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ライフ・サテライト 05


 どうにも様子がおかしい。

 衛星打ち上げ後の航宙船から離れ、荷車を預けた町への帰途の最中。僕はいいようもなく嫌な予感を感じていた。


 自身の体調がおかしい訳でもなく、かといって話しかけたエイダから返ってくる反応にも変わりはない。

 対象は今立つこの場所。フラウレート大森林そのものに対してであり、周辺一帯に漂う空気に関してだ。



<どうかしましたか?>


「いや、ちょっとおかしな空気だと思って。周辺に異常はないか?」


<今のところはなにも。これといって脅威となる兆候は見られません>



 確認を行うも、どうやら衛星からの画像上は異常なしとの回答。

 だが先ほどから肌がヒリつくような、なんとも言い難い落ち着かなさを感じてしまう。

 明確に言語化できるような根拠はない。それはいわば第六感と言っていい、直感に基づくものだ。



「警戒を続けてくれ。どうにも嫌な予感がする」


<予感、などというものは信じがたいですが、とりあえずは了解しました>



 周囲の索敵を指示する僕へと、エイダは難色を示しつつも一応は了承してくれる。

 いかな人間味が溢れてきたエイダとはいえ、流石にこの辺りの感覚ばかりは理解してくれない。

 だが実際僕はザワつくような感覚を覚えているし、過去にはこういった予感が的中した例もあるのだ。



 その後は戻る時間が遅れるのを承知の上で、歩を進める速度を落としてでも、警戒を重視し森の中を歩き続けた。

 小川を越え、石灰質の岩場を越え、沼地のような場所を迂回し進む。


 そうするうちに森の中でも比較的地面の乾いた、歩きやすい場所へと差し掛かる。

 確かここいらは行きがけに、得体の知れぬ巨大な動物と遭遇した辺りではなかったか。

 ふとそのようなことを思い出した途端、僕は自身の背が激しく粟立つような感覚を覚えた。



<警告。七時方向に急接近する反応を感知>


「昨日のヤツか!?」


<おそらくは。周辺の木を薙ぎ倒しながら接近しています>



 直後エイダからは、接近する生物の報告が。

 先ほどから感じ続けていた嫌な予感の正体がコイツかはわからない。だがやはり案の定、ここで接近してくるのは道中遭遇したのと同じであるようだった。


 接近するという方向へと身体を向ける。

 そちらから視線を外さぬままで飛び退り、周囲で一番太い大木へと寄って、その陰へと身体を半分隠して凝視する。



<時速約六〇kmで接近中。目視距離まであと二四〇m>



 迫る生物の速度と距離を報告するエイダの言葉に、僕は微かな驚きを隠しきれなかった。

 この木々が密集した森の中、そのような速度で移動するだけで凄まじい。しかもあんな巨体でその速さ。

 木々へとぶつかるのも構わず、へし折りつつ進んでいるようなので、相当な頑丈さも併せ持つようだ。



<対象が目視距離内に侵入。戦闘待機状態に移行します>



 立ち並ぶ木々の間から、対象が視界内へと姿を現す。

 そいつはやはり昨日見たのと同じく、甲羅のない亀にも見えるずんぐりとしたフォルムをした生物であった。

 ただその代わりと言っていいのか、亀にしてはやけに巨大で、それこそ先ほどまで居た航宙船に迫るほどのサイズがある。



 ヤツが姿を現した直後、左腕に嵌めたブレスレットが起動し、身体能力を強化するための力場が体表を覆う。

 普通の人間相手であれば、戦うのにこのような強化を行う必要はない。

 だが眼前のそれはここまでの移動速度を見るに、見かけに反して鈍重ではなく、普通の速さで走っては距離を取るのすら叶わないからだった。


 姿を現した生物は、こちらへと辿り着く間際で停止し、昨日同様にギョロギョロと長い首で周囲を見回す。

