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ハッピーダイス 14


 最初こそこのまま向かおうと考えたのだが、エイダの断固とした反対を受けた僕は、狼狽えるカサンドラを連れ隠れ家へと戻った。

 そこで隠していた幾つかの装備を身に付け、再度標的となるカジノへと足早に向かう。


 カサンドラを追った時点では多かった人通りも、あれから少々時間が経ったためか随分と少なくなっている。

 そんな大通りを進んでいき、僕等は廃坑道を再利用したカジノの前へと辿り着く。



「覚悟はいいですか?」


「勿論です。私は後ろで援護に徹します」



 そう言ってカサンドラは上着を少しだけ捲り、中に忍ばせた武器を見せる。その薄い上着の下には、ズラリと投擲ナイフが下げられている。

 彼女はこういった武器を使うのを得意としているようなので、後方から援護してくれる方が適材適所と言えるのではないだろうか。

 逆に言えば、あまり前に出て戦うのが得意ではないとも言えるけれど。



 頷くカサンドラの断言する言葉を聞き、静かにカジノ入口への階段を下りていく。

 既に営業が終了している時刻ではあるが、店内には金やチップ代わりに使われる金属などが山となっている。

 コソ泥を警戒して各所の入り口に、見張りが立っているのは間違いない。


 その見張りを警戒し忍び歩きで進んでいると、やはり扉の前には一人のガタイの良い男が立ち、肩を回しながら面倒臭そうに佇んでいた。



『一人だけか。エイダ、奥にも居るか?』


<扉の向こう、カジノ内にも四人ほど居るようです。全員が座っているか横になっているので、不意を突けば制圧は容易でしょう>



 グローブの中、手の甲へと入れ込んだペンダント型のセンサーが駆動し、入口の扉を越えた先まで見通す。

 エイダから告げられた中に居るという数人が、交代要員であるのか、それともただたむろしているだけかは知らない。

 ただ多少なりと武装をしているのは間違いないだろうし、追加で他の連中を呼ばれるのも不都合なだけに、大した相手でないとしても速攻で無力化する必要性はあった。



 背後に着くカサンドラへと、後ろ手に三本の指を立てて攻撃をするまでのカウントを行う。

 この辺りは同盟や共和国に限らず、どこの地域でもやり方は変わらない。

 その指がゼロを示した直後に僕が階段を飛び降りると、背後の彼女もまた同様に動く気配が感じられた。



「ふあぁ……」



 飛び降り目の前で着地した僕の前に立っていた、見張りと思われる男。

 そいつが発した言葉は動揺や驚愕が混じった声ではなく、なんとも気の抜けた欠伸であった。

 どうやら丁度こいつが欠伸をするタイミングで飛び出したようで、その大きく開けた口と閉じられた瞼によって、こちらが地を踏んだ音にすら気が付いていない。



「見張りが気を抜くなよ……」



 好都合な状況への安堵よりも、呆れが先に立つ。

 ついついそのような言葉が口を衝きつつも、前のめりとなって右の拳を見張りの鳩尾へと叩き込む。


 欠伸によって息が吐き出されていたせいだろうか。

 くぐもった声すら出すこともなく、目だけが見開かれ白目をむく男は身体を折り曲げ、そのまま地面へと沈む。


 その男が倒れ気絶したのを確認すると、扉へと耳を当て中を探るフリをする。

 背後で男の両手を縛り上げていたカサンドラへと振り返ると、すかさず次の行動を指示した。



「中に何人か居る。合図をしたら扉を蹴破りますので、一呼吸置いてから続いて下さい」


「……はい。いつでもどうぞ」



 確認をすると、彼女は意を決した表情で頷く。

 カサンドラの内心など読みようはないが、おそらくは覚悟できているはず。

 その言葉を受けた僕は頷き返し、前言通り力を込めて扉を蹴破り、扉が開ききるのも待たず一足飛びにカジノの中へと飛び込む。


 そこに居たのは、エイダの言っていた通り四人程の男たちだった。

 内二人は腰を下ろして片手に酒を持ち。残る二人は直に床へと横になっている。



 起きていた二人は扉の破壊された音に驚き、酒によるせいと思われる赤ら顔でこちらへと振り向く。

 ただその頃には既にこちらも男たちの眼前へと迫っており、腰を浮かそうとするよりも早く、一人の顔面へと勢いそのままにブーツの底を叩き込んだ。



「っんだテメ――」



 座っているもう一人が啖呵を切ろうとする。

 しかしその言葉を発し終えるよりも前に、蹴りを放った足を下ろすことなく薙ぎ、側頭部へと踵を見舞う。

 頭から男はふっ飛んで昏倒し、残るのは床で酒壷を抱えて眠りこける警備担当らしき男が二人。


