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洋上の小鳥 18


 フィズラース群島を出発してから、何日目であったか。

 いい加減ここまでの日数を数えるのも億劫になり始めたこの日、遂に僕等は船上の甲板ではなく、造成された土と岩の地面を踏みしめた。

 揺れのない地面は安定感を主張するようで、ようやく本来の生活圏へと戻ってきたような感慨すら覚える。



「これでやっと真面な食事にありつけそうだ。船の上じゃ保存食ばっかりだったし」


「それと水だな。当然混ぜ物のない、完全純粋な水だ」



 船のタラップを降り大きく伸びをする最中、僕はつい本音が飛び出る。

 それはヴィオレッタもまた同様であったようで、全く同じ動作で伸びをした直後、欠伸混じりで自身の要求を口にした。


 どうしても長い航海、食料の備蓄量や保存性などから、口に出来る物は限られる。

 野菜は天日で乾燥させたものばかりであるし、肉は極端に塩が刷り込まれたものか干し肉だけ。

 飲料も同様であり、保存性を高めるためにハーブを水に浸け込んだり、低い度数のアルコールを飲む以外になかった。



『天日で海水を蒸留させたりもしたけど、結局大した量が確保できなくて、全部イレーニスに周ったしな』


<まだ幼いのですから仕方ありません。それに船員たちも同意してくれましたし>



 流石に歳を数えるのに両の手で足りる子供に、酒を飲ませる訳にはいくまい。

 雨水や海水を蒸留した真水は、全てイレーニスが消費することとなった。船員たちはみな彼を可愛がってくれており、快く譲ってくれたので助かる。



 そんな浮かんだ欲求を口にする僕等へと、背後からタラップを降りてきた人物が近寄る。

 彼はやれやれとばかりに首を振り、呆れた物言いで不満を呟いた。



「酷い言いようじゃねぇか。あれでもかなり上等な部類の食事だったんだぞ」


「感謝しているよ、その点は。おかげで飢えずに済んだ」


「ホントかねぇ……? ま、途中から食料に余裕ができたのは、人数が減ったせいもあるけどよ」



 声をかけてきた彼、ジョルダーノは目的地へ辿り着いた僕等がつい口を滑らせた本音に、冗談が多分に含まれた難色を示す。

 だがこのくらいは許してもらいたい。なにせ僕等は船旅に不慣れであっただけでなく、ようやく母国の地を踏む日を迎えたのだから。




 反旗を翻した者たちを放流した後の行程は、まるで何もない平穏そのものな道行であった。

 運良く嵐にも見舞われず、船内にも大きなトラブルはなく。

 ジョルダーノが前述したように、船員が減ったことによって食料も余裕が生まれる結果となった。

 減った分だけ船員一人一人にかかる負担は増えたようだが、それも十分許容範囲内。

 かくして僕等はそこから十日少々の行程を何事もなく終え、無事同盟領最大の港町である、ベルパークへと辿り着いたのだった。



「いやすまない。地元に戻るのも久しぶりなものでな、つい浮かれてしまった」


「その気持ちはわかるけどよ。俺らだって長い航海を終えてアジトに戻ったら、浮かれて二日ぐらいは酒場に入りびたりだ」



 上機嫌なヴィオレッタは、ジョルダーノに詫びをしつつも街並みに視線が向く。

 ここは同盟内でも最大規模を誇る都市であるだけに、メインストリートには多くの店が立ち並び、出ている屋台には目を奪われることだろう。

 故にもう既に彼女の思考はそれらに占領されているらしく、今にも走り出してしまいそうだ。



「お前らの家ってのは、ここからどのくらいかかるんだ?」


「歩きだと三日ってところかな。これまでの行程を考えれば、もう目と鼻の先だよ」


「そうか。ようやく帰り着いたようでなによりだ」



 ジョルダーノは帰還の喜びを表す僕等へ、存外素直に告げる。

 同盟の地を出発してから、ここまで随分と時間が経過してしまった。当初は任務を済ましてすぐ帰還する予定だったのだが、予定していた帰還ルートが通れなくなったせいで、かなりの遠回りをしたものだ。

