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洋上の小鳥12


 結局昨夜ジョルダーノから聞かされた話は、今の段階では皆に伝えないことにした。

 それはうっかりと漏らしてしまう恐れであったり、知らず知らずの内に態度に出てしまうのを恐れてだ。

 もしこちらに気取られていると感付けば、向こうはどんな行動を取って来るとも知れない。

 秘密は守りたければ、伝える人間を少なくすればいい。単純にそれだけの理由だった。



<それもジョルダーノが言っている言葉が、本当であったならの話しですが>


『そこを突かれると言い返せないな。でも警戒しておくに越したことはない』



 エイダが言う通り、ジョルダーノの懸念が実行されるとも限らない。

 しかし普段軽薄な男が、ああまで真剣な調子で言っていたのだ。そこには多少なりと、信用に足るだけのものを感じられてならなかった。


 もし何事もなく無事帰り着いたなら、ただ胸を撫で下ろすだけだ。

 それこそ彼が言っていた通り、酒の肴にでもして身内で笑い話にしてやればいい。




「それにしても、船員たちが随分と忙しそうだな」


<はい。件の難所と呼ばれる海域が近づいているためでしょう>



 船内の狭い廊下を歩きつつ、僕はすれ違う幾人もの船員たちを眺める。


 昨夜の若干ピリピリとした空気からさらに進行し、この日の夕刻はにわかに慌ただしい気配に包まれ始めていた。

 別に船員たちも走り回っていたりはしないのだが、皆どこか落ち着かぬ様子で、交代で眠る者たちも寝つきが悪いようだ。

 それもこれも、大陸西側へ向かう航路上における最大の難所とされる、大陸南端部の海域を通過するため。



「かと言って手伝おうにも、こんな素人では邪魔になるだけか」


<遺憾ながら肯定です。航行技術などという専門的な行為は、知識のない者が手を出していい代物ではありません。後学のために見学くらいはしておきたいところですが>


「団が船を持つ日でも来ない限り、役には立ちそうもないけどね」



 ここまで十日以上の船旅を続けてきたが、操船で忙しい時というのは大抵船内に居た。

 この船に乗船して以降だけでなく、フィズラース群島へ移動する最中もだ。

 船員たちの邪魔になるのが明白であったため、自ずと引っ込まざるをえなかったためだった。

 なので多少なりと興味はあるが、やはり素人は大人しくしていた方がいいのだろう。




「どうしたのだ、アル。独り言など気味が悪いぞ」



 そんな船員たちを眺めエイダとやり取りをしていると、遠目から失礼な発言をしつつヴィオレッタが近づいて来る。

 彼女は僕がエイダと会話しているのを目にし、独り言を呟いているのだと勘違いしたらしい。



「いや、ちょっとね。船員の人たちがする動きを眺めていた」


「モノ好きな奴だ。見ていて楽しい物でもないだろうに」



 そう返答すると、彼女は呆れとも無関心とも見える素振りを見せ、やれやれとばかりに首を振る。

 僕からすれば少々興味深い船員たちの動きではあるが、彼女にとってはあまり関心のある事柄ではないようだ。

 この辺りは、単純に個人個人の嗜好の問題なのだとは思う。



「そうでもないよ。統率され一体となって行動する様は、案外見ていて参考になる。すっかり忘れられてるようだけど、一応は僕も指揮する側だからね」


「まったく、勉強熱心だことだ。そういえば先ほど、ここからはしばらく揺れるから、部屋に戻っていた方が良いと言われたぞ」


「そうか、なら大人しく言う事を聞いた方が良さそうだ」



 ちょっとした言い訳に対し、苦笑するヴィオレッタは船員の誰かから聞いたであろう忠告を伝えてくれる。

 折角忠告をしてくれたのだ、名残はあるが忠告は素直に受け止めておいて損はないはず。


 そう思い僕はヴィオレッタと共に船室へ戻ろうと、踵を返して歩を進める。

 しかしそこでふと、彼女が伝えてくれた内容で確認しておきたいことを思い付く。



「……ところでそれは、誰が言っていたんだ?」


「部屋に居るよう言った者か? 副船長だ。……そういえばいつもは言い方がキツイというのに、今日はやけに言葉尻が柔らかかったな」


「副長が……」


