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ハッピーダイス 08


 オルトノーティでカサンドラと出会い、共に奪われたダイスを探し初めて早三日目。

 いい加減僕は変装のネタも底を尽き、カサンドラの提案でとある決心を行うよう迫られていた。



「冗談じゃないぞ……。流石にこればっかりは」


「ですがこれだけ短い期間に、同じ人間が来るというのも不自然ですし……」



 彼女はその手に一着の服を掴み、申し訳なさそうにしながらも迫る。

 一見して貫頭衣のようにも見える一枚布のそれは、乳白色で淑やかに薄く、長い裾がヒラヒラと揺れていた。



<いいのではないですか? ここまで頼んでいるのですから>


『勘弁してくれよ。……っていうか、実は楽しんでるだろう?』


<はい。良い記念になりますし、いざという時にからかうネタにもなりますので。外見のシミュレートは既に行っています、化粧をすれば違和感はないと保障しますよ>



 エイダによる嬉しくもないお墨付きを頂いたそれは、いわゆるワンピースとか呼ばれる類の衣類。

 つまりは女性物の衣料だ。

 青年、中年男性、老人と幾つかの変装を経て、これ以上は差分程度の違いにしかならぬとなった時、カサンドラから提案を受けたのが女装であった。


 確かに下手に微妙な変更をした程度の変装であれば、見破られる危険性は高い。

 そこから記憶を呼び起こされ、これまでも来ている事を見破られでもすれば、かなりの警戒を持たれるのは必至。

 そういった意味では、これだけ大きな違いを作るのは必要なのだろう。



「断ります。こればかりは受け入れられない」


「どうしてもダメですか?」


「理解はできるんですけど、僕は女性の仕草を上手く演じきれる自信がありません。すぐにボロが出てしまいますよ」



 これは自身の矜持云々というのもあるのだが、ひとえに低い成功確率を危惧してのものだ。

 上着を羽織るとはいえ、やはり覗く腕などから骨格の違いは誤魔化しようがないのではないだろうか。

 それに万が一、男の生理的な現象(・・・・・・)でも起きようものなら、言い訳のしようもない。


 よしんば外見上の違和感を気付かれなかったとしても、そういった訓練を受けて居ない身では、おそらく仕草などから悪目立ちしてしまうはず。

 無意識のうちに歩き方や口調などが、男のモノへと戻ってしまうことだろう。

 それに声は如何ともし難く、声色を変えるにも少々限界がある。僕だってとっくの昔に変声期は終え、相応に大人の男としての声を持っているのだから。



「私も以前に男装をして潜入した経験がありますし、いけると思うのですが……」


「女性のする男装と、男のする女装では違いますよ。今回は勘弁してください」



 諭す言葉にいい加減観念したのだろうか。

 カサンドラは渋々ながら手にした衣服を下げ、僕を女装させるという手段を諦め、他の衣装を物色し始めた。


 彼女が言わんとしていることは理解できるが、こればかりは無謀というものだろう。

 人を観察するのに長けたディーラー相手では、おそらく易々と見破られてしまうはずだ。



 ではどうすればいいのか。

 というところで仕方なしとばかりにようやく捻り出した案は、何もせずこのままの姿で向かうというものだった。

 正直素顔を晒した状態であるというのは、万が一を思えばあまり良くはない。

 一見の客というのも相応の警戒をされるとは思うが、それでも見た顔が再び来たと思われるよりは、ずっとマシではないかと考えたためだ。



<残念です。面白いものが見られると思ったのですが……>



 やれやれと、女装の脅威が去ったことに対し胸を撫で下ろしていた僕は、エイダの残念気な言葉へ呆気に取られる。

 その口調は随分と人間臭く、心底から無念さが漂うかのようだ。

 普段から感じていた事ではあるが、最近の彼女はAIらしい機械的な感覚が薄れている気がする。

 実際僕も度々、彼女が肉の身体を持ってどこかで生きているのではないかと、勘違いしてしまいそうになっていた。



『どういう趣味をしているんだか……。主の女装姿を見たいだなんて』


<いえいえ、実は船に残されていたデータを漁っていましたら、ロックのかかっていたフォルダから大昔の書籍が大量に出て来まして。そちらをチェックしていたら、なかなかに興味深い内容が――>