 そういえば共和国の首都で足止めを食っているという、もう一方の潜入した隊の面々は無事であろうか。

 いい加減共和国内での警戒も解け、帰還の途に就けていればいいのだけれど。



 ともあれ僕等に関しては、長い帰路もこれで終わり。

 愛しの我が家は目前であり、自前のベッドへ横になって惰眠を貪る日も近いはず。


 ただそう考えた時、僕は目の前に立つジョルダーノについて考えが及ぶ。

 僕等とはうって変わり、彼らはそうもいくまい。船員が減ったという事実は覆らず、帰るためには再び海上の難所を通過しなければならないのだから。



「そう言うそっちは、どうやって帰るつもりなんだ? 王国の南を通るには、人手が足りないだろうに」


「ああ……、今の人員じゃかなり難しいだろうな。当面はここで足止めだ」


「なら新しく船員を募る必要があるのか。でもそんな簡単に集まるもんだろうか、訓練の期間も必要だろうし」



 これからの行動を問うた僕に対し、肩を竦めるジョルダーノ。

 こちらでの地盤を持たない彼らには、伝手も無ければ使える金もない。船員を集めようにも本拠地が大陸の間反対と言われれば、二の足を踏むのは確かだろうに。

 それでどうやって対処するのかと思うが、思いのほか彼は気楽であったようだ。



「人に関しては案外集まるもんさ。定住する地を欲していない船乗りってのも、意外に多いんもんだ。それにこっちの船も立派なもんだ、技能の高いヤツも居るだろうよ」


「逗留するにも金が要るだろう?」


「そいつは手持ちの諸々を売るしかねぇだろうな。人を集めて帰りの食料を確保する。それまではこっちで多少小銭を稼がせてもらうがよ」



 ニカリとその日焼けした表情を歪ませ、白い歯を見せるジョルダーノ。

 これまでにも似たような経験があるのか、彼は不安感というものを感じていないようだった。

 根拠の程は知らないが、これなら大丈夫かもしれない。



「俺らのことは気にすんな。お前さんたちは自分のことに専念すればいいんだよ、イレーニスの件もあるしな」


「そうだな……。感謝するよ」


「おう。しっかり面倒見てやんな」



 イレーニスについてを言及したジョルダーノは、レオとビルトーリオに連れられゆっくりタラップを降りてくる少年を見つめた。


 結局イレーニスは、クレイグによって人質とされている間の記憶が飛んでいるようで、意識を取り戻した後で聞いてもキョトンとした顔をするばかりだった。

 色々と辛い目に遭って漂流した後で、あのような目に遭ったのだ。ショックからの防衛本能で、記憶を残していないとしてもおかしくはない。

 だがその方がいいだろう。怖い想いをした記憶など、無い方が遥かに楽というものだ。


 そのイレーニスが船から降りてくるなり、ジョルダーノは最後の別れとばかりに、わしわしと荒く頭を撫でまわす。

 彼も随分と可愛がっていたようなので、本音では別れづらい感情があるのだろう。



「思えば渡り鳥みてぇな小僧だったな」


「どういうことだ?」



 手荒い別れを済ましたイレーニスを離し、ジョルダーノは穏やかな視線を送りつつ呟く。

 だが僕にはその意味が測りかね問うてみると、彼は海の方へと向き直ると、僅かに空を見上げる。



「渡り鳥ってのは広い海を越える際、丁度通りがかった船に停まって羽を休めるんだ。海の上で拾って別の地に行くこいつは、その渡り鳥にそっくりだと思ってよ」


「なるほどね。……海を渡るにしては、幼い雛鳥みたいだけど」


「違いねぇ。巣立つには早すぎらぁな」



 カラカラと言い放つジョルダーノは、次いで渡り鳥は船乗りに幸運を運んでくるのだと告げる。

 安心して停まれる船であると、証明されたも同然であると。

 実にポジティブな思考だが、そうでも考えていないとやっていられない稼業であるせいだろう。



「じゃあ達者でな、もう会うこたねぇだろうが」


「お互いにね。無事帰り着くのを祈っているよ」



 僕等は長く共に航海をしてきた間柄にしては、簡潔な別れを済ませる。

 その後は手を振るイレーニスを引き連れ、一度も振り返ることなく市街地へと向かった。

 おそらく彼もすぐ船へと戻っただろうし、あまり長く名残を惜しむのを良しとはしないはずだ。





 僕等の代わりとばかりに、何度も振り返って手を振るイレーニスの手を引き、港を離れ歩いていく。

 波止場を通り過ぎ、荷下ろしをする他船の船員たちを尻目に市街へと入ると、早速大通りに香ばしい香りが立ち込めてきた。



「早速食べるとしようではないか。まずは何処へ向かう」


「魚しかないぞ」


「それでも一向に構わんではないか。なにせ温かい食事など、ついぞ食べれなかったのだ。イレーニスも温かい食事が欲しいだろう?」



 幾つもの露店が並ぶ通りを歩きつつ、ヴィオレッタとレオは芳しい香りに釣られ出店を覗き見た。

