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洋上の小鳥 08


 甲板へと上がった僕等が、後から来たレオとビルトーリオと共に見たのは、海賊船の船員たちによる見事な救出劇であった。


 二人の若い海賊は自身に細いロープのみを巻きつけると、そのまま海へと飛び込んで救助へと向かう。

 その泳ぎは見事なもので、若干の波が立ち潮の流れが激しいとうのに、海を難なく進んでいく。

 流石は海を住処とする海賊と言うべきか。


 ジョルダーノは周辺の潮の流れを見ながら、操舵士や帆を繰る船員へ指示を繰り返す。

 対象から遠ざからず、近寄り過ぎず。迷いなく飛ばす指示と、それに反応し舵を切る船員もまた素人目にも見事な動きだ。



「今だ、引き上げろ!」


「板を手放させろ! ロープが絡まって上げられん!」



 一枚の板へと掴まり漂流していた人物は、飛び込んだ船員によって船の近くへと引っ張られる。

 必死に引き上げようとするも、意識がもうろうとしていながらもしっかりと板に掴まっているため、なかなか手放そうとはしない。

 それでもなんとかして掴まる板を離させると、数人がかりでなんとか漂流者を引き上げた。



「子供だ! 誰か診てやれ」


「毛布を持って来い、ありったけだ!」



 叫び指示を飛ばす船員たちの言葉に反応し、彼らの間を覗き見る。するとそこへと見えたのは、まだ年端もいかぬ子供であった。

 濡れた髪で顔を隠され、幼いせいもあり体形から少年か少女かも知れぬが、その子供は意識がなくガチガチと身体を震わせている。

 比較的温暖な地域の海とはいえ、長く水に浸かっていれば体温も下がるというもの。

 この子供がどれだけの時間流されていたのかは知る由もないが、この状態が続けば命の危険があるのは疑いようもなかった。



「早く中へ連れていってやれ、風が当たってるよりはマシってもんだ」



 毛布を被せられた子供は、ジョルダーノの指示を受けた比較的ガタイの良い海賊に背負われて船内へ。

 その姿を見送った後、僕はしばし甲板の上で船員たちの統率された動きに感心していた。



 そうして海に飛び込んだ船員が上がり、使った道具などを片付ける船員を眺めていると、不意にジョルダーノが近付いてきた。

 彼は僕等四人を見やると、ヴィオレッタへと顔を向けて告げる。



「そうだ、君はあの子供に着いてやってくれねえか」


「私がか?」


「知っての通り、この船には他に女がいないんでね。子供にはデカイ男よりも、女の方が安心できるってもんだろうさ。まだ性別がどっちかも知らないしよ」



 ジョルダーノはそれだけ告げると、再び船員たちへと指示を飛ばすべく甲板を歩いて行った。

 確かに目を覚ました時に、見知らぬ船で屈強な男たちに囲まれているとなれば、子供では委縮してしまうかもしれない。

 軽い性格に反し、なかなか細かなことに気の利く男だ。


 後ろ姿を見送ると、ヴィオレッタへと振り向き僕は頷いて行くように促す。



「頼んだよ。ジョルダーノの言う通りだろうし、着いていてやってくれ」


「それは構わんが……。アルも来てはどうだ」


「僕も? どうして」



 ジョルダーノの言葉に納得した僕もヴィオレッタに頼むも、彼女はどういう訳か、僕も来るように告げる。

 僕も着いていたところで、どうなるものでもないと思うのだが。



「アルは多少なりと医学の心得があるのだろう。ならばあの子供を診てやるといい、ここには医者も居ないようであるしな」



 ヴィオレッタが口角上げて言った言葉に、僕は密かに得心がいく。そういえば彼女に対しては、そんな話もしたのだったか。


