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ハッピーダイス 12


 カジノ内へと響き渡る、絹を裂く女性の悲鳴。

 趣味悪くも見物に興じていた客たちではあったが、流石に護衛が短剣を引き抜いたことで、ただならぬ状況となりつつあるのを察したようだ。

 悲鳴を上げつつも我先にと出口へ殺到し、他の客を押しのけつつ逃げ出し始めた。

 賢明なようで実に助かる。



「すまないな。そいつを抜いてくれたおかげで、お前たちを叩きのめし易くなった」


「んだとテメェ!」



 僕がそう声を大にして告げると、護衛の一人である長身の男は突進。腰だめに構えた短剣ごとこちらへと迫った。

 勿論発した言葉には挑発の意味が多分に含まれているのだが、それにしても動きが隙だらけでならない。

 攻撃の動作が、大昔の日本製ギャング映画に出てきたチンピラにそっくりだ。


 動きからして、特別何か戦いに関する訓練を受けてきたのではないのだろう。

 その男の攻撃らしきものを半歩だけズレて避けると、そのまま膝を跳ね上げ顎へと打ちつける。



「……って、もう終わりか」



 宣言した通り、床へとのびた男。

 想定していた以上に呆気ないその為体に、護衛される側のバカ息子ではなく僕が不平を述べたくなってしまう。


 ただあまり呆れて首を捻ってばかりはいられないようで、もう一人残っていた中肉中背の男もまた、短剣片手に迫っていた。

 しかしそちらも先ほど倒した大きな男同様、刃が届く前に顔面へとブーツの底を叩き込んでやると、床へと熱い抱擁を交わすこととなる。



 ああ、こういう感じは久しぶりだ。

 時折ラトリッジで荒くれ者のチンピラを相手にしていたり、ガラの悪い野盗を撃退していたのを思い出させる。

 早く諸々の問題を片付けて、あの暗くジメついた空気の路地裏に建つ我が家へと帰りたい。そういった心境にさせられた。


 ただ倒れた男を見下ろしていると、僕はどうにもある疑問が頭をよぎって仕方がなかった。



『なぁ、エイダ』


<なんでしょう。何か聞きたい事でも?>


『ああ。この国は規模が小さいのもあって、基本的に男は皆兵士経験があると思ってたんだが』



 エイダへと告げつつ二人の男が倒れた拍子に手から離れた短剣を拾い上げ、その切っ先に触れて刃の状態を確かめる。

 その刃先は碌に手入れもされていないのか、所々に錆が浮かび始めていた。

 一応砥いではいるようだが、あまり頻繁に行っているようには見えない。

 戦場の経験がある兵士であれば、そこから離れたとしても自身の身を守る武器を疎かにするとは思えないのだが。



<基本的に兵士は志願制であるようですよ。実際に戦場へとでる戦力の多くは、他国から来た傭兵を雇い当てているようで>



 発した疑問に対し、エイダはどこで聞いたのか。僕自身でさえ記憶にない知識を引っ張り出す。

 てっきり皆兵であると思い込んでいたのだが、実のところこの国はそうではなかったようだ。


 ただ考えてもみれば、このようなチンピラが軍隊でやっていけるとは思えない。

 真っ当な道を歩んでいる人間ではなさそうなので、これまでも無法者の護衛など裏稼業で食ってきたのだろう。



 などと再び意識を余所へやっていると、倒した二人だけではなく別の方向からも迫る人影が視界に映る。

 カジノの中には護衛として、何人かの姿が散見されていた。雇用主とその側に立つ護衛が倒されたことによって、ようやく自身の役割を思い出したのだろう。



「死ねや!」


「潰すぞゴラぁ!」



 品位の欠片も感じられぬ、野蛮そのものといった掛け声と共に迫る複数の短剣。

 とは言え連中にそういった品位などを求めるのは、酷であるのかもしれない。



 その後は一人二人と連携もなく迫る男たちを一人ずつ蹴り倒し、あるいは腹部を殴打して昏倒させ。

