しか持たぬ僕等。
いつ戦場に立つかは未定ではあるが、流石にこの装備のままという訳にも行かない。
なので団からの支給品扱いとなるこの店で、好きな武器と防具を選んで良いとヘイゼルさんに伝えられていた。
もちろん高価な品はその対象外であり、比較的安価な普及品のみという縛りはあるけれども。
「で、アルは何を買うか決めてるの?」
「いや……、まだだよ。でもこれだけあると、流石に目移りしそうだな」
ソワソワとした様子のケイリーは、僕の顔を覗き込みながら答えを急かす。
だが言った通り、無数にある武器の中で、どれを選ぶかなどまだ決まってやしない。
『一本だけらしいしな。慎重に選ばないと』
<二本目以降は自腹でしたか。なら限度の範囲内で、可能な限り高いのを選んでしまえばいいのでは>
『と言ってもな。使う武器の系統も決まっていないんじゃ……』
普及品に限定されるとはいえ、それにしたところで決して安い代物ではない。
街に入った時点でエイブラム教官から預かった予算など、比較的安価な短剣の一本も買えばアッサリと吹き飛んでしまう。
なので普及品という縛りがあるとはいえ、自身の財布から費用を出さずに済むというのは救いと言える。
後から別のを欲しいとなっても、そこからは自腹を切らねばならないのだ。
後悔しないよう、しっかりと吟味しなければ。
「ボクらはそれぞれ得意な武器を選ぶことにしました。防具の方はあまり選択肢がないので、基本の硬革製の鎧を」
マーカスが小さく掲げて見せたのは、比較的大振りな複合材の弓。
そういえば彼は訓練キャンプでも、弓の腕前を高く評価されていた。
高い身長から大型の武器でも持ってそうな印象を受けるが、やはり自身の適性に合った装備を選んだようだ。
「あたし達は剣ね。といってもあたしは中剣、レオは大剣だけど」
ケイリーは抱えていた若干細身な中剣を、嬉しそうに掲げて告げる。
二人を見てみると、その持つ武器のサイズは大きく違う。
小柄で俊敏なケイリーが持つのは、切れ味が落ちる代わりに突きへと主体とした取り回し易い中剣を。
一方それなりに体格が恵まれ、相変わらず謎の怪力を持つレオは、自身の身長ほどもある巨大ながらも比較的安価な大剣。
共にマーカスと同様に硬革鎧を身に纏ってはいるが、その受ける印象は正反対だ。
「皆なかなか様になってるじゃないか」
「そりゃそうよ、伊達に何年も訓練を受けてきたわけじゃないもの。それよりも早く選んじゃいなよ」
さあ選べとばかりに、ケイリーは大仰に腕を振って棚を指し示す。
一応刃物が並んでる店なので、あまり危ない素振りはやめてもらいたいのだが。
「そうだな……。やっぱり、僕も中剣だろうか」
僕は促され棚の前へと立つと、端から端までをざっと見渡し、取扱いの容易そうな中剣を探した。
基本的にあまり長物が得意な方ではないので、取り回し易い短い得物が好ましい。
可能ならば、少々無茶な扱いをしても問題ない物が理想。
能力を強化した状態の筋力でも、持ちこたえる強度があるならば、多少切れ味が悪くてもいい。
何よりもまず第一に強度。切れ味や意匠は二の次だ。
少しだけ悩んだ末に僕が棚の隅から見つけたのは、これといった装飾もない無骨な一本であった。
握り手部分が少しだけ長めに作られたそれは、中剣と言うには若干短く、中剣にしては随分と重量のある代物だ。
「兄ちゃん、そいつが気に入ったのか?」
珍妙なその武器が気になって眺めていると、ヒョッコリと顔を出した武具店の店主から声がかかる。
見るからに埃をかぶったこれに目を付けたのが珍しいのだろうか、僕と手にした武器を交互に見ながら、怪訝そうな様子を見せていた。
「気に入ったと言いますか、ちょっと珍しい武器だと思いまして」
「そいつは鍛冶師連中が遊び半分で作ったもんでな、強度に関してのみ言えば折り紙つきだが、切れ味が悪いせいで扱い辛いぞ」
店主が口にした説明に、僕はこれだと確信する。
なんとも僕にとって好都合な武器が現れたものだ。
ズッシリと重いため、普段腰に下げて行動するのは少々億劫ではあるが、戦闘時には気にならないはず。
店主の言によると、一応店に並べてはみたものの、いつまで経っても売れずに困っていたとのことだ。
「そいつなら請求する額も安くしとくぞ。鋳潰すのも気が引けるし、持っていってくれるなら助かるんだが」
「ではお言葉に甘えて。防具は……、皆と同じ物をお願いします」
半ば不良在庫を押し付けられた形にはなったが、むしろ丁度僕の用途に合う物が見つかったようだ。
周りで皆は僕の選んだ武器に対して怪訝そうな顔をしているが、逆の立場だとその気持ちもわからなくはない。
ただ切れ味が一切ないという訳ではなさそうなので、棍棒のような使い方をせずに済みそうではあるが。
「さあ、それじゃ帰ってから続きをしようか。そろそろ材料が届く頃だろうし」
店から出た僕は、後ろを振り返り冗談めかしてニタリとした笑みを浮かべて告げる。
修繕の資材を買って、装備品を選んで、今日はそれで終わりという訳にはいかない。
この後で帰宅してから、住む環境を整えるための補修作業が待っているのだ。
案の定、皆は少々苦笑いを浮かべ、帰宅してから待つ作業の数々にうんざりしている様子だった。
「ねぇ、それどうしてもあたし達でやんなきゃダメなわけ? 全部専門の人に任せちゃいたいんだけど……」
「団から支給される費用は最低限のものだからね。人を雇おうと思ったら、どうしても自腹を切らないといけない。柱とかの重要な部分は費用を持ってくれるみたいだけど」
中でも最も面倒臭がっているのがケイリーか。
丁寧な作業が苦手であるようなので、抜けた床を直すのも上から板を打ち付けておしまいとしてしまいかねない。
随分と失礼な想像ではあるが。
「直さないと、雨が入る」
不意に横から聞こえた声に振り向くと、レオが珍しく意見らしい意見を述べていたところだった。
彼はあまりこういった状況で話に入ってくるタイプではないのだが、流石に家を直す必要性ばかりは感じていたようだ。
レオの言う通り、天井や屋根もボロボロであるため、雨が降れば確実に雨漏りをしてしまう。
今の時期はあまり雨も降らないようだが、寒さを感じる季節となる前に、対処しておくに越したことはない。
「ケイリーも床に寝るのは耐えられても、雨漏りの中は嫌だろう?」
「わかったわよ……、やればいいんでしょ」
「そうそう、面倒だけど今やっておかないと後で大変だからさ」
渋々ではあるが了解を示すケイリー。
個人の適性というものはあるだろうが、ここは彼女にも我慢して作業に協力してもらわなければ。
協調や協力といった要素は、チームを維持していくのに必要だ。
僕等はこの先、場合によっては生死すらも共にする仲間となっていくのだから。
未だ姿を現さぬ正ヒロイン……。