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ハッピーダイス 15


 背後に立つカサンドラ。彼女が持つ堪忍袋の尾とも言えるそれが千切れるのは、思いのほか早かったようだ。

 無言のまま床を蹴り僕を追い越した彼女は、そのままバカ息子へと迫りその首根っこを掴んで引きずり倒す。

 想像していたよりもずっと強い力で行われた行為により、ヤツは音を立てて近くに置かれた拷問器具へと叩きつけられた。



「……今、何と言った」



 凄まじい怒気を孕んだカサンドラの声。

 問い詰めるというよりは、脅迫し吐かせようというその内容は、先ほどこいつの口を衝いて出た迂闊な言葉に対するものだ。


 つい先ほど僕はこいつに対し、共和国との繋がりに関するモノを聞き出そうとした。

 そのうち背後からは護衛がわんさかと沸いて出るだろうから、その前に最低限の情報を得る必要があると考えたために。

 しかし聞き出した内容からすると、こいつはどうやらあまり悪事の核心部分には深く関わっていなかったようだ。

 カジノ経営者である父親の命に従って行動し、細々とした手伝いをするのが役割であったのだと。



「な、何って……」


「お前の仲間が殺した男のことだ!」



 困惑するバカ息子の言葉に、カサンドラの怒声が狭い室内へと響き渡る。

 結局カサンドラの相棒を殺したのは、こいつ自身でもその子飼い連中でもなかったようだ。

 実際に手を下したのは親玉直属の輩であるようで、こいつはその背後でただその光景を眺めていたらしい。

 件のダイスを奪ったのはそれが済んだ後であり、自身が手を下したように見せかけ、周囲に対し虚勢を張っていたに過ぎなかったのだと。


 だがとりあえず、今のところそれはいい。親玉の息子とはいえ結局のところこいつはただの使いっパシリであり、大した脅威ではなかったのだから。

 しかし今問題があるとすれば、武器をチラつかせて脅す僕に対し、こいつが言い放った言葉だ。

 「雑魚だった」、「殺されるのを見るのは愉快だった」。こともあろうに、こいつはそうカサンドラの目の前で口走った。

 脅した結果として、その時に感じた内容がそのまま口を衝いたのかもしれない。

 ただそのような内容を聞かされたカサンドラにとっては、到底許せる内容ではないはずだ。



「私の相棒を見殺しにした! 貴様も同罪だっ!」


「そ……、そんなの知らない! 知らなかったんだ、俺のせいじゃない!」



 ここでもまた、こいつは素直に返答を返し自身は悪くないと主張する。

 ただこれは逆に、カサンドラの感情へと余計な刺激を与える結果にしかならず、バカ息子は彼女によって殴打され、顔を赤く染めていく破目となっていた。

 しかしもし仮にこいつが知っていたとしても、こいつの人間性的に知っていたからといって助けることはあるまい。

 むしろ嬉々として、自身も混じって暴行を加えかねないはず。




<アルフレート、そろそろ急いだ方が>


『おいでなすったか?』


<はい。この部屋へと続く通路上、何体かの反応が接近中です>



 恫喝と殴打を繰り返すカサンドラを眺めていると、エイダが護衛たちの接近を知らせた。

 それなりに派手な立ち回りを演じていたのだ、むしろ予想よりも来るのが遅いくらいで、連中が統率のとれた集団ではないというのが知れる。


 僕はその言葉を聞くなり、背後の閉められた扉へと近寄り、腰に差した短剣を一本引き抜きカサンドラへと告げる。



「カサンドラさん、外に他の連中が迫っているようなので、僕はそちらを対処します」



 興奮から肩で息するカサンドラへと振り返り、迎え撃つ旨を伝える。

 見れば彼女の前には血に染まった顔を恐怖に歪め、声にならぬ悲鳴を上げている小男の姿があった。



「……ええ。では話を聞き出すのは、私にお任せを」


「言われるまでもないとは思いますが、落ち着いて。暴力を止めろとは言いませんが、口を開ける程度には加減してくださいね」


「了解です」



 生死云々は置いておくとして、色々と情報を聞き出すためには、冷静さを保って駆け引きをしなければいけない。

 なので彼女には、もう少しばかり落ち着いてもらう必要があった。


 念を押すように告げると、彼女は存外大人しく頷き、息を整えて平静を保とうとし始める。

 一方で顔を赤くさせたバカ息子はその姿を目にし、僅かに生存への希望をその顔に浮かべた。

 だがこれによってコイツが安堵するというのも、あまり面白いものではない。



「ああそれと、情報を引き出すのでしたら、殴るよりも手近に在る物を使う方が効果的ではないかと。折角なので」



