取捨 04
バタバタと走り回り、忙しそうに卓を運ぶ男。酒場入口へと駆け込み、大きな声で報告を行う傭兵たち。
そして酒場奥で竈を使い、ひとときの休息を摂りに戻った傭兵へと、料理や茶を用意する近隣住民の女性たち。
傭兵団保有の酒場である駄馬の安息小屋は、この夜、鉄火場の如き喧騒に包まれていた。
ホール中央へと集められた卓上には、複数枚を縫い合わせて作られたと思われる、皮紙製の大きな布が広げられる。
その大きな布へとへと描かれているのは、この都市ラトリッジ市街を真上から俯瞰した地図だ。
いったいどこからこんな物をと思いはするが、この緊急時に誰かしらが役所からでも借りてきたのかもしれない。
「報告を」
その正面。地図を見渡せる位置に陣取った団長は、集まった何人もの傭兵たちへ報告を求める。
彼らはヘイゼルさんの号令によって、宿舎から集められた団員たちだ。
突如集められたというのに皆一様に締まった表情をしており、夜に叩き起こされたにしては眠そうな様子は微塵も見られない。
全員負傷などによって一時戦線を離れ、長期の休暇を摂っている者たちだが、こういった場面ではすかさず戦士の顔へと戻るようだ。
「現在都市外周部より、順次捜索を行っています。住民たちにも可能な限り協力の要請をしました」
「北西地区の第二、第四区画は確認が取れました。ここは除外していいようです」
「東部地区第六区画ですが、こちらは廃屋が多いため捜索が難航しています。人手が若干名欲しいですね」
報告をするよう告げた団長の求めに従い、集まった数人の団員は各々得た状況を知らせる。
それを聞く団長は軽く頷き、眼前に置かれた大きな地図を見やり、顎へ手を当てて思考を巡らせていく。
これからどういった指示をするか、思案しているのだろう。
「ご苦労。引き続き同様の手順で包囲を狭めて炙り出してやれ。人手が足りないようであれば、最近入った新米連中を連れて行け。そろそろこっちへ向かっているはずだ」
だがとりあえずは、今のまま行うのが最善と判断したようだ。
現状を維持するよう告げると、集った団員たちは了解しその場を解散して街中へと散っていった。
その散らばった人たちを尻目に、僕は別の卓へと置かれた適当なサイズの布を、地図の上へと被せ捜索を済ませたエリアを除外していく。
直接そのまま地図を塗りつぶせれば楽なのだが、借りものであるためそうもいくまい。
現状指揮をする団長を除けば、酒場内に残っている団員はヘイゼルさんを含め四人かそこら。
あとは捜索行動に協力してくれている、近隣の住民たちが数名といったところだろうか。
同じ隊である皆は、街中へと散らばり捜索に参加している。一方の僕はと言えば、いざという時の連絡係としてここで待機するよう指示されていた。
上からはエイダが監視を行ってくれているが、犯人は屋外に出ていないせいか、これといった報告も無い。そのためすることがなく、僕は若干の暇を持て余していた。
<それにしても、随分と大掛かりな捕り物になっていますね>
『傭兵団としての面子がかかっているからな。この業界侮られたら転落するのは早そうだ』
上からの監視を継続しつつ、エイダは街中で行われている大規模な捜索の感想を漏らす。
確かに最初想像していたよりもずっと大々的であり、少々意外に思うというのも当然なのだろう。
だが今回は団の関係者宅が襲われ、保護下にある乳児が攫われたのだ。傭兵団としては面子の問題もあって、是が非でも探し出さねばならない。
武を商品とする傭兵であるだけに、侮られれば依頼も減るし所属しようという人員も減りかねない。傭兵稼業にとって外からの評価というのは、死活問題になりかねないのだ。
『当然だけど、みんなジェナの子供が心配であるってのもあるはずだけど』
<それはそうでしょう。で、その当人はどうしているのですか?>
ふとエイダが向けた言葉に反応し、酒場内を見回してジェナの姿を探す。
このような状況であるからこそ、家で大人しくしているということはあるまい。
ホール内を見回してみれば、彼女はカウンターのすぐ横、床の上で膝を抱えるようにして座っていた。
ジェナの様子を確かめようと近寄るも、彼女は何かを考え込むようにジッと床を眺めるばかり。
ただ意外なことに、ジェナの目はしっかりと正気を保っているようであり、思考を停止しているどころか存外平静であるように見えた。
「どうしましたか?」
今は急ぐ役割の無かった僕は、ジェナの横へと座り訪ねる。
すると彼女はこの時点でようやく僕の存在へ気付いたのか、若干驚いたような仕草を見せ、次いで困ったように目を伏せた。