 僕等が共和国へと潜入している時、立ち寄った町の衛兵を誤魔化すために、一度医者に成りすましたことがある。

 その時には自身とエイダを繋ぐセンサーに付与された機能で、衛兵に対し簡単な健康診断を行った。

 なので彼女は僕がそういった知識を持っていると認識しており、となれば漂流していた子供を診察させようと考えてもおかしくはない。



「なら僕も行くとしようか。すまない、二人は適当に時間を潰していてくれないか」


「気にするな。俺たちはもう少しだけこっちを見てから戻る」



 実際医者が乗船していない以上、データから引っ張り出してきたにわか知識でも、無いよりはマシかもしれない。

 レオとビルトーリオに断りをいれ、甲板から船内へと降りていく。

 その途中で偶然通りすがった船員の一人に聞くと、僕等は子供が連れて行かれた部屋へと向かった。




 船員の言葉に従い、自分たちへ割り振られた船室が在る方向へ。

 助け出された子供はその隣に在った空き部屋に運ばれたそうで、僕等はそこへ辿り着くと、ソッと部屋の扉を開けて中へと入る。


 中には濡れた服を脱がされ、ずだ袋に穴をあけただけの適当な衣類を着せられた子供が、幾枚もの毛布に包まった状態で簡素なベッドの上で横になっていた。

 ただ意識自体はあるようで、何事かを呟いている様子が見える。



「どうしたのですかな?」


「すみません、ジョルダーノ船長に言われて来ました。子供には女性の方が安心できるだろうと。僕の方は、多少医療の心得があるもので」



 部屋へと入ると、子供の横には二人の男が立っていた。

 一方はクレイグと呼ばれた老年の船員で、もう一人は確かジョルダーノの下で副船長をしている中年の男だ。

 クレイグの方は子供が着ていた濡れた服を手にし、適当に絞って部屋の壁に渡された物干し用のロープへと掛けている最中であった。



「そいつは助かる。多少の対処であればできるが、子供の体力ではどうなるかわからん。ワシだけでは判断がつかんからな」



 クレイグはそう言うと、一歩下がって僕等に子供の横を譲る。

 そこへとヴィオレッタは入り込むと、膝を着いて手を伸ばし、寒さに震える子供の頭を優しく撫でた。


 掻き上げた髪の下から、これまで隠れていた子供の顔が露わとなる。

 おそらく五歳か六歳といった程度だろうか、若干黒味が強い薄灰色の髪に同色の瞳。男女どちらとも知れぬ、幼く中性的な容姿。

 このくらいの年齢であれば、性差は案外そういったものかもしれない。ただこの少年が、ハッとするほどの美形であるのは疑いようもなかった。


 かなり悪い例えではあるが、もし一人で街中を歩いていようものなら、善からぬ輩に連れ去られるのが容易に想像できるような子だ。



「安心するといい、ここにはお前に危害を加える者は居ない。それに後ろに居るこいつは、医学を嗜んでいる。だからお前はきっと助かるぞ」



 その容姿整った小児の頭を撫でた後に、ヴィオレッタは手にした真新しい毛布で擦り髪を乾かし始める。

 頭が濡れたままであるだけで、意外にも体温を下げてしまうものだ。


 本当ならば、部屋その物を暖めて体温の保護を図りたいところ。だが船体のほとんどを木材で構成する船舶ではそうもいかない。

 フィズラース群島への移動に使った豪華な客船では、調理場を薄いタイルなどを用いて覆っていたため若干の火が使え、料理も温かい物が供されていた。

 だが比較的大きいとはいえこの船ではそうもいかず、体温の保持には毛布で熱を逃がさぬようにするのが精一杯。

 同盟領への船旅が南側の航路を取っているのは、そういった理由もあるのだろう。



「ぁ……」


「どうした、欲しい物でもあるのか? 生憎とここで手に入る物は限られるが」