 そう言って僕は見せつけるように、大仰な素振りで部屋を見回し、所狭しと置かれた器具の数々を強調する。

 結果、その表情を安堵から急激に絶望へと変容させゆく。

 その変わり様が面白いと思いつつ、僕は頷き手近なノコギリ状の刃が備わった椅子へと近寄るカサンドラを置いて、一人部屋の外へと出て扉を閉めたのだった。




 部屋から出た僕の目の前には、細い通路と明り一つない暗がりが伸びる。

 ただ暗がりの向こうからは慌てふためくような、男たちの動揺混じりな喧騒が響いていた。



「道が狭いから、相手をするのは楽そうだな」


<常に一対一の状況を作れるというのは有利でしょう。その代わり、戻る時が大変ですが>



 カジノの奥へ伸びる廃坑道において、最奥とも言える場所に在る背後の部屋。

 そこへと至る通路は狭く、人が二人並べばやっとといった程度でしかない。

 故に武器を持って戦うならば自然とタイマンに持ち込めるものの、一方で倒れた相手の山を踏み越えねば、通り抜けるのも儘ならないのは明らかだった。

 仕方がないとは言え、少々面倒臭い。




「いたぞ!」


「奥だ、武器を寄越せ!」



 次第に接近し、洋灯の明りと共に姿を表す護衛たち。

 その手には聞こえてきた通り武器の類が握られ、こちらを無傷で返す気が皆無であるというのがありありとしている。

 ただ通路の狭さ故にか、持つのはナイフや短い棍棒などといった、取り回し易い物ばかり。



「場所柄当然の選択だけど、こいつは助かるな。……長柄の武器を使う敵は苦手だ」


<最近そう言うようになりましたね。ヴィオレッタの母親と一戦交えて以降ですが>


「理由がわかってるなら、あえて言わないでくれよ……」



 少々小馬鹿にした風にも聞こえるエイダの言葉に、僕は手にした短剣を迫る護衛へと突き付けながら返す。


 それは共和国の南部で逃走の最中に出会った、ヴィオレッタの母親であるダリアについて。

 これまで何人も長柄の武器を使う相手と戦ってきたが、短剣や中剣を好んで使ってきた僕にとって、元々があまり得意とは言えない類の相手であった。

 しかしその中でも群を抜いて、というよりも比肩しえないほどに強いあの人物との戦い以降、僕の中での苦手意識は余計に強まったと言っていい。


 ただ今回はそんな武器を使える場所ではないので、相手をせずに済みそうだ。

 こういった状況を作っていけば、苦手な類の敵を相手しなくてもいいのだと考えれば、積極的に狙っていくべきなのかもしれない。



<最良の状況で戦える体制を整えるのも実力の内。そう言ったのも彼女でしたね>


「思い出させるなって。でも言わんとしている意味がよく理解出来る」



 長柄の武器になぞらえて、彼女から言われた言葉を反芻する。

 ダリアから去り際戒めのように告げられた言葉は、今にして思えば反論のしようもない内容であった。

 次に会う機会があるかは知れないが、今まさに眼前に起きている状況を考えれば、彼女には感謝の意を伝えるのも悪くはないのだろう。



 僕はそのような事を考えつつ、迫る護衛たちの繰り出す短剣を弾き飛ばしていった。

 然程手練れとは言えない連中の、なっていない攻撃をいなしながら、隙を突いて拳を叩き込み気絶させていく。



「クソがっ! 早く退かせろ!」



 倒れた護衛が通路を塞ぎ、後続の前進を阻む。

 背後に居た者がそいつを後ろへと引っ張り込み、空いた場所へと新しい護衛が突っ込んでくる様は、一種のパズルを見ているような滑稽さがある。


 しばしそんな光景が繰り広げられた頃。

 護衛たちをいなす僕の背後にある扉越しから、不意に絶叫とも断末魔の悲鳴ともつかぬ鳴き声が響く。

 おそらくは件の器具を使ったカサンドラが、情報を引き出すために少々手荒な真似をしたのだろう。



「お、おい何だ今のは」


「坊ちゃんの声だ。……急げ、早くそいつを畳んじまえ!」



 その声に触発されたかどうかは知らないが、護衛たちは焦りを禁じ得ないといった様子で声を上げ、更にこちらへと迫りくる。

 バカ息子の態度から考えても、あまり部下たちからの忠誠心など期待できそうにはなかっただけに、意外と言えば意外だ。



『随分と必死だな。あんなのでも護らなきゃならないってことか』


<そうしないと後が怖いのでは? 一応は反社会的な勢力ですし、護衛の失敗による上からの制裁が恐ろしいのでしょう>



 疑問を口にする僕へと返したエイダの言葉に、妙な納得をしてしまう。

 連中の雇い主はおそらく、今まさにカサンドラから責め苦を受けているバカ息子の父親であろう。

 そいつはこの都市における裏社会の顔役とも言える存在であるだけに、その子供を護れなかったとなれば、後々自身の立場や生命が危うくなると考えるのは、当然の発想ではないか。



