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ハッピーダイス 16


 カジノを襲撃し、そこの経営者の子である被虐趣味持ちであったバカ息子から情報を得て。

 僕等は都市オルトノーティの郊外。東へ数kmといった場所へとやって来ていた。


 ここは件のカジノ経営者である男が住むとされる館の前。

 現在何がしかの理由によって療養中であるというこの場所こそが、共和国の人間と会い情報をやり取りする場であるとのことだ。



「確かに、あまり警備は多くなさそうだ」


「そのほとんどがカジノに回されているために、こちらが手薄になっているそうで。現金をあちらで管理しているせいもあるのでしょうが」



 夜が開けるには早いうえ、分厚い雨雲に覆われた漆黒の空気の中。

 眼前に建つ屋根すら見えぬ高い屋敷……、というよりもほとんど砦に近い建物を眺めつつ呟いた僕へ、カサンドラは件のバカ息子から引き出した情報を口にした。


 おそらく他に理由としては、この屋敷の主人がこの街の裏社会における最大の権力者であるため、害を成そうとする者が居ないためだ。

 とはいえ流石に立場上、一切の護衛を排しているということはあるまい。

 カジノの方とは異なり、多少なりと手練れを揃えている可能性はあるため、油断してはならないとは思う。



「準備はいいですか?」


「無論です。私はとっくに覚悟できています」



 カサンドラへと振り向かずに問うと、彼女は自身が着る薄手の上着をめくり、その下にぶら下げた幾本かの短剣の内一本を手にして肯定する。

 これはつい先ほど襲撃したカジノの護衛たちが持っていた物で、出ていく時に拝借したのだ。

 今からその親玉を確保に向かうにしては、こちらの武装が余りにも心許なかったためだが、彼女がそれを使う機会がなければいいのだが。



<油断大敵、と言う言葉がありまして>


『ああ、気を付けるよ』



 チクリと針で突くように、簡潔な言葉で嫌味を飛ばしてくるエイダ。

 わかりきっているので今更言わなくてもとは思うが、彼女にしてみれば心配の末に出た発言であったのだろう。

 そんなエイダへと了解を告げ、カサンドラと視線を合わせると屋敷へ向け歩を進める。



「僕が前に出るので、背後を頼みます」



 所々に点在する草むらへと隠れつつ、ゆっくりと前進。

 一見してこれといった警戒もされていないように思えるし、明りの類も存在はしない。

 しかし今まさにエイダから忠告を受けた以上、警戒を怠るわけにもいくまい。



 潜みつつ前へと進んでいき、屋敷の壁沿いに侵入が可能そうな場所を探っていく。

 そうして僕等は、屋敷裏手の隅に在る場所へと辿り着いた。

 そこは夜風を入れるためだろうか、一か所だけ窓が開かれており、容易に侵入できる状態であった。

 というよりは、声を大にして侵入してくれと言わんばかりだ。



『不用心……、というのとは違うのかもな』


<意図して開けられている可能性もあります。ご注意を>



 確かにここの警備は許そうではある。

 だが曲がりなりにも裏社会の有力者と言える人間が住む屋敷が、こんなにも迂闊なものだろうか。

 エイダも言う通り、やはりこれは侵入者を誘導するための手段であるように思えてならなかった。



「どうされたのですか?」



 開かれた窓を前にして立ち止まる僕へと、カサンドラは怪訝そうな口調で問う。

 踏み込むのを躊躇していたため、どうして入らないのかを訝しんだようだ。

 その問いに対し声をいっそう潜めると、カサンドラに窓を指さし示し、危険性を指摘する。



「警戒してください。おそらく待ち伏せされています」


「そ、そうなのですか?」


「間違いなく。ここだけが開かれているというのは、余りにも不自然に過ぎる」



 するとカサンドラは言わんとしていることを理解したようで、頷き短剣と投擲ナイフの柄を握りしめた。