「ああ。妙に機嫌が良さそうであったし、船乗りというのはそんなに揺れが楽しいものなのか?」



 向けた質問に対し返された言葉に、僕はビクリと反応したのを自覚した。

 昨夜副長についてジョルダーノから聞いたばかりなので、過敏になっているだけなのかもしれない。

 一応もう少しだけ詳しく聞いてみると、ヴィオレッタは口元に手を当て視線を上に向けながら、思い出しつつ口にする。



「少々五月蠅くはなるがあまり気にせず、呼ぶまで絶対に部屋から出ないようにと言っていた。それと、イレーニスだけ二番の倉庫へ連れていくよう頼まれたぞ」


「一人で倉庫へ……? いったいどうして」


「このあいだ着せていた服もだが、あそこは布などを多く載せている。危ない物が少ないから、揺れても比較的問題ないそうだ。安全のためにだろうな」



 自身で説明しつつ、納得をした様子で頷くヴィオレッタ。

 だが一方で僕の内心は穏やかではない。彼女が伝えてくれた内容で、僕はジョルダーノの言葉がやはり真実だったのではと思い始めたからだ。


 確証はないが、イレーニスを一人別の場所に移すのは、都合の良い人質とするためではないだろうか。

 元来が海賊であるジョルダーノとて、あのような幼子を盾に取られれば、容易に白旗を上げてしまう可能性はある。

 おまけに部外者である僕等を部屋へと隔離し、邪魔されるのを嫌がっていると言わんばかり。

 謀反を起こすにはあまりにも都合が良い状況に、いっそうジョルダーノの言葉が真実味を増していく。



「ヴィオレッタ。すまないけど、副長がした指示は無視してもらう」


「無視だと? だが私たちでは状況の判断がつかないだろう」



 納得をしていたヴィオレッタへと、僕は副長がしたであろう指示を聞かぬよう告げる。

 すると彼女は案の定、怪訝そうな面持ちで僕の言葉へと疑いを向けた。

 ヴィオレッタもあまりあの副長を好いてはいないようだが、それでも海上では僕等よりも遥かに必要な判断が下せる人物だ。

 その指示を無視するというのに難色を示すのは、当然の反応と言えた。



「ここで詳しく理由を話すのは難しいから、説明は皆が揃ってからする。とりあえず今は」


「……わかった。だが後でしっかり聞かせてもらうぞ」



 こうなっては事情を説明する必要があるが、どこで誰が聞いているとも限らない。このような廊下のど真ん中で、堂々と話していい内容ではない。

 脈絡のない頼みではあったが、ヴィオレッタは僕の表情が真剣であったためだろうか、僅かな沈黙の後に頷き了承を示す。



「すまない。ひとまずは僕の部屋へイレーニスを連れて来てくれ」


「倉庫でなく、アルの部屋でいいのだな」


「そうだ。あの子と一緒に待っていてくれ、僕はレオとビルトーリオを連れてくる」



 それだけ告げると、彼女はすぐさま踵を返しイレーニスの居る部屋へと向かった。

 人質云々というのはあくまでも予想に過ぎないが、万が一という事も有り得る。何も手を打たないよりは、多少はマシというものだろう。



『レオとビルトーリオは……、確かさっきまで食堂に居たな。今も居るといいけど』


<その後一度だけ甲板へ出たようです。再び船内へと戻ったようですが>



 エイダの言葉を受け、僕は食堂へと向かおうとしていた足を止める。

 もう自室へ戻っているかもしれない。だがそれであれば、案外ヴィオレッタが気付いてくれる可能性もある。

 思い直した僕は、やはり確認をしておこうと、再度歩を進めて食堂へと向かった。


 その最中、昨夜ジョルダーノが告げていた内容が頭を掠める。

 確か彼はこう言っていたはずだ、副長は元来小心者であり大それた行動を起こせる人間ではないと。

 接した期間が短いもののそれは僕自身も同感であり、副長が反旗を翻すというのは俄に信じがたい。


 だがとりあえずそれは後回しだ。この場では要らぬ思考を振り払い、僕は二人を探すため急ぎ歩を速めた。







 特別な事情で、人を乗せなければならぬ場合に備えて確保されているであろう、簡素なテーブルとベッドのみが置かれた客室。

 海賊船改めジョルダーノの言うところの、スタウラス国軍海上部隊が使う船に備えられたその一室は、乗船後の僕等が使う部屋だ。


