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ハッピーダイス 13


『……そういえば遅いな』


<もう一時間近くが経ちます。そろそろ終わってもいい頃ではないかと>



 しばし壁に背を預けウトウトとしていたのだが、ふとある所で気付き部屋の奥へと入ったカサンドラを思い出す。

 まだほんの少ししか時間が経過していないと思ったのだが、エイダの言葉によると意外な時間が過ぎていたようだ。

 部屋への扉に視線を向けるも、中からカサンドラが出てくる様子はない。

 これは最初からなのだが、部屋からは物音一つ聞こえて来ず、本当に中へ彼女が居るのかすら怪しくなってくる。



「カサンドラさん、大丈夫ですか?」



 邪魔をするのも悪いとは思いはしたが、軽くノックをし問いかける。

 しかし中からはやはり返事も返ってこず、動揺したような物音一つも鳴ることはなかった。



 まさか何かあったのではと思い、扉を開けて中へと入りこむ。

 しかし踏み込んだ中で室内を見渡してカサンドラの姿を探すも、影も形も見当たらない。

 そこにあったのは彼女に預けた洋灯が一つと、使われたであろう一本の細い針状の金属棒。そして二つに分かれてテーブルの上に転がる、四面のダイス。



「居ない……」


<すみません、私もセンサーによる監視を行っていませんでした。部屋の奥に外へと繋がる扉があるようなので、そこから出ていったのでしょう>


「だがいったいどこへ……。しかも何も言わず」



 置かれている洋灯を手に取ってみると、火皿に満たされている獣脂は若干だが減っている。

 しかし獣脂が追加された形跡があることから、出ていって然程時間は経過していないようだった。


 テーブルに置かれたままである、二つに分かれたダイスを拾い上げる。

 明りに照らして見れば中は空洞となっており、緻密な作りで細々とした仕掛けが施されているのが見て取れた。

 持った手に濡れた感触があったのでよく見ると、それは黒いインク状の液体。

 おそらくはこれがカサンドラの言っていた、下手に空けると中身の情報が失われるという正体であるようだった。



「肝心の中身は……、あった」


<紙のようですね。薄く作られているようですし、なかなかに貴重な品のようで>


「薄くないと中に入らないせいだろうな」



 呟きつつテーブルの下にあったそれを拾い上げ、洋灯のもとへと寄せて内容を探る。

 相変わらずまだこちらの文字を完全には習得していないため、エイダに読んでもらう必要はあるのだが。



「で、なんて書いてあるんだ?」


<要約しますと、やはりあのカジノが共和国の諜報員と接触する場として、利用されているとのことです。共和国への情報提供料は貴金属であったり、骨董品の類で支払われているようで>


