ライフ・サテライト 02
「いやはや、まさかお前さんが傭兵になってるとはな」
「ここを発った翌日でしたか、偶然道中に出会った人と縁がありまして。ほぼなし崩し的に」
「あんな実力があったんだ、決して不思議ではないか。何にせよ無事で良かった、しばらくは心配していたんだぞ」
突然の訪問であるにもかかわらず、衣料品店の店主は快く僕を歓待してくれた。
彼は僕が以前この町で野盗退治をした時、色々と世話をしてくれた人物。
この町の町長によって無理やり依頼を受けさせられた僕に、武器の手配や寝床となる宿への交渉、その他諸々一切合切に関わってくれた。
結局最後には、逆に僕を恐れた町人たちの目に耐えかね出ていったのだが、約束した報酬などを確保するため尽力してくれた、恩人と言い表しても差し支えない人だ。
「町長も相変わらずだよ。しょっちゅう空回りしては迷惑をかけてるが、あれでなかなか愛嬌のある人間でな。無下にもできん」
「お元気そうでなによりです。……あれから大きな問題は起こっていませんか?」
久方ぶりの再会に浮かれているのだろう、口が回り近況を報告する店主へと、僕は町を離れて以降のことを問う。
流通も少ない辺境の、それもこれといった力を持たぬ弱小都市。以前野盗に怯える日々であったように、再び被害に遭っているとも限らない。
すると彼はフッと息を吐くと、困ったような表情を浮かべ案の定な出来事を述べる。
「実はしばらく前に同じようなことがあってな。その時になって、えらく町の人間が後悔したもんさ」
「後悔……?」
「あんたを追い出したことをだ。直接言葉で出ていけと言っちゃいないが、恐れて居辛くさせたのには変わりない」
店主はそう言うと、小さく謝罪の言葉を向ける。
聞くところによると、どうやら野盗を捕縛した後はしばらく平穏で、町の人たちは僕のことすら忘れようとしていたらしい。
だが前と同じようにこの町をカモと考えた輩が居たそうで、またもや居付かれ脅しを受け続けたのだとか。
それはおそらく僕が傭兵団の訓練キャンプを出て、正式に団員となった辺りの話であるようだった。
「その時はどうにか外へと人をやって、近場に居た傭兵になんとかしてもらったんだがな」
「随分と費用もかかったでしょうに……」
「確かにな、おかげで今も町の財政は火の車だ。だが何割かは俺らの自業自得だし、あんたに文句を言えた義理じゃない」
肩を竦め語る店主の口調からは、どうにも自虐の気配が漂う。
そうして後日、町の人たちは口々に言ったそうだ。あの時に戦った人間を、この町に引き止めておけばよかったと。
また随分と勝手な言い分だとは思うが、当の立場になってみればそう考えるのも当然だろうか。
町の人たちにしてみれば、僕がここに滞在するという選択をしていれば、このような事態にならずに済んだのだから。
「だからよ、お前さんはこのまま顔を隠しておいた方が良い。変に逆恨みしてる奴も居るし、バレれば間違いなく引き止められる」
「そいつは……、面倒ですね」
「今更傭兵団を抜けるのも叶わんだろうし、その気もないだろう? てなもんで宿は使えんから、今日のところはウチに泊まるといい。他に必要なことがあれば、何でも言ってくれて構わん」
店主はズイと顔を寄せ、熱心な様子で希望を聞こうとする。
彼が今更僕をこの町に引き留めようと考えているとは思えない。なのでこれはおそらく、彼なりの償いなのだろう。
店主には何の落ち度も責任もない上に、むしろ僕にずっと良くしてくれているというのに。
それでも贖罪とばかりに良くしてくれる店主へと、僕は少々甘えてみることにした。
「では泊まりついでに、騎乗鳥と荷車を預かっていただけませんか。二日ほどでいいので」
「そいつは構わんが……、いったいどうするつもりなんだ?」
「少々森の方へ用事がありまして。今回はそのために寄ったんです」
