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洋上の小鳥 06


 まだ日も昇り始めて間もない早朝。僕とヴィオレッタは二人揃って、件の海賊が根城としていると思わしき場所へと向かっていた。

 拠点としている場所の情報源は、前日に話をした宿の支配人だ。


 このような早い時間に訪問するのは、ただ単に相手が寝起き状態である方が、優位性を取り易いと考えたため。

 ただこれはあくまでも、僕が想像する海賊像に過ぎないので、実際に向こうが規則正しい朝方の生活をしている可能性を考慮に入れていないのだが。

 脛に傷のないただの商会が相手であれば、限りなく失礼でしかない時間帯ではあるけれど。



「ここがそうなのか? 私には至って普通の、民家であるとしか思えないのだが」


「聞いた話ではね。海賊の根城だからと言っても、外観なんてこんなものじゃないかな」



 辿り着いた場所に建っていたのは、ごくごく普通な木材と土壁を多用した住居。

 海賊が隠れ住んでいるどころか、外観的にはどちらかと言えば開放的であり、ちょっとした小奇麗で豪華な別荘言っても通用しそうだ。

 そんな外観に肩透かしを食らったと言わんばかりに、ヴィオレッタは不服さを露わとする。



「悪党というのはもっとこう、オドロオドロしい蔦の生えたような屋敷に住んでいるものではないのか」


「そんな絵にかいたような悪党が居るとは、到底思えないけど……」


「サッサと乗り込んで制圧してしまえば楽だと思うが、これではそうもいかんではないか」



 直立し腕を組むヴィオレッタは、鼻息荒くなかなかに物騒な発言をする。

 いかにもといった場所に潜んでいた海賊を捕らえ、早々に降伏したそいつらを動かし悠々と母国へ凱旋する。

 どうやら彼女の頭の中では、そういった想像が巡らされていたに違いない。


 つい先日まで居たオルトノーティの、郊外に建っていたような屋敷であれば、彼女の空想を十分に満たしてはくれたかもしれない。

 だが結局目の前に現れたのは、ここが海賊の棲家ですと吹聴したところで、誰も信じてはくれそうにないような民家だ。



「ひとまず中へ入ろう。聞いた話が本当かどうか、ここに任せていいのかを判断するのはそれからだ」


「それもそうだな。もし討つ必要があるような悪党であれば、私がなんとかすればいいことだ」



 やはりどうにも物騒な発想が消えないのか、ヴィオレッタは珍しく履いているスカートの裾をたくし上げ、その下へと下げた短刀をチラリと見せる。

 どうしてうちの隊は、彼女と言いレオといいこうも実力行使が前提となるのか。

 ついでに言えば、早朝とは言えここは天下の往来。スカートの裾を捲るといった、大胆な行動は慎んでもらいたいところだった。




 ともあれヴィオレッタにスカートを戻すよう告げ、僕等は庭先へと踏み込む。

 少々広めに取られた敷地を歩き、家屋入口の扉前へ辿り着きノック。

 しばし待っていると、静かに開けられた扉の向こうから、一人の男性が姿を現した。



「失礼ですが、ここはカルリオーネ商会でよろしいですか?」


「ええ、その通りで。ご商談の方ですかな? でしたらどうぞ中へ」



 姿を現した老齢ではあるが大柄な男は、清潔な衣服を纏い柔らかな表情を浮かべている。

 事前に話で聞いていたような、凶悪な海賊という印象からは程遠い。


 彼は僕が問うた名に別段困惑したような態度すら出さず、すぐさま中へと招き入れた。

 広いロビーを通って奥の部屋へと通されると、柔らかなソファーへ座るよう案内される。

 男はすぐさま室内で待機していた他の人物へと、茶を淹れるよう指示。

 その人物が部屋を出るなり、彼は営業をせんとばかり饒舌に話し始めた。



「当商会はスタウラス国のみならず、南東の大陸や北の小部族連合とも取り引きを行っておりまして。幅広い商品を取り扱っておりますので、きっとご要望の商品も見つかるかと」