「いえ……、なんでもないんです」
「こんな時です、何もないなんてことはありませんよ。独り言であっても吐き出した方が楽ですよ」
なにがしかの思考を行っていたであろうジェナは、問いかけるも言い辛いのか口をつぐむ。
だが一人で堂々巡りしていては解決するものもすまい。そう思い半ば無理にでも、思いの丈を吐き出させようと促した。
その結果ジェナが若干の躊躇を経て口にしたのは、子供が攫われたと聞いた時に心配や恐れと同時に、安堵にも似た感情が過ってしまったというものであった。
「仕方ないんじゃないですか。そうなった事情が事情だけに」
「いえ、最低ですよ。自分が産んだ子供だっていうのに」
彼女はそう言い、自身の膝へと頭を埋める。
どうやらそういった想いを抱いたことにより、自己嫌悪の海へと沈もうとしているようだ。
これまで本音では疎ましく思っていたとはいえ、子供が攫われた時点でそれを安堵してしまったというのは、当人にとって酷くショックであったに違いない。
そういった立場になった経験はないが、自身を酷く薄情なものに思えてしまうという点で、ある程度は理解ができる。
それが望まぬ末とはいえ、自身で生んだ子に対してであれば、尚更なのだろう。
だが僕はどうにも、彼女がそれ以外のものも同時に抱えたように思えてならない。
なぜなら彼女の表情には、安堵感とは別の感情らしきものが見え隠れしているように思えたからだ。
「本当にそれだけですか? 思ったことは。ちょっとだけですけど、吹っ切れたものがあるのでは?」
「……多少、今までとは違う見方を出来るようには。我が子としてはまだですが、あの子を同類としてなら」
ジェナへとその真意を問うてみると、彼女は思いのほかアッサリと自身の心情を吐露した。
同類、というのはおそらく、同じように攫われた者という意味であろう。
ジェナは攫われた我が子に対し、悪党に攫われたという似た境遇の相手として、同情や親近感という形で近しく感じられたのかもしれない。
彼女自身、そのような感情を可笑しく思っているようではあるが。
<多少……、改善されたのでしょうか?>
『さあね。毛嫌いするよりはマシだろうけど』
その話を密かに聞いていたエイダが、ジェナが発した言葉に対しての疑問を投げかけるも、僕にはまだ彼女が吹っ切れたとは思えなかった。
多少は近しく感じられるようになったとはいえ、これでジェナと子供の間に真っ当な関係が構築されたとは思えない。
なにせ当時の婚約者のもとから、自身を攫った憎い相手によって宿された子であるが故に、早々受け入れるのは容易くはないだろう。
ただ若干の希望を持って言えることは、今後あの子供を自ら遠ざける真似はしないのではないかということだった。
明確な根拠などないが、そう思え始めてはいた。
だが本当にそうなってくれるかどうかは、子供が無事戻って来てから心配すればいいことだ。
ジェナの話を聞き終えた僕は立ち上がり、無理をせぬよう告げてから地図の置かれた卓の前へと戻った。
彼女の話を聞いていた間には、これといって報告に戻る者もなく、当然地図上も新たに確認を終えて埋められた箇所は見られない。
しかし街の中における捜索は進んでいるはずで、徐々にではあるが攫った輩を追いこんでいるのは間違いなかった。
そのように考えていると、丁度一人の団員が報告をしに戻ってくる。
「失礼します。南地区の一から五区画は捜索が完了しました。ですが今のところ、それらしい姿は発見できていません」
「ご苦労。引き続き残りも手分けして捜索を続けろ」
彼が告げた内容に従い、僕は置かれた布を大きな地図上へと置き、告げられた箇所を潰していく。
これでラトリッジ市街の二割程度が埋まっただろうか。これだけでも随分と狭まったはずであり、犯人が察しの良い奴であれば、とっくに逃げ場がなくなっているのに気付いているはずだ。
だが逆に言えば、この状況に悲観して自棄になられるのが一番困る。
観念して投降してくるのであればいいが、そこを考えれば追い詰めすぎるというのも考え物かもしれない。
ここから一体どうするのだろう、と考え団長の方を横目で見やる。
すると団長は続いて報告に戻ってきた団員の話を聞きながら、僕へと目を合わせると意味あり気な様子で、チラリと上へと視線を向けた。
おそらくだが団長が言わんとしているのは、上空からの情報は何かないかというところだろう。
『どうだ、それらしい姿はないか?』
<今のところはなにも。かなり警戒しているのでしょう、外に出てきた様子はありません>
