ハッピーダイス 11
進みが遅すぎるっスね。少しだけペースアップ。
再会されたゲームは、静かに進んでいった。
いや実際には隣に座るバカ息子が時々苛立ちから喚き散らしているのだが、それ自体は別にいいだろう。
静かであるというのは、主にカサンドラの動きに関してだ。
「白い席のお客様の勝利です。お受け取りください」
「ありがとう。今回はツキが回ったようだ」
「そのようで。次は皆様にも幸運がありますように」
決して僕に向けられたものではないだろうが、変わらず張り付いた仮面を向けるカサンドラ。
恐ろしいとすら感じられるそれを気にせぬよう努め、僕は卓に掘られた浅い窪みを眺める。
そこに転がっているのは、大小様々な数種類のダイス。
幾度か振られたそれではあるが、奪い返す対象となる四面のダイスに入れ替えられた形跡はない。
それはエイダが何も言及しない点からしても明らかだ。
『いつ実行するんだろうな……』
<そればかりは何とも。彼女が行うのを待つ以外にはありません>
ついエイダへと問うてみるも、やはり彼女にも当然わかりはしないようだ。
彼女なりの適切な、最も成功し易いと思われるタイミングがあるだろうし、この点に関して僕は門外漢だ。
行うだけの条件というのも多少なりとあるだろうし、こちらが想像する以上の高い技量を要する行為だろう。
だとすれば僕にできるのは、彼女をサポートすべく、極力バカ息子含め他の参加者の気を引く機会を増やすことだろうか。
「申し訳ない、混ぜてもらった身でありながら、ここまで勝たせてもらって」
「……なに、今日の俺はちょっと運が向かないだけだ。すぐ取り返す」
あえて相手を苛立たせるために、ヘラヘラとした調子で話しかける。
すると上手く引っかかってくれたようで、バカ息子は内心腹が立っているのが露骨にわかるほど、青筋を浮かべ表情をひきつらせた。
「では私は、運の向いている内にこれをお返ししましょう。借りを作ったままでは性に合いませんので」
「そ……、そうだな。ならば受け取っておいてやる」
こいつにとってこれは、屈辱と言ってもいいのかもしれない。
バカ息子は僕が差し出した、受け取った時以上の額となった金属板を受け取り、額に浮かぶ青筋をさらに浮き立たせる。
ただこいつはここまで負けが込み始めているため、手元にはもう僅かしか残ってはいない。
受け取ったそれによって、もう一勝負大きく賭けに出られる状況にはなった。
<程ほどにしてくださいね。加減を間違えては大事です>
『そうだな。でもそうなったらなったで、こちらにとっては都合がいい』
あまりやり過ぎるとまたもやカジノの奥に連行されそうだが、それはそれで構わないだろう。
そうなればカサンドラがダイスをすり替えるだけの十分な隙となり、目的は達せられるのだから。
僕に関しては後で暴れるなりして逃げればいいのだから、その点は問題にはならない。
カサンドラはそう考えてはくれないかもしれないが。
「よろしいですか? では次に移らせていただきます。任意の出目にベットを」
そのカサンドラは、こちらの会話が一区切りついたのを確認するなり、新たにベットするよう促す。
受け取った金属板の枚数を確認し、整え並べ、再び複数のダイスを同時に放って軽く転がす。
その末に出た結果は、またもや僕の勝利というものだった。
回収され、配当として差し出される金属板を受け取りつつ、不機嫌さを増していくバカ息子を尻目に考える。
どうにも先ほどから、僕は少々勝ちの比率が高い気がすると。
運を天に任せる類のゲームなので、勝利が重なることも十分あり得るのだとは思う。だがどうにもその比率が高いように思え、僕は訝しみ始めていた。
ふと気になり、手元を動かし続けるカサンドラへと視線を向ける。
すると彼女はこちらと視線を交えると、僅かにその目元を緩め意味深な微笑みを返してきた。
まさかとは思うが……。
『一応確認しておきたいんだが、勝率のデータなんかは保存しているか?』
<勿論です。現在この卓で行われているゲームは六名が参加していますが、この中で最も勝率が高いのはアルフレートです。約三四%の勝率で勝利していますので、四分の一で当たるゲームとしては高い部類でしょう>
なんとも微妙な、誤差範疇であると考えれなくもない数値。
