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洋上の小鳥 01


 翌日の昼頃。首都クヮリヤードを出立した僕等は、比較的整備された一本道の街道を、騎乗鳥が引く荷車に乗って移動していた。

 当然のことながら早朝にビルトーリオは迎えに行ったし、現在彼は同じく荷車の上に乗っている。

 ただ首都で監視下に置かれていたのは随分と気が張り詰める状況だったようで、今は横になって薄布にくるまり眠っている。



「結局、今回私は何もしていないぞ」


「気にするな。俺も同じだ」



 そんな道中、荷台の上に座るレオとヴィオレッタは、互いに無表情のままで呟いた。

 二人とも当然ロークラインから与えられた任務をこなすつもりであったのだが、実際には移動先で宿に居ただけで、なにも関わることが出来ずにいたのだ。

 それはレオ自身の適性の問題であったり、ヴィオレッタが急な病に伏せていたというのが原因なので、仕方がないし誰も責める者は居ない。

 ある意味では楽とも言えるが、きっと二人には釈然としない、消化不良のようなものがあるのだろう。



「まったく、こんな状態で病に倒れるなど、なんと不甲斐ない」


「仕方ないさ。流石にここまでの道中で、疲れが溜まってたんだから」


「そうは言うがな、同じ立場になってみればわかるぞ。何もできずただ待つというのも、なかなかにキツイものがある」



 自己を責めるヴィオレッタに対し、宥めるつもりで言った言葉ではあるが、彼女にはあまり効果がない。

 ズイと顔を寄せて僕を睨みつけると、口惜しそうに拳を握り自身の腿を叩く。



「まぁ……、確かに言われてみればね」


「そうであろう!? 戦う力があるというのに、それを行使できぬ悔しさがあるのだ」



 叩いた拳を再び振り上げ、荷車の上に立ちあがって力説するヴィオレッタ。

 その横ではレオまでもが頷き、彼女の言葉へ同意を示していた。


 普段はあまりこういった会話に入ってこない彼も、今回ばかりはフラストレーションが溜まっているのだろうか。

 ただ正直なところ彼女が病に伏せていなかったとしても、オルトノーティでは最後に攻め込む時まで二人に出番はなかった。

 心情的な面はともかくとして、変装や潜入、駆け引きなどといった類は、この二人が最も不得手とするところなのだから。



 ひとしきり力説したヴィオレッタは、次第に満足したのか荷台へと腰を下ろす。

 まだ病み上がりなので、あまり興奮するような行動は控えてもらいたいところ。

 しかしそんな彼女は再度僕を見やると、一転して追及するような鋭い口調となる。



「ところでアル、例の女性とやらとは何もなかったのだろうな」


「どうしてそんなことを?」


「……お前は時折、女誑しな面を見せる時があるからな。その女性とずっと二人きりであったようだし、今度もジェナやエリノアのように籠絡したのではと思ったまでだ」



 ヴィオレッタはジトリとした視線で僕の顔を眺め、呆れ混じりな様子で告げる。

 確かにカサンドラとはずっと二人で行動していたし、最後には少々それらしい空気になりかけたりはした。


 だが女誑しとは心外だ。

 ジェナやエリノアに関しては、行きがかり上助けたのであったり、与えられた任務によって協力したに過ぎない。

 それはカサンドラに関しても同様であり、特別どうこう言われる筋合いはない。…………はず。





「お前さんたちは本当に仲がいいな。長年連れ添った夫婦のようだ」



 僕がヴィオレッタから追及の言葉を受けていると、不意に御者台へと座る男から声が飛んできた。

 声の主は手綱を握ったままで振り返ると、こちらを見ながら口の端をニヤリと歪める。



「だ、誰が夫婦だ!」


「妙なことを言わないで下さいよライモンドさん」



 僕とヴィオレッタが同時にする抗議の声に男……、ライモンドはカラカラと声を上げて笑う。

 冗談混じりでした揶揄であったようだが、同時に抗議したことで、逆に彼の言う通りの印象が強まってしまったらしい。


 僕等がこの国に入る直前、国境付近で出会ったライモンドは、スタウラス国の諜報機関でもあるノーラウザ広報社に属する記者だ。

 僕等をロークラインと引き合わせる切欠となってくれた彼は、そのロークラインからの指示によって、僕等が無事船に乗れるよう現地までエスコートする役割を仰せつかっていた。