 一見して緩い警戒に失念してしまっていたようだが、ここは敵さんの総大将が住んでいる屋敷なのだ。

 罠や不意打ちの一つや二つ、あって当然であると考え直したらしい。



「いつでもどうぞ」


「ええ、では行きますよ」



 と言って窓の縁へと手をかけ、身を躍らせ中へと飛び込む。

 建物内へと入り足を着くと、そこは外以上の暗闇が広がっており、目には壁などが僅かに映るのみ。

 その場に暫し留まると、抜身となった短剣を構えつつ、目が慣れるまで息を潜めて待つ。


 ようやくうっすらと視界が確保され始めた眼前に見えたのは、外壁に沿って一直線に伸びている通路。

 ここは屋敷の端に当たる場所であり、奥へと進もうと考えれば、一つの方向へと行くしかない。

 途中にはいくつもの扉が並んでおり、その何処からか人が飛び出して来れば、容易に不意を打たれてしまう状況であった。



『迎え撃つには好都合な場所だな』


<何がしかの手段でこちらの侵入を察知していれば、既に待ち構えているはずです>


『もしカジノの襲撃が伝わっていたとしたら、警戒されているかもしれない』



 現状ではこれといって、屋敷内に人の動くような気配は感じられない。

 ただもしも仮に僕等がカジノへ乗り込んだとき、奇襲の報を出されていたとしたら、既に待ち構えている恐れは存在する。

 件のバカ息子を尋問したり、迫る護衛を薙ぎ払っている最中など、それをするだけの時間は十分にあったのだから。



『エイダ、こっちが発したものを除いて、それらしい僅かな物音も漏らさず報告してくれ』


<了解しました。現状は問題ないようですが>


『ならいい。気付かれていないなら、それに越したことはないからな』




 同様に窓から入ってきたカサンドラを手招きし、忍び足で廊下を進む。

 エイダによるセンサー越しの索敵は行っているものの、自身も周囲へと視線をやり、聞き耳を立てて歩き幾つもの扉を通り過ぎていく。


 途中で全ての室内を点検しつつ奥へ奥へと進み、正面玄関を通り過ぎ、廊下の端で上へ向かう階段へと行き当たる。

 ここまで途中の廊下に分かれる先もなければ、閉じられた玄関以外には外へと繋がる場所も見当たらなかった。

 普通は玄関奥のロビーに、上へ繋がる階段がありそうなものだが、それすらもなしだ。


 妙な造りをした建物だとは思う。

 ただこの場所が侵入者を撃退する用途として利用されると仮定すれば、決して不思議ではないのかもしれない。


 徐々に誘い込まれているような感覚を覚えるが、行かないとう選択肢を取りようもない。

 意を決して屋敷の隅に据えられた階段の、最初の一段目へと足をかけた直後。突如として警告を発するエイダの声が頭へと響く。



<上方に音を感知。二体です>



 その報告に足を止め、急ぎ上を見上げる。

 すると暗い二階の踊り場から二つの影が躍り出て、こちらへと真っ直ぐに落下してくる姿が視認できた。



「下がって!」



 言うが早いか、それとも手が動くのが先だったのか。

 僕は背後に着いていたカサンドラを突き飛ばし、自身も真後ろへと飛び退った。


 直後にガシッという音と共に、今まさに僕が立っていた場所へと落下してきた二つの影。

 目が慣れた明るさの場所へと姿を現したそれは、手に刃物を携えた二人の人物。

 見れば先ほど立っていた階段部分には、深々と突き刺さった中剣が。音の正体はこれであったのだ。



「やっぱりバレていたか。少し待っていて下さい、排除しますので」


「は、はい」



 僕によって突き飛ばされたカサンドラは、廊下で尻餅をつきこちらを見上げていた。

 それでも手にした武器を手放していなかった点から、やはり多少なりと訓練を受けた人間であることが窺える。


 そんな彼女へ後ろで待機しているよう告げると、若干上擦った声ではありながらも、しっかりとした反応で了承し、立ちあがって大きく後ろへと下がる。