本来であればこのままさらに何十回と続けていけば、四分の一で当たるゲームなので理論上は二五%程度に落ち着くはず。
しかし僕はカサンドラが返した反応もあって、一つの確信を得ていた。
『間違いないな、彼女は意図的に出る目を操っている』
<……可能なのですか? 私は人間の感覚的なものを理解はできませんが、技量的にそう簡単であるとは思えませんが>
『実際に出来るんだろう。あんなサイズも重さも違うダイスを同時に放ってやるんだから、大したもんだよ』
エイダは半信半疑であるようだが、カサンドラの素振りを見るに確実と言っていいだろう。
彼女はダイスの出目を自在に操っている。
そういった特別な技能を持つ人物が居るとは聞いたことがあるが、まさか彼女がそれを成せるとは。
見せられた技量を前にし、僕はますます彼女が諜報員として、ここへ派遣された理由に納得がいく。
ロークラインがこの街での活動を任せたには、それなりの根拠があったのだと。
だが彼女の技量に感心する前に、僕はその意図について計りかねているのは否定できなかった。
それは勝利する僕を尻目に怒りを抱え続ける、隣に座る人間に関してだ。
『何を考えているんだ……。あんまり勝ちすぎると、このバカ息子が癇癪を起しかねない』
カサンドラが何も考えなしに行っているようには思えない。
彼女のしている行動からは明確な意思らしきものが感じられ、パニックを起こしていたりするとは考え難い。
<それが狙いなのでは? 感情的になればなるほど、細かい点に気付き難くなるかと>
『だといいんだが、今のところ逆効果じゃないのか?』
見れば隣に座るバカ息子は熱心にダイスの行方を追い、自身の賭けた出目が来るのを待ち続けている。
その形相は、鬼気迫るという表現を用いてしまうほどにだ。
冷静さを失わせるという点では成功しているのだとは思う。
しかしその視線は一身にダイスとカサンドラの手元へと注がれ、目的の物をすり替える隙を与えてはくれそうになかった。
状況次第だろうが、下手をすればダイスを振るカサンドラへと食って掛かる恐れがある。そうなればすり替えるどころではないだろう。
<どういうつもりかは知りません。ですが今は、信じる他ないでしょう>
『そうだな……。こっちにはこれ以上出来ることはないんだ、彼女に任せるしかない』
気を逸らせるという手段が使えなくなった時点で、この場で僕ができることなどたかが知れている。
ならば何がしかの考えがあるであろう、カサンドラに任せてしまうというのが、一番無難であると思えた。
一抹の不安が無いでもないのだが……。
そうこうしている内に、どんどんと僕の勝ちは積み上がっていく。
二連続、三連続の勝利などは当然のように続き、場合によっては半分近くまで勝率が上がっていく。
だがここまでくれば、流石に何かがおかしいと考えるのが当然なのだろう。
身体を震わせ始めたバカ息子は立ち上がり、遂にはその感情を爆発させた。
「何をしたんだキサマ! 俺を侮辱しやがって、ただでは済まさんぞ!!」
コロコロとした体形に似つかわしくない、勢いある立ち上がりから襟首へと掴みかかる。
その顔は憤怒から真っ赤に染まり、海老か何かを茹でたかのようにも見え、密かに可笑しさが先に立ってしまっていた。
それにしても、むしろよくここまで持ったものだと思う。
もっと早くに爆発すると思っていただけに、想定していたよりもずっと長く辛抱していたようだ。
案外周囲の人間から、多少なりとこれまでの行動を諌める言葉でもあったのかもしれない。
『だが……、一つ問題がある』
<なんでしょうか? これといって不都合があるとは思えませんが>
激怒するバカ息子の顔を見つつ、僕は一つ抱いた難点について口にする。
しかしエイダには、何も問題であるとは認識できなかったようだ。
『大有りだろう。なんでこの赤ら顔は、こっちを向いているんだよ』
その問題点というのは、バカ息子の眼光がこちらへと注がれているということ。
どういう訳かその怒りの矛先は、ダイスを振っていたカサンドラではなく、僕の方へと向けられているのだ。
振った側であるディーラーへと向かうのであれば、これも問題ではあるが多少なりと理解が出来る。
もしイカサマをするにせよ、参加者である僕の身ではやりようがないのが、このゲームだというのに。