 厳密には直接彼から命令を下されたのか、それとも間にノーラウザ広報社の上役が入っているのかは知らない。

 ただライモンド自身も、今となってはそれなりの情報に触れているようで、ロークラインの存在を知るに至っている。

 それに僕等が海路で同盟へと帰還を果たそうとしているのを、既に知っているようでもあった。



「仲が良いな、あんたたちは。毎度こんななのかい?」


「ああ。この二人はいつもそうだ」



 ライモンドがした質問に、途中から黙っていたレオが同意を示す。

 思いがけぬ方向から沸いて出た言葉に動揺したのか、ヴィオレッタは次にレオへと食ってかかった。

 病み上がりであるとは言え、どうやらもうすっかり普段通りの体調に戻っているようだ。


 そんな二人のやり取りを眺め笑っていたライモンドは、僕の方へと向き直る。

 彼は頬の緩んだ表情を収めると、次いで飄々とした調子で、僕等が首都を離れていた時の行動についてを口にした。



「お前たちがしたことは、随分と話題になっているぞ。勿論詳細は伏せるし一部を脚色もするが、明日あたりノーラウザ・タイム誌の一面を飾る話題になる」


「裏社会の人間が、阿漕なカジノを運営していたという話しでですか? それとも共和国と通じていた件で?」


「両方だな。これを機にオルトノーティのカジノを、国の監視下へ置けるようになるはずだ。こんなのが明るみに出ては、世論も反対はせんだろうよ」



 ライモンドは鼻で笑うように、若干自虐的な空気の漂う口調で言い切る。

 その口ぶりからすると、どうにも彼の上司は最初からこの結果を目論んでいた節がある。

 あくまでも可能性の話だが、あの街のカジノを裏側で仕切る連中を一掃し、国の影響が及ぶようにする。

 今ではそれこそが、最終的な目的だったように思えてならない。



「そういえば、捕まった連中はどうなるんですか? どうでもいいことかも知れませんが」


「お前さんが言うところの、阿漕なカジノを運営していたというのも当然だが、共和国の諜報員に情報を流していたのはかなりの重罪になるだろう。敵国と通じていたんだ、タダでは済まんさ」


