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チーム


<アルコール度数三十五度。過度の飲酒は控えるべきでは>


『わかってるよ。もう舐める程度にしておく』



 エイダのアナウンスを聞きながら、目の前に据わるテーブルの上を見る。

 そこに置かれているのは、片手に収まる程度のサイズをした素焼きのカップ。

 注がれた琥珀色の液体は、暗い店内で煌々と灯る洋燈の明りを受けて、輝きながら揺らいでいる。


 少しだけ持ち上げ僅かに口をつけると、強い酒精の香りと喉へ焼け付くような強い刺激。

 これは僕等がこの酒場へ入ってきた時に、ヘイゼルさんが注いでいた酒だ。

 それが人数分、僕等新米たち全員に渡された。

 もっともその内何人かは下戸であるため、何がしかの果汁を絞って水で割ったものを手にしている。



「別に先輩に遠慮しろなんて言わない。だが少しくらい後輩らしく(・・・)しておいた方が、後々楽だろうよ」



 カウンターにすがって彼女がする説明は、入団に際して必要な基礎知識と言うべきもの。

 これは言わば、オリエンテーションとかいうものに分類されるのだろうか。

 内容は僕等がこれから任される予定の仕事に、行動の自由の範囲。

 そしてこの"駄馬の安息小屋"でのルールや、暴力行動の制限に関する内容。

 あとは……、上手く渡っていくための処世術か。



「アタシたち傭兵が振るう力ってのは、それそのものが一種の商品であると言っていい。金を受け取って、そこで初めて相手を殴るし、武器を取って人を殺る」



 実際に傭兵となって、この場でヘイゼルさんの話を聞き改めて感じる事がある。

 僕等がこれまでの訓練によって身に着けてきた力は、取り引きする相手が存在して初めて金銭に換わるのだと。

 これまで頭では理解していたが、感覚としての実感はなかった。

 傭兵というのは一つの生き方であると同時に、当然のことながら需要に基づいた職業なのだ。



「イェルド傭兵団は世界最高品質の、そして最高級の商品だ。力を安売りしていいもんじゃないし、決して無関係の者に手を出すことも許されない。それを肝に銘じておきな」



 つまるところ、彼女が言いたいのはこういう事か。

 安い挑発に乗って喧嘩を買うな。もしもやるならば、傭兵団の看板を外してからにしろ。

 あくまで戦う相手は敵であって、一般の市民に武器を向けるなと。


 もし傭兵たちが略奪などを平然と行えば、それを雇った側すらも民たちは支持しないだろう。

 そういった点も含めて、傭兵団の商品価値となる。

 その代わりに報酬は随分と高いものに設定されているようなのだが。




「その上で人前では団の名に恥じぬ相応の振る舞いをする、ただそれだけのことさ」


「振る舞い……ですか?」



 僕等と一緒に来た少年の一人が、ヘイゼルさんの言葉に反応し問う。

 今が彼女の話に口を挟んでよい場面かどうか。それは判断が付かないが、彼がそう言葉に出した気持ちも多少理解できる。

 お世辞にも僕等は、訓練キャンプでお上品な生活をしてきたとは言い難い。

 彼の頭の中でどういったイメージが浮かんでいるかは知らないが、例えばタキシードを着て女性をエスコートしろなどと言われても到底無理な話。


 それはヘイゼルさんも重々承知であったようで、疑問に対して彼女はすぐさま言葉を返す。



「別にお前たちに、テーブルマナーを覚えろなんて言いやしないさ。都市の統治者連中や金持ちには頭を下げて、機嫌を損ねなきゃそれでいい。簡単だろ?」



 本当にそれだけという訳にはいかないだろうが、基本はそんなところか。

 普段は威張らずとも堂々としておけばよいが、商売相手には多少下手に出ておけということだ。

 これまでの僕等が、教官や先輩たちを相手にしてきた事と、そう大差はない。



「さて、アタシからの説明は以上だ。何か質問は…………ないな」



 立ち並ぶ僕等を見渡し、満足気に頷く。

 そこで彼女はカウンターの下から二枚の羊皮紙を取り出し、それに目をやりながら僕等の名前を読み上げる。

 それによって総勢九人の試験合格者が、一班と二班の二つに分けられた。

 僕とケイリーとレオニード、そしてもう一人、マーカスと呼ばれた少年が二班。

 それとは別の五人が一班となる。


 それぞれに班にその羊皮紙を渡される。

 手元に来たそれを覗き込むと、記されていたのは簡略化された地図。



「各々の地図に描いてある場所が、これからお前たちの使う棲家だ。今から向かって、真面に仕えるように整えな」


「あの……。住む場所は班ごとに別々ということでしょうか?」