「は、はぁ……」


「ああ、これは失礼。わたくしは当商会で副代表を務めさせていただいている、クレイグと申します」



 クレイグと名乗った老齢の男は、柔和に皺を寄せられた笑顔を向ける。

 副と言うからには、まだ上の役職に就く人間が存在するのだろう。それが商会としてなのか、海賊としてなのかは定かでないが。


 クレイグの口からは、いかにも手広く商売をやっているという話が、ポンポンと飛び出してくる。

 そこには海賊という立ち位置からイメージするものは感じられず、ただ一介の商売人であると全力で主張せんばかりだ。

 ただ前日に聞いた話では、カルリオーネ商会そのものは表向きただの海運商であるとのことだったので、それも間違いではないのだろう。

 しかしそんな芝居めいた言葉に、付き合うつもりは毛頭ない。



「申し訳ないのですが、本日の用件は商品の入手ではないのです」


「はて……? ではいったいどのようなご用向きで」


「実は貴方がたが保有する船で、とある場所まで乗せていって頂きたいのです」


「……申し訳ありません。生憎ですが、当商会は旅客向けの航路を運航してはおりませんもので」


「商会としてはそうなのでしょう。ですがもう一方、海賊としての貴方がたであれば、引き受けていただけるのではないかと」



 いまだ惚け続けるクレイグへと、僕は断定的な言葉で告げる。

 すると彼はそれまで顔に張り付いていた柔和さを維持しつつも、室内の空気を一変させる刺すような警戒心を溢れさす。


 おそらくこの商会が海賊であるという情報は、間違ってはいないのだろう。

 発せられている気配はそれこそ、ある程度の修羅場をくぐってきた戦士のそれに近い。

 呆気に取られたり、怪訝そうにする。あるいは怒り始めたりするのであれば、この情報が間違っているという可能性もあったのだが。



「この件はロークラインという人物から聞きました。貴方がたであれば、可能であろうと」


「……そうですか、あの方が」



 このままの空気では、下手をすれば武器を取り出される可能性もあった。

 そのような事態は勘弁願いたかったため、とりあえず手っ取り早かろうとロークラインの名を出してみたのだが、彼はその名を知っていてくれたようだ。


 クレイグは俯くと若干の動揺を経て、なにやら考え込み始める。

 そこからしばし室内に無言の時間が流れると、思い直したように彼は顔を上げた。



「ロークライン殿とは、どういったお知り合いで? お二人とも、彼の配下かなにかで」


「配下、というのとは違いますが、一緒に仕事をした関わりです。どの程度開示していいか判断がつかないので、詳しくは申し上げられませんが」



 クレイグがようやく捻り出した質問に、僕は言葉を濁しつつもある程度本当のことを告げた。

 一応は国の出先機関に属するという、仮の立場は有している。

 だが流石にこの後で同盟の地まで送ってくれと言えば、単なる国の役人であるというのは信じてくれるはずがなかったためだ。




 そんなこちらの返答に対し、再び俯きなにやら長考を始めるクレイグ。

 ただいつまでもそうされては困ると、話を進めようとしたのだが、突如として背後から何者かの声が響く。



「お、珍しいタイプのお客さんが来てんじゃないのよ」



 背後から届いた声は、さほど歳のいっていない若い男のもの。

 驚いて振り返ってみれば、そこに立っていたのは声から感じた印象通りの若い男で、細身の長身に着崩したラフな格好をしていた。

 男は手に茶が載せられていると思わしき盆を持っていたが、先ほどクレイグの指示で茶を淹れに行ったのとはまた異なる人物だ。



「代表……、断りもなく入室するのは失礼というものですぞ」



 僕等と向かい合う椅子へ座っていたクレイグは立ち上がり、入ってきた男へと近寄りながら小言を漏らす。

 その男へと近寄り手に持たれた盆を受け取ると、それまで自身が座っていた椅子へ男をうながした。


 おそらくこの男こそ、クレイグの上に立つ人間なのだろう。

 年齢はクレイグよりも随分下であるようだが、苦言を呈しつつも丁寧な口調で代表と呼んだからには、まず間違いないはず。

 おそらくは商会としてだけでなく、海賊という本性においても。



「話しの最中に横から邪魔すんぜ。俺がこのカルリオーネ商会で代表を務める、ジョルダーノだ」



 彼は一旦座った椅子から腰を浮かし、テーブル越しに握手を求めた。

 男にしては随分と長めな赤毛が、日焼けをしている整った顔立ちに映える。

 最初に応対してくれたクレイグもそうであるが、事前に聞いていた海賊像と、少々異なるモノが感じられてならない。



 僕とヴィオレッタは立ちあがって、握手に応じると同時に名乗りを上げると、再び彼の勧めで腰を下ろした。

 ジョルダーノと名乗った男は、クレイグが使っていた椅子へと座り直すと、渡された香茶を手に取りズズと音を鳴らして飲む。

 その香茶が入れられたカップを卓へと置くなり、彼は身を乗り出して僕等へと興味津々といった様子の視線を向けた。



「で、誰に聞いてこんな辺鄙な場所へ来やがったんだ?」


「どうやらロークライン殿からのご紹介のようで」