 何人もの護衛たちを次々と床へ這いつくばらせていった。



<ところでアルフレート、肝心な相手が逃げていますよ>



 そうこうしている内、十に達しようかという数の護衛を沈めた頃。エイダは今更といった様子でバカ息子の逃亡を知らせる。

 床には気絶した護衛たちが累々と横たわっているが、最初に捻り倒したそいつの姿は見当たらない。

 ただそれに関しては少し前に、痛そうに起き上がりカジノの奥へヨタヨタと逃げていく様子が視界の端に見えていた。



『わかっている。だけど今は捨て置いて構わないだろう』


<ではそろそろ離脱の準備を。いくらここが無法地帯とは言え、逃げ出した客が通報しないとも限りません>



 エイダはどこか心配そうな気配が混じった声を作り、僕へと脱出の必要性を説く。

 ただそれは僕の安全を危惧してというよりも、必要以上の騒動に発展し、身動きが取れぬ状態となるのを懸念してといったところだろうか。



『了解だ。それじゃ退散させてもらうとするか。このまま潰してしまえば楽でいいんだけれど』


<そうもいきません。何せ潰してしまえば、証拠まで失ってしまいかねないのですから>



 厳重に注意するように、念を押して告げるエイダ。

 そうなのだ、確かにここでこの場所を潰してしまえば面倒はないのだが、最も大きな目的を達することが出来なくなってしまう。

 何せこのカジノと関わる人間たちは、共和国との繋がりを証明するための証拠品になる可能性が高いのだから。




「別にこいつらがどうなろうと知ったことじゃないけど、証言が得られないのは困るか」



 ぎこちない動きで上体を起こしかけた護衛役を蹴り飛ばし、大人しくエイダの言葉に従い店の奥へと向かう。

 普通に正面の入り口から出たのでは、兵士らと鉢合わせてしまう恐れがあったためだ。


 向かう途中に横目で店内へと視線をやれば、他の居合わせたディーラーたちと同様に、カサンドラが卓の下へと伏せている姿が見える。

 一応彼女にはまだ正体を気取られる訳にはいかないためであった。

 こちらへと視線を合わせることもしない。ただ他のディーラーと同じく伏せ、怯えたフリをするに徹している。


 そのカサンドラを置いて奥へと進むと、暗く湿った空気の通路を進み、記憶を頼りに外へ出るため進んでいった。







 深夜の夜闇へと響く、木を叩く軽い音。

 それは僕とカサンドラが事前に打ち合わせておいた、互いを認識するためのノックだ。

 一定の調子で刻まれるその音を聞いた僕は、薄暗い室内を歩き扉の前へ立つと、ゆっくりと薄い木板の扉を開いた。



「すみません、遅くなりました」


「気にしないでください。……誰もつけていませんね?」


「大丈夫です。何度も入り組んだ路地を経由してきましたから」



 開かれた扉の向こうに立っていたカサンドラを招き入れつつ、僕は外の様子を確認してから扉を閉めた。

 完全に扉が閉じるのを確認するなり、身体に纏っていた緊張を解き、カサンドラは深く息を吐く。



 カジノでダイスを回収して数時間後。場所はうって変わり、街の一角に位置する古い民家。

 ここはカサンドラが用意していたもう一つの隠れ家で、一足先に逃げ出した僕は、そこで身を潜め彼女が戻ってくるのを待っていた。

 カジノで行た行動が行動だけに、カサンドラがこれまで使っていた拠点の方は既に引き払っている。



「別の拠点を用意しておいて良かった。下手をすれば、向こうはもう見張られているかもしれませんし」


「そうですね……。ディーラーとして勤務している人間の家は、全員把握されていますし。もうあちらを使うのは危険でしょう」



 万が一に備えて、もう一か所拠点を用意しておいたのが功を奏した。

 あれだけあのバカ息子を挑発するような真似をしたのだ。受け持ったディーラーである彼女もまた、疑われ始めている可能性は決して低くはないはず。