「骨董品? ああ、あの趣味の悪いアレか……」


<はい。ある程度溜めたところで、どこかへ売却するようです。小さな文字ですが、その仔細が書かれています>



 エイダの告げた内容で真っ先に浮かんだのは、僕が閉じ込められた拷問器具が満載された部屋であった。

 どうやらあそこに所狭しと並べられた品は、共和国の諜報員が報酬代わりにもたらした物ということか。


 あんな物を対価にするなど、余程のモノ好きに違いない。

 それと同時に思ったのは、あの部屋へ閉じ込めたバカ息子の趣味ではないのだろうということだ。

 自身の趣味で危険を冒してまで集めている品であれば、人をあんな場所に閉じ込めたりはすまい。

 ということは、共和国との繋がりを主導しているのはその父親に当たる人間という事なのだろう。



<あとは都市内に居住する者で、この件に関わるとされる人物の名前が何名か記載されているようです。それと――>


「それと、なんだ?」


<最後にカサンドラ宛ての、個人的なメッセージが書かれていました>



 読み上げるエイダは補足とばかりに、紙の下、その隅へと密かに書かれているものを告げた。

 このような文書に個人的な内容をしたためるとは、諜報員としてはどうなのかとは思う。

 ただこういった点に関しては、万が一の場合に備えてある程度許されているのかもしれない。



「で、なんて書いてあったんだ?」


<いわゆる恋文、ラブレターの類です。読み上げても構いませんか?>


「勘弁してくれ、気恥ずかしくて堪らない」


<だと思いました。それにしても、随分と情熱的な内容ですね。将来的な婚姻まで考えていたようです>



 それはまた本当に見せつけてくれるものだ。

 しかしこれをカサンドラが読むということは、自身に万が一のことがあったという事に他ならないだろうに。

 それでもあえて書き記したというのは、どうしても生きて帰って自身で伝えようという意志の表れであるとも受け取れる。



「てことは、これをカサンドラさんは読んだのか……。マズいな」


<はい。読んでしまったが故に、感情的になって飛び出してしまったのでしょう>


「となると一人でカジノへ向かった可能性が高いか。エイダ、上からそれらしい姿は確認できるか?」



 エイダの言う所の情熱的な文章に当てられ、これまで辛うじて抑えていたカサンドラの憎悪が再燃した恐れがある。

 となれば単騎でカジノへと乗り込み、復讐を果たそうと考えてもおかしくはあるまい。

 なにせこのような内容を残されるような間柄であったのだから。



<…………確認しました。現在当該カジノへと伸びる大通り、その中ほどにカサンドラの姿があります。今は歩いて向かっているようですので、今から追えば間に合う可能性も>


「わかった。流石に彼女一人じゃ返り討ちに遭うのがオチだ、何とかして止めよう」



 そう言って紙をテーブルへと置き、洋灯の明りを消して奥の扉を押し開ける。


 カサンドラもある程度の技量を持っているとは思うが、あくまでもそれは護身の用途であったり、不意打ちをする場合に限ったもの。

 相手がいくら烏合の衆とはいえ、真っ向から複数を相手にするのは分が悪い。

 彼女が袋叩きにされるのを看過する気も起きず、僕は追いつくべく夜闇の中を駆けた。







 夜間とは言え、やはり歓楽によって成り立つ街であるということか。

 この都市オルトノーティ中心部の大通りは、夜の帳が降りたにも関わらず、その灯りを煌々とさせ喧騒を色濃く映し出していた。


 通りには大勢の酔客。

 ある者は賭け事の勝利から上機嫌で通りがかる人へ酒を振る舞い、ある者は負けへの苛立ちから自棄となって酒を煽る。

 大通りの喧騒を一層激しくするそんな酔っ払いたちの間を縫うように、歩いて先を進むカサンドラの背が視界に映っていた。



『見てられないな……』


<完全に打ちひしがれていますね。あれでは碌に冷静な行動も取れないでしょうに>



 隠れ家を飛び出して急ぎカサンドラを追いかけたのだが、想像よりも容易に追いつくことができた。

 ただ少しばかり彼女の様子がおかしかったため、距離を取って観察してみる。

 するとカサンドラは時々フラリと体勢を崩し、周囲の酔客とぶつかりながら往来を歩き続けていた。


 ついさっきまで隠れ家に居たのだ、酔っているとは思えない。

 だがそれでもこんな状態であるというのは、おそらく先ほどの手紙に書かれていた内容のせいで、呆然としているために違いない。

 憎悪を滾らせ復讐に逸っているのかと思ったが、どうやらそれすら凌駕してしてしまう程の衝撃となって彼女を襲ったようだった。



「おう、姉ちゃん! あんまり気にすんなよ!」


「なんだったら奢ってやろうか? たまにはこういう日もあるさね」



 そんな彼女の様子を、周りを歩く酔客たちは勘違いしているためだろう。

 賭けに負けて呆然自失となったと思われたようで、口々に慰めともからかいとも取れる言葉がカサンドラへと降りかかる。

 しかし彼女はそのような声がまるで聞こえていないのか、一瞥も暮れることなくフラフラと歩を進めるばかり。