 高いびきをかいて眠るそいつらは、それなりに音を出したというのに起きる気配すらない。

 このまま放っておいても朝まで置きそうにはない。だが暴れられても面倒だと思い、入口の見張り同様に縛り上げる。


 縛り上げる最中にカサンドラへと視線を移すと、彼女の手には投擲用のナイフが握られていた。



「ダメです、生かしておきましょう」


「わかってはいるのですが……」



 ナイフを逆手に持ったカサンドラは、今にも眠りこける男たちの首元へと、それを振り下ろさんばかりであった。

 彼女にしてみれば、こいつらが思い人を手に掛けた可能性もあるだけに、大人しく拘束するだけでは気が済まないに違いあるまい。

 おそらく入り口で男を縛り上げた時にも、かなり堪えていたはず。


 こいつらが実際彼女の相棒を手に掛けたかは知らないが、この場で始末しておけば面倒がないのは否定しない。

 だが実際には、こいつらもまた立派な証拠品なのだ。

 叩けば埃がいくらでも出そうなカジノであるだけに、叩くためにも生かしておく必要性はあった。



「実際に斬るのは、直接手を下した輩を見つけてからでも十分でしょう。その後でなら、お好きにどうぞ」



 拘束する手を止めて彼女の側へと寄り、軽く背を叩きつつ告げる。

 その言葉に納得したとも思えないが、渋々ながらもカサンドラは手にしたナイフを上着の内へと収め、昂ぶった感情を抑えるように息を整えた。



 そんなカサンドラの姿に安堵し、拘束のために再度ロープを手にしたその時。僕の耳へと微かに、何か硬い物が落ちるような音が届く。

 一瞬気のせいかとも思ったのだが、カサンドラもまた同様に音を察知したようだ。

 周囲を見回すと、一足先に彼女がその正体に気付くこととなる。



「動くなっ!」



 直後に響くカサンドラの声。その彼女が向けた視線の先である、カジノの奥へと繋がる通路。

 そこには一人の男が立っており、こちらを凝視しつつも踵を返し、奥へと逃げ去ろうとしている姿があった。


 縄を手に男たちを縛り上げる最中である僕を置いて、一人駆け追おうとするカサンドラ。

 すかさず縄から手を離して彼女を引き留めようとするも、その判断は僅かに遅かったようだ。

 カサンドラは伸ばした手をすり抜け、男を追って勢いよく暗がりの通路へと駆けこんでいった。



「しまった……」


<危険ですね。ここからでは探知できませんが、奥にまだ敵が居ないとも限りません>



 ここまでで五人を身動きとれぬ状態としたが、これまでも探ってきた限りでは、護衛はこれで全部ということもあるまい。

 当然帰宅した人間も居るだろうが、奥にはまだ複数が居るというは間違いない。

 カサンドラ一人で突っ込んでいって、無事でいられると思える根拠は希薄であった。


 急ぎ立ち上がり倒れた男たちを放置して、彼女を追って僕も通路へと飛び込み走る。



<男が逃げた先は、例の拷問器具が満載された部屋の方角ですので、面白いモノが見れそうではありますが>


「それはなかなかに見物だ。でも今の精神状態で使われちゃ困る」



 進む先をガイドするエイダの言葉へと、頷きつつも止める必要性を感じる。

 カサンドラには先ほど言い含めはしたが、その場に行けば思い余って暴走しかねないだけに、早く止めてやらなければ。



「恨みから口が利けない状態にされても困る。カサンドラがやり過ぎる前に止めておくか」


<それがいいでしょう。骸からは情報を引き出せません>




 賛同の声を上げるエイダに同意しつつ、どんどんと廃坑道の奥へ進む。

 道中で何人かの警備と遭遇するが、その全てを一撃の下に叩き伏せ、一度として止まることなく先を急ぐ。


 先を行くカサンドラは、順調に件の部屋へと向けて一直線。

 そのルート選択は逃げる男の向かう方向次第ではあるのだが、そいつは不幸にも最も面倒な道を選択してくれているようだった。


 こちらが何人も敵と遭遇しているのに反し、あちらは一切出会ってはいないらしい。

 彼女らが通り過ぎることによる騒がしさによって、あちらこちらから警備の人間が顔を出しているためだろう。



「これは、後になって背後から押し寄せられる破目になりそうだ」


<そこはもう覚悟してください。彼女一人を置いて逃げるという選択肢は取れないのですから>



 目の前に迫りつつある状況に、ウンザリとした面持ちで呟く。

 向かっている先は、この廃坑道の袋小路とも言える場所だ。

 カサンドラは頭に血が昇っているためだろうか、彼女は自身が負い込まれるような場所へと、躊躇することなく進んでいた。

 当然今まさに僕が遭遇しているように、敵が後でわんさかと背後から迫るのは当然。