 おかしな行動ではあるが、直前になって進みを止めた点からして、こちらの存在に気付いていないということはあるまい。



「今回もこいつで逃げ出してくれるといいんだけど」



 そう言って僕が取り出したのは、高振動を発生させるナイフだ。

 前回はこの高周波によって退散したと思われるあいつに、同様の手段でご退場願おうと考えたためであった。


 即座にそちらも起動し、手には僅かな振動が伝わる。

 細かな振動が空気を震わせ、奴の耳にはその音がしっかりと届いているはず。

 しかしどういう訳か前回のように逃げ去ることはせず、逆に獰猛さ溢れる鋭い牙を剥き、こちらを食らおうとせんばかりに威嚇めいた呻りを上げ始めた。



「逃げないじゃないか、どうなってるんだ!」


<さて……? おそらく前回逃走した理由がそれであるというのは、間違いないと思われるのですが>



 不満を口にしつつナイフを向けてみるも、目の前の生物は逃げるどころか、逆にこちらへと鋭い目つきで凝視するばかり。

 試しにナイフの出力を上げて音を更に高くしてみはしたが、やあはりそれは変わらない。

 エイダの推測が間違っていたのか。あるいは何がしかの理由によって、それが効かなくなってしまったのか。



<もしやとは思うのですが>


「なんだ、早く言ってみろ。あまり悠長に待ってはくれそうにないぞ」



 唐突に可能性らしきものを示唆し始めるエイダに、僕は速やかな発言を促す。

 その生物は呻る声がどんどんと大きくなっており、今にもこちらへと飛びかかりそうだ。



<昨夜と今朝に打ち上げた衛星。あれが発した音と振動によって、興奮状態にあるのかもしれません>


「……根拠は」


<その生物の身体に付いた傷です。ここに来るまでに付いたと思われますが、普通そんな状態になってまで走ったりはしないでしょう>



 エイダの言葉に反応しよくよく見てみれば、確かに身体には木々によって付いたと思われる、無数の擦過傷が。

 中には深く裂いたと思われる跡も残っており、それらからは生々しい血の跡が見られた。


 ここまでで相当数の木を薙ぎ倒してきたようだが、言う通り普段からこのような移動方法をするとは思えない。

 そうであるとすればもっと丈夫な皮膚を持っているであろうし、なによりも森の木がもっと倒れ、もっと早く衛星によって気付いててもおかしくはないからだ。

 だとすればエイダの推測は正しいのかもしれない。打ち上げた衛星によってパニックを起こし、ある種の暴走状態となっているのだと。




「仕方ない、排除するぞ!」


<了解。戦闘適応状態で起動します>



 遂には口を開き本格的な威嚇を始めたそいつに対し、戦闘の必要性を確信する。

 本当にこれが衛星打ち上げが原因であれば、少々可哀想であるのかもしれない。だがやらねばこちらが危険だ。


 手にしたナイフを向け、土を蹴って接近。肉薄し横薙ぎにするもヤツは思いのほかすばしっこく、後方に飛び退いて回避を行った。

 身体の表面を浅く裂いただけのそれは、焼け焦げた臭いを撒き散らしただけだ。



「興奮してるってのに、頭が悪くないな。これが危険だってのは理解している」


<本能的なものでしょう。最初は音だけで逃げ出したのですから>



 距離を取り、再度こちらに近寄る素振りを見せぬそいつは、首の動きを収め警戒するように凝視する。


 ただ実際上手く攻撃を当てられたとしても、相手は見上げるような巨体だ。

 リーチも短く、刀身の長さから刺しても深くは達しないこれでは、一撃での大きな効果は期待できそうもない。

 逆に足の一本でも振り回せば、こちらが吹き飛ばされるだけだろう。



 双方ともに攻撃を警戒し、睨み合いを続ける。

 こちらが一歩前へと出ればジワリと下がり、逆に一歩下がれば向こうが前のめりとなる。凶暴化している野生生物にしては、随分と賢い。