団長自身も僕同様に衛星を所持しているのだから、自分でやればいいだろうにと考えはしたものの、指示を受けたのだから仕方がない。
監視を強化するようエイダへと働きかける。
するとエイダは淡々と変わりないと答え、現状上からの監視では効果が得られていないことを示した。
しかし現状変わりないことを告げた直後。
エイダは何かを発見したようで、若干早口となり報告を続ける。
<いえ、ちょっと待ってください。西地区の第五区画、なにか荷を抱えて出てきた人影があります>
『どれだ、映像を映してくれ』
突如怪しい人影を見つけたというエイダの言葉に、すぐさまその光景を寄越すよう指示する。
直後に自身の脳へと、現在捉えているであろう高空からの映像が投影され、該当地域を走る黒い点が見えた。
映像はどんどんと拡大されていき、画像処理を経てその姿はより鮮明となる。
黒い外套をスッポリと被り、腕には布に包まれた何かを抱えている。そう、丁度赤子くらいの大きさだろうか。
不審な姿を確認するなり、僕は団長へと顔を向けると、団長の方はそれで大よそを悟ったようで、微かに頷いて再び地図を凝視し始めた。
だが実際それらしい姿を見つけたとしても、今のところこちらは行動を起こしようがない。なにせそういった情報が団員たちから入っていないのだから、本来であれば知りようがないためだ。
なので今は歯痒いことに、上からの監視を継続するしか手はない。
だが子供が攫われてしまった点を除けば、今日は随分と運が向いているようだ。
しばし上から監視を続けていると、その人影が何かから逃げるように、所々で物陰に隠れるような行動を採り始めた。
団員の誰かが追いかけているのだろうかと思っていると、駄馬の安息小屋入口へと、息せき切って団員の一人が飛び込んでくる。
「団長、西地区でそれらしい人影を発見しました!」
「西か。どの辺りだ?」
「第四から第五区画近辺です。現在数名が追跡しています」
やはりあの人影は、追跡する団員たちから逃げるための行動であったようだ。
大まかにその外見を知らせる団員の言葉と照らし合わせても、つい先ほどエイダが見つけた黒ずくめの人物と同じであるのは間違いないだろう。
これは好都合だ。丁度よいタイミングで、追い立てる為の好機を得たのだから。
僕はその好機を逃すまいと、団長へと次なる指示を求めるために見やる。
場所が判明した以上、すぐさま捕らえるための方策を指示すると考えたためだ。
しかしどういう訳だろうか、団長はフッと意味深な笑みを浮かべると、こちらへ手招きし卓上の地図を軽く叩く。
「奴が次に取る行動だが、君はどう見る」
「え……、僕ですか?」
団長は眼前の地図を指し、いつの間に用意したのかゲーム用の物と思われる駒をそこへ置く。
それは赤子を連れて逃げる犯人を示した物であるのは間違いなく、地図上でこの駒を動かし、次なる行動を予測しろというものであった。
だがただ素直に行動を予測しろというのではあるまい。
団長の意図するところとしては、高空の衛星により情報を収集し、それを元に行動予測という名の報告を行えということに他ならなかった。
どうして自らそれをしないのだろうかと、僕はただ困惑するばかり。
だがとりあえずはと卓の前へ歩み寄ったところで、団長は衛星を介した通信を開き、思考同士での直接的な会話を求めてきた。
『君が指示をしたまえ。団員たちに認めてもらう良い機会だ』
『ですが団長を差し置いて……』
『折角お膳立てしたのだから、上手く活用してもらいたいものだな。評価を上げる切欠としては、絶好の場面だと思うが』
飄々と言い放つ団長。その言葉に僕は、なにやら不穏なものを感じずにはいられない。
決してジェナの子が攫われた時点からであるとまでは思わないが、もしや団長はこういった状況になるよう、団員たちを動員し大々的な捜索を行わせたのではないかと。
いくら僕へと自身の娘をあてがい、将来的な団長候補云々という話があるとはいえ、もしそうであればさすがにやり過ぎではないかと思わなくはない。
『いいからやりたまえ。これは命令と取って貰っていい』
「……わかりました。ではなるべく自然に見えるように」
この間わずか数秒のものであったが、団長とのやり取りによって、僕が案を出すような形を取らされる。
報告に来た団員たちがする若干怪訝そうな視線を受けつつ、渋々と置かれた大きな地図の正面へと立つ。
そこで駒を手に取り、再度脳へ上空からの画像を投影しつつ、犯人が逃げようとしている方向へと駒を動かした。