 ここまでで何人か戦闘不能にしているので、かなりの割合で数を減らせているのを祈るばかりだ。




 そうこうしている間に、僕は件の部屋の前へと辿り着く。

 道幅の狭さもあってあまり早く走るのも叶わず、結局途中でカサンドラへと追いつくことはできなかった。

 ただ彼女は部屋へと入る直前に男を捕まえたようで、その手にはグッタリとして気絶した男の襟首が掴まれている。



「一応、生かしてはいますよね?」


「ええ。念を押されたので」



 ただ彼女の抱えた激情も、男を気絶させた行為によってある程度沈静化したようだ。

 カサンドラは思いのほか落ち着いた声色を返し、掴んだ手を離して男を地面に落とす。


 想い人を奪われた怒りが先に立っているとはいえ、実のところなかなかに感情の起伏が激しい人物であるようだ。

 スリであったりギャンブルでイカサマをする技術などがあるとはいえ、よくロークラインは彼女を諜報員として迎え入れたものだとは思う。



「とりあえず、いったん上に戻りましょう。ここでは逃げ道がありません」



 僕はそう言ってカサンドラの手を取り、元来た道を戻ろうとする。


 これから例のバカ息子を探し出すにしても、部屋を虱潰しにしなければならない。

 その間に挟撃でもされれば、いくら烏合の衆とはいえ、場合によっては負傷すらしかねない。

 なのでいったんこの場から移動し、仕切り直すのが無難ではないかと考えた。


 しかし彼女は目の前に在る部屋の扉を凝視し、こちらの手を逆に握りしめるようにして制止する。



「いえ、おそらくこの中に居ます」


「……まさかあいつがですか?」


「はい。この男が中に居る人間に助けを求めようとしていたのですが、その時に名前を呼んでいたので」



 そう言いカサンドラはチラリと足下に転がる男を見やり、再び眼前の扉へと視線を移す。


 たぶん彼女が言っているのは、件のバカ息子のことだ。

 そいつがどうしてこのような場所に居るのかは知りようもない。だがカサンドラが言うからには、足元の男は実際にそいつへと助けを求めてここへ来たのだろう。



 ともあれそんなことは入ってから後々で問うてみれば済む話かと考え、今度は蹴破ることなく普通に取っ手を握り引き開ける。


 踏み込んでみれば中は以前と異なり、所々へと照明が置かれて明るい。

 その明るくなった室内には、変わらず趣味の悪い拷問器具の類が所狭しと置かれ、所々に見られる使用感から異様な雰囲気を醸し出していた。


 そんなゲンナリさせられるような空気の中、部屋の中には確かに例のバカ息子の姿があった。

 中腰となった状態で固まってこちらを凝視し、手には硬貨が入れられていると思われる袋が。



「悪いな、邪魔するよ」


「ななな……、なんだキサマら!」



 未だに名も知らぬバカ息子は、困惑から手にした袋を落としつつ、姿を現した僕等を指さす。

 案の定落とされた袋からは、硬貨らしき物の音がジャラリと鳴る。

 鳴った音からしてかなり大量に入っているようで、状況を見ればこれがカジノの売上金であろうことが想像できた。



「ちょっとあんたに用があってね。なんだ、売上金の集計でもしてたのか? 案外真面目なんだな」


「こ、これは……。キサマには関係ないだろう!」



 告げた言葉に対し、バカ息子は露骨なまでに動揺した様子を示し、落とした袋を拾い上げて背後に隠す。


 前回入った時には違ったようだが、どうやらこの部屋は現在現金の保管庫としての機能も持ち合わせているらしい。

 様子を見るからに、金庫の中身を何処かへと移している最中であるようだ。

 それが防犯対策として時折移動させているのか、売上金を着服しようとした結果なのかは知らない。

 ただ返された反応からして、後者である可能性は高そうだった。



「その顔、キサマは昨日の……」



 流石に前日痛い目に遭わされた相手を忘れる程、物忘れが激しくはないようだ。

 僕の顔を指さしつつ、バカ息子は屈辱から上気した顔を歪める。

 ただどうやらこいつは、ディーラーとして働いていたカサンドラの顔は覚えてはいないようで、彼女にはこれといって意識を向けてはいない。


 その高慢ちきな、殴り倒された側であるというのにこちらを格下と見ているかのような顔を見るにつれ、感情が逆撫でされていくのを感じる。

 それは当然のことながら、カサンドラも同様であったようだ。

 背後に立つ彼女からは、再び怒気とも殺意とも似た感情が立ち上り始めるのが、手に取るようであった。


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