 やはり思いのほか冷静だ。



「さて……。そこを退いてもらいたいんだけど、やっぱり実力でこじ開けないとダメなんだろうな」



 顔すら定かでない全員黒装束な、男と思われる二人組。

 そいつらへと投げ槍に問いかけてみるも、案の定返される言葉はなく、短剣をこちらに向けるばかり。

 内一人はすぐさま姿勢を低くすると、床を蹴りこちらへと接近を試みた。


 迫る姿を目で追うも、予想していたよりもずっとその動きは俊敏だ。

 ここまで相手にしてきた護衛たちは、それこそ碌に戦闘に関する訓練を受けたとは思えぬ、言わば烏合の衆。

 だが今目の前で剣を振りこちらを攻撃してくる二人は、それら連中とは大きく異なり、しっかりとした剣筋で命を捉えようと迫っていた。



『こいつは油断ならないみたいだ』


<暗いですから、目測を誤らぬように。今怪我をしても、しばらく治療は望めませんので>



 横薙ぎにされる中剣の一撃を、上体を仰け反ってギリギリで回避する。

 エイダの言う通り、屋敷内の廊下には一切の明りが存在せず、攻撃に対する目測が測り辛い。

 それは敵に関しても同様な条件であるはずなのだが、やはり長い時間暗闇に目を慣らしていたおかげか、動きには躊躇する素振りが見られなかった。



『やっぱり悪党の親玉を護衛する人間ともなれば、相応に実力を持った人間が選ばれるんだろうな』


<強敵ですか? 実感として>


『ああ、比較的ね。勿論レオやヴィオレッタとは比べようもないけど』



 中剣を突き出す勢いは鋭く、深く振り下ろす動きは迷いがない。現在僕へと二人同時に攻撃を仕掛けてくるこいつらは、かなりの手練れであるとは思う。

 具体的には言いようもないが、おそらくかなり人を斬った経験を持っている、本職の戦闘員に違いない。

 だがそうであったとしても、これまで戦ってきた強敵に比べれば、そう苦戦するモノではないはず。



 連続した攻撃を仕掛けてくる敵を見据えながら、自身の腕に嵌めたブレスレットを起動。装置の能力により、身体能力と思考速度を強化した。

 最近はあまり使う機会も少なく、久方ぶりに身体へとかかる負荷に骨や筋肉が小さく軋む。


 迫る一人が繰り出す突きを勘頼りで引き付け、切っ先が僅かに光るのを目視するなり半身分動いて回避。敵の懐へともぐり込む。

 そのまま肩から敵の鳩尾へ向けてタックル。

 ズシリという重い感触と共に倒れ込み、黒ずくめの男はそのまま階段へと激突した。


 僕はその男の身体を緩衝材代わりとなったため、これといったダメージはない。

 即座に起き上がり目の前の倒れた男を確認すると、階段の角で後頭部でも殴打したためだろうか。グッタリとし動く気配は感じられなかった。



『次だ。もう一人は?』


<左後方、四mの位置です>



 強化された思考速度の中、ゼロコンマの速さで行われるやり取りによって、エイダから敵のおおよそな位置を指定された。

 その方向へと振り返り、迎撃を行うべく体勢を整える。

 すると仲間が倒されたであろうに、残る一人は気にした様子もなく、こちらを害そうと向かってきた。

 そういった点からしても、やはりカジノでたむろしていた護衛たちとは大きく異なる。


 中剣を構え突進を仕掛けてくる男は、こちらの首元を切り裂かんと斜め上へと薙ぐ。

 その攻撃を手にした短剣で逸らし、先ほどと同様に当身を食らわせんと姿勢を低くする。

 しかし逸らした武器を手にしているのとは逆の手、そちらが後ろへと隠れているのが僅かに見えた。



<警告。他に武器を保持している可能性があります>


『わかっている!』



 自身でその可能性に気付くのと同時に、エイダからの警告が響く。

 するとやはり予測したものは正しかったようで、薄く見える男の背後から武器らしき影が姿を現し、一直線に僕へと向かってきた。


 すかさず手にした短剣をもう一方の手に持ちかえ、逆手のままで男が武器を握る手元へと突きつける。

