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洋上の小鳥 10


『別に構わんよ。もし海賊たちの了承が取れたなら、そのまま連れて帰るといい。こちらで面倒を見るとしよう』



 翌日、昼前に団長へと連絡を取った僕は、諸々の状況をかいつまんで説明した。


 前回の連絡から時間が開いていたため、報告すべき内容は盛り沢山。それら順を追って報告していき、最後に話したのがイレーニスに関しての内容だ。

 正直かなりの厄介事であったため、多少なりと団長から説教をくらうことくらいは覚悟していた。

 だがどういう訳か団長から返ってきたのは、然程問題ではないと言わんばかりな楽観的な言葉。



『よ、よろしいのですか?』


『別段気にしなくてもいい。来ると言うのであれば、拒む理由はないからな。それに直接面倒を見るのは君だろう?』


『毎度思うのですが、団長も大概適当ですよね……』



 自身に面倒を見る義務はないとばかり、イレーニスの件をこちらに丸投げをした団長へ、僕は少々失礼と知りつつも呆れ混じりな言葉を返す。

 すると団長はカラカラと笑い、こちらの言動を一切気にした様子もなく事情を吐露した。



『実のところ、最近こっちでは大きな戦場が軒並み落ち着いていてね。情勢が安定しているせいで、入団志願者が減っているのだ。この状態が続けば、訓練キャンプを多少統廃合せねばならん』