余りにも不条理な言動。だがこのバカ息子にとって、そのような事はどうでも良いらしい。
今にも殴り掛からんばかりの形相で、こちらを睨みつけるその眼に、僕は呆れとも諦めとも知らぬ感情を抱く他ないのだった。
『っと、あれは……』
襟首を掴み上げる小男を見下ろしながら、この状況を作ったカサンドラへと視線を向ける。
すると何やら彼女はしれっとした表情のままで、その手を後ろへと回し直立していた。
卓の前には、振られてそのままとなっているダイスが幾つか。
しかし微妙に先ほどとは位置が変わっているように思えてならなかったのだ。
そんな違和感を感じた僕へと、彼女はチラリと視線を合わせ、軽くウインクを飛ばす。
『……もうすり替えたのか。まったく、上手く使われたもんだな』
<確実性を期したのですね。ここまで騒動になれば、いくら何でも見破られる心配はないと思われます>
しれっと言い放つエイダの言葉は、カサンドラが行ったことを端的に言い表わしていた。
彼女はこのバカ息子が負けたことによって激昂し、矛先をこちらに向けるとわかっていたのだ。
どういう訳かディーラーではなく、参加者に対して怒りが向けられると予め知っていたため、それを利用したにすぎない。
完全に僕は利用された形になったが、別に怒りなどといった感情は沸いてはこなかった。
おそらく僕が仮に彼女の立場であれば、同じ行動に出たのではないかと思ったからだ。
『そうまでして完遂したかったってことだな。よほど恨みが強いと見える』
<恋仲であったならば、家族を殺されたも同然ですから。恨みも当然激しいでしょう>
絶対に目的を果たし、何が何でも敵を討つために叩き潰す。
カサンドラのそんな呪いにも近い覚悟が言葉となって聞こえてくるようで、僅かに背筋が粟立つのを感じられてならない。
それによって僕は面倒な状況へと立たされる破目となっているので、その点に関しては後々文句の一つも言わねばならないだろうが。
ともあれその点は今はいい。
僕はとりあえずこの状況に対し、何がしかの行動を起こして対処すれば、この場を乗り切れるのだから。
『ひとまず目的の物は手に入ったことだし、もうそれなりの行動を取ってもいいだろうな』
<良いのではないでしょうか? ここまで来ては、穏便に済ませるのも不可能ではないかと>
『なら少しくらい、ストレスの解消をさせてもらおうか』
脳内で発した言葉へとエイダもまた同意を示す。
ならばと僕は再びカサンドラへと横目で視線を送ると、彼女もまたこちらの意図を察したように小さく頷く。
おそらく僕が確認のために向けた意図は伝わっているはず。事前に確認しておいたことだし、そこに祖語はないはずだ。
「聞いてんのかクソガキが!」
一方で変わらずこちらの胸ぐらを掴み、恫喝の言葉を吐くバカ息子は、目を血走らせ逆の手に握る拳を振り上げる。
どうやらエイダとのやり取りやカサンドラとの疎通によって、こちらへの反応が疎かとなってしまったらしい。
クソガキ呼ばわりは心外だが、ともあれそれに対し余計腹を立ててしまったのだろう。
その隣には護衛役というか世話係であろう二人の男。
僕が奥の拷問部屋らしき場所へと連れて行かれた時にも居た連中だが、そいつらがにらみを利かせていた。
ただやはりあまり強そうには見えないため、さしたる障害にはならないはず。
「ただじゃおかんぞ! キサマは俺自らいたぶって――」
畏怖させたいのか、血走った目のまま拳を振り上げ喚き続けるバカ息子。
僅かに下から飛ばされるその言葉を無視し、僕の襟元を掴む片方の手、その手首を掴み捻り落とした。
直後ヤツは身体は捩じらせ回転し、肩から床へと倒れこむ。
痛みは有るだろうに、それすらわからず赤い顔のままで呆気に取られ、目を丸くするバカ息子。
事態が理解できていないのか、自身の掴まれたままである手首と顔を付けた床を交互に見やり、現状を把握しようとするも頭は空回りするばかり。
幾度かの瞬きを経てもなお、二の句を次げずにいた。
「な、なにをっ!」
ただ当人はともかくとして、護衛役の方は理解が早かったらしい。
守る対象が転ばされたことにより、自身の出番であると悟ったようで、二人の男は腰からそれぞれ短剣を引き抜いた。




