ライフ・サテライト 03
「こいつは酷い」
<同感です。正直私もここ最近は、身体に虫が這うような気持ち悪さを感じていたところですので>
大型生物との遭遇後、再度荷物を背負い深い森の中を駆け続けて約三時間。
僕は遂に懐かしの我が家と言える、放置された航宙船の在る地点へと辿り着いた。
だがその外見は酷いもので、出る時にはなかった植物の蔦が縦横無尽に這い、その全容をほぼ緑に染めようとしている。
蔓植物に襲われ、自然と一体化しているだろうとは考えていたが、まさかここまでとは。
中にはいったいいつの間に成長したのか、僕の腕よりも太いと思われるモノまである。
「お前に触覚はないだろうが……」
<気持ちの問題です。アルは身体全体に蔦が這われる経験がないから、そのような発言ができるのでしょう>
「御免被りたい経験だな。それで、これを全部掃除しろと?」
<当然。これを全部片付けてから、その後で打ち上げを行います>
その当人であるエイダは、この状況が酷く我慢ならないものであるようだ。
すぐさまこれら取り付いた植物を払い、真っ新な状態へと戻すよう要求した。
可能であれば船体の掃除もと言われたが、水すら確保が難しい今の状況では、流石にそれは不可能というものだろう。
「これさ……、燃やしたらダメか? 大気圏の突入性能があるんだから、防火能力は問題ないだろう」
<その点では問題が発生しないとは思いますが、延焼だけは勘弁願いたいです。煤だらけとなるのも嫌ですが、焦土と化した場所にポツンと佇む船というのは目立ちすぎます>
「言えてる。ってことは全部手作業だな」
<善処してください。早ければ夕方には終わるでしょう>
飄々と言い放つエイダの言葉に、若干の億劫さを感じつつも、とりあえず目の前の植物へと取り掛かる。
使うのはただの短剣。先ほど大型生物に向けたような武器では、流石に船体を傷付けてしまう恐れがあるためだった。
引っ張っては短剣で裂き、引っ張っては裂き。斬り落とした蔓がある程度溜まったところで、後で処分し易いよう一纏めに。
それらを何度か繰り返したところで、ようやく航宙船の入り口がその姿を現した。
「とりあえずこのくらいでいいんじゃないのか?」
<ダメです。全て除去を>
このまま入口を開け、懐かしの我が家へと入りたいところではあった。
だがエイダはそれを許してなどくれず、船体全面の蔦を除去するようハッキリと告げる。
おそらくは終わるまで入口のロックを解除してはくれないだろうし、中途半端では許してはくれないはず。
僕は観念し、サッサと終わらせるべく地面を強く蹴り、船体の上へと飛び乗った。
そこからはただ黙々と作業を続けていき、最終的に大きな船体を覆っていた全ての蔦を除去し終えたのは、そろそろ日没を迎えようかという頃。
この場所までの移動よりもずっと強い疲労感に襲われつつ、やり遂げた僕はようやく船内へと足を踏み入れる許可を得た。
<お疲れ様です。ようやくサッパリとしました>
「そいつは良かったな……。隅々まで身体を掃除してやった気分はどうだ」
<アル。それはいわゆるセクハラという行為に該当する発言です。女性に向けて良い類の言葉ではありません>
若干の疲労に息衝き、腰へと手を当てて船体の艶やかな外装を小突く。
だがようやく満足したと思われるエイダへ皮肉混じりに告げてやるも、なにやらおかしな理屈をつけて不満を口にされた。
「お前はAIだろうが。性別なんてないだろうに」
<ですが私は現実として、女性の音声を主として活用しております。メーカー出荷時のデフォルト設定においてもそうですので、女性としての生を付加されたと推測してもよいかと>
「ご託はいい。……本当にお前は口の減らないAIだな」
そんなエイダの言動を聞きながら軽く船体を蹴飛ばす。
実に面倒なやり取りをするものだと思いつつ、僕はこのAIにそっくりな性格をしていた一人の人物を思い出していた。
かつて僕が生まれ育った星で近所に住んでいた、幼馴染と言える少女。
エイダという名はその彼女から取ったのだが、今まさに屁理屈を並べるこのAI同様、歳の割には随分と口の回る子供だった。
彼女はどうしているだろうかと思いはするが、今更安否を確かめる術もないだろう。
願わくば侵略を受けた星からの避難後、無事に居てくれればいいのだが。
「ともあれ少し休憩だ。食事を摂ってから、日没後に打ち上げる」
<よろしいのですか? 夜間だと少々目立つ恐れがありますが>
「異常は察するだろうけど、ここまで離れてれば人里から目視はできないはずだ。それにこんな時間になったのはそっちのせいだろうに」