『破棄してしまえ、そんな怪しいデータ』



 どういう訳かは知らないが、同盟の僻地に墜落したままである航宙船の記録には、彼女にこう言った好奇心を刺激するような部類の書籍が眠っていたようだ。

 船本来の持ち主が、何故そういった内容の物を保有していたのかは知れない。

 だが経験に伴って自身のプログラムを更新する機能を持つエイダだけに、困った性癖(・・)を植え付けかねない代物は、あまり歓迎したくはないモノだった。




「ではせめて、恰好だけでも。これなんてどうですか? どこぞやの商会の御曹司風」


「もう少し地味なのが良いんですが……」


「そうです? ではこちらの、衛士風な服などどうでしょう」



 職業柄であろうか、カサンドラは多くの変装用衣装を持ち合わせているようだ。

 幾枚もの服を棚から取り出し、僕の身体へと当てていく。

 まさかとは思うが、彼女の相棒であった故人も、同様の目に遭っていたのだろうか。


 着せ替え人形よろしく次々に試着をさせられる僕は、息つく間もなく差し出される服の山に埋もれながら、使う衣類を選んでいく。

 結局は、どこにでもあるような旅装に落ち着くことになったのだが。







 変装のネタも尽き、普段着に近い格好でカジノへと向かった僕は、この日も目的の品を発見できずにいた。

 変わらずダイスをよく使う類のゲームへと足を運び、使われるそれらへと注意を向ける。

 しかしここまで結果は全て空振り。ただ徒労感ばかりが募り、本当にこの店が本命で間違いないのかを疑いたくなってくる。



『今日見つけられなければ、しばらく日を置くか手段を考えないとな……』


<ですから私の指定した格好をすれば、もう二日は潜入が可能ではないかと>


『それはもういいから』



 エイダの若干しつこい誘いを打ち切り、目の前で転がるダイスへと視線をやる。


 実際ディーラーとして忍び込んだカサンドラが、ずっと見つけられずにいるのだ。

 何日か客のふりをして通い詰めたところで、そう易々と見つかるものではないだろう。



『この卓にも、目的の物は無さそうだ。他はどうだ?』


<こちらで検知可能な範囲では、それらしい物は見当たりません。店の奥にでも隠してあるか、あるいはそもそもここには存在しないか>



 やはりエイダもまた、この店に目的の奪われたダイスが存在しない可能性へと言及する。

 これだけ探しても見つからないのだ。本当にこのカジノには存在しないのかもしれないと考えるのは、自然な思考であると思えた。



 そんなここに存在するかどうかも知れない探し物を求め、内心でため息衝きながら眼前のゲームを進めていく。

 すると突然、僕の背後からは僅かにことなった空気が感じられ、つい反応して振り返ってしまう。

 そこで視線の先に見えたのは、店の奥に在る扉から出てきた、数人の姿。



『……例のお坊ちゃんだな。また誰かに因縁でもつけに来たか?』


<ここ数日は見ませんでしたね。普段はあまりカジノに居ないのかもしれません>


『そいつは問題だ。一応責任者なんだろうに』



 姿を現したのは、数日前に脈絡のない難癖によって、僕を監禁しようとしたカジノ所有者の馬鹿息子。

 そしてその取り巻きと見られる、チンピラ風な護衛の男たちだった。


 僕が背後から感じた空気というのは、実際に扉から店内に吹き込んだ空気の流れだけではなく、店員たちの緊張感であったようだ。

 現に僕が座っている卓を受け持つディーラーも、厄介なヤツが来たとばかりに緊張感を奔らせている。

 案の定、店の人間からも好かれてはいないと見える。



 件のバカ息子は客たちですら見下したような目線で、店内をグルリと一瞥。

 適当な近場の卓へと向かうと、客の一人を追い払い自身がそこへと腰を落とした。



「おい、俺にもチップをよこせ」


「は、はい。かしこまりました」



 横柄な態度でディーラーの男へと告げ、遊ぶ気満々といった様子で換金係から金属板をむしり取る。

 客を追い払っただけでなく、金も払わずゲームに興じようなど、責任者とは思えぬ所業だ。

 予想をはるかに超えて酷い。


 そのバカ息子が座ったのは、僕も先日やっていた幾つかのダイスを使ったゲームの卓。

 ディーラーは仕切り直しとばかりに新しくダイスを用意し、客とバカ息子の前にそれを差し出し、問題がないかを確認する。

 しかしバカ息子は差し出されたダイスを払いのけて床にばら撒くと、自身の着る上着のポケットをまさぐった。



「コイツを使え。俺用のダイスだ」



 そう言ってポケットから取り出したのは、大小様々な数種類のダイス。

 軽く卓の上へと放り投げると、有無を言わさぬ様子でディーラーへとそれを使うよう指示した。

 まったくもって度し難い傲慢さだと思い、呆れ果てる。


 しかしそんな僕の感情を余所に、唐突にその言葉は降って沸いた。



<発見しました、アルフレート>


『何を急に……、ってまさかアレがそうなのか?』


<おそらくは。スキャンの範囲としてはギリギリですが、内一つ、四面のダイス内部に別の物質が見られます>



 愉快そうに笑いながら、ディーラーに代わり自らダイスを放るバカ息子。

 その卓に転がっているそれは、カサンドラから見せられた物と一見して同じだ。

 だがエイダによるお墨付きもあるので、まず間違いないのだろう。


 異なる卓の前で立つカサンドラへと、横目で目配せをする。

 すると彼女はすぐさま察してくれたようで、同様にそちらへと視線を移し、小さく頷いていた。

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