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ハッピーダイス 10

ほんのちょっとだけ時間は遡るのです。


「……どうやったんだ?」


「然程複雑なものでもありませんよ。相手の意識を余所に向けている間に、見えない範囲で手を動かすだけ」



 カサンドラが隠れ家として利用している、都市内の一角に在る小さな一軒家。

 そこで今後取る方策について話しをする最中に彼女が見せたのは、なかなかに驚かされる一芸であった。


 普通に面と向かって会話を行っていたはずなのに、彼女の手にはいつの間にやら、僕の財布が握られている。

 何時の間にと思いはするが、カサンドラの言う通り、彼女との会話の最中に一瞬気を逸らした瞬間にでもスリ取ったのだろう。



『察知できたか?』


<当然です。ですが私の場合は、センサーを稼働状態であったためわかったに過ぎません>


『そうか……。それじゃあ僕が気付かなくても、別に不思議じゃないんだな』


<普通のひとであれば、気付かなくてもおかしくはないかと。もっとも、距離感の近い彼女にデレデレしていたので、誰がやっても気付かないでしょうが>



 エイダへと確認すると、どうにも失礼な言動で返される。

 確かにカサンドラは話をする時に、どうにも距離感がおかしいというか、相手に触れんばかりの距離へと近寄る。

 だが決してそのような理由で気を抜いていたというのではなく、彼女の技量が高いためであろう。

 これこそがおそらく、彼女が諜報員として活動する理由ともなっているスキルなのだ。



「だけどおどろいたな……。全然気づかなかった」


「慣れたものですから。元々はスリの常習犯だったんですよ、私は」


「それでよく諜報員になろうなんて思ったもんだ」


「ある時しくじって捕まりまして。その時にロークラインさんと偶然出会って、スカウトされたんですよ」



 そう言ってカサンドラは、照れ笑いつつも本来であれば自慢もできぬ自身の技術を誇った。

 やはり案の定、この技術を買われて諜報員としての道に引っ張り込まれたようだ。




 なぜこのような話になったかと言えば、彼女に対しどうして諜報員になったのかを聞いたのが事の発端。

 失礼だとは思うが、その疑問も決して不思議なものではないはず。

 何せ彼女はどこか抜けているところがあり、あまり陰に潜んで活動する類の職種に向いているとは思えなかったからだ。

 それは身内であると知らなかった僕を、危険を承知で助け出そうとした点からも明らか。


 その答えとして見せてくれたのが、今まさに行われた財布のスリ取り。

 まだ財布を返さず、自身の手で弄んでいる彼女は、それ見たかと言わんばかりに堂々としていた。



「なるほど、疑って悪かった。確かにこれなら役に立つ場面もあるだろうな」



 カサンドラへと疑ったことへの謝罪をし、ようやく盗られた財布を返してもらう。

 潜入工作などは苦手そうだが、これだけの技量があれば、諜報員としては特定の状況次第で非常に有用となるだろう。


 そしてこの点は、彼女自身が一番理解していたようだ。

 少しばかり困った表情を浮かべると、こちらの思考を読んだかのような言葉を口にする。



「ですが疑われる気持ちも理解できます。私自身でも、そこまで適性があるとは持っているとは思いませんし。ですがそれでも今までやってこれたのは、あの人の存在があったからですね」