『困った事態ですね。それで、この話がどう関わるのですか?』


『まぁ聞け。だがこんな状態は長く続かん、北方か東かはまだわからんが、いずれまたどこかで爆発する。そうなった時、人が居ないでは非常に困ったことになる』


『ではイレーニスを、将来的に団の訓練キャンプへ入れるおつもりで?』


『本人の希望次第だがね。それに君の言うところの、言語データ収集も決して無駄にはならないだろう。ある程度実用に足るだけ集まったら、こちらにも転送してもらいたい』



 団長が口にする言葉からは、イレーニスを心配していたり、同情を禁じ得ないといった感情は感じられない。

 その口調はあくまでも、掛かるコストに対してリターンがどれだけ得られるかを考えているようであり、やはり彼は何よりも実利を取る人であるのだと思わせる。

 時折やたら不可解な判断をしたりと、人の感情をまるで考慮に入れていないような言動も見受けられる。



『それにキャンプに入れる時期が来るまでは、宿舎で掃除の手伝いでもしてもらえばいい。丁度掃除婦の一人が、老齢で引退したところだ』


『……もしかしてそっちが本音なのでは?』



 僕は団長の告げた最後の言葉に、ガックリと肩を落とす。

 なにかイレーニスを利用しようという意思は感じられていたが、まさかここまで利己的な理由であるとは思いもしなかった。

 だが逆に考えれば、役割がハッキリとしているというのは、ある意味で安心する要素ではある。



『いずれにせよ、その少年については問題ない。君たち三人が団に戻ってくるのであればな』


『了解しました。あとは船に揺られるだけですが』


『それもそうだな。では無事の帰還を願っているよ』



 そう言って団長は会話を締めると、通信を切った。

 音声の聞こえなくなった回線を閉じ、僕はベッドの上へと横たわって顔をしかめる。



「三人、だとさ。どういう意味なんだか」


<意味もなにも、そのままでしょう。アルとヴィオレッタ、レオの三名が帰ってくるのであれば、他は知ったことではないという意味です>


「だろうな。相変わらずな人だ」



 おそらく団長は、イレーニスを掃除夫代わりにしようとしているのは本当だが、実のところそこまで関心がないのではないだろうか。

 ビルトーリオについても同様で、彼を取り込む利点を把握しつつも、あまり興味を持っている様子はなかった。

 このような性格で、よく傭兵団の団長などという役職が務まるものだとは思う。




 ともあれこれで、団長の承認は得た。

 あとはジョルダーノと話し了解を取り付ければ、ひとまずイレーニスはこちらが面倒を見ることになる。

 救助以降も何度か話しをした限りでは、おそらく彼も反対はすまい。

 一応言質だけは取っておく必要性があり、僕は重い腰を上げてジョルダーノを探すために移動を始めた。


 ただその前に一目様子だけでも見ておくかと、すぐ隣であるイレーニスの部屋へと行こうとする。

 しかしノックをしても反応はなく、眠っているのだろうかと扉を開けても、中には誰一人として居ない。

 どこに行ったのかと思っていると、そちらとは反対側、はす向かいに在る部屋から人の声が漏れ聞こえてきた。



「どうかしたのか? って、なんだコレ……」



 随分と賑やかなものだと思い扉を開けてみると、そこに居たのはヴィオレッタとジョルダーノ、そしてイレーニスだ。

 ヴィオレッタは自身に言い寄る彼を疎ましく思っていたはずなのだが、今この場では仲良さそうに笑い合っていた。



「ああ、アンタも来たのか。こっち来いよ」


「アルも混ざるといい。なかなか見ものだぞ」



 ヴィオレッタとジョルダーノの二人は、部屋へと入った僕を振り返り、気付くなり手招きする。

 確かこの部屋は、海賊たちが海運業としての表の顔を保つために運んでいる、商品が保管されていた部屋であったはず。

 その中で二人は、イレーニスを挟んで楽しそうだ。

 長い航海、共に生活する者同士が友好的なのは好ましい。だが一つ問題があるとすれば、イレーニスがさせられている格好だろうか。



「なぁ……。どうしてイレーニスがこんな格好を?」


「うむ。今まで着ていたのが、元々ボロだったせいか少々破れてきてな。そこで代わりの品を探していたら、船員の一人が積み荷の中に、この子に丁度良い代物があると教えてくれたのだ」



 起ち上がって胸を張り、満足気に頷くヴィオレッタ。

 どうやらイレーニスが着れそうな服を探していた最中、商品の一部として運ばれていた品に目を付けたらしい。

 それは事態は別にいい。貫頭衣という名目で、穴開きのずだ袋を被せられているよりはマシというものだ。

 だが代わりに真っ当な服装をさせるのであればともかく、彼女の前に立たされ着せ替え人形とされているイレーニスが、少女と見紛うばかりの姿であるのは看過できない状況であった。