 宥める言葉を吐くヴィオレッタへと、その少年だか少女だか知らぬ子は、なにかを訴えようと口を開く。

 だが少々様子がおかしい。横になる子供は細い腕でヴィオレッタの袖を引っ張り、声にもならぬ音が口を衝くばかりで、意思の疎通が測れてはいない。

 ヴィオレッタの言葉が、この子には難しすぎただろうかとも思うが、どうにもそれだけではなさそうに思えた。



「そういえば、ここまででこの子は何か話しましたか?」


「いいや、今のところはなにも。こっちの言葉は聞こえているはずだが……」



 確認をしてみるも、クレイグはやはり疎通を図れてはいないと返す。

 今の状況への混乱から、一時的に口が利けないだけという可能性はある。

 賢明になにがしかを訴えかけようとしているが、それを上手く口にできていないだけであると。



「声は出している。だが聞き取れる言葉を口にはしていない」



 クレイグの隣に立つ副長もまた、ぶっきら棒な口調で同様の答えを返す。

 その彼は目の前の子供には、別段関心が向かないようだ。フイと顔を背けると、自身の用は済んだとばかり、そのまま何も言わず部屋を跡にしていった。

 彼には彼の役割があるのだろうが、随分と素っ気ないものだとは思う。


 副長が去った後も、ヴィオレッタは横になる子供へと話しかけ続ける。しかし返される反応は変わらず、子供とは真面なやり取りを行えず仕舞い。

 匙を投げたとまでは言わないが、次第に観念し始めた彼女は、僕へとその役割を振った。



「アル、ちょっと診てやってくれぬか。私ではお手上げやもしれん」



 言って彼女はその場を僕に譲る。

 代わりにベッド上で横になる子供の側へと立つと、ヴィオレッタ同様に片膝を着き、極力目線の高さを合わせた。

 どこかで読んだような気がする。子供相手には、目線の高さを合わせて話す必要があるのだと。



『ひとまず身体に異常がないかを調べておこうか』


<既に行っています。外傷はこれといって見当たりませんし、体温の低下は確認されますが、現状重篤な状態へ至るほどではないようです。漂流していたのを考慮に入れれば、比較的健康体ですね。あとついでに言えば、この子は男児です>



 エイダの診断を受けた僕は、彼女の言うところの男児であるという子供が持つ、髪と同じ薄灰色の瞳をジッと見据える。

 顔立ちは中性的ではあるが、男児……、と言われればそうなのかもしれない。

 どうやらこの船の男比率はまた増えてしまったようだ。このような幼い少年が、そこにカウントされていいのかは微妙だけれど。


 ともあれ今はこの少年の容姿に対し、感想を述べているよりも先にやることがある。

 僕は表情を緩めると、少年に向けて極力穏やかに声をかける。



「僕の言葉はわかるかい? どこから来たのか、言えるかな?」



 問うてみるも、返答はない。

 いかに幼子であったとしても、このくらいであれば理解が及ぶはずだ。

 しかし少年からは返す言葉がなく、ただ困惑し今にも泣きだしそうな様子ばかりが伝わって来ていた。


 どうにもそれが不可解であり、自身の基準だけでは判断がつかない。

 なのでエイダへと確認をしてみると、彼女は僕の言葉に肯定を示す。



『言葉が理解できない……、という可能性はないか?』


<可能性に言及すれば、それは十分に。例えばですが、ここまで聞き及んでいる限りでは、他の大陸では言語が異なるとの情報もあります>


『ならもしも仮にこの子が他の大陸出身者であれば、今使っている言語では通じないのか』


<残念ながら、現状他の大陸で使われる言語のデータは存在しませんので。漂流していたという事実と意思疎通が可能でない点から考えますと、この少年がそこから来た可能性はありえるでしょう>