 一班へと振り分けられた少年の一人が、小さく挙手して問う。

 班を分けるというのは理解できるが、僕も住む場所まで分けられるなどと思ってもいなかった。

 これまで聞いていた話では、僕等は全員が当面この街で活動すると聞いていただけに。



「仕方がないだろ。うちは大所帯なんだ、一か所に全員を集めるなんて不可能だっての。その都度適当な空き家を見繕って振り分けてるんだよ」



 現在この街に、どれだけの人数団員が居るのかを僕等は知らない。

 だがヘイゼルさんの発言から察する印象だと、大きな宿屋一件を丸々借り切ったとしても、到底足りない人数であると想像がつく。


 親交の程度はさて置いて、一方の班に分かれた皆も、共にキャンプで苦楽を共にした仲間だ。

 離れるのに一抹の不安を覚える。

 だがその点に文句を言っても始まらないだろう。



「さあ、ぐずぐずしてないで行きな! こっちは店を開ける準備で忙しいんだよ!」



 僕等は蹴り飛ばしてくるようなヘイゼルさんの言葉へと従い、駄馬の安息小屋を跡にする。

 そのまま一方の班と別れると、羊皮紙に書かれた場所へと向けて歩き出した。







 それなりに道幅は広くはあるが、昼過ぎでも尚薄暗い裏通り。

 僕等はヘイゼルさんによって指定され、振り分けられた棲家へ向けて歩いていた。



「えっと……、たぶんこっちだと思う」


「なんなのここ。目印になる物がないから、全然どっちがどっちかわかんない」



 ただ地図を頼りに進もうとするも、周り中同じような光景ばかり。

 いったいいま何処を歩いているのかすらわからず、迷子一歩手前といったところだった。


 何故かは知らないが、四人いる中で羊皮紙を手にしその先頭を歩くのは僕だ。

 こういった役回りは、集団の中で自然と構築されていくのだとどこかで読んだような記憶がある。

 僕がその若干面倒な役回りを引き受けてしまっているのは、いったいどういう訳なのか。



 ただそんな中でも、道中道に関しての話ばかりでは気まずい。

 なので多少なりと道が判明したところで、僕等は簡単な自己紹介を始めた。



「それじゃあ、最初は僕から」



 僕等三人は知った仲ではあるが、マーカスと呼ばれた彼とは、名前は知っていてもこれまでほとんど交流がない。

 彼に知ってもらうという意味でも、ここは改めてやっておくべきなのだ。


 これがいつまで続くかは知れないが、とりあえず当面はこの四人で一つのチームとなるのだ。

 極力穏やかに、二日前の一件での印象を払拭せんと笑顔で名乗る。

 特に僕やレオなどは、自ら率先して野盗を斬ったため、あまり好意的に思われていない可能性すらある。

 今後彼と円滑な意思の疎通を図るにも、少しでも印象を良くしておきたい。



「じゃあ次、ケイリー」


「ええ!? アタシ? えーっと……」


「がんばれ」


「いや……、レオもこの後でするんだよ、自己紹介」



 最初に僕が自己紹介し、次いでケイリー、レオと続く。

 考えながらも陽気に名乗るケイリーと、たどたどしく名乗るレオ。

 ケイリーなどは特に、最後の一人である彼が多少なりと馴染めるよう、極力軽い空気を作ろうとしていた。



 そして最後に名乗ったマーカスという少年は、僕よりも少し年下だと思われた。

 これまで碌に会話もしたことが無い相手ではあるが、彼に関する噂を多少耳にしたことがある。

 その弓の技量は訓練キャンプ内でも飛び抜けて高く、教官たちも舌を巻く程であると。

 平均よりも少し高い身長のレオよりも更に若干背が高く、身体からはさほど骨太さは感じられないが、力などはありそうにも見える。


 彼の人となりを知っておきたいと考えた僕は、それとなく話題を振って色々と話を引き出してみた。



「そうか。マーカスはミルンズの出身なんだ」


「知ってるんですか?」


「いや、名前を聞いたことがあるくらいだよ。湖畔沿いの小さいけど綺麗な町だってね」



 訓練キャンプで誰かとした世間話で、そんな話が出たことがある。

 その地が気になっていたというよりも、何かの拍子にただ偶然覚えていたに過ぎないのだが。



「それは嬉しいですね。良い所ですよ、水も透き通っていて、魚も良く獲れる。冬は厳しいし貧しい町ですけれど」



 丁寧な口調で話すマーカスは、少し懐かしそうに目を細める。

 彼は今、貧しい町だと言った。

 きっとそれこそが、マーカスに傭兵としての道を進ませる要因となったのかもしれない。

 詳しく聞きはしないが、おそらくはそんなところだ。



<新規データを取得し、地理情報を更新しました。当該地域、"ミルンズ"と推測される地点を確認。映像を投影しますか?>