「そういう話をしているんじゃない。どうして女装になってるのかって話しを……」


「だが似合うであろう? ここまで何着か着せてみたが、我ながら今着ているのは会心の出来であると自負しているぞ」



 まったく悪びれもせず、ヴィオレッタは堂々と言い放つ。

 その横ではジョルダーノもまた頷き、眼福とばかりにイレーニスの頭を撫でていた。


 よくよく見れば、彼女の言う通り確かに似合ってはいる。

 比較的高価と思われる白いシャツ。青く染められたスカートと、同色のタイ。おまけにこれまた高価であろう、レース時のリボンまでも髪に結ばれていた。

 それらを着たイレーニスは、甲板の上で走り回っていたならば、さぞや洋上の青にも負けぬ映えを見せてくれることだろう。



「着替える……、の?」


「そうだね、悪いけど。他の服で、男の子用のはないかな」


「わかんない。ぜんぶ女の子の服だったから」



 だがこのままで居させる訳にはいくまい。すぐさまイレーニスを着替えさせようとするも、彼は男児向けの衣服を見ていないと告げる。

 どうやらこの二人が着せていたのは、その全てが女児向けの、フリルやリボンの付いた可愛らしい代物であったようだ。


 実に困った大人たちだと思いつつも、もう一度眼前のキョトンとする少年を観察してみる。

 年齢のせいもあるだろうが、中性的で整った顔立ちをしているため、格好との違和感はほとんどないと言っていい。

 むしろ似合うと言い切っても遜色はなく、どこぞの深窓の令嬢とでも紹介されれば、素直に信じてしまうことだろう。

 本物の令嬢であるヴィオレッタよりも、よほどらしい(・・・)と言える。




「参ったな……、男の子用の服は載せていないみたいだ。すまないけど、新しく別の袋で服を作ろうか」


「うん。アルがつくってくれるならいいよ」



 少しだけ服の山を探ってみても、やはり男児用の物を発見は出来ない。

 そこで申し訳なくイレーニスへと問うてみたのだが、彼は気にした様子もなく、ニコリと笑んで僕の袖を引っ張った。

 流石に計算して行ったとは到底思えないが、なんとも庇護欲をそそられる仕草をする子だ。

 若干だが、このダメな大人二人がイレーニスで遊んでいた気持ちも理解はできる。


 だがあまりイレーニスを玩具にするのも気が引け、とりあえず元の服へと着替えさせようと手を伸ばす。

 すると突如として、脳裏へエイダの愕然とするような声が響いてきた。



<なんという事でしょうか。こんな事態を見過ごしていただなんて……>


『あ、ああ。本当にな』


<これは見過ごせません。このような真似がまかり通るなど、決して許される行いではないのです>



 エイダは行われていた行為が看過できないのか、普段よりもずっと力のこもった声を作り憤慨していた。

 過去にないほど激情に駆られたようなその声に、僕は若干後ずさりたくなる。


 それにしてもまさか、エイダがこのような道徳的な感情を有しているとは。

 得た情報を自動で精査し、自身のプログラムへ反映と更新をし続けるとはいえ、ここまで感情豊かになったAIに感心する。

 ……などと思っていたのだが、どうやらそれは僕の勘違いであったようだ。



<アル、ここまで着せていた服をもう一度、イレーニスへ着せるよう要求してください。データベースに専用のフォルダを作成し、画像を永続的に保存します>


『お前もなにを言っているんだ……』



 強い調子で言い放ったエイダの言葉に、僕は膝の力が抜け崩れ落ちそうになるのを堪える。


 最近おかしな趣味に目覚めたと思っていたが、まさか小児にまでそれが及んでいたとは。

 ……やはり同盟領に戻った後で、一度点検をしておくべきだ。彼女の本体である航宙船に、蔦でも絡まって異常をきたしているのかもしれない。





「なにを騒いでいるのかね」



 僕がヴィオレッタとジョルダーノを嗜め、エイダの要求を跳ね返していると、不意に背後から声がかかる。

 振り返ってみれば、そこに立っていたのは船内でジョルダーノに次ぐ地位の副長であった。

 彼は僕等とイレーニスを交互に見やると、呆れたように深く息を吐く。



「ふ、副長。これはその……、ちょっと親交を深めようと思ってよ」


「いつまでも遊んでいないで、早く甲板に戻られては? 定時報告をしようにも、する相手が居ないと見張り連中が嘆いている」



 床に膝を着いたまま言い訳を始めるジョルダーノへと近寄り、副長は冷ややかな視線で見下ろす。

 船長に対してするものとは思えぬ態度ではあるが、なるほど彼のいう事もご尤も。船長としての役割を放り出して遊んでいたのだから、本来であれば彼には言い訳のしようもない。