 エイダの立てた仮説に、僕は顎へと手をやり呻る。

 僕らが拠点とする同盟領があるのは、この惑星においていくつか存在する大陸の一つに過ぎない。

 これまであまり積極的には情報を集めてこなかったが、そちらでも人が居住し、一定の活動を行っているのは確認されていた。

 だとすれば今の僕等のように、外洋へと出て何がしかの理由により、海に投げ出された可能性は十分にあるはず。

 まだあくまでも、こちらが立てた予想に過ぎないけれど。




 ひとまず僕は身振り手振りを交えて簡潔な説明をし、少年の毛布を剥ぎ取って触診紛いの行動を取る。

 その後少年の身体に異常はなさそうであると伝えると、ヴィオレッタとクレイグは安堵の息を漏らした。



「まずは一安心か。ではワシは、船長にこのことを伝えてくるとしよう」



 クレイグはそう言って船室から出て、ジョルダーノの下へと向かう。

 残された僕等は少年へと新しい毛布を被せると、通じぬ言葉で眠るように促した。

 しばしその状態で頭を撫でていると、次第に気を落ち着けたのだろうかか、少年は静かに寝息をたて始める。


 隣に立つヴィオレッタはそれを見届けると、僕の肩を軽く突くと声を押さえ僕へと問う。



「それで、この子供の健康と性別以外で、なにかわかったことは?」


「確証を得られる内容はこれといって。ただあくまでも予想だけれど、この子は大陸外の国から来たのかもしれない。そのせいで言葉が通じないのだと思う」


「そうか……、ありえない話ではないか」



 険しい顔をするヴィオレッタは、エイダがした仮説に関して肯定を示す。

 彼女自身は他の大陸へ渡った経験がなくとも、そういった存在については聞き及んでいるのだろう。



 その後ヴィオレッタはしばし考え込んでいたが、このまま考え続けていても埒が明かないという結論に至ったようだ。

 この少年が着れそうな服がないか、船員に探してもらうと言って部屋を出ていった。

 彼女が出ていき扉を閉めたのを確認すると、僕は眠る少年の前で静かに息を吐き懸念を吐露する。



「それにしても参ったな。この惑星じゃ、どこの誰かなんて探しようがない」


<住民の登録制度が存在するとも限りませんからね。乗船名簿などはあるでしょうが、もし乗っていた船が沈んでいるのであれば、見つかる可能性は皆無でしょう>



 唸るような声を漏らしつつ首を捻るも、エイダの言う通りどうしようもない。

 命があっただけ儲けものと考えられるが、流石にこのくらいの歳の子に対し、そういった考えを求めるというのは酷だ。

 それに今後誰かに対処を任せるにしても、このくらいの歳であれば真っ当に情報を引き出せるかすら怪しい。

 だがそれらをどう成すにしろ、なによりもまず会話を行う手段の確保が急務であった。



<それで、どうされるつもりで?>


「とりあえずは、どうにかして意思の疎通を図りたい。少しずつでいい、言葉を引き出して言語の解析を頼めるか?」


<データの元となるのが子供一人なので難しいですが、やってみましょう」


「言葉が通じない事には、どこの誰かを知るのすら儘ならないからな。なんとか頼むよ」


「了解です、いずれそのデータが役立つ時もあるでしょうし。ですが――>



 言葉が通じなければ、当人の要望や情報も聞き出せなければ、不安を取り除くのすら難しい。

 そのためにエイダへと言語の翻訳を頼んだのだが、了承した彼女はどうにも含みを感じる言葉を発す。



「問題でもあるのか?」


<いえ。例え言葉がわかるようになったとしても、結局他の人が話せないようでは、こちらが面倒を見る破目になるのではと>



 エイダが告げたその言葉を、僕は結局否定するだけの材料を持てずにいた。

 あくまでも偶然居合わせただけに過ぎない僕等だが、少年にとって他に話せる相手が居ないのであれば、彼はこちらに頼らざるをえなくなる。


 だが同盟の地に向かってしまえば、この少年が本来住むであろう土地からは離れることになってしまうのだ。

 当然面倒だからと放り出すわけにもいかず、この点を解決せねば事実に、僕は頭が痛くなる思いをし始めていた。




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