 接近戦はなかなかに厳しそうだ。かといって障害物を破砕するための武器は、今回必要と判断しなかったため置いて来ているため使えない。

 だが今は、好都合と思われる武器を持っている。



「こいつを持ち出して正解だったか」


<思わぬところで役に立ちそうですね。効くかどうかは未知数ですが>



 告げて手にしたのは、先ほど航宙船から持ち出したばかりの電気銃(パラライズガン)だ。

 これだって特別長射程とは言えないし、距離が離れるほどに実弾銃以上の比率で威力が減退してしまう。

 だがそれでもナイフを振り回すよりは格段にリーチがある。



「まずは中程度の出力でいく。たぶん効果は薄いだろうけど……」



 手にした電気銃の小さなダイヤルを操作し、その出力を中程度、人に対して使えば一瞬で黒焦げにしてしまうような出力に設定する。

 ただ人に対しては過剰な威力であっても、巨大な生物相手ではどれだけの効果が見込めるかは未知数だ。

 それでも最初から最大威力で撃たないのは、単純に使用回数の問題であった。なにせ一度に複数回撃てるとはいえ、出力次第でその回数は大きく変わる。

 このフラウレート大森林は全体的に生物が大きく、他にもこんなのが居ないとも限らない。可能な限り残弾は大いに越したことはなかった。



 グッと足に力を込め、後ろへと跳躍。それに反応したヤツがこちらへと迫るのを認識すると同時に、電気銃を真正面に構えて引き鉄を引く。

 一切の反動もなく発射され、僅かに光る軌跡を残して一直線に飛ぶ。

 非接触式の、端子ではなく電撃そのものを飛ばす方式であるそれは、光が対象へ接触すると同時にバシリという鞭を打つような音を鳴らした。



「やったか?」


<不明。状況の観察が必要です>



 電撃が直撃し動きを停止した生物から逃れるように、背後に在る巨木の陰へと退避。

 その陰から覗き込みながら迫っていた生物の姿を確認するも、エイダからは効果の程が確認できないとの返答が返る。

 見れば進みはその場で停止しているものの、その一撃で致命傷となった様子はない。

 ただ突如として襲い掛かった電撃により一時的に混乱しているのか、またもや長い首を振り回すような動きをしていた。



「……ダメだな。ちょっと驚いただけで、まるで効いちゃいない」


<やはり最大出力で撃たなければなりません。あまり多くは撃てませんが>



 中途半端に節約などしないで、最初から全力でいっておくべきだったか。

 自身の油断に歯噛みしつつ、僕は電気銃に表示されたバッテリー残量を確認する。

 フル充電の状態で、最大出力で放てる回数は確か五回。今減った分を考えれば、あまり無駄弾を撃つような余裕はなさそうだ。



「撃ち切った場合、次に撃てるまでどのくらいかかる?」


<自然に充電するのを待つ場合、推定ですが半日は必要かと。航宙船に戻れば、急速回復が可能ですが>


「あそこまで暢気に帰らせてはもらえないだろうな。残量でなんとか仕留める、それがダメだった場合は接近戦だ」



 次の一発を撃てるようになるまで、自然充電でかなりの時間が必要となるようだ。

 ならば分が悪いとは思うが、万が一の場合には接近戦を仕掛けてなんとか戦ってやる他ない。他に手がないのだから。



<残弾は少ないです、外さないようにしてください>


「わかってる! 強化の強度を上げてくれ」



 叫び大木の陰から飛び出ると、距離を保ったままで電気銃の銃口を向ける。

 自身の体表を覆う力場の出力が上がり、身体能力の強化度合いが上昇、さらに動きが加速された。

 人相手とは異なる勝手だが、ここでやられる訳にはいかない。

 などと考えはするものの、それは多分に休暇の残り日数などという、俗な考えが含まれていたためであったのだが。



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