『悪党の世界でも、上に逆らえないのは一緒か……』


<妙に実感がこもってますね>


『そりゃ上の人間である団長の命令で、結局こんな遠くまで来る破目になったのを考えればな』



 木端とはいえ目の前の連中は、悪党に違いないのだろう。

 それでも自身と似たような立場であるように思えてしまい、僕には気にも留める必要もないはずのこいつらが、何とも苦労しているように思え始めてしまっていた。







「こんなところか」



 累々と横たわる護衛たちの身体を軽く蹴飛ばしつつ、僕は一息ついて腰へと手を当てる。

 結局三十人近くが押し寄せたのだが、そのどれもが大した実力ではなく、片手で適当に武器を弾き飛ばし、殴りつけるだけで倒れてしまうような輩であった。


 大した情報を得られそうにはないが、こいつらもまた悪事の証拠。

 なので面倒臭いとはおもいつつも、気絶させるだけに留め全員生かしておいた。

 もっとも、潜入した国家機関の諜報員を始末した輩の身内だ。捕まった後で碌な目には遭わないだろう。

 このスタウラス国においての法律がどうなっているかは知らないが。



<中からは何の音もしなくなりましたが、そろそろ終わったのでは?>


「じゃあカサンドラさんと合流して、撤収するとしようか。……やり過ぎてないといいけど」



 どうやら背後の部屋では、カサンドラが一定の行為を終えたようだ。

 中からは先ほどまで時折漏れ聞こえていた、バカ息子の悶絶する声などは一切耳にできなくなっている。

 まさかやり過ぎて絶命しているのではと思いはするが、エイダがこれといって言及していない点からして、そこまでには至っていないのだろう。



 踵を返し背後の部屋へと歩み、撤収を呼びかけるために扉を開いて中の様子を探る。

 すると中からは僅かにこもったかび臭い臭いと共に、ツンと鼻を衝く異臭が。……おそらくアンモニア臭。



「ああ、やっちゃいましたか」


「え、ええ……」



 背を向けるカサンドラへと声をかけると、彼女はバツの悪そうな様子を浮かべて振り返る。

 その顔からは、部屋を出る前に見たような怒気や憎悪は感じられない。

 ただそれはもう気にしていないというよりも、別の要因によって気が削がれたといった雰囲気だ。



「どうかされましたか?」


「それが……。いえ、一応情報は引き出したのですが、かなり意外な反応をされたもので」


「反応?」



 奥歯に物が挟まったようなカサンドラの言いよう。

 どこか困ったような、あるいは恥ずかしそうな表情を浮かべる彼女に疑問を抱きつつも、拷問器具である椅子に座らされ気絶するバカ息子を見下ろす。

 案の定そいつは失禁によって服を盛大に汚していたのだが、直後におかしな様子に気が付く。


 それによって僕はカサンドラが困っている理由を、なんとなくではあるが察した。

 何故ならば気絶したこいつの顔は、この上なく恍惚とした様子で緩みきっていたからだ。



「これはいったい?」


「その……、どうやら虐められるのを好む嗜好だったようで……」


「ああ……」



 所在なさ気に視線を泳がせ、僕の問いへとどもりながら返すカサンドラ。

 ようするに眼前で気絶しているこの不快な小男は、いわゆる()が付くほどの被虐嗜好の持ち主であったのだろう。

 部屋から漏れ聞こえた声が苦痛からくるものではなく、まさか歓喜の声であったとは……。


 よもやあれだけ部下たちに対し高圧的であった男が、このような趣味を持っているとは予想外だ。

 いや、あるいはだからこそなのだろうか……。

 いずれにせよカサンドラが行った、拷問とも言える情報の引き出しは、結果的にこいつを喜ばせるものにしかならなかったようだった。

 目的の情報を吐かせるのには成功したようだが。



「痛めつけても喜ぶばかりで、全く効果がなかったもので。なので逆に質問に答える度に、痛めつけると言ったらどんどん口を開いて……」


「いや、言いたくないなら別に言わなくてもいいですから」



 気が重そうに経緯を説明するカサンドラ。

 その口調も今では、恥ずかしがっているというよりはむしろ、嫌なモノでも見たかのようだ。

 つまりはこの醜態を晒したバカ息子に対してドン引きしているのだろうが、その気持ちはよくわかる。僕も同感だ。


 カサンドラは一つ咳払いをすると、頭を振り払って気を取り直し、表情を引き締める。



「ですが、あの人を直接手に掛けた男についても聞き出せました。どうやらこいつの父親の側近で、今はそちらで警護をしているとか」


「そうですか……。では情報が得られたのであれば、早く行動を起こしましょう。この騒ぎを察して逃げられても困る」



 僕もまた気を取り直してカサンドラへ行動を促す。

 すると彼女もまた同意し、小男へと背を向けて扉へと歩を進める。

 先を進み目的の場所へと向かうカサンドラを見れば、彼女は報復の対象が定まったためか、しっかりとした意志で足を踏みしめているように見えた。


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