 ただ客間とはいえ、精々が二人同時に使うのがやっとという広さ。大人四人プラス子供一人が入れば、流石に窮屈というものであった。

 それでも大部屋で二段ベッドやハンモックを使い眠る船員たちに比べれば、遥かに上等な寝床なのだから文句の言いようもないが。



「詳しく話してもらおうか。わざわざこうやって、船員の指示に背いてまで集まったのだ」



 部屋の狭さから必然的に肩を寄せ合うようにして向き合う僕へ、ヴィオレッタは窮屈そうな素振りを見せながらも、ジッとこちらを凝視して問う。

 後でちゃんと説明すると言い切ったため、彼女はそれ必要な情報と考えたのだろう。


 問われた直後部屋の外へと意識を向け、誰かが居る気配もないのを確認すると一息ついて説明をする。

 昨夜ジョルダーノから聞いた話の全てと、ヴィオレッタが副長からされた指示を照らし合わせ、推測の元組み立てた可能性について。



「この後でそれが起こるのか」


「ジョルダーノはそう考えているみたいだ。証拠はないけれど、副長の指示を考えれば十分ありえる」



 話し終えた直後、しばしの沈黙の後口を開いたレオに、僕はこの時になってようやくハッキリとした言葉を吐いた。

 自ら口にしてようやくだが、少しは信憑性が増してきたような気がする。



「もし勘違いであるなら大歓迎だ。だけど少しでも可能性がある以上は、それを前提に行動したいと思う」


「別にその点で異論はないぞ。本当に勘違いだったなら、ジョルダーノのせいにしてしまえば良いのだからな」



 肩を竦めるヴィオレッタは、同意し昨夜にジョルダーノが言っていたのと同じような発言をする。

 彼女はその最中に有っても、不安感を感じさせぬようイレーニスの頭を撫でていた。

 もっとも、当人は言語が通じないことから状況が理解できていないため、キョトンとした顔をしているのだが。



「だがもし制圧するにしても、私たちが三人で行くこともあるまい。船員たちもそこそこはやるようだが、比肩しうるだけの技量は持たぬはずだ」


「そうだな、一人はここでイレーニスの護衛をしておきたい。頼めるか?」


「了解した。善からぬ輩が来るまでは、この子と遊ばせてもらうとしよう」



 イレーニスの頭を撫で続ける彼女は、満足そうな様子で了承する。

 基本的に普段好戦的なヴィオレッタではあるが、海賊たちを相手するよりは、イレーニスを構っている方が楽しいらしい。

 この点ばかりは常識的な反応かもしれない。


 僕はイレーニスへと向き直ると、ヴィオレッタと一緒に部屋で大人しくしているように告げる。

 もっともこの船に拾われて以降、彼はほぼずっとそうしているのだが。



「うん、わるい人が来たらお姉ちゃんのうしろにいくんだよね」


「いい子だ。その前に少し揺れると思うけど、しっかり掴まっているんだよ」



 僕が告げた内容に対し、イレーニスはすぐさま理解をし頷く。

 彼はここ数日、ヴィオレッタをそう呼ぶようになった。当人に聞かせてやれば、さぞや顔をだらしなく綻ばせそうではある。



「ビルトーリオさんも、その時になったらイレーニスと一緒に隠れていてください」


「わ、わかりました。自分は戦いで役に立てませんからね……」



 当然のことながら、ヴィオレッタには彼も守ってもらわねばならない。

 優先度としては当然子供の方が高いにしても、ビルトーリオも最後まで無事護衛しなければならない対象なのだから。




 僕等は取る行動について確認し合うと、いったん各々の部屋へと戻る。

 今の時点から隠れていては不自然であり、気取られれば手段を変更されかねないからだ。

 こうなってしまえば、当然のことながら対処も難しくなってしまう。


 全員が部屋へと戻り部屋へ僕一人が残される。

 部屋の扉を閉め、来るであろう状況に備え扉を閉めたその時。船内の至る所から、全ての乗員に向け大きな声が響き渡った。



「総員持ち場に就け!」



 複数の方向から聞こえてくる、船員たちの怒鳴り声のような通告。

 船内へ一気に緊張感が奔るのを感じられ、バタバタと走り回る船員たちの足音が鳴り響く。

 僕等の乗る船は、遂に件の難所と呼ばれる海域へと差し掛かったようであった。



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