 結果ジョルダーノは副長の発する冷たい圧に観念し、それ以上の抵抗は諦め連行される破目となったようだ。



「君たちはその子供と共に、部屋に入っていたまえ。だがその前に、服は全て片付けておくように」



 そのまま彼の背を押し、副長は相変わらず冷めた言葉を発し部屋から出ていく。

 扉から出て去っていく二人を黙って見送り、女装させられたまま困惑するイレーニスへと視線を戻す。

 そういえば僕はこの子に関して、話をするためにジョルダーノを探していたのではなかったか。



「ヴィオレッタ、ちゃんと着替えさせてやってくれ。僕はジョルダーノに用がある」


「このままではいかんのか? こんなにも似合っているというのに」


「それとこれとは話しが別だ。……癖になったらどうするつもりだよ」



 イレーニスの世話をヴィオレッタに頼もうとするも、彼女はよほどこの状態が気に入ったと見え、難色を示し始める。

 おまけにそれはそれで良いのではなどと言い始め、エイダまでもがその言葉に同意。

 大人になってから自身の意志でするのにはどうとは言わないが、子供時期から妙な癖がついては困る。


 すぐさま彼を追って部屋を出ようとすると、今だ僕の袖を掴んだままであったイレーニスは不安からだろうか、軽く引っ張り制止した。



「アル、どこいくの?」


「ん、ちょっとジョルダーノと話しをしてくるんだよ。この船が港についてから、イレーニスが僕等と一緒にいられるようにね」


「……ほんと?」


「勿論だ。だからほら、ヴィオレッタの言う通りに着替えて部屋に戻ってなよ」



 頭を撫でつつ極力穏やかに告げると、イレーニスは表情を明るくさせる。

 きっと幼いながらも、向かう先への不安というのはあったのだろう。この船がどこへ行くのか知らずとも、先で別れが待つ恐れはずっと抱えていたのだ。

 既に僕やヴィオレッタに懐くイレーニスにしてみれば、見ず知らずの土地での別れは耐えがたいに違いない。

 それが解消される発言に、安堵を抱いたのだと思われた。



「それじゃ、頼んだよ」


「わかっている。いいから早く行け」



 僕は笑顔となったイレーニスの手を離させ、ヴィオレッタへと向き直る。

 その彼女に再度ちゃんと着替えさせるよう言い含め、ジョルダーノを追いかけ甲板へと向かった。




 小走りとなって追いかけると、甲板に上がるための階段手前で追いつく。

 部屋を出る時には副長によって背を小突かれていたジョルダーノだったが、今は同行していた副長の姿は見当たらない。

 向こうもなにか、別の用事でもあったのだろう。


 近寄って声を発しジョルダーノを呼び止めると、彼は階段へと乗せかけていた足を下ろし、こちらへと向くと眉を上げる仕草で問い返した。



「ん? ああ、どうしたんだい」


「すみません、実はイレーニスの件で。あちらに到着後に、あの子をどうするのかを」


「なるほどねぇ。で、あんたはどうしたいのさ?」



 彼は僕の目を見据え、軽薄な口調ながらも静かに問う。

 僕がある程度結論ありきで話しているというのを、雰囲気から察してくれたようだ。

 話しが早いと言うのは助かる。


 それから僕は、イレーニスと意思の疎通が可能になりつつあるという点や、おそらく共に居たであろう家族が失われた可能性が高いことに言及した。

 するとジョルダーノはそれ等に対し頷き、半ば肯定とも言える反応を示す。



「なので、こちらで預かる方が無難かと」


「そうか……。正直オレたちはこんな稼業だ、子供を乗せ続けるってのはしのびなくてね。本音を言えば、そっちで引き受けてくれるってんなら助かるし、文句を言うつもりはないさ」



 確かに彼の言う通り、表立っては海運業を営む商会とはいえ、その実彼らは海賊であるのに違いはない。

 当然危険な目に遭う機会もあり、そんな場所に子供を置いておくというのは考え物であると、ジョルダーノは自覚していたようだった。

 おそらくここで面倒を見続ければ、いずれはイレーニスも海賊となるだろう。

 仮に僕等に着いてくることで、傭兵となるのとどちらがマシだと問われれば、返す言葉はないのだが。



「了解したよ。向こうに着いたら連れて行ってくれ。君の言う通り、たぶんあの子の親は今頃生きてはいまいさ」



 ジョルダーノは断定的な言葉を用いる。

 それは彼の経験則というか、状況に対して普通に考えれば至るであろう事を述べていると言わんばかりだ。

 団長とジョルダーノ、双方の許可は取った。これで晴れて、イレーニスは僕等の庇護下に置かれることになる。


 僕はその決定をしてくれた礼を言うと、彼はそうされる筋合いはないと、笑いながら軽く言い放った。




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