 当初の予定では、もうしばらく彼女はディーラーとして潜伏し続ける予定であったが、こうなってはそれも難しいかもしれない。




「ともあれ無事でなによりです。それで、ダイスは持っていますか?」


「はい、ここに」



 そう言ってカサンドラは自身のポケットを探り、探していた彼女の相棒が残したという、四面のダイスを取り出した。

 やはり一見して何の変哲もない木製のそれであるが、彼女の言によれば、この中に必要な情報が仕込まれているのだという。

 エイダからも他の品とは作りが違うとお墨付きを得ているので、これが目的のそれであるのは間違いない。



「今から開錠に取り掛かりますので、少しだけ待っていてもらえますか?」


「時間がかかりますか?」


「やり方は把握しているので、然程は掛からないかと。ですが開錠の手順を一つ間違えるだけで、中身ごとダメにしてしまうので、集中できるよう一人にしてもらいたいのですが……」



 カサンドラはそう言って懐から針状の小さな道具を取り出すと、奥の部屋へと視線を向ける。

 そこは中に何も置かれていない小部屋で、集中を妨げない環境が欲しいという意思表示であった。


 早く済むに越したことはないし、失敗して肝心な情報が失われるのも困る。

 ここは彼女の意志を優先し、頷いて明りを灯した洋灯を手渡す。



 一人部屋へと入っていき、扉を閉めるカサンドラ。

 それを見届けた僕は、他にこれといってすることも思い付かず、一人残された部屋で壁に背をつけて座り、ひたすら待つことにした。

 実際これに関しては僕が何かを手伝えるわけもなく、カサンドラに任せる以外に行動を取りようはない。


 家具の一つもない部屋で床へと直に座り、壁に背を預け一息。

 肺の中に溜まった空気を全て押し出し、空になったところへと新鮮であるとは言い難い、少しだけカビの臭い漂う空気を取り込んだ。

 直後に緊張が解けたせいか、ドッと身体に押し寄せる疲労感。



『ああ……、疲れた。いい加減一日くらい何もしない日が欲しいもんだ』


<倒した相手は別段強くはなかったですが、これまで積み重なったものがあるのでしょう>


『こう言うと怒られるかもしれないけど、風邪を引いたヴィオレッタが羨ましいよ』



 愚痴を溢すように、不謹慎とも言われかねない内容が口を衝く。


 ただヴィオレッタは多少熱も下がってきたようだが、まだ体力が落ちて横になっている頃だろう。なので休息を摂っているというのとは、少々異なるのかもしれない。

 レオはその看病をしてくれてはいるが、やはり同性でもないため付きっきりとはいかない。それでも風邪が感染る可能性はあるか。

 ビルトーリオは首都クヮリヤードで一人留守番だが、ロークラインの監視下に居るので気は休まっていないかもしれなかった。



『こう考えると自分一人だけが大変って訳でもないか』


<危険性という意味では一人だけリスクの高い行動を取っていますが、他の全員が休んでいるとは言い難いですね>


『なら弱音も吐けないな……』



 自身の考えを肯定し戒めるような、エイダの淡々とした言葉。

 実際彼女の言う通りなので、これ以上不平を口にするのも憚られるというものだ。



 いったいいつになったら真っ当な休息が摂れるというのか。

 などと共和国を移動している時点から考えていたのだが、未だにその願いは叶っていなかった。


 これを終えたら、船に乗る前に少しばかりの休息を摂るのも悪くはないだろうか。

 今共に行動しているカサンドラはそうもいかないだろうが、もし彼女が報告で戻るようであれば、慰労を兼ねて酒の一杯でも酌み交わすのも悪くはないかもしれないと考える。

 そのようなことを考えるにつれ、僕は徐々に眠気を感じ始めているのを自覚した。

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