「大丈夫ですか? しっかりしてください」



 そんな姿をいい加減見ても居られないし、このままカジノへと辿り着かれても困る。

 僕は小走りで近寄ると、カサンドラの肩へと手を置き、ゆっくりと通りに面した建物の陰へと彼女を誘導した。

 一見して他の人間からは、傷心の女性へと善からぬことを企んでいる、節操のない男にしか見えないだろうけれども。


 路地の奥へと連れて行き、ひと気がないのを確認してその場へと座らせる。



「一人で乗りこむ気ですか? いくらなんでも無謀です。それにそんな状態で……」



 こちらを見る目がないとはいえ一応は往来であるので、彼女の名を呼びはしない。

 それが原因とも思えないが、カサンドラはこちらの呼びかけを理解しているのか否か。あまり反応らしきものが返ってくる様子はない。


 仕方ないと考え、彼女には悪いが軽く頬を叩く。

 すると僅かではあるが彼女の瞳は焦点が定まり始めたようにも見え、なんとか会話が行えそうな状態へと戻りつつあった。



 暫しの間カサンドラが落ち着くのを待つと、次第に平静を取り戻してきたようだ。

 なので彼女にどうしようとしていたのかを問うと、やはり考えなしに一人であのカジノへと飛び込もうとしていたようであった。

 あのような呆然自失にも近い状態で、よくぞ思い切ったものだ。



「申し訳ありません……。もう、無我夢中で……」


「気持ちは理解できなくもないですが、流石に無茶が過ぎる。今の貴女一人が行ったところで、無駄死にとなるのがオチですよ」


「ですが……っ!」



 顔を落としポツリポツリと呟くように語る彼女へと、極力静かな調子で断定的な言葉を向ける。

 カサンドラにとっては辛いあろうが、このまま向かわせたところで、言ったようにただ斬られるのが関の山。

 何もなすことが出来ずに終わるというのは、容易に想像がつくものであった。


 ただ彼女にしてみれば、そのように言われたとしても受け入れがたいのは確か。

 顔を上げてキッとこちらを睨むように凝視し食ってかかる。



「カサンドラさんの目的は何ですか? 彼の下へと逝くことではないでしょう」


「それは、そうなのですが……」


「与えられた任務を果たすのであれば、まず冷静になることです。今の貴女であれば、何も成せない。敵を討ちたいのであれば、やはり同様でしょう」



 ひとまず引くというのは、今の彼女にとっては酷であるかもしれない。

 ただ実際ここでカサンドラを連れて行ったとしても、今の状態では共に戦うなど不可能。

 それは彼女自身が重々理解しているのか、こちらの言い放つ言葉に対して言い返すものはなかった。

 思いのほか落ち着いてきているのか、必要な冷静さを取り戻しつつあるようだ。


 もっともカサンドラにはその後どうするかの腹案はなく、再び座り込んだまま膝を抱え、俯いて押し黙る。

 そんな状態を見かねた僕はつい、直後に最も短絡的な手段を口に出してしまっていた。



「わかりました。では今から僕が行って片を付けてきましょう」


「……え?」


<アルフレート? 急に何を>



 カサンドラのみならず、エイダまでもが素っ頓狂な声で意外そうな反応を示す。

 二人は僕がいったい何をしようとしているのか計りかね、動揺の混じった反応をしてしまったようだ。


 本来ならば装備など入念な準備をして、その上で証拠品を押さえにかかるのが普通。

 時間があれば首都に居るロークラインと連絡を取って、人を寄越してもらうというのが無難ではあるのだろう。

 しかしその準備をし、人を待っている間にカサンドラがまた無茶をやろうとしかねないのも事実。

 エイダに高空から見張りを頼めはしても、四六時中側に着いていてやる訳にもいかない。



「僕が一人で突入します。待っていて欲しいと言ったところで、カサンドラさん着いて来る気でしょう。なので貴女には後方で見届けてもらいます」


「ですが先ほど、一人で行くのは危険だと……」


「僕がどの程度戦えるか、それはご覧になったでしょう? こう言っては何ですがあのくらいの連中であれば、一人で対処するだけの技量は持っているつもりですので」



 疑いと不安の眼差しを向けるカサンドラへと、自信満々といった態度を作り言い切る。

 何もこれは虚勢からくるものではなく、ただここまで見てきた連中と比較し、可能かどうかを推測して言ったに過ぎない。

 万が一連中が強力な戦力でも隠し持っていない限り、事を成すのは容易であるはずだった。



「……お願いします」


「賜りました。それでは、早速行きましょうか」


「ほ、本当に今からですか!?」



 最初に考えもなく突っ込もうとしたのは、彼女自身であるというのに。

 今すぐ向かうと告げた言葉に、カサンドラは慌てふためく。


 気持ちもわからなくはないのだが、何よりも僕自身、早くこの面倒な状況を終わらせたいという意志が強くなっていた。

 僕は動揺し目を泳がせるカサンドラを連れ、上着の下に吊るした武器を確認しながらカジノへ向かうために大通りへと出ていった。



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