「ああ、あのジジイか。相変わらず突然現れやがるな」



 ジョルダーノのした質問に答えようとするも、僕等よりも先に隣で立つクレイグが答える。

 彼が代わりにした返答に納得したジョルダーノは、やれやれといった様子で息を衝く。

 どうやらあまりロークラインに対し良い印象を抱いてはいないようだ。



「ジジイからの紹介ってことは、碌な要件じゃないんだろうな」


「彼とは知り合いで……?」


「半ば腐れ縁みてぇなもんさ。仲間だなんだってのとは違う気もするが、よく仕事を振ってくる相手ではあるな」



 手をひらひらと振りつつ、聞いて面白い話ではないと告げるジョルダーノ。


 だが仕事を振られるということは、何がしかの協力関係にあるということだ。

 本来国から追われる対象である、犯罪者としての立ち位置な海賊。そして国の機関に属し、情報を扱うロークライン。

 この両者に関係が構築されているというのは、意外に思えつつも存外そんなものだろうかと、逆に納得してしまうものがあった。

 面白い話ではないかもしれないが、十分に気になる内容ではある。




 ともあれ僕は、ジョルダーノに海賊船へと乗せてくれるよう交渉を始めた。

 普通そのようなものに乗ろうとする者など居ないせいか、彼は厄介に思いつつも、こちらに関心を向ける。



「つまりはあんたらを、同盟まで連れていきゃいいんだな?」


「はい。この場には居ない二人も含めて」


「参ったな、近場やら南東の大陸とかならともかく、西側か……」



 同盟の地まで乗せていってもらえるよう頼んだ僕に、ジョルダーノは頭をかきつつ呻る。

 どうにもそれは僕等を海賊船へ乗せる行為そのものへの難色というよりも、行き先に困っているといった風だ。



「なにか問題でも?」


「まぁ……、行けないことはないんだが、大陸の西側に行くとなれば、どうしても王国の南端を掠めるルートになる。そこは海流の関係もあって、かなりの難所でな」


「危険であると……」


「正直な。九割方は無事通り抜けられるだろうが、逆に残り一割は船が大きな損傷を受ける可能性があるとも言い換えられる。航海において一割の危険てのは、素人さんが想像する以上の危ない橋でよ」



 目の前に置かれた卓へと身を乗り出し告げるジョルダーノの言い分も、ある程度は理解が出来る。

 僕等は基本的に陸路での移動が主であるが、もし仮に一割の確率で災害に見舞われるとわかっていれば、その道行を断念してしまうかもしれない。

 しかも場所は他に逃げ場のない洋上。彼が二の足を踏むのも、無理からぬことだった。



「他にも細々した理由はあるが、主だった理由はそんなとこだ」


「受けられない……、とうことでしょうか」


「報酬額にもよるがな。どの程度なら払える?」



 これは当然であるが、相応の報酬を要求するジョルダーノ。

 僕は頭で手持ちの残額を計算し、彼へとその金額を告げる。

 手持ちのスタウラス国通貨は、船に乗ってしまえばもう使う事はないのだ。財布の中身を全部渡しても構わないだろう。


 すると彼は椅子へともたれかかり、顎へ手をやり小さく頷く。

 どうやら金額の面に関しては、一応は妥協可能なだけのものとなってくれたと見える。



「額は悪くありません。ですがこれだけでは、船と船員の無事を賭けて割が合うかは微妙ですな」


「そこだな。なんせ帰りも同じ場所を通らなきゃならねぇ」



 一方で難色を示したのはクレイグだ。彼は金銭面には納得を示すも、やはり危険性を気にしているようだ。

 その言葉を受け、ジョルダーノもまた顔を顰めた。



 さて、どうやって説得したものだろうか。

 他に手段が存在しない以上、彼らに頼る以外に道はないのだ。危ないからと言ってここで引くことはできない。

 だがこれで手持ちの金銭は全てだ。仕方なしに僕は、向こうに辿り着いたら追加での報酬を約束しようかと身を乗り出しかける。

 するとその直前、彼は少しばかり目を輝かせながら問うた。



「ところで一つ聞きたいんだが、その残り二人ってのは女か?」


「いえ、両方とも男ですが……」


「マジかよ、やる気が起きねぇな。……だがわざわざウチを頼って、こんな場所まで来てくれた客を追い返すのも気が引けるってもんだ」


「では……」



 元々乗り気ではなかったようだが、女性がヴィオレッタ一人であると聞いた途端、余計やる気が失せたようにも見える。

 しかしジョルダーノはすっくと立ち上がると、こちらを見下ろしつつもニヤリとし、自身と商会に任せるように告げた。



「ジジイの紹介なんざほぼ命令みたいなもんだが、言っただけの報酬は必ず貰うぜ」


「わかりました。お約束します」


「それでいいさ。誠意さえ見せてくれりゃ受けてやる」



 立ち上がり、再度の握手。

 海賊というイメージから程遠い、軽薄そうなジョルダーノの印象に、僕は本当に彼が海賊であるのか疑わしく思えてならない。

 だがされる握手の力は強く、決して自らの発言を違うことはないであろうと。彼からはそう感じさせるものがあった。



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