取捨 05
「次に、今頃ヤツは再開発地区の路地へと逃げ込んでいるのではないかと。南には監視の目がありますので」
「了解した。その次は」
「路地北側と西の出口。ここへ人を配置してください。東側へ誘導します」
団長のお墨付きを得た僕が示す方向へと、団員たちは連絡を取り合い警戒網を動かしていく。
高空から監視する限り、市街に複数配置された傭兵たちの姿を見た犯人は、逃れるために人の居ない方居ない方へと逃げていった。
それを確認すると同時に、地図上の駒を左へ右へ。逃走経路として潰していった地域を布で覆っていき、地図の上で東方西走する駒は次第に行き場を失っていく。
「大通りには人を配置していますか?」
「ああ。人手が足りないから二人程度だが、通る連中に目を光らせているはずだ。大体この辺りか」
「わかりました。ならば次にここへ入り込むと思われますので、そのまま進ませましょう」
もたらされた情報を反芻し、伝令の仲介を担ってくれている中年の傭兵へと問う。
すると彼は訝しむこともなく、すぐさま必要とされる内容を返してくれた。
多少は部下と呼べそうな人員を得たとはいえ、まだまだ僕は傭兵となって二年かそこらしか経過していない。
熟達の傭兵たちにとっては、まだヒヨッコ同然な存在と言ってもいいだろう。
それでもこちらの言葉を無視せず聞いてくれるのは、団長の指示で行動の予測を行っているという点と、ひとえにジェナの子を取り戻そうという彼らの意志によるところだ。
自身が偉くなったと勘違いしていては、すぐに足元を掬われることだろう。
「最終的にはこの地点に誘い込めるはずです。五人程度でいいので、ここへ誰か人を遣りたいと思うのですが」
「ならロッキアたちが近くに居るはずだ。あいつらなら冷静に捕縛できるだろうし、きっと適任だ。おい、伝令に走ってこい!」
顎髭を蓄えた中年の傭兵は、僕が地図上で示す場所を確認。すぐさま伝令に団員を走らせる。
若造がした予測であるというのに、変に意地を張って難色を示したりしない辺り、非常にありがたい。
誘導を行う目的地は、路地裏の一角にひっそりと佇む小さな公園。
ここであれば少々暴れられたところで、街の人たちにも被害は出ないだろう。それに隙を見て子供を奪い返すため、隠れる場所に不自由しない。
ただエイダは場所そのものには難色を示さないものの、道中に関しては不安が残るようであった。
<ですがそこに至るまでに、別の人質を取られる可能性があるのでは?>
『大丈夫だろう。これだけの騒ぎになってるんだ、ほとんどの人は警戒して家に篭ってるはずだ』
都市の住人たちは騒動を察知しているせいか、見た限り鍵をかけ屋内から出てくる様子はない。
こういった時勢、無用な厄介毎に巻き込まれぬよう身を守るというのは、最低限持ち合わせている能力の一つであるためだ。
犯人は逃げながら隠れられる場所を探しているのだろうが、なかなかそうもいかないはずだ。
見れば案の定、ヤツは時折道の上で立ち止まっては、扉を開けようと四苦八苦している様子が見て取れた。
その後も時折入ってくる情報に沿い、若干の修正を加えつつ指示をしていく。
晒したままでは目立つためだろうか、上から見る限り逃げる犯人は、子供を布で覆い荷物のように抱え走っている。
早く助け出してやらねば、子供の体力ではもたないだろう。
「そろそろ追い込んだ頃だな。行くのか?」
囲い込みに成功し、予定していた小さな公園への誘導に成功。犯人は包囲網の中へと飛び込み、今にも確保される寸前といった状況になっていた。
そこでここまで沈黙を保っていた団長は、若干悪戯っぽい笑みを浮かべて問う。
「……折角の捕り物ですから見たいのは山々ですが、向かった人たちに任せます。直接出向く必要はないかなと」
「それでいい。任せる場面は任せてやる方が、使った相手に対し心証は良いからな。最後に美味しい所だけ持っていっては不満も出る」
向けられた質問に対し僕が首を横へ振り答えると、団長は満足気に頷きつつ肯定する。どうやら団長の望むだけの答えを返せたようだ。
確かに追い立てた彼らの心情をおもんばかれば、あくまで指示通りに動いていたとはいえ、自らが苦労して走り回り追い込んだ犯人。