僕は店主の申し出をありがたく受けることにし、森の中には持っていけない荷車と騎乗鳥を預かって欲しいと告げる。
騎乗鳥だけであれば乗っていけなくはないのだが、木々に覆われ足元も不安定な場所であるため、正直身に付けた装置の力を借り、走力を強化し走った方が早い。
それに野生動物に遭遇する危険性を思えば、やはり預かってもらっておく方が無難に思えた。
店主は細かな事情を話さぬ僕に、込み入った事情があると受け取ってくれたようだ。
それ以上を突っ込んで聞くことはせず、頷いて頼みを了承してくれる。
「わかった。二日程度でいいなら、納屋にでも置いておけば問題はないだろう」
「助かります、謝礼はお支払しますので」
「別に金を貰うほどの手間じゃない。気にするな」
やはりここを頼って正解だったかもしれない。
快く頼みを引き受け、おまけに謝礼すら不要であると告げる店主に感謝し頭を下げる。
その後僕は表に留めてある鳥車を裏手の納屋へと運び入れると、店主の案内で上階へと上がり、その日一日の宿とさせてもらうことになった。
▽
翌日、町の人たちが起き出すかどうかという早朝、こっそりと森へと向け出発した。
背に負う荷物は多く、人ひとり分はあろうかという大きな背嚢が、木々の枝葉へ幾度となく引っかかる。
その中身は主に、衣料品店の店主が持たせてくれた食料一式。加えて団長から打ち上げを託された、携行可能な衛星が一機。ほぼこれが占めている。
こいつがなかなかの重量であるのは確かなのだが、こればかりは置いて行くわけにはいくまい。
<前方に大きな窪みがあります。右側のルートで迂回を>
「そっちは随分とぬかるんでるな。他に通り易そうな場所はないのか?」
<その荷物で傾斜地を歩きたいのでしたら案内できますが。それ以外ですと、藪の中を進むか、川を濡れながら進む。あるいは毒性植物の汁に塗れながらというルートもありますが>
「わかった、わかったよ! まったくとんだ休暇だ……。特別手当の一つも請求したって、罰は当たらないだろうな」
多少古いデータではあるが、このフラウレート大森林の地理データを有するエイダは、比較的進み易いであろう道をガイドし続ける。
今告げられたような道を、大きな荷を背負って歩くくらいであれば、ブーツが多少泥まみれになるくらいはマシというものだ。
観念してぬかるむ地面を歩き、気持ちの悪い感触に耐えつつ先を進む。
このような道も以前は平然と進んでいたものだが、人里での暮らしも長くなってきたせいか、なかなかに厳しいものとなっていた。
ここを出てから、地球の暦に換算して二年以上が経過するが、強くなった代わりに失った適応力というものもあるらしい。
そこからしばし歩き続け、ようやくグズグズの土が広がる一帯から脱出。
これで多少は歩きやすくなるだろうかと安堵しかけたところで、再度エイダから面倒臭い状況を知らせる声が響いた。
<進路上に大型の野生動物と思われる動体反応。回避しますか?>
「回避と排除……、どっちが楽だと思う」
<どちらかと言えば排除が手っ取り早いでしょうね、どうやら肉食性の生物のようですし。それに今気付かれました>
淡々と行われる報告に対し、僕はやれやれと息を衝く。
このような人が寄りつかぬ大きな森林地帯。次から次にトラブルが起きるのは想定していたが、直面してみると実に面倒臭い。
僕は背負っていた荷物を降ろし、比較的乾いた地面へと置く。ぬかるみを脱出していただけ、まだマシであるのかもしれない。
次いで腰に差していた武器を取り出し、簡素なカバーから抜き放って軽く一振りして起動。
刃の先端部分が徐々に赤みを帯び始め、微細な振動が手に伝わっていく。
<十分気を付けてください。ここで山火事でも起こされては、成す術がありません>
「少し燃えた程度じゃすぐ消えるだろう。ここいらは随分と降っていたみたいだし、ちょっとやそっとじゃ燃え広がらないんじゃないか」