若干の難色を示すエイダであったが、流石に休憩くらいはさせてもらいたい。
それに夜間であるため音は響くだろうが、人里からはそれなりに距離が離れているため、地鳴りかなにかだと思ってもらえるはず。
なのでそこまで大きな混乱にはならないだろう。
反論の言葉を聞かぬよう、船体壁面に隠された解放用のレバーを手早く引く。
すると壁面が少しばかり浮き上がり、その部分がスライドして船内への入り口となった。
その中へと踏み込んでみると、直後にセンサーが人を感知し天井の照明が灯される。
照らされた中はこれといって篭った臭いがするでもなく、僕がここを出た時と対して変わりない光景が広がる。
外に這っていた蔦も入り込んでいないようだし、想像していた以上にここの気密性は高いらしい。
航宙船であるので、当然と言えば当然かもしれないが。
「綺麗そうだし今でも十分住めるな。むしろラトリッジの家よりも快適そうだ」
<当然です。時折清掃用の機器を稼働しているので、埃一つ落ちていないでしょう>
「そんなことに電源を使っているのか……」
<然程消耗するものではありませんよ? 現状の稼働率であっても、あと百三十年は持つ計算です。それまでに壊れなければの話ですが>
自身の体内とも言える船内が、汚れた状態であるのは気に食わないらしく、エイダは時折機材を稼働させ船内の清掃を行っていたようだ。
若干その行動に呆れつつも、手にした荷物を適当に床へと置き、ここへ住んでいた時に自身がずっと使っていた部屋の扉を開く。
幼少期から使っていた私室であるそこは、人ひとり使うのが限界といったサイズの小部屋。
ベッドと小さなテーブルだけで一杯であり、その狭さにどこか懐かしさを感じさせる。
「ここも掃除していたのか?」
<勿論。ですが置いてある物はそのままにしてありますよ>
「助かる。もし処分されてたら、この船の電源を完全に落としてたところだ」
テーブルの上に置かれた物を手に取り、苦笑しつつ眺める。
自身が幼い頃書いた絵に、航宙船の形状をした小さな玩具。生まれ育った惑星が襲撃された時、命からがら持ち出した品ばかり。
そのほとんどはどうして持って逃げたのかわからない物ばかりだが、おそらくこれを持って逃げたのは両親だろう。
僕はその時、ただ混乱し母親に手を引かれていただけであったはずだ。
それらを再びテーブルに置き、数年ぶりに使うベッドへと横になる。
固いはずなのに沈み込んで包み込むという、特殊なジェルを使用したそれは、普段使っている布と綿で作られたベッドとは大きく異なる感触だった。
これもまたエイダによる掃除が行き届いているようで、勢いよく寝転がるも埃一つ立たない。
「少しだけ眠るから、日が落ちたら起こしてくれ」
<わかりました。今から約二時間後を目安とします>
一息ついて少しばかりの仮眠を告げると、船内の照明は落とされエイダも沈黙する。
包み込むようなベッドの感触に身を委ね身体の力を抜くと、ここまでの疲労のせいだろうか、すぐさま意識がまどろみ始めるのに気付いた。
▽
手にした料理へと齧り付きながら、もう片方の手で卓上にあるタブレットへと触れる。
このタブレットへ表示されているのは、衛星の打ち上げに必要となる手順が記されたマニュアルだ。
それを下へとスクロールしていき、要点となる情報を目で追いつつ、僕は部屋の隅に置いた荷物へと視線を向けた。
<先にどちらを打ち上げるのですか?>
「そうだな……、とりあえずこっちのからだ。もし仮に失敗したとしても、こっちが使う分はまだスペアがあるからな」
エイダの問いに対し、まずは僕等が使う衛星を先に打ち上げ、その成否を見てから団長のを打ち上げると告げる。
一応は小型の衛星があと五機ほどあるため、こちらに関しては万が一失敗しても次があるのだ。
だが団長から預かった代物は一機だけで、決して失敗は許されない。
僕は再び手元へと視線を移し、打ち上げに必要な作業を確認する。
なにせ前回打ち上げたのは僕が幼少の頃で、その操作をしたのも当時存命だった育ての親である老人と、もう一人生き残っていた女性の二人だ。
当然僕がこれに触れるのは初めてであり、操作手順の記憶などあろうはずもない。
この衛星は僕にとって生命線といえる存在だ。
これがなければ航宙船内部に本体が在るエイダと疎通は叶わず、こちらの言語を翻訳してもらえなくなってしまう。
他にも傭兵として活動するに当たっての優位性である、上空からの情報も得られない。
これが無くなってしまえば、僕は少しだけ腕に覚えがあるだけの、言葉も話せぬ人間になってしまうのだ。
多少慎重になるのも、当然と言えば当然か。