『いや、結構だよ』



 不意に割って入るエイダ。

 多少は気になりこそするものの、そんなのは後でも十分だろうに。



「もし任務で行く機会があったら、とっておきの魚をご馳走しますよ」


「それは楽しみにしておかないとな。……って、傭兵が仕事で行くような状況になったらダメじゃないか」


「あ……、それもそうですよね」



 マーカスはしまったとばかりに頬を染め、柔らかな空気を纏い頭を掻く。


 最終試験を合格した中で、一番最後となったのがこのマーカスだった。

 まだ少しだけしか会話をしていないが、そこから感じる性格は純朴と言い表わすのが適切と思えるものだ。

 教官に急かされていたにせよ、よくもあの試験を通ったものだと、今更ながら意外に思えてならない。




 全員の自己紹介を終え、僕等は再び道を進んでいく。

 曲がりくねった裏路地を迷いながら進んでいるせいか、僕等はなかなか目的地にたどり着けない。

 その間の僕等はといえば、再び話すネタに事欠き沈黙するばかりだった。


 僕ら三人はある程度の親交があり会話を続けられるものの、マーカスを差し置いてずっと雑談しているというのもしのびない。

 なんとか彼も交えてできる話題がないだろうかと、訓練キャンプや今後について話を捻り出そうとしていた時。

 そんな空気に耐え兼ねたのか、ケイリーはふと足を止めてとある疑問を振ってきた。



「ところでさ、何でこの分け方だったんだろうね?」


「分け方……、と言うと?」


「班のメンバーよ。二つに分けるのに人数が揃わないのはしょうがないとして、なんでこの組み合わせだったのかなってさ」



 彼女の疑問も、多少は理解できる。

 向こうのメンバーの何人かは、僕も多少なりと面識があり知ってはいた。

 だが彼らにはこれといって共通する点などなかったはずであり、ケイリーの疑問とする理由の想像がつかない。



「んー……。キャンプでの成績、とか?」


「なにそれ。片方に優秀なのを集めたとかそういうの?」


「いや、もし仮にそうだとしたら、バランスよく振り分けるんじゃないかな。それにあくまで想像だし。マーカスはどう思う?」


「ええっと……。くじ引き、でしょうか?」



 顔を寄せて問い詰めるケイリーから目を逸らし、逃げるようにマーカスへと振ってみる。

 その可能性も無いとは言えない。

 クジというよりも、ヘイゼルさんか教官たちかがランダムに振り分けたという可能性だが。


 僕は立ち止まった状態で後ろを振り返り、チラリとレオを見る。

 また同様に、ケイリーとマーカスも彼へと視線を送っていた。

 あまり答えを期待してはいなかったのだが、積極的でこそないものの、レオもまた最低限のコミュニケーションは取ろうとしてくれたようだ。

 僅かに首を捻り考える素振りを見せている。


 僕等全員の視線を浴びる中、レオはその視線に気付くと共に、ボソリと呟く。



「……安全だから」


「え?」


「このメンバーなら……、安全だと判断したんだろう」



 その言葉と共に、レオは自身の正面に立つケイリーへと、一瞬だけ視線を向けた。

 少しだけ言葉の意味を測りかねていた僕であったが、その視線によってようやく言葉の意味を理解する。


 そうだ、普段僕はあまりケイリーについてそういった意識をする事はないのだが、よく考えずともケイリーは女性なのだ。

 いくらヘイゼルさんが素行について言明したとしても、そういった衝動を抑えきれない者も出てくるはず。


 おそらくこのメンバーを選出したのは、ヘイゼルさんではなく教官たちだ。

 ただ仲の良い友人としてしか見ない僕に、温厚で押しの弱そうなマーカス。正直何を考えているかはわからないが、ある意味で人畜無害なレオニード。


 このメンバーならば、間違いを犯す一線は他の人間よりもずっと遠い。

 教官たちはきっとそう判断したのだろう。

 僕等は考えもしていなかったが、教官たちはよく見ているのだと思い知らされる。

 ……レオに関しては、半ば悪口にも思えなくはないが。



「……予想だが」



 付け足すように言うレオだが、きっと彼の予想は当たっていると思えてならない。

 若干顔を赤らめるケイリーも、彼が言わんとした内容を理解したようだ。


 それにしても、レオにしては意外な発想と言うか推察であったと思える。

 内容が無いようなだけに、まさか彼は意外とムッツリなのではないかという考えが頭をよぎってならなかった。


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