それを捕まえるという肝心な場面を持っていかれれば、あまり気分の良いものではないかもしれない。
少なくとも肩透かしくらいは食らうだろうし、追々の評価を考えれば、彼らに任せておく方が得であると団長は言いたいようであった。
「では後は吉報を待つばかりだな。我々はゆっくりしていようではないか」
「了解です。捕まえた賊はどうされますか?」
「そっちは騎士隊に突き出す前に、適当に痛めつけておけばいい。捕まえた連中にでも任せておけ」
団長はそう言い残すと、自身の役目は終わったとばかり、手を振りつつ駄馬の安息小屋を跡にした。
カウンター向こうへと立つヘイゼルさんが、そんな団長に対しやれやれと首を振るのが見える。
去っていった団長を見送ると、僕はとりあえず卓の前で立ったまま、黙って完了の報告が来るのを待つ。
衛星からの映像を見る限り、既に包囲されていると判断した賊は、跪き赤子を置いて投降しているようだ。
とりあえずは無事終わったようで、一安心といったところだろうか。
終わったので目の前の地図を片付け始めていいとは思うが、一応は直の報告を聞かなければなるまい。
その報告を待つ間、チラリと横目でホール隅に座るジェナを見やる。
彼女は先ほどから胸元へと手を当て、ブツブツと小声で何かを一心不乱に唱えているようであった。
あまり信心深さとは無縁な同盟領の住人ではあるが、こういった場合には神にでもすがりたいのであろうか。
「アル、無事終わったぞ」
そんなジェナを見ていると、背後の入り口から傭兵が一人飛び込んでくる。
彼は笑みを浮かべて近寄ると、当然と言わんかの如く無事の救出と捕縛が完了した旨を告げた。
「すみません、ご苦労様でした。子供はここへ連れて来て頂けませんか」
「おう。賊はどうする?」
「そっちは程ほどに痛めつけるようにと団長が」
僕は報告を持って来た団員へと、団長の指示を伝える。
彼は笑いながら頷いて了承し、それらを果たすべく捕縛した小さな公園へと意気揚々と向かっていった。
そこでふと再度ジェナへ振り返る。彼女も無事な保護をしたという報を聞いたはずであり、どういった反応をするのかが気になったためだ。
見れば彼女は先ほどまでは見せていなかった、呆けたような表情で足を崩して床へ座っていた。
だが思考を止めているというよりは、心配の種が失せたことで気が抜けたと表すべきか。安堵の表情を浮かべているようにも見える。
それが母親としての安堵感であるのか、似た境遇となった同類に対してなのか。それはわからない。
そんなジェナへ近寄り、軽く肩へと手を触れ問う。すると彼女はこちらを見上げ、淡く頬を緩めた。
「迎えに行きますか?」
「……いいえ。私はこのまま帰ります、会わす顔がありませんから」
ジェナへと若干の期待を込めて問うたのだが、彼女はフラリと立ち上がると、自身のスカートを軽くはたいて誇りを落としつつそう告げた。
どうやら助けられた子を迎えに行くどころか、連れ帰るのを待たずこの場から立ち去ろうという気であるようだ。
「それに今更母親面もできません。これまでずっと疎んでいたのですし」
「自分の子にそこまで気にしなくてもいいのでは?」
「そうもいきませんよ。正直会い辛いですので……」
ジェナは居た堪れない感情が強いのか、ここで子供と顔を合わすのを良しとしていなかった。
ここまでの接し方そのものが、自身の責任を放棄していたも同然であると思ったのかもしれない。実際彼女にそういった責はないとしても。
それだけを言い残し、足早に駄馬の安息小屋を跡にしようとするジェナ。
だがその背へと、静かに語りかけるような声がホール内へと響いた。
「ジェナ。せめてここで迎えて、ちゃんと抱き上げてやりな」
ジェナへとそう告げたのは、ここまで沈黙を保っていたヘイゼルさんだ。
彼女はバーカウンターの奥で、土産として渡した茶を淹れつつ、ジッと背を向けるジェナを凝視する。
一見して鋭くも思える視線と口調であったが、その声色から漂う雰囲気は穏やかなものであった。
「ですが私は……」
「あんたがここから先、あの子をどうするかは勝手にすればいい。引き取るにせよどこかに預けるにせよ、決める権利がある。でも助かった子を最初にあやしてやるのは、あんたの義務だよ」