本来は熱で金属類を切断する工具であるそれを振ると、エイダから飛ばされる警告。
周囲の木々は長く振り続いた雨によってか、かなりの水分と含んでおり、簡単には燃えそうにない。精々が部分的に炭化する程度だろう。
だが確かに、もしもこんな場所で火に巻かれては大事だ。注意を払うに越したことはない。
<目視距離に接近>
エイダのアナウンスに反応し、ナイフを逆手に握り僅かに腰を低く保つ。
コイツを使うのも久しぶりな気がする。確か共和国に潜入中、追手を払うために少しだけ使った時以来ではないだろうか。
そのナイフを構えると同時に、木立ちの向こうからズシリと重低音の足音を鳴らし、対象の生物が姿を現す。
姿を見せたそいつは、こちらが想像していたよりも遥かに巨大な生物だった。
頭上から降り注ぐ木漏れ日を遮るほどの巨体。身体はずんぐりとした甲羅のない亀やトカゲを思わせるような、爬虫類に近い形状。
「相変わらず、この辺の生物はどうなってんだ……。何を食べてこんなにデカく」
<ですが食肉を考えれば、悪くはないかもしれません。狩る手間はかかりますが>
「それ以前に食べたくなる外見をしてないからな。御免被りたい」
以前この森を出ようとした時に遭遇した生物もそうだが、この森近辺の生物というのは、どうにも巨大な傾向がある。
それはレオやケイリーと出会った時に、大きな猪に似た動物と遭遇した時もそうであった。
ともあれその巨躯に怯え逃げる訳にもいかず、僕はグッと体勢を低くし攻撃に備える。
だがどういう訳だろうか、その生物はこちらをジッと見ていたかと思えば、少しばかり長い首を四方八方へ向けるばかりで攻撃してくる様子はない。
「なんだ、コイツ。本当にこっちを食う気があるのか……?」
<不明です。現状その生態までは把握していませんので>
見せる仕草の意味はわからないが、時折開かれる口から覗く牙は鋭く巨大で、こいつが肉食を好む食性であるのは明らかだ。
ならば自身の生命を守るためにも、打ち倒す必要があるだろうとナイフを向けると、それに反応したかのように真っ直ぐこちらを見据えた。
その動きに警戒し迎え撃つべく体勢を整える。しかしどういう訳かそいつは突然踵を返し、木々の奥へと猛烈な勢いで走り去っていった。
地面が揺れるような重い衝撃を撒き散らしつつ、図体に似合わぬ機敏さで姿を消していく。
「なんなんだ……、いったい」
こちらを捕食しようと接近したのではなかったのか。
初めてみる生物が取ったあまりにも不可解な行動に、僕は怪訝に思いつつ手にしたナイフの機動を停止し納める。
いったいどうしたのだろうと首を捻る僕へと、エイダはとある可能性を提示した。
<もしや武器から発せられた、微細な振動音を警戒したのでは? 人には然程感じられないモノでも、野生動物には大きな異常であるのかもしれません>
「その可能性はあるか。……まぁいいさ、面倒な戦いをせずに済むならそれに越したことはない」
去った生物の通り抜けたことで倒れた、木々を眺めながら呟く。
この森周辺だけで、やたらと巨大な動物が生息している理由も気にはなる。だが何せまだかなりの距離を、重い荷物を背負って進まねばならないのだ。
追いかけて遠目から観察でもすれば面白かろうが、今はそんな暇はない。店主には二日だけと言ってしまったし、休暇の残り日数もある。
「……方角がわからなくなった。どっちだ」
<現在の向きですと、四時方向になります。急げば昼頃には辿り着けますよ>
「なら早く行こう。ここに居たらまた絡まれかねない」
歩き易そうに見える巨大生物が通った跡を横目に、目的地へと向け移動を再開する。
まだ時間に余裕があるとはいえ、日が沈み始めては先ほどのような生物に襲撃されかねない。
僕は若干の懐かしさすら漂う気もする森を分け入り、大森林の奥へと放置されたままである、長く暮らした航宙船へと急いだ。