「では上の方の連中は極刑に?」


「末端連中はともかくとして、上のヤツらはそうなるかもしれん。その辺りはどこの国も似たようなもんだろ?」



 一応確認としてライモンドへ問うと、彼は断定こそ避けたものの、決まりきった事実を述べるような口調で返す。

 その言葉を聞いて、僕は僅かではあるが胸を撫で下ろした。

 僕自身は特別恨みつらみなどはないのだが、カサンドラに関してはそうもいくまい。

 捕まえた親玉に彼女が直接手を下せはしないものの、これである程度は溜飲も下ってくれるのではないだろうかと。



 ライモンドの言葉に安堵した僕は、浅く荷台の椅子へと腰かけ、背を預けて空を見上げる。

 思い出すのは、事が終わった後でカサンドラから向けられた、好意の片鱗とも言える言葉。

 最後には冗談で締めた彼女の言葉を反芻すると、自然と気恥ずかしさから顔が再び熱を持つのを感じられる。



「おい、なにを笑っているのだ」



 いつの間にやら、表情を緩めてしまっていたようだ。

 こちらを向いていたヴィオレッタは、ジト目で僕へと視線を向けつつ、呆れとも怒りともつかぬ感情を発露させる。



「また例の女を思い出していたのではないだろうな?」


「まさか……。気のせいだって」


「どうだか。そんなに気に入ったのならば、このまま残ってしまえばいいであろうに。私たちは勝手に帰らせてもらうが」



 妙に鋭いヴィオレッタの指摘に、若干どもりつつも否定する。

 すると彼女はなにやら機嫌を悪化させ、フイと余所を向いて投げやりな言葉を口にした。


 どういう訳か機嫌を損ね始めたヴィオレッタを宥めつつ、彼女には悪いが再びカサンドラへと想いを馳せる。

 おそらくは、もう彼女と会うことはないのかもしれない。

 むしろ互いの立場を考えれば、その可能性が高いのだろうと思う。

 だがいずれ機会があれば、探し出して思い出話に花を咲かせるのも悪くはない。僕にはそう思えていた。







 首都クヮリヤードから真っ直ぐ東へ移動した先に在る、あまり人口が多いとは思えぬ小規模の港町。

 二日弱の行程を経て辿り着いたそこは、僕等の向かうフィズラース群島と呼ばれる島々への玄関口となる地であった。

 名前はなんと言ったか忘れたが。



「そんじゃ、達者でな。おそらく無いとは思うが、もしもまた首都に寄るようなことがあったら、うちを訪ねてくれや」


「わかりました。ライモンドさんも、道中お気をつけて」



 騎乗鳥の引く荷台から降りた僕等四人は、ここまで送ってくれたライモンドへと礼を述べる。

 彼とはここで別れ、再び僕等だけで帰還の旅を再開するのだ。


 別れの挨拶もほどほどに、帰路に就くライモンドへ手を振って見送る。

 その姿が見えなくなると、荷車から降ろした荷物を肩へと担ぎ、僕等は港へと向かった。



 しばし小さな町のメインストリートと言える道を歩き、真っ直ぐ海の方へと向かう。

 通りの所々に宿や土産物を扱う店などが点在し、ここが大陸と島嶼部を結ぶ玄関口であるのが実感できる。

 ただその通りは少々閑散としており、その点ではここが玄関口であるのに首を傾げたくはなる。

 ここまでの道中ライモンドに聞いた話では、ここからフィズラース群島行きの船が日々頻繁に出ているため、それら施設を利用する人が少ないためとのことだった。



「で、私たちが乗る船というのはどういう物なのだ?」



 若干閑散とした町並みを眺めつつ歩いていると、横に並ぶヴィオレッタが疑問を向ける。

 見れば彼女の口元は強く結ばれ、緊張するような気配すら漂っていた。



「さあね、僕も詳しくは聞かされていないから。でもそれなりに良い船室を確保してくれたそうだから、期待していいんじゃないかな」


「その約束をした人物を私は知らんが、信用していいのか?」


「大丈夫だと思うよ。おそらくこういった内容に関して、嘘を言う人じゃないはず」


「……そうか。そこまで言うのであれば、期待するとしようか」



 僕がヴィオレッタに告げると、彼女は表情を明るく開かせた。

 どうやら実のところ、今回の船旅をよほど楽しみとしているようで、途端に機嫌良さ気な様子で鼻歌を口ずさみ始める。

 彼女はこれまで海に浮かぶ船というものに乗った経験がないらしく、当人は認めないだろうが道中時折ソワソワとしていた。


 運航している船の中でも、ロークラインはかなり上等なモノを用意してくれたようで、その旨が首都を出発した日の早朝に人伝で伝えられている。

 それなりの費用もかかっただろうに、彼なりに僕との約束を果たそうとした結果に違いない。




「良い船ですか……。今の体調ですと、できれば揺れない方がよいのですが」


「だ、大丈夫ですか?」


「なんとか。船の上で休めればいいのですけれど」



 背後から弱々しい口調で言うのは、ビルトーリオだ。

 彼は僕等が首都を離れている間、保護という名の下で人質として監視下に置かれていたため、精神的な面ではなかなか辛い状態であったようだ。

 聞いた話では然程厳しく監禁されてはいなかったようなのだが、基本ただの一般人に過ぎない彼にはそれでも十分なストレス。

 今の体調では、船があまり揺れるようだと相当厳しいはず。


 ここまでの道中でエイダに彼を診断させた限りでは、いわゆる胃酸過多であるとのこと。

 ストレスによって胃に穴が開きそうであるそうなので、いい加減彼はどうにかして休ませてあげなくてはならない。




「レオはどうだ? そっちも初めてだろう、船は」


「一応な。だが俺は横になれればそれでいいぞ」


「張り合いがないな……。体調も悪くないんだし、もう少し楽しそうにしたらいいのに」


「……そういうものか?」



 ついでとばかりにレオにも話しを振ってみる。

 しかし彼は然程船自体には関心がないのか、眠る場所が最低限確保されていれば問題はないと言い切った。

 いつも通りの反応であるとは言えるが、少々肩すかしに思えなくもない。

 帰還途中の必要な行程とはいえ、折角の船旅なのだ。少しくらい楽しんでも罰は当たらないと思うのだけれども。




 そのようなやり取りをするうち、次第に空気からは潮の香りが感じられ、徐々にではあるが人の行き来する姿も増えてくる。

 往来する人々は荷車を引き、その上に諸々の荷物であったり、魚が入れられたと思われる木箱を載せていた。


 次第に前方からは波音が聞こえ、視界には空の色と同化せんばかりな青が映る。

 逸る気持ちからか小走りとなって進むヴィオレッタを追い、僕も足早に進む。

 岩と丸太で組まれた港へと辿り着くと、肺へ潮混じりな空気を吸い込んで、視界を遮るものなく広がる海を眺めた。



「この向こうに、同盟の領地があるのか」



 ボソリと小声で呟くヴィオレッタ。

 彼女は海の遥か彼方を見つめ、ようやく目途の立った帰郷の実感を噛みしめているようだった。



「とは言っても、同盟があるのは正反対の方向だけどね。一度フィズラース群島へと渡って、そこから王国の南側を経由しないと」


「わ、わかっている! 折角の感傷に水を差すな」


「そいつは失礼」



 それとなく訂正したのだが、確かにヴィオレッタの言う通り、余計な言葉だったのかもしれない。

 ただ実際彼女はそれを失念していたようで、頭に描いたイメージとしては、視線の彼方に故郷が在るように思えていたようだ。



「とりあえずは、僕等が乗る船を探そうか。出港は明日だそうだけど、乗船は前日から出来るそうだし」



 ともあれいつまでも、こうやってノンビリ海を眺めてもいられない。

 ビルトーリオを休ませるためにも、荷物を置いて落ち着ける場所へと移動しなくては。

 港で広がる海へと齧りつくヴィオレッタを引っ張り、僕らはロークラインが手配してくれた、そこそこ豪勢であるという期待の船へと向かった。




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