ヘイゼルさんはただひたすら静かに、どこか諭すような空気でジェナへと語りかけた。
あくまでもジェナに選択権があるというのを強調しつつ、自身の役割から逃げぬように。
そんなヘイゼルさんの言葉を、振り返ったジェナは言葉無く聞き続ける。僅かに伏し目がちとなりながらも。
「それと……。ちゃんと名前だけは付けてやりな、いつまでも子供に名前が無いんじゃ可哀想だろう。それにこれもまた、あんたの権利だ」
カウンター奥に立つヘイゼルさんが、穏やかに告げた言葉。それを聞いたジェナの瞳が揺らぐのが、横に立つ僕の目にもしっかりと見えた。
名を付けるのは義務ではなく、権利であると。それはジェナにとって、琴線に響くものがあったのだろう。
しばしジェナは考え込んでいる様子で、下を向きつつその場で立ち止まる。
ヘイゼルさんもこれ以上の言葉はないのか口を開かず、ホール内は沈黙が流れ若干居心地の悪さすら感じられた。
だがそうしていると、次第に外がガヤガヤと騒がしくなっていき、複数の男たちが発する声が近付いてくるのに気付く。
揚々と発せられる様子から察するに、これは賊を捕まえた団員たちが、上機嫌で戻ってきたのだろう。
「おお、ジェナ。お前さんの子は元気だぞ!」
駄馬の安息小屋へと入ってきた男たちは、捕まえた男を縛るロープを強引に引きつつズカズカとジェナへ歩み寄る。
その先頭に立つ男が粗忽な表情をニカリと笑ませると、その手に持たれた黒い布を彼女へと押し付けた。
見ればその布の中には小さな赤子が居り、ここまでの騒動など意に介さないように、柔らかな表情をし暢気に眠っていた。
「ほれ、抱いてやれ」
「ですが私は……」
「いいから、きっと寂しがっていたろうよ」
彼らはその手に抱き抱えた子を、ジェナに渡そうとする。
全員がここまでジェナが苦悩していたことを知っているであろうに、それでも笑顔でそうするのは、ただ歓喜による勢いなのだろうか。
ただその行動は、特段問題となるものとはならなかったようだ。
半ば無理やり子供を押し付けられたジェナは、抱いた手を離すこともなく、腕の中で眠り続ける子供をジッと見続けていた。
その表情からは、これまでのように困惑や動揺といった色は見られず、むしろ視線の先へ好奇心すら抱いていそうな気配すら感じさせる。
「そんじゃ、俺らはこいつを騎士隊の詰所に放り込んで来っからよ。後は頼んだぜアル」
「オラ、さっさと立って歩け」
彼らはジェナに子供を押し付けたかと思うと、僕に後のフォローを押し付け、捕まえた男を蹴飛ばしつつ出ていった。
その際に少しだけこちらを振り返り、意味深なニヤリとした表情と手振りを行う。
どうやらこれは、彼らなりに気を使った結果の行動であったようだ。普段は女性に対する気遣いなどとは無縁な、粗忽なばかりの人たちであるというのに。
「……かわいい」
そんな傭兵たちを苦笑して見送っていると、ふと隣のジェナから小さく言葉が漏れるのが聞こえる。
振り向いてみれば、彼女は腕に抱いた子供の頬を軽くつつきながら、潤んだ目でジッと見降ろしていた。
「初めて、少しだけそう思えました」
「そうですか。それは……、良かった」
子供を見つめ続けるジェナの背へと触れ、柔らかく押してカウンターの前へと誘導する。
そこまで連れて行くと、傭兵団の幹部たちが指定席とする椅子の一つへと座らせた。
ヘイゼルさんへと目線だけで確認すると、彼女は満足気に口元を綻ばせて頷く。
僕もまたジェナの隣、時折席を借りているデクスター隊長の椅子へと腰かけると、カウンターの上にはヘイゼルさんが淹れてくれた茶が三つ並ぶ。
その一つを手に取り、優しく子供の頭を撫でるジェナの姿を眺めながら、一口だけ口へと含んだ。
<味の感想は?>
『……悪くない。ちょっとだけ花の香りがする』
花やハーブが混ぜられているであろう茶を飲むと、突然質問を投げかけるエイダへと返す。
やはりエリノアがくれたのは、相当に高価な品であったのだろう。甘くも爽やかな香りが鼻を抜け、固まった緊張をほぐしてくれるかのようだ。
甘い茶は好みではないが、そのどこか優しい香りがするそれは、我が子を抱くジェナの姿に、似合わなくもないと思えるものであった。