 そこには焼きたての魚が並んでおり、見るからに食欲をそそる。

 これまでずっと海の上であったため、火を使って調理したものとなれば、何であっても十分なご馳走だ。


 ヴィオレッタがイレーニスへと身振り手振りで食べたいかを問うと、彼は即座に意味を理解し目を輝かせる。

 やはり幼い子に船内の食糧事情はよろしくなく、もう少ししっかりとした栄養を摂らせたい思いというのはあった。

 それにこういった表情を見せられると、つい甘やかしたくなってしまう。

 だが今は勘弁してもらいたい、そうはいかない事情もあることだし。



「気持ちはわかるけど、後にして欲しいんだけどな……。やることが多いんだから」


「やること? 宿を取る以外になにがあるのだ」


「この人数が泊まれるだけの部屋を確保するのも大変だよ。なにせここは貿易の拠点だ、人が多く入ってくる」



 今にも屋台へ飛びかからんばかりなレオとヴィオレッタを諌める。

 それに第一、僕等はこちらで使える予算を持ってはいない。共和国へ潜入する際に、素性が知れぬよう現金を置いて来たためだ。

 なので他にもまだやることが残っており、今は買い食いをしている場合ではない。



「ではお預けか。なにをすればいいのだ?」


「まずは団の支部に顔を出して、旅費を融通してもらおう。その後で宿の確保だ」


「……仕方ない。それにあそこであれば、宿代わりにもなるであろう」



 渋るヴィオレッタを窘め、以前一度だけ顔を出した団の支部へ向かうと告げる。

 まずは行動するために必要な費用がなければ、戻ることすら儘ならなくなってしまう。

 彼女の言う通り、簡易的な宿泊施設を備えたそこであれば、宿を探す手間も省けるかもしれない。


 早速彼女の背を押し記憶を頼りに路地へ入ろうとしたところで、軽く服の裾を引っ張られる感触を感じる。

 振り返ってみれば、すぐ後ろをビルトーリオと並んで歩いていたイレーニスが、小さな手で服を掴んでいた。


 どうしたのかと思い、立ち止まり腰を屈め問うてみる。

 すると眼前の少年は少しだけ言い澱んだ後、心配そうな素振りで返した。



「船……、どうなるの?」


「ああ、ジョルダーノのか。そうだね……、もう少しここに居るそうだけど、支度が済んだら国に帰るそうだよ」



 自身の故郷と離れたためか、あるいはそこへと戻る手段となる船から離れがたいのだろうか。

 イレーニスは乗ってきた船がどうなるのかを心配していたのだが、どうやら少々それとは意図が異なるようだ。

 少ない語彙で説明する限りでは、どうも幼いなりに彼らが困難に直面しているのを感じ取ったらしい。



「彼らなら大丈夫。きっと無事帰れるはずだから」


「ほんとう?」


「ああ、本当だよ。そうだ、戻ったら団長に少しだけ手伝いをしてくれるよう、一緒にお願いしようか」



 僕が頭を撫でつつ告げると、イレーニスは僅かにキョトンとした後で顔を綻ばせ頷く。

 おそらく団がどうこうという意味は理解していないと思うが、それでも何がしかの助けにはなれると思ったに違いない。

 団長も断りはしないだろう。ああいった存在と繋がりがあるのは、決して損にはならないはずであるし。

 それこそが僕等をジョルダーノたちに預けた、ロークラインの目的かも知れないが。


 納得をしたイレーニスを前へ歩かせ、僕は仕切り直しとばかりに声を上げる。



「さあ、早く行って寝床を確保しよう。久しぶりの揺れないベッドだ」


「そうだな、久方ぶりにゆっくりと眠れそうだ。食事が済んだら明日の夜まで眠ってやるとしようではないか」


「うまい飯が食いたい」


「わたしは……、とりあえず落ち着いて休めるならどこでも。それと早く研究の続きに戻りたいです」



 そう告げると、ヴィオレッタを始め各々が好き好きに要望を口にした。

 レオとヴィオレッタは基本的な欲求に忠実なものを。ビルトーリオは元来が研究者であるためか、長く自身の研究を離れているのが不安であるようだ。

 あまりに好き勝手なその言いように苦笑しつつ、イレーニスにもなにがしたいかを問う。

 するとニコリと笑顔を浮かべ、少年は可愛らしく求める。



「遊ぼ!」


「僕とでいいのか? たぶん僕等の街に来たら、一緒に遊べる子が沢山居るよ」



 しかしイレーニスは首を横に振り、僕やヴィオレッタと一緒に遊びたいと告げた。

 嬉しい反面、それはそれで若干困りものだ。だがこの子が向こうで同年代の子供たちと馴染むまでは、そうやって相手するのも悪くはない。

 そう考えた僕は、彼の要求を受け入れ約束をすると、手を繋いで団の支部へと面倒な報告をしに向かった。




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