 手首へ深々と刃が突き刺さる感触と共に、もぐり込んだ懐の真上から聞こえてくる、苦悶の声。

 その声を無視し、空いた方の腕を折り曲げ、肘を男の頬へと打ち込んだ。



「っ危ない危ない……」



 ドサリと大きな音をさせ倒れ込む男。

 黒装束のそいつを見下ろし、僅かに額へとかいた汗を上着の袖で拭う。

 特別強くはなかったが、油断が過ぎただろうか。少々危ないと思える状況へと遭遇したことで、冷や汗をかいている。



「だ、大丈夫ですか!?」


「ええ、問題はありませんよ。ちょっとだけ不意を打たれそうになりましたけれど」



 二人の男を伸した直後、そそくさと近寄り小声で心配の声を発するカサンドラ。

 彼女は万が一に備え投擲ナイフを構えた状態で、少し離れた場所に立ち待機してくれていたようだった。

 幸いにも、彼女の手を借りねばならない事態にはならなかったが。



「でもちょっとだけ、しくじったかもしれません」


「……と言われますと?」


「こいつらからは情報を引き出せないかも。やり過ぎました」



 小さく溜息を衝き、倒した黒装束の二人組を見下ろす。

 片方は階段の角にでも頭を強く打ったためか、今のところ身動き一つしていない。

 一方で二人目の方は、顔面に肘打ちを食らわせた時に、打った頬とは別の場所で骨が砕ける感触があった。

 たぶん首の骨をやったはずで、同様にピクリともしておらず、この様子だと双方助かりはすまい。


 などと考えていると、案の定予想通りの状態となったようだ。

 エイダが両名共に、このままだと死亡するであろう事実を突き付けてきた。



「仕方ありませんよ。武器を持って向かってきたのですから」



 人の命を奪ったことに対し、慰めようと言うのだろうか。カサンドラは僕の手をそっと取り、優しげな声をかける。

 ただ僕自身ここまで傭兵稼業を続けて来て、敵の命を奪った程度で凹んでしまうほどの、ナイーブな気質は既に持ち合わせてはいない。


 あくまでも僕が気にしたのは、事態の証言をさせる人間を減らしてしまったという点に関してだ。

 全体で見れば大した影響はないかもしれないが、こいつらもまた若干ではあるが証拠足り得るはず。

 その内の一端が失われてしまったというのは、僕の失態であると言えた。




「話の一つでも聞き出せればよかったのですが……。ともあれ、ここから先は今以上に警戒していきましょう。まだ他にも居るはずです」


「わかりました。私は戦力としては微妙なので、実際に戦うのはお任せしますが」



 心配そうにするカサンドラを制し、僕は階段の上へと顔を向ける。

 今はなによりもまず、最大の標的を確保するのが先決だ。


 カサンドラの返事を聞くなり、再び後方へと着いた彼女を引き連れ、階段へと足をかけ上り始めた。



<ところでアルフレート。一つよろしいですか?>


『どうした、何か異常でもあったのか?』



 暗い階段を一段一段警戒しつつ進んでいく僕へと、エイダは唐突に訪ねる。

 その声はどういう意図であるのか、呆れたと言わんばかりのニュアンスが込められた音声として作られたものだった。



<暗くて見えないのでしたら、指示して貰えれば頭に鮮明な映像を映せるのですよ。現に私はセンサーを介して、暗さの関係ない視界を確保しているのですから>


『…………忘れてた』



 これは本当に呆れられても仕方がないのかもしれない。

 僕は余りにも基本的な機能すら忘れ、便利なモノを使おうともせずに、普通に自身の能力のみで対処しようとしていたのだから。

 これもまた、この惑星での環境に慣れてきた弊害とも言えるのだろうか。


 ただエイダに対し、それならそうと早く言えと、小さな文句を言いたい心境には駆られたのだが。


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