 口調は若干寂しそうな、憐憫の篭った情感を感じさせる。

 "あの人"というのは、おそらく彼女から聞かされた他界したという、もう一人の諜報員のことだろう。



「もう一人の相棒か」


「ええ。基本的には彼がリーダーシップを取って、私はついて行くだけでしたので」



 フッと息を吐き、俯くカサンドラ。

 彼女にとってその存在が大きく、最も頼りになる人物であったことは想像に難くない。

 仇を取りたいという想いがあるのは当然だろうし、おそらくこの二人は恋仲であったのだろう。

 その馴れ初めなどを根掘り葉掘り聞いたりはしていないが、当たらずとも遠からずといったところか。



 その彼を思い出してしまったせいだろうか、カサンドラの表情は徐々に沈みつつある。

 耐え難い空気となるのを避けるため、僕は澱み始めた雰囲気を一新させるべく話しを振った。



「ともあれその技量を発揮してもらう場面もありそうです。そうですね……、例えば探しているダイスが、カジノで使われていた時などに」


「ええ、その場合はお任せください。上手くすり替えてみせますので」


「お願いします。カードではズルが出来ましたが、運に左右され易いダイスではそうもいきませんから」



 僕が告げた言葉に彼女は目を丸くし、キョトンとした様子を示す。


 どうやら僕がしていたイカサマに関しては、流石に気付きようもなかったらしい。

 それも当然か。なにせ何がしかの種を使いカードを入れ替えた訳ではなく、決して気取られないような手段で読み取っただけなのだから。



「ではあれはイカサマだったのですか? まったく気が付きませんでした……」


「具体的な方法は教えられませんけどね。下手に勝ちすぎないように、調整をしていました。もっともあの時は、予想外の賭け金変動で予定が狂いましたけど」



 上手く話を逸らすことには成功したようだ。

 彼女は驚いたのか感心したのか、僕へと相槌を打ちながら首を捻らせ、教えることのできぬイカサマの手段について考え始めた。


 ただ考えどどうしてもわからなかったようで、またもや僕へと詰め寄り、事の真偽を確認しようとする。

 この妙に近い距離感のせいで、勘違いされ易い人であるかもしれない。

 計算ずくでやっているなら良いのだが、素で行っているのであれば、諜報員としてはどうなのだろうと思わなくはなかった。







 卓へと近づいたカサンドラは、ディーラーの男の背後へと周り、その背へと軽く触れる。

 そして耳元へと顔を寄せ、小さな声で交代を提案した。



「そろそろ疲れた頃でしょう。丁度いい区切りだし、私が代わりましょうか?」



 僕が入ったことにより、またもや場の空気が荒れ始めると思ったに違いない。

 ディーラーの男からは露骨とまでは言わないものの、勘弁してくれという空気が漂っているのに気が付いた。

 そんな状況にあって、カサンドラが発した言葉は渡りに船であったのだろう。



「だが君も疲れているだろう?」


「いいのよ。貴方の方がずっと長く立っているんだから」


「……それじゃあ任せた。申し訳ありません、彼女に交代しますので、失礼をいたします」



 バカ息子の手前もあるのだろう。一応一言だけ悩む素振りをみせる。

 しかし男はカサンドラの申し出へに対し、一も二もなく飛びついた。

 彼女の真意などを察したとは思えないが、彼にとってこの状況は、胃に穴の開きかねない緊張を被る事態であったのだろう。




「失礼いたしました。ではこれから先は、私がこの場を受け持たせて頂きます」



 カサンドラはそう言って一礼すると、卓の上で転がされていた、複数のダイスへと手を伸ばす。

 彼女が持つ卓越したスリの技術を用い応用していけば、一瞬の隙を突いてすり替えることも可能。

 最初にそれを何度か見せてもらったが、その技能はスリというよりも、どちらかと言えばマジシャンなどが使うスキルに近いだろうか。


 このタイミングで早速それを行うのだろうかと思い、その手が伸びる先をそれとなく見やる。

 しかしその伸びた手を止める一言が、あろうことかバカ息子の口から発せられた。



「おい、待て」


「……どうかされましたでしょうか?」



 ピタリと卓から浮いた状態で停止する腕。

 伸ばされたままであるその体勢で、カサンドラの乾いた唇は動かされ、同様の色が僅かに滲んだ声が吐き出される。


 まさか彼女の正体がとっくにバレていたのだろうか。

 そう思い僕もまた緊張から背筋を凍らせていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。

 ふんぞり返って座るバカ息子はジッと彼女の姿を真正面に捉え、やはり横柄なままの口調で威圧的に告げた。



「そのダイスは俺の戦利品(・・・)だ。丁寧に扱えよ」


「戦利品、ですか……?」


「ああ、俺に立てついた身の程知らずどもが差し出した糞みたいなもんだ。だが糞とはいえ俺の物だ、傷の一つでも付けたら許さんぞ」



 鼻で笑い、犠牲となったであろう人たちと遺品を侮辱し、糞と言い放つバカ息子。


 カサンドラの正体がバレてはいなかった点については、安堵の息を漏らしたくなる。

 しかしそれと同時に、僕は別の要因によってマズイと思わざるをえなかった。


 件の犠牲となった諜報員は、おそらくカサンドラと恋仲であったというのは想像に難くない。

 その相手を侮辱され、残した品を奪われ同様の悪態を衝かれたのだ。

 この時彼女の心中は、穏やかどころか激情に煮えたぎっているであろうことは明らかだった。



 だが彼女もまたプロの諜報員であったということだろうか。その手は怒りに震えることもなく、柔らかな動きで転がっていたダイスを拾い上げた。

 表情は柔和さを保ち、口の端を僅かに上げて笑みを作る。



「承知いたしました。では傷の一つも付かぬよう、愛しい恋人(・・・・・)のように触れることにいたします」



 採点するならば、満点をあげたいほどなカサンドラの笑顔。

 しかしよくぞ我慢したと思うと同時に、僕はそれが酷く恐ろしいモノであるように思えてならない。


 一見して優しげな、穏やかさ漂う表情。

 しかしその完璧とも言える笑顔が、深く彫刻された鉄仮面のようにも見え、逆に冷たさや憎悪を感じられて仕方がない。

 発された意味深な言葉も含めてそう感じてしまうのは、決して僕の想像の産物などではないだろう。


 そんな背筋を寒くさせるドス黒い仮面を被ったカサンドラは、手に平にダイスを乗せてゲーム参加者全員に見せると、ソッと呟くように促した。



「では皆さま、ベットを」



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