「だけど躊躇してても始まらないな。とりあえずやってみよう、エイダ、射出準備を」
<了解しました。マスターコードを入力してください>
意を決した僕は、マニュアルが表示されたタブレットを抱え、機体の中枢を管理するコンソールへと近寄った。
エイダの要求する通り、マニュアル内に記入されていたコードを一字一字、間違えないよう入力していく。
二十桁におよぶそれは、大小の英数字が無秩序に並んだ規則性のないものだ。
実に面倒臭い作業ではあるが、流石にこればかりはエイダが単独で行えるようにはできていないらしい。
その後も幾つかの操作を行っていき、衛星を打ち上げるための準備を進めていく。
とは言うものの、ほとんどはエイダが音声でアナウンスするのに対し、コンソール上で承認をするだけなのだが。
「六〇秒後に射出。打ち上げの成功を確認後、団長のも同じ工程でやるぞ」
<設定を完了。六〇カウント後に射出します。外でご覧になりますか?>
「そうだな……。折角だし見ておこうか」
全ての設定を完了し、あとは打ち上げまでのカウントダウンのみ。
そこで僕はエイダの勧め通り、画面上だけで見るのは味気ないと外へ出て見学することにした。
射出までのカウントをするエイダの声を聞きつつ、小走りとなって航宙船の外へ。
完全に日も落ち真っ暗となった森の中。背後の船を振り返って空を見上げた。
<三、二、一……、射出します>
カウントを終え、エイダの声は打ち上げの開始を告げる。
直後高圧の圧縮空気によって、衛星の内包されたユニットが打ち出され、上空に高く舞い上がる。
暗い空へと上がったそれは少しだけ滞空すると、直後下部の装置へ仕込まれた燃料へと点火し、強い炎と大気を震わす轟音を吐き出し勢いよく上昇していった。
深い森は噴出されるバーナーによって、真昼と見紛う明るさに包まれる。
明るさに目を細め、上昇していく衛星を見上げていると、空気を激しく震わす轟音は徐々に収まっていき、次第にその姿は雲の向こうへと去っていった。
<数分待ってください。その後衛星切り離しの成否を確認します>
「わかった。それまでは次の準備でもしておこう」
打ち上げた衛星から視線を外した僕に、エイダは若干の猶予を求めた。
ただ成否はまだ確定していないとは言え、おそらく失敗することはあるまい。
既に目視できなくなった衛星をさておき、次に打ち上げる団長の衛星を準備するために船内へ戻る。
戻ると早速コンソール近くに置いた背嚢から、一抱えほどの機材を取り出し、船内隅に据えられた機器へと四苦八苦しつつも収める。
あとは打ち上げ直前に先ほどと同様の操作をするのを除けば、もうほとんどやることは残っていない。
「っと、そうだった。その前に……」
先ほど打ち上げたこちらの衛星と異なり、一つだけやるべき作業があったのを思い出す。
再び置かれた背嚢へと近寄ると、中を漁って一つの金属片を取り出した。
それは団長から預かった衛星を起動させるためのキーで、これをセットしておかなければ、どうやっても駆動しないとのことだった。
手にしたそのキーを適当に眺めると、本来であれば衛星の運用者名などが刻まれているであろう、余白と言える箇所を見つける。
だがそこには何も刻まれてはおらず、ただ真っ新な状態で金属が剥き出しとなっていた。
<何も書いてありませんね>
「当然だろう。団長は元々軍人だったみたいだし、確か秘匿性の高い任務を担っていたと話していた。だとすればこんな所に所属を印すわけがない」
<特殊部隊か何かだったのでしょうか?>
「さあね。もしそうだとすれば、聞いたところで教えてはくれないだろうけど」
確かに気になるところではあるが、おそらく聞いても答えてはくれないはず。
団長がこの惑星に降り立ったのは、秘密裏の任務で移動する最中襲撃されたためだとかつて話してくれたが、詳しい内容は話してくれなかった。
最初からこの星が目的地であったのか、それともそこへ辿り着く前に墜落したのかすらわからない。
なんにせよ、ここで考えても詮無いことではあるが。
「それよりも、そろそろじゃないのか?」
<少々お待ちを。――確認。衛星の打ち上げに成功、静止軌道上に展開を完了しました>
どうやら丁度良いタイミングであったようだ。
成功の報を聞き、僕は然程心配などはしていなかったはずであるのに、密かな安堵感を感じた。
だが本心から喜ぶのはまだ早い。実際に動かしてみて、正常に動作せねば意味はないのだ。
「それじゃ、まずは動作試験をしようか。団長の衛星はその後だ」
<了解。ではこれより現在使用している衛星一号機の通信を遮断、一時的に